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私のドラゴン 5

ドミニクは、ハナに直接光が当たらないようにして、ランタンを(かざ)した。

薄い光で照らされたハナは、卵の側でうずくまって、落ち着きなく彼女の卵を見ている。


「生まれた雛を、ハナが面倒見てくれたら、いいんですけどね……」

「こればっかりは……どうなるかな……」


厩務員の人が、ドミニクと話すのが聞こえた。

ハナは、幼竜(こども)の頃からずっと人の群れの中で暮らして来たから、ドラゴンなのに、ドラゴンが得意ではない。

(つが)いのアキとも、馴染むまでも何年もかかったらしい。

ドラゴンの子育てを知らず、ドラゴンを怖がるハナが、生まれたばかりの雛をちゃんと育てるか、もしくは恐怖のあまり攻撃してしまうか。

生まれてみないとわかんないな、とイザークが言っていた。

東国とちがい、カルディナではドラゴンは捕獲するもので、飼育しようなどという奇特な人間はあまりいない。ドラゴンの出産に関しても例が少ないのだ。

私たちはウルスラが用意してくれた夜食を厩舎に隣接した小屋で食べ、ハナから少し離れたところで、動向を見守っている。


「眠くなったら、帰ってていいよ」


シンが気を使ってくれたけれど、眠くなんてならないよ。私だけじゃなくて皆そうなんじゃないかな。人が多く押しかけてはと迷惑だろう、と厩舎への立ち入りは遠慮したヴィンセントとマリアンヌも、結局は卵の行方が気になるらしく、今も小屋で待機している。

厩務員さんも、いつもより緊張した面持ちでハナを見守っていた。


深夜になっても、卵はしん、……と息をひそめている。


張り詰めた私たちの空気が気になるのか、ハナはしきりに前足を甘く噛んでいる。

私は不安になって聞いた。


「――卵の中に、雛がいないなんてことはないんですか?」


息を潜めた私に、シンはちょっと笑う「そうしたら卵焼できるね」って。

笑えないよ、その冗談!ハナの子供の卵焼きとかあっても食べる気にならないよ!!

シンは私の不安げな表情に気づいて、ごめん、ごめんと苦笑した。


「ドラゴンは番にならないと卵を産まないよ――だから雛がいないことはない――無事に孵るかどうかは雛しだいだけどね」

「そうですか……シン様はドラゴンの雛を見たことはある?」

「あるよ、まだタニアの――俺の母さんが体壊す前だけど。テーセウスと巣を見にいったりしてた。すっごいしわくちゃで、可愛いよ」


皺くちゃと可愛いが結びつかない気がするけど。北の森に住んでた頃かあ。魔女たちが住む北の森ってどんな所なんだろうね。


「シン様の母上もドラゴンがお好きだったんですか?」

シンは思い出したように笑った。

「母さんは、ふかふかじゃないからドラゴンは別に好きじゃないって言ってた」

猫とか犬が好きだったんだよ、と教えてくれる。

「レミリアはドラゴン好き?」

「好き。目が可愛いもの。けれど、シン様のお母様同じで、犬も猫も好きですわ」

それからシンはちょっと目を細めて私に聞いた。

「――ねえ、レミリア。聞いてもいい?」

「はい」

「――アグニエシュカって人、だれ?」

知らない女の人の名前だ。私は首を傾げた。

――知らないんだけど、何か聞いたことあるなあ。


「前にレミリアを崖から助けたことがあったよね?」

「ええ」


私は頷く。

そもそも、それがこの旅の発端だ。


「――レミリアのお母上が俺たちを怒って追い出した――って事になってるんだけど。あれ、ちょっと違うんだ」

「違う?」

「怒っているんじゃなくて、取り乱して――泣いてた。アグニエシュカ、って。泣きながら呼んでた。ヴィンセントは部屋の外にいたから聞いてたのは俺だけだけど。――レミリアがぐったりしてたから、死んじゃったと勘違いしてたみたいで――泣きながら出て行って!って叫んだんだ。――俺、びっくりして、そのまま執事さんにまかせて帰っちゃったんだけど」


私は目をぱちくりとした。泣いて取り乱す?母上が?

アグニエシュカって呼びながら?……私は後ろに黙って控えているスタニスに聞いた。


「――スタニス、その人の名前、聞いたことある?」

スタニスは子供のころから父上に縁が深い――それはつまり、父上の実質的な保護者だったカミンスキ伯爵家の娘であるヤドヴィカ母上の事情もある程度は知っているということだ。


スタニスは困った風な顔で考え込んだけれど、私とシンにだけ聞こえるように小声で教えてくれた。


「――ヤドヴィカ様の、妹君のお名前ですね。十五でお亡くなりになりましたが。――言われてみれば、お嬢様とよく似ていらっしゃいますから――お亡くなりになった時のことを思い出されたのかもしれません」


スタニスは、どこか悼むような表情を浮かべる。

私に、母方の叔母上がいたんだ。知らなかったな。母上のご兄弟はカミンスキの次期伯爵であるユゼフ伯父上だけかと思っていた。


「だから、ヤドヴィカ様、悪くないから……言おうと思ってたけど、なんか、なかなか言えなくて。大事になって、ごめん」

「ありがとう、教えてくださって」


私のお礼に、うん、とシンは言った。

――どんな理由があってもシンを追い返したのは母上だから、結局は謝罪は必要だったんだろうけど。

母上の理不尽な行動に理由があったと知ると、ほんの少し慰められる気がした。どの道、シンのことを臣下だとかなんとか言って、嫌ってるのは間違いないけどね。


「今度、レミリアのおうちにアルを連れて行くから、ちゃんと挨拶させてよ」


アルというのはシンの連れているドラゴンのこと。聞き分けのいい、いつもご機嫌なドラゴンらしい。


「挨拶ですか?」

「ドラゴン、乗れるようにならないとだろ?――練習ってヴァザの領地でする?王宮よりそっちがいいよね?その前にヤドヴィカ様に挨拶しにいくよ。俺、頑張って、公爵夫妻とも、仲良くなれるようにするね」


ふわ、と空気がとけるみたいに優しく微笑まれて、私は思わず顔を赤らめた。なにその、僕たちのお付き合いを反対するご両親に挨拶に行きます!みたいなイベント!!

想像するだけで心臓がもたない。

真っ赤になった顔を私は俯いて両手で包んだ。熱い!

く、暗くてよかったあ。


「そ、そんな。シン様自ら乗り方を教えていただくなんて、恐れ多いですわ」

「いいよ。だって、ザックの『卵をお買い上げいただいた時の特典』に入ってたんだろ、俺」


うん、勝手にイザークが入れてましたね。

私たちの会話を聞いていたイザークが悪戯っぽく言った。


「うん。勝手につけた――けど、シンじゃなくて、俺が教えてもいいぜ?」

イザークの訓練かあ、それも上達しそうでもある。

しかし、シンは、「いいよー、俺が行くよー」とうきうき言った。

まあ!そんなに私に教えるの楽しみにしてくださってるのかしら。

私が調子に乗って、それならば是非両親にお会いくださいませ――と言うと、シンはやった、と喜んだ。


「俺、公爵の薔薇園って凄いみたかったんだ。遊びに行ってもいい?」

「…………」


あ、そっちですね。

私と遊ぶのが楽しみなんじゃなくて、薔薇園が目当てなのね。シン様植物大好きですもんね――。

うん、なんとなく分かってた。そういうオチ来るかな、と思っていた!

私が、是非おこしくださいませ……と重ねて虚ろにいうと、私の背後でスタニスが可哀想なものを見る目で私を見ながら、口元を抑えている。

私にはわかる、無礼な侍従は隠した手の下で、絶対ニヤニヤ笑っている。

イザークにいたっては、慈愛の視線を私に向けてきた。やめて、同情はほんと悲しくなるからやめて……。


「ドラゴンの乗り方は、俺じゃなくて、スタニスが教えてもいいんだろうけど」

「スタニスが?」

シンの言葉に私は驚いて侍従を見た。

まさか、万能ついでにドラゴンにも乗れるとは言うまいな。しかし、元軍人のスタニスはあっさりと乗れますよ、と頷いた。


「しかし、十年近く騎乗していませんから――現役の方に教えを乞うたほうがいいかと」


イザークが感嘆を込めて言った。

「ほんとに何でも出来ますね、師匠」

「誰が師匠ですか」

「いや、形から入っていけば、そのうち折れてくれるかな、と」

「自分の師弟関係に嫌な思い出しかありませんもので、私は、弟子はとりません」

「ええー」


なんか私の知らない間に仲良くなってないかな、イザークとスタニス。私は口を尖らせた。


「だめ。スタニスはうちのスタニスだから、イザークには貸してあげない」


イザークとスタニスが仲良くなりすぎたら困る。

キルヒナーのおうちの方が給料よいことが分かって、ヴァザ家を去ったらどうするのだ。お父様も私も路頭に迷ってしまう。


(そういえば、悪夢にスタニスはいなかったし。転職しちゃった後なのかも……スタニスの転職は絶対阻止しよう)


ぶるりと震えて、絶対だめ!と繰り返した私に、イザークが笑ってケチ、と舌を出したので私はフン、と横を向いた。

シンがあはは、と笑う。


私たちを微笑ましく見守っていたドミニクが、ハナに目を向けて、何かに気付いたかのようにあ、と呟いた、しっ!と私たちに合図をする。


「兄上、どうかした?」

ドミニクは口に手を当てて、しーっともう一度

「ザック、ほら聞こえないか」


コツ、コツ、と、卵の中から音が聞こえはじめたのは、深夜を過ぎてからだった。

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