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私のドラゴン 1

前半はゲームのシナリオ、という設定です。

【ゲームチャプター 3章】

イザークルート 御前試合


■■■■

眼前で繰り広げられる茶番に、ヴァザ家の令嬢、レミリアは水色の目を細めた。女王ベアトリスの誕生日を祝う式典で開催された御前試合。試合場では今まさに、決勝がはじまろうとしていた。


「キルヒナーの息子と、竜公子。馬鹿馬鹿しいこと。初めから決まっていたようなものじゃない。どちらもベアトリスのお気に入りだわ!」


レミリアの横で、伯母のカタジーナがぼやく。ヨアンナが控えめに、今日は陛下の誕生日ですから、と嗜めた。

レミリアは二人の伯母に同意も――反意もせずに、二人の若者を眺めた。下馬評ではシンが優勢だった。それは、そうだろう。彼は半竜族で、いかにイザークが武に優れた若者といえども、ただ人が勝てる相手ではない。


来月レミリアと式を挙げる予定の従兄弟のヘンリクは興味が無い、と早々に帰って行った。


どうせ、と鼻で笑う。


男爵家の未亡人と、彼も一戦交えているだろう。赤い唇が特徴的な彼女は、最近のヘンリクの二番目だか三番目だかのお気に入りだった。


初め、の声がかかり、二人が剣を抜く。乾いた空に響く金属音に、わっと会場が湧いた。

隣の父がつまらなそうに席を立つ。伯母が猫を前にした飼い主のように甘えた声を出した。「あら、レシェク、もう帰るのですか」年甲斐もない、と心中で吐き捨てつつ、レミリアも父の氷のような横顔を伺った。

「お父様」

「私はもう飽きた――レミリア。後は任せた。君が陛下に挨拶したまえ」


声をかける娘に、視線すらよこさず、命じる。

レミリアは沸き上がる寂寥(さびしさ)を己で嘲った。いつもの事ではないか。父が一族に――娘にすら嫌悪感しか抱いていないことを、私はとうに知っている。なのに、どうして、父の冷たい態度に、いまだに落胆するのか。


はい、と殊勝に頷き――鬱陶しく父に構って、伯母のように冷えた視線(ぶべつ)を向けられる事だけは避けたかった――レミリアは試合に視線を戻した。

眼下では、二人の若者が楽しくて堪らないと言うように躍動している。

向こう場面にはベアトリスと――輝くばかりに美しいフランチェスカ王女が居て、楽しげに二人の試合に声援を送っている姿が見えた。レミリアの隣では、試合の行方を追いもせず、二人の粗を探す、伯母達の毒にしかならないさえずりが、堪えず耳を患わせている。


レミリアは、唇を、噛んだ。




ベアトリスに形ばかりの挨拶をし、父と伯母は体調が悪く、祝いの席に失礼ながら先に帰った、と、あからさまな嘘を言う。

ベアトリス女王は紺青にも紫にも見える不可思議な瞳を瞬き、大仰に驚いてみせた。

「まあ、大変ね。ヴァザ家には悪い病気でも流行っているのではなくて?貴女の送りついでに、見舞をやらせましょう。……ヴィンセントを呼びなさい」

側にいた女官に命じる声を聞きながら、レミリアは舌打ちをしたい気分で頭を下げた。「陛下のご厚情、感謝申し上げます」。ベアトリスの勘気(いかり)を被るだろうとは予測していたが、よりにもよってユンカーの養子とは、と思う。


密かに焦がれるシンに見送りを、とは望まない。

今日は彼の騎士姿を見られただけでも、心が浮き立つ気がした。己が嫁ぐ前に彼に会うのはこれが最後だろう。

彼には青が似合う、とても。娘でいられる最後に、些細な事を確認出来ただけで、幸せな気持ちになれた。

今夜は庭に降りて、せめて、寝室に青い花でも飾ろうかと先ほどまでレミリアは考えていた。どうせ誰もその意味に気付きなど、すまい。

そもそも、あの冷えた屋敷で、誰がレミリアの心の動きに、関心を持つというのか。


せめて、レミリアを送ってくれるのがキルヒナーの次男坊ならば、よかった。イザーク・キルヒナーは武門の出だが、見た目に似合わず、細やかな気遣いの出来る男だ。余計な事を言わないし、おそらく滅び行く一族に対する、憐れみに似た同情だろうが――レミリア相手ですら、温和な態度を崩さない。

しかしながら、彼は本日はここには来ない。

御前試合の優勝者となったが為に、今頃は婚約者のフランチェスカ王女から祝福を受けているだろう。フランチェスカは彼女の愛する男が御前試合で優勝して、――しかも、半竜族の従兄弟にすら勝利して――どんな心地だろうか、と想像する。


翻って私は、とレミリアは最早面白い心地で、王の間を出た。いつのまに来たのか、背の高い青年が口元にだけ笑みを浮かべて待っていた。彼は、優雅に、一礼する。


幸福なフランチェスカがいる舞台裏で、私は、私が心底嫌いで、私を心底嫌いな男と、暗い馬車で二人きり。


(素敵ね。屋敷までずっと、断罪される気分を味わえる)


屋敷に到着すれば、彼は女王の名代として、礼を失した一族を冷徹に責めるだろう。

彼が帰った後で、レミリアは父親の失望の溜息と、何故あのような異国人を屋敷に連れ帰ったのか、とのカタジーナの叱責を受けるに違いなかった。

(自業自得とはいえ、いつもながら、不運だこと)

どうしていつも、フランチェスカが幸せな時、己は惨めなのだろうかと嘆息する。


浅黒い肌に、緑の瞳をしたユンカー卿の養子は西国の香のする艶な風貌を、きっちりとカルディナの衣装に収め「どうぞこちらへ、ヴァザ候爵夫人(・・・・)。お送りします」と厭味たらしく言った。

「まだ、公爵令嬢(・・・・)ですわ、ユンカー様」

次代になれば、ヴァザ家は公爵から候爵へと格下げされる。ユンカーはレミリアにそれを当てこすっているのだ。

彼女が公爵家にしがみついていることを、――それしか無い女だと、知っているからだろう。


「おや、そうでしたか。結婚式の招待状を頂いていないので、ひょっとしたら、もう式は終わられたのかと」


耳慣れた軽口も今日は患わしい。

式になど、呼ぶわけがない。


この男から言われた数々の厭味を綴って、一冊の本にしたらどうかしら、と益体も無い事を考える。反ユンカーの貴族達へ酒の肴として売れば、儲かるかもしれない。

もっとも、ユンカーはユンカーで、幼い頃から、レミリアとヘンリクから受けた罵倒の数々――主にそれは彼自身が原因ではない、差別的な侮辱だった――を流麗な文書に(したた)めて、国教会に訴えでるかもしれないが。

女王の怒りを買うのは一族が礼を失したせい。

ユンカーがレミリアを嫌うのは、幼い頃から積み重ねた彼への行いのせい。

そんな事は分かり切っていたが、今更悔い改めようとは思わなかった。

歯車はとうに一族の滅亡へ向けて加速しているのだ。今更、良心などに問い掛けて時勢に抗ったところで、何になる。


「式は来月ですわ」


招待状が余っていれば差し上げます、と心にもない台詞を言いつつ、レミリアは思った。そう、式はまだ来月だ。まだ婚姻などしていない、私はまだ、乙女だ。

レミリアの考えを読んだかのように、ユンカーは唇を歪めた。


「ヘンリク様とレミリア様。この上なくお似合いのお二人ですよ――シン様とよりも、ずっとね」


ユンカーの潜めた口調に、レミリアは黙って馬車の外の景色を眺めた。ただ静かな夜の闇だけがある。

脳裏に今日の試合を写しながら、青い服の彼を思う。

誰にも言った事がない、言うつもりもない、それは、レミリアが持っている感情の中で、たった一つの綺麗なものだった。

――それを、こんな男に土足で踏み荒らされる謂われはない。

表情を凍りつかせたまま、私にも剣が扱えればよかった、とぼんやりと思う。そうすれば、この無礼な異国人をこの場で斬り捨ててやる事も出来るのに。

せめてそう出来れば、少しはこの陰欝な茶番の終わりも早まるだろうか。馬車の小窓に嵌め込まれた硝子には、酷く惨めな顔をした女の顔が写っていた。


■■■■





「ーけ、結婚式は延期で――ー!!」


コケコッコーと鶏が鳴く声と共に私は叫びながら、起きた。

ひぃ、ひぃ、と浅く息をしながら半身を起こすと、ばたん、と音を立てて、ドアが開き、侍女――私の、ではない、キルヒナー家の侍女が「何事ですか?」と慌てて駆けつけてくれた。

私は目を開いて、胸を押さえながら、だ、大丈夫、と喘いだ。


「い、嫌な夢をみたの」


こ、怖かったぁ!目を潤ませていると、よしよし、と侍女が気易く背中を叩いてくれる。


「慣れない長旅で疲れてらしたんでしょう、もう大丈夫ですよ。夢からさめましたからね」


四十歳過ぎだろう侍女は、なんとも感じよく私に同情してくれた。いいお天気ですから怖いことは、忘れておしまいなさい、と私を気遣うと、朝の支度を始めてくれる。ありがとう、とお礼を言って私はふう、ともう一度溜息をついた。


(嫌な夢みたなあ!……久々に、レミリアの夢)


フランチェスカとイザークが恋に落ちるルートの御前試合(メインイベント)で、イザークが優勝する、夢。

私が前世ではまっていた乙女ゲーム、ローズ・ガーデンの一幕だ。

もちろん、(レミリア)は脇役だから、イザークとフランチェスカが愛を育むルートの裏でどんな事があったかまでは、「私」は知らない。でも、感触がリアルで、本当に怖かった。


(……ヘンリクは結婚前から浮気してるし、ヴィンセントもお前はヒーローか!ってツッコミたいくらい悪役だし、父上は冷たいしスタニスいないし、伯母上はいるし、陛下は怖いし……レミリアもあれは病んでるな……)


何にせよ、あんな寂しい気持ちになる未来は嫌だなあ、と深い溜息が出る。

いい子にします。神様。王家とも争いません。ですから、どうか、あんまり不幸にはなりませんように。

ちょっとの不幸なら我慢します、とお祈りをすると、侍女のウルスラが夢を(たが)えるにはね、と教えてくれた。


「悪い夢を見たときは、紙に書いてそれを燃やすんです」

「燃やすの?」

「空に届けて、お空の神様にお願いするんですよ、現実になりませんように、って!」

「おそらの、神様」

国教会の神様じゃないよね?私が首を傾げているとウルスラは微笑んだ。

「北部はね、大きな声じゃ言えないけど、色んな神様がいらっしゃるんです」

ウルスラは貴族のお嬢様にこんな話をしたら怒られるんでしょうけどね、と前置きをして、北部の神様――魔女達が信仰する女神とその子供達の話をしてくれた。




私たちは三日前に北部の、キルヒナー男爵領の外れにある、離れに着いた。


後はハナが卵を生むのを待つばかり、といったところ。

ウルスラはこの屋敷で私の世話をしてくれる侍女だ。キルヒナー兄弟が親しげに話していたから、長く勤めている人なのかも。

普通階下の人間は自分たちから客には話しかけないし、ヴァザの屋敷では許された使用人しか私達の前に姿を現さない。

ドミニクがキルヒナーの屋敷の使用人の流儀なのですが、大丈夫でしょうか、とスタニスにこっそり確認していたけれど、ウルスラが私についてくれたということは、スタニスはどうぞ、と言ったのだろう。


彼女は話し上手で、物知りな人だった。

東国から嫁いできた来た祖母から、寝物語に色んな事を教えてもらったせいです、と笑う。「変わった女だって言われますので、北部人を皆私みたいだと思わないで下さいね」とも。


「他人様の事は言えませんけど、ドラゴンが欲しい、だなんてレミリア様も、変わったお嬢様ですねぇ」


私のことは、ドミニクが男爵家に縁のあるご令嬢、とだけ説明し、屋敷の執事と使用人頭にしか仔細は伝えていないみたい。

先代国王の地元だけあって、北部ではあまり前王朝(ヴァザ家)は人気が無いし、身分を明かしてもね。だからウルスラは私を、男爵の親戚の、変な娘、と思っているはず。


「それにしても、お嬢様の髪は綺麗。蜂蜜みたいで」


私のくせ毛をとかしつけてくれながら、ウルスラは感心したようにいった。私は女の人に褒めて貰えた事が嬉しくて、えへへ、と笑う。そういうウルスラはさすが東国の血のせいか、四十過ぎとは思えぬ肌の細やかさだった。


「お目目もお空色だし。――まるでヴァザ家の姫様みたいですねぇ」


あ、本人でーす。とは言えないので、うふふ、と適当に笑っておく。ウルスラは、私は先代のヴァザ公爵様を間近で見たことがあるんですよ、と言った。

へぇ!父上そっくりだという、マテウシュ様か!ウルスラは懐かしそうに言った。


「一度、先代国王様の御行(おしのび)についていらして。私は男爵家に仕えはじめたばかりで――まあ、血が通ってないんじゃないか、って位白くて、男なのに人形みたいに綺麗な方でしたよ。屋敷の侍女たち皆、ぽおっとなっちゃって……。今の公爵様もそっくりなんですって。お嬢様は王都にいらっしゃるならご存知ですか」


うん、知ってるー。人形みたいに表情ないけど、薔薇の剪定してる時だけは、にっこにこしてる、作業着の変な人なら知ってるー。

物知りなウルスラは言葉を続けた。


「まあ、今のご当主は薔薇にしか興味が無い、変わった方らしいですけどねぇ」


こ、こんなところまで薔薇公爵(ばらおたく)の悪評が。私は少しだけ父上を擁護してみた。


「薔薇、綺麗だし、私は好きだけれど……」

「でも、食べられませんでしょう?沢山作っても仕方ないでしょうに、売るんですかねぇ?」


イザークと同じ事言ってるよ。さすがは実用を重んじる北部人。


はい、綺麗に出来ましたよ、とウルスラは私を鏡の前に立たせてくれた。

いつもは結い上げている髪を綺麗に撫でつけて背中に流して、大きな臙脂のリボンをつけて。

新鮮!嫌な夢が嘘のように、ウキウキしながら私は部屋を出た。

続きは、明日

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