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メルジェ 3

シルヴィアはカタジーナ伯母上のご息女で、私の従姉だ。たおやかな外見に反し、物事をハッキリ言う所はカタジーナ伯母上の血を感じるけれど、彼女のお母様と違って、意地悪な所がないので、私は好きだな。


私より、むしろ父上と年が近く、父上の事をレシェク兄様と呼んで慕い、私の事はひよこちゃん、と呼んで、よく構ってくれた。シルヴィアは、子供ばかりなのに、形式張ったお食事もないでしょう、と正式なテーブル席での食事ではなく、サロンのような形式を用意してくれていた。幾つかのテーブルと、椅子と並べられた軽食やお菓子。

ご自由にどうぞ、と私達に示し、私がどこに座ったものかと迷っていると、こっちね、と横に座らせてくれる。

シルヴィアのつけている香水なのか、彼女からは、なんだかとてもいい匂いがする。


「あら、私とお揃いね」


横に座った私の髪型が先ほどと違うことに気付いたシルヴィアが笑う。誰の仕業か分かったのか、スタニスを見たので、スタニスは苦笑して目礼をした。

スタニスは私は職務に戻ります、と部屋を出ていく。談笑する私達に品の良い老執事と若いメイド二人が給仕をしてくれて、美味しい紅茶をいれてくれた。


「このお茶美味しい!」


シンが喜ぶと、東国の紅茶なのよ、とシルヴィア様は説明してくれた。


「私はお茶が好きなんだけれど、気に入ったものがあると、ついつい同じ茶葉ばかり買い求めてしまうの。今のお気に入りはこれ。後味がいいでしょう?……シン様はお茶がお好き?」


シンは胸を張った。


「飲むのも、入れるのも好きだよ。俺、入れましょうか」

「やめておけ、事故になる」

「えー」


ヴィンセントがマズイ味を思い出したのか、渋い顔でシンを止めた。私も同意する、それは。


「珍しい茶ですね。私も茶は好んで飲みますし、商会で茶葉も扱いますが、これは初めてだな」

ドミニクは、カップに鼻を寄せて、くん、と香気を嗅いだ。まるで、テイスティングするソムリエみたい。

「あら、キルヒナー商会の御嫡男も知らない茶葉なら、珍しいって自慢出来るかしら?」

「これは、仕入先はどちらで?」

少し商売気を出したドミニクに、ふふ、とシルヴィアは笑った。

「特別なルートがありますのよ」

「どちらの?」


秘密なの、と笑う姿が大人っぽくていいな。教えてくれる気がないとわかると、ドミニクは残念です、と深追いはしない。


「そういえば、ヘルトリング伯爵の御領地は、交易が盛んでしたね」


シルヴィアのお父様の領地は、海に面した暖かい地方だったはず。シルヴィアはええ、と頷いた。


「父が存命の頃は、私もよく市場に行きましたわ。……父から私と妹にお金を渡されてね、お前達が一番素敵だと思うものを買って来なさい、それが良いものなら父様が倍の値段で買ってあげる、どちらがいいものを買えるか競争だよって」


わあ、素敵なエピソードだなぁ。

イザークが「似たような事を俺達もやりました」と笑うと、シルヴィア様は、あら、ヘルトリング家の教育を真似たわね?と茶化す。

「何を買ったんですか?」

シンが興味ぶかそうに聞いた。


「私は西国の商人から綺麗な刺繍の布を買って、ドレスに仕立てて売るって提案をしようと思ったの。妹を出し抜いて、なかなかいい提案だ、ってお父様に褒めて貰いたくて……それなのに、アデリナは、……妹ね?彼女は山盛りのお菓子を買って、私と侍女に分けてくれたわ。皆で食べましょ!って。その場でパクパク食べはじめるから、私も侍女も大笑い。お父様が広間でお菓子を摘む私たちをみて、がっかりしたのを今でも覚えているわ。売る前に食べる奴があるか!って」


シルヴィアは話し方が上手で、当時の様子が目に浮かぶようだったので私達は笑った。アデリナ様とも何年もお会いしてないけどお元気かな。ひたすら気の強いお嬢様だった記憶しかないけど、優しいんだなぁ。


「私、恥ずかしくなってしまって。私は妹を出し抜いて鼻を明かしてやろうと意地悪な事を考えていたのに、アデリナは私達を喜ばせる『素敵なもの』を買ってきてくれたのよ。いい妹でしょう?」


ドミニクが苦笑した。


「布は何枚買ったんですか?」

「水色と赤と紫、三枚。どうして?」

「私はアデリナ様をちらりと拝見したことがありますが、赤がよく似合いそうでしたね。……差し出がましいですが、シルヴィア様は水色がよくお似合いになりそうです」


シルヴィアは懐かしそうに、目を細めた。


「……紫はね、侍女の為に見立てたの。三人でお揃いのドレスに仕立てて、ヘルトリングの夜会で着たわ。誰が一番似合うか、三人で競って」

夢のように楽しかった、と表情を綻ばせる。


男装の(シンの付き添いの少年という設定の)マリアンヌが、素敵なエピソードですね、と感じ入ったように呟いた。フランチェスカとお揃いのドレス着たいなとか思ってそうだ。

私も少し、憧れる。

年の近い姉妹や友人がいるのなら、子供時代にお揃いの服、はちょっとやりたいイベントだったかも。


「アデリナ様もシルヴィア様も、誰かを喜ばせるものを購入されておられるじゃないですか。十分『素敵なもの』ですよ。お二人とも商売に向いてらっしゃいます」


ドミニクのフォローも、素敵。

キルヒナー商会の人に褒めて貰ったわ、とシルヴィアは嬉しそうに笑った。ドミニクが目を細めて、少し大人の話をしはじめたので、私は席を離れて部屋の真ん中に行った。甘そうな砂糖菓子や、軽食がおいてある。 

舌のこえた方々に何を出すのか迷った、なんてシルヴィアは謙遜していたけど、どれも十分美味しそう。何にしようかなぁ、と思っていると、はい、とイザークから皿を差し出された。彼が選んだのか、いくつかの菓子がのせてある。


「待ってる間に選んでおいた」

「ありがとうございます」


なかなか私の趣味にあったチョイスではないか。空いていた席に座ると、イザークは気を利かせて飲み物もフォークとナイフも持ってきてくれた。うむ、気の利く奴!と満足している私の隣で、イザークもタルトを手で摘む。


「タルト美味しいなぁ」

「イザーク様は甘いもの、お好きなのね」

私が言うとイザークでいいよ、もう。とイザークが笑った。

「なんならザックでいいけど」


茶化して言う彼に、私はフン、とわざと感じ悪く横を向いて見せた。


「親しい知人ですから、愛称なんかで呼びません。お名前で呼ばせていただきます、イザーク?」

イザークはそれでいいよ、と笑う。

「これ、でも本当に美味しい!……昨日も男爵にいただいたコンポートを食べちゃったし、太ったらどうしよう」


悩ましいなぁ、美味しいなぁ、手がちっとも止まらない。


「いいじゃん。ぷくぷくして」


ぷくぷくって言うな。

そこはレミリアは太ってないよ!って否定して褒めるところだよ!


「あ、チョコもあるからとってやる」

「控えますー!」

「もう無駄だって!好きなだけ食べなよ美味しいぜこれ」


むくれている私を笑ってから、イザークはシルヴィアを見た。


「シルヴィア様って、素敵な方だな」


イザークがドミニクと話しているシルヴィアを見た。なんだかいい雰囲気ね。シンとマリアンヌがお菓子を前に話し込んでいて、ヴィンセントは時々シルヴィアに話し掛けられ、なんだか緊張している。照れちゃってまあ……。ドミニクとヴィンセントは、きっとシルヴィアの魅力にやられてしまったな。


「そうでしょう?素敵な方なのよね。気さくで、明るくて」

「……カタジーナ様の娘さんなのか……」

正直な感想に、私は心の底から同意した。

「そうでしょう!?」


私はカタジーナ伯母上を思い出してがん!とフォークをタルトに刺した。私の暴挙に、隣でイザークがビクッとする。あ、いけない。つい、怒りを食べ物に向けてしまった。

食べ物への八つ当たり、母上もよくやってるな……パンを力込めてちぎったりさ……。(八つ当たりされた食べ物は、後で母娘(スタッフ)が美味しくいただいております)隣のイザークの気遣わしい顔に気付かぬ体で私は続ける。


「さっきの事なら気にしなくて結構ですわ」

「うん?」

「カタジーナ伯母上のお小言。しょっちゅうですから、あんなの。私にだけじゃなくて、皆に平等に意地悪なの」


扉の前にイザークが居たのは、多分、私を心配してくれてたんだろう。情けない所見せちゃったな。


「ヘンリクなんて、もっとボロカスに言われて毎回泣いてますからね、今でも」

「今でも?」


私は重々しく頷いた。

伯母上なんがぎらいだと鼻水垂らして泣くヘンリクを慰めるのは何故か年下の私なので、面倒なことこの上ない。ドヘタレヘンリクはどれだけ伯母上にギッタギタに言われても、次の日にはケロリとしてるけどさ。

私にだけ聞こえる声でイザークがぽつりと言った。


「……外れなんかじゃないからな」

「……どうも、ありがとう」


真剣な目で言ってくれたので、私は少し嬉しくなった。イザークは、へこんでいるであろう私を気遣かって、あれこれ世話を焼いてくれているのだ。


「庇わなくて、ごめんな」


私は首を振る。

イザークが庇おうとしてくれたのを、ヴィンセントが止めたことを、私は気付いていた。イザークの気持ちも嬉しいけれど、ヴィンセントの判断は正しい、あそこでイザークが何か言っていたら、カタジーナ伯母上が二人にどんな事を言っていたか、わからない。

ヘンリクがヴィンセントを異国人と呼ぶのは、伯母上達の真似だ。

平民あがりのユンカー卿の、異国人の養子。血筋こそ人を評価する基準の伯母上達には、それだけで馬鹿にする根拠になる。


「……伯母上の矛先がイザークとヴィンセント様に向かなくてよかったです。どんな酷いことを言うか、想像するのも嫌だもの。私は慣れているけど」

「そんなのに、慣れるなよ」


真面目に言われたので、私は頷き、イザークはいいやつだなぁ、と改めて思った。

旅をして感じたけど、ドミニクもイザークも、凄く仲がいい。

昨日お会いしたキルヒナー男爵も息子達を凄く大事にしているのがわかって、私は少しだけ羨ましかった。きっと、イザークのように、温かい家庭で、愛情溢れて育った子供には、カタジーナ伯母上みたいに悪意の塊みたいな人は衝撃だろうな。


「なあ、聞いていい?」

「どうぞ」

「シルヴィア様みたいな完璧な御令嬢が、まだ独身なのは、カタジーナ様の厳しいお目がねに敵うひとがいないから?」


イザークが疑問を口にする。シルヴィア様は今年二十二か、三かな。伯爵令嬢が独身でいるには、少しだけ遅い年齢かも。私はちょっと声を潜めた。


「シルヴィア様、既婚者ですよ」

「え、そうなの」

「というか、既婚者でした。一度嫁がれたんですけれど、二年くらい前にご主人がお亡くなりになって」

「それでお母上の所にお戻りなのか」

「そうなのです」


ヘルトリング伯爵家にお戻りにならずにメルジェにいらっしゃるのは、伯爵家は既にアデリナ様が婿をおとりになって、その方が家を継がれているからだろう。

親子ほど年の離れた侯爵に、シルヴィアは嫁いだ。

ヘルトリング伯爵がご存命なら、別の方へ嫁いだろうけど、その頃もう、ヘルトリング伯爵は他界されていて、カタジーナ様が強行に進められた縁組だった、らしい。

シルヴィア様の御夫君の評判は私やヘンリクに聞こえてくる位、芳しくなかった。

……シルヴィア様にとっては、あまり幸せな結婚生活ではなかったのかもしれない。


「寡婦なのか。……じゃあ、兄貴が口説いても許されるのかな……」

「シルヴィア様を?」


声を潜めたイザークがあれ、と兄を見る。ドミニクをみると、楽しげに話すシルヴィアにみとれている。わー、あからさまだ!


「ヴァザ家ゆかりの御令嬢なんて、男爵家の長男坊が親しくするは、家格違いもいいところだろ?でも二度目の結婚相手としてなら、許されたりするのかな」


家格違いねぇ。ヴァザ本家の令嬢にドラゴン売り付けた男爵家の次男が事を言うと、違和感ありまくりだ。

……カルディナの男女関係のタブーは、昔私がイメージしていたものよりも、ずっと緩い。未婚の若者の恋愛は、貴族であっても(褒められこそはしないが)タブーではない。

貴族でも離婚や再婚をするし、二度目の婚姻であれば、貴族が裕福な平民の娘を後妻に迎えた、というのもたまに耳にする話ではあった。

伯爵家の寡婦と、北部随一の財力を持つキルヒナー男爵家なら、何の障害もなく釣り合うだろう。カタジーナ伯母上が許すとは全く思わないけど。

しかし、家族とも言えるドラゴンを救う為の旅に、追加で楽しみを見出だしてる所がなんとも。そういうと、イザークは笑った。


「一つの行動で、二つの成果を得よ」

「なんですか、それ」

「親父の迷言。任務遂行時に、愚直に目的へ邁進するだけなら成果は人と同じだ、って。目的を果たす他に、何か得られるものがないか、周囲をよく観察して利益を得ろ、ってさ」

ほー。私は昨日別れた男爵を思い出した。言いそう。すごくパワフルだもんね。男爵。男爵のような勘のいい人だけに許される信条な気がするけど。私は一つのことを一つ必死にやるだけで手一杯だなぁ。


「レミリア、ザック」

二人で話し込んでいると、名前を呼ばれて顔をあげた。シンが呼んでいる。


「なんでしょう」

「レミリアもハナの所に行く?シルヴィアが会いたいって」

「ねぇ、レミリア。私もドラゴンをみにいっても構わない?」

シルヴィアに問われ、私は勿論と頷く。

私が貰う予定なのは、ハナの卵であって、ハナじゃない。ドミニクとイザークがいいなら、何の問題もない。


ドラゴンを、間近でみるのは初めてよ、とシルヴィアは喜んだ。癒し系な笑顔に、ドミニクが目尻を極限まで下げている。

口元緩んでますけど、ドミニクさまー。


皆でハナの所にお散歩することになった。

のんびりお菓子回。

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