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私のドラゴン 6

「生まれそうだって?」


雛が動いたと言うので、シンがマリアンヌとヴィンセントを呼んできた。ヴィンセントは小声で囁いてから、そっと耳を澄ませる。


「本当だ、音がする――すごいな、ちゃんと生きてる」

「コツコツ、って音がするの。――これって、(くちばし)の音なのかしら」

「雛が、内側から殻を破ろうとする音ですね」


私の質問に、ドミニクが答えてくれた。ドミニクの目が優しい。


「ちゃんと、生まれそうでよかった……」

「ドミニク様、本当にハナ、大好きでらっしゃいますのね」


イザークもハナを可愛がってるけど、ドミニクはなんだろう、――もっと近しい――本当に恋人をみるみたいな顔をすることがある。

はは、とドミニクは苦笑した。


「よく、ドラゴンを好きすぎて、気持ち悪いって言われます」


自覚あったのね、とマリアンヌがぼそりと酷い事を言った。

た、確かにね。ドミニクは一見、爽やかな好青年なのに、そこはかとなーく残念なかほりがする時あるよね。ドミニクはマリアンヌの暴言にひどいなぁ、と言いつつ気を悪くした様子はない。


「弟が生まれるのが遅かったので、私はずっと一人っ子だったんですよ。だから小さい頃の遊び相手はもっぱら、ハナで。私にとってハナは姉か――、一番の友達ですね」

「俺が生まれてよかったな、兄上」

「苦労ばっかりだよ、お前みたいなやんちゃがいると」


ドミニクは弟の頭をくしゃっと撫でた。


そっかぁ、七歳離れてるもんね、キルヒナー兄弟。

なんでそんなに離れてるんだろう、と思っていたら、ドミニクが「私が生まれてすぐに父は軍に入ることになったのでーそれからしばらくは、年に数回会えればいい方だったんです」と説明してくれた。なるほど。キルヒナー男爵と我が家の侍従がお友達だった期間だね。

――兄弟かぁ、私も欲しかったな。兄弟みたいと言えばかろうじてヘンリクがそうだけど、他の従兄姉たちとは少し歳が離れているし。


「ハナの子供が生まれたら、私は雛のお兄さんみたいなものかもしれませんね」

「生まれてからも大変ですよ、ドミニク様。無事に成竜(おとな)になってくれればいいですが」


厩務員さんがしみじみと呟き、ドミニクが本当になぁ、と同意した。


「ドラゴンが、もっと育てやすければな。――皆に行き渡るんだけど」


商隊の移動も楽になるのに、とぼやく。

北部でしか生まれない飛龍。砂漠にしか棲息しない砂龍。生息地が限定されるのは、気候なのか、それとも別に理由があるのか。


「どうして、北部でしか飛龍は生まれないのかしら――?」


そもそも、イザークが私にドラゴンを買わないか、と持ちかけて来たのは、雛が北部でしか孵らない事が原因なのだ。私の疑問に、シンが私の横で、うーん、と考え込んだ。


「それが正しいこと、だからかな」


うん?正しい?よくわからないぞ、と首を捻ると、シンも首を傾げた。


「……たぶん、本当は、ドラゴンは北から出ちゃいけないんだ、俺みたいな半竜族も。だから、無理矢理、王都にいようとすると、少し大変で――だから、ドラゴンはあんまり王都になじまないようにしてる、んじゃないかなぁ」


分かったような、わからないような。

シンは、セツメイムズカシイ……、と急にたどたどしく言いつつ、頭を抱えた。

半竜族の感性を人間に伝えようとするには、シンはまだ、言葉が足りないのかもしれない。

それにしてもちょっと驚き。

シンは王都に「いちゃいけない」と思ってる風だから。


王都(こちら)に居ようとすると大変、ね。――なんだか家出の言い訳みたいに聞こえるな」


ヴィンセントが片眉をあげて言った。

シンがぶぅ、と口を尖らせる。


「家出じゃないって、お散歩」

「一月もお散歩ね。巻き込まれた俺は、いい迷惑だよ」

「嘘だね。ヴィンス、なんだかんだ楽しんでたじゃん」


楽しんでないよ、とヴィンセントは肩をすくめ、それから誰にともなく言った。


「ドラゴンは北を出てはいけない、というのは神話(いいつたえ)にもあるな」

「神話?」

マリアンヌがヴィンセントを見た。


「――はじめ、世界はひとしく闇であった。闇が孤独に身じろいだ時、光が生まれた。光と闇は愛し合って沢山の子をもうけたけれど、次第に光は――もっと美しいものをみたくなった。光は闇から逃れ、怒った(つま)(おっと)を追いかけた。光は混沌を裂く翼ある者を生み出し、彼等に跨がって大陸で一番高い北山へ逃げた――。光は、北山で子供達を造った後、息絶えた――光の眷族である彼等は――その瞳に黄金(ひかり)を宿し、常に翼ある者を側近くに置くことにした」

「竜族とドラゴンの事だな」

とイザーク。ヴィンセントは肯定して、続ける。


「北山を離れると、闇が一人で造った『闇の眷族(にんげん)に捕まってしまうから』竜族もドラゴンも北を離れてはいけない、という話」

「神話――国教会のではないわよね?」


マリアンヌが言うと、ヴィンセントは北部の古い話だね、と頷いた。シンが、魔女達がよく同じような話をしてくれたよ、と懐かしく言う。

ヴィンセントは西国にも似た形式の話がある、と言った。


「北部の昔の神話……」


どこの国にも伝わってるとはいえ、なんだか、ほの暗い話だなぁ。ウルスラも北部には神様がたくさんいると言っていたけど、そのなかの一つなんだろう。


「闇は、いつまでも帰ってこない夫を求めて、空ばかり見て嘆いていたから、やがてその瞳は空色をうつした――ともある」


言ってからヴィンセントは私をちらりと見る。

ほぉぉ、と頷きながら、私は彼だけでなく、皆の視線を集めている事に気付いた。皆が私の目を見ている――さ、さすがに私だって気付いてます!みんなちょっと私のこと鈍いと思っていない!?(今気付いたけど!)


「ヴァザ家は闇の眷族なんですね、北部の神話だと」


我が一族の特徴は黄金の髪に水色の瞳だ。金髪は珍しくないかもしれないけれど、水色の瞳は、ヴァザの血縁以外には少ないかもしれない。

しれっと、わたしはじめから気付いてますからとアピールしてみる。しかし、闇の眷族、か。字面に少しソワソワするー。なんかかっこいい。

……闇の眷族、レミリア・カロル・ヴァザ。

悪くない響きですわぁ……。

私が沈黙していると、ドミニクが、ヴィンセントの頭に手刀を落とした。


「ヴィンス、レミリア様に無礼」

痛い、と悲鳴をあげたヴィンセントは「神話の話ですよ」と弁明した。私は怒られたヴィンセントに目を向けて、闇の眷族らしく、フフンと笑ってさしあげる。要らぬ厭味を言うからだよ、愚かなるヴィンセント。

しかし、ヴァザのご先祖は北部では悪役だったんだなあ。と私は親近感を覚えた。言い伝えでまで悪く言われるなんて、北部民と中央にはそんなに古くから軋轢があったんだろうか。


「王都だと、国教会に睨まれて古い神話はあまり聞けませんから、面白くお伺いしましたわ――闇の眷族かぁ」

「――ひょっとして、その呼称気に入っていないか?」

「まさかぁ!」

ぼそりと呟いた私へのヴィンセントの鋭い指摘に、へにゃ、と笑う。だって好きなんだもん、そういうの。


「――王都の図書館にも、各地の神話の本はひっそりとありますよ」

私の様子に、ヴィンセントが苦笑した。閉架の棚にありますから興味があればどうぞ、と教えてくれる。「国教会にばれたら怒られますよ」とドミニクが渋い顔をしたけれど、ばれないように借りてみよう、と決意した。


ちなみに、

国教会の教えだと、このカルディナは全てドラゴンの姿をした神様がお創りになられたもので、初代ヴァザ王はドラゴンの化身だった、とされている。


彼は、美しい黄金の髪と黄金の瞳、琥珀の肌をした美しい若者で、空色の瞳をした人間の娘と恋に落ち、カルディナに根をおろした。

――ヴァザに縁のある人々が、血筋を貴び、殊更髪と目の色にこだわるのは宗教的な意味合いも強いのだ。


国教会の中には、ヴァザは神が認めた血統だと本気で思っている人も少なからずいる。私みたいな小娘にさえ、教会に行くとまるで神聖な者のように崇められたりするし。


先代国王陛下がヴァザ最後の王を議会の承認をもって処刑した後も、その直系を根絶やしに出来なかったのは、国教会の反発が凄まじかったからだときいたことがある。一説には先代陛下がベアトリス女王の母君である幼姫の美しさに目が眩んだからだと言う人もいるけれど、どうだったんだろうね。




そんなこんなを話していると、

雛が殻をこづく音が段々と大きくなった。私たちは、流石に、息をひそめて、じっと、卵を見守った。

コツコツ、コツコツと断続的に音は続く。


「――あ、右の――」


イザークが目敏く見つけて指を指した。クシャ、クシャ、と硬い紙を力いっぱい丸めるような音が数度続いて、カシャっ!と破裂音にもにた軽い音が聞こえた――。


「生まれた!ほら、右の」

「えっ、どこ?」

覗き込んだ私に、厩務員さんがランタンのあかりで示してみせてくれる。


(あっ……いた!)


私は雛を見つけて、息を呑んだ。

それは、雨に濡れた鳥にも似た――不格好な生き物だった。

楕円形の卵から抜け出して藁敷にはいつくばり、ばたばたと、まだ飛ぶことのできないむきだしの翼を数度、動かしては、はいずる。

立ち上がりかけ――こてん、と音を立てそうに転んで、小さく、ギ、ギと鳴いた。身体に比べて、頭が重いのだ。

色は肌色だった。ハナは黒い鱗におおわれたドラゴンで、番いのアキは落ち着いた翠の色。そのどちらにもまだなっていない。

雛は小さく、作り物めいていて、それでも、確かに、生きていた。


「皺くちゃね」


マリアンヌが、ぷっ。と吹き出して。ヴィンセントが鳥みたいだな、と至極冷静な感想を述べた。

ドラゴンの雛を見たことがあるのだろうキルヒナー兄弟は驚きをあらわにはしなかったけれど、二人で視線を交わしてふっ、と息を吐いた。


雛の母親であるハナは自分の近くでうごめく、小さな生き物から、そっと後じさり、グル、と僅かに唸った。

おとなしい彼女が何かを威嚇するのを初めてみた。厩務員さんが、「良くないな」と呟いて、ドミニクを窺う。ドミニクが頷いたので、彼は彼女を雛から引き離そうと一歩踏みだそうとしたが、それよりも先にシンが軽い足取りでハナに歩み寄って首筋に抱き着いた。

竜公子は厩務員さんに、ちょっと笑って見せて彼の足をとどめさせると、ハナに優しく語りかけた。


「――ハナ。こいつは皺くちゃで、ドラゴンに見えないけど――ハナの赤ちゃんだから、怖くないよ」


よしよし、とそれこそ赤ちゃんにするように微笑みかける。


「この子はハナの赤ちゃんだから――ハナを虐めたりしないから、ハナもこの子を虐めちゃ駄目だ」

キュ、キューといやいやをする子供のように、ハナが切なく鳴く。

シンは辛抱強く語りかけた。

「怖くないよ、怯えないで――ハナはお母さんだから、子供に怯えちゃ駄目だよ――俺も皆もいるから、何にも心配いらないよ」


シンの声は不思議と優しい。

美声というわけではないけれど、最後まで聞いてしまうような魅力がある。彼の笑顔と同じくすっと染み込んでいくような。

私がシンに憧れているからなのか、彼の力によるものなのかわからないけれど、ともかく、その魅力は人間わたしだけでなくドラゴンのハナにも有用のようだった。

ハナは怯えてしばらくグルと唸り、鉤爪で藁を散らかし、忙しなく尾を動かしていたけれど――シンに何度も諭されて、そのたびに、彼をきれいなカボションルビーの瞳で見つめて、やがて、甲高く、一声鳴いて、頭をシンの膝に預けた。

(――シンガ言ウナラ信ジルヨ)

とでも言うように甘えて鼻を擦り付ける。もう、鉤爪は所在なく動くのを止めていた。


「うん、大丈夫。ハナ、もう、怖くない、ね」

よしよし、とお母さんみたいにハナを宥めて、シンはドミニクに「もう、平気だよ」と言った。


「――ドミニク、ハナはもう怖くないって」

「そうか」

「俺がちゃんとそばにいるから、雛が孵るまで、ハナもここに置いてやってっていい?」

竜族おまえが言うなら、俺がそれに反対できるわけないだろ」

「ありがとう、ドミニク」


ハナはシンに頭を預けて宥められながら、彼女の生まれたばかりの雛をそぉっと見ていた。やがて、二匹目のドラゴンも同じようにして生まれる。やっぱりドラゴンの雛は皺くちゃで、ーー可愛かった。二匹は隣り合ってはいずりながら、勝手な方向を向いて、ギャッギャッと叫んでいる。



「良かった――」


喜んだ私は、三つ目の卵に目をやった。ほかの卵に比べて小ぶりなその卵は、こつこつ、とほかの二匹に比べると、やや小さな音を立てている。


「小さいから、時間がかかるのかしら」

「そうかもな」

私の潜め声の疑問にイザークが頷く。

卵の頃から――要領の悪い子だなあと苦笑してみているうち、段々と時間は経過していく。


私は不安になって、シンを見た。シンは無表情でため息をついた。


「――最後の卵は孵らないよ――これでもう、終わりだと思う」


え、と私は思わず声を漏らした。


それって、どういう事――?


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