メルジェ 1
「レミリア、服の下のそれ、なに?」
メルジェに入って馬車の旅になり、私の隣に座ったシンが小声で聞いた。ん?イェンがお詫びに、とくれた心臓石の事かな?
「やっぱりイェンのだ!」
私が琥珀色の石を引っ張り出すと、シンが目を丸くした。
「イェン様が下さったんです。お守りだって。心臓石だってスタニスが言ってました」
「イェンが?」
シンが目を丸くしたまま私に尋ねる。ええっと、攫いかけたお詫びに?と言うわけにもいかないので、わかりません、と、私も首を捻った。攫う云々のあれは冗談だったろうし。
なくさないよう、大事に服の下に入れておきなさい、とスタニス言われてしまっていたのだけど。
シンにはどこかで見られたのだろうか。私の疑問に彼はこともなげに答えた。
「ドラゴンの気配がするから」
「気配?」
「すこーし光って見える。光が見えなくても、俺みたいに竜族の血が入ってる奴なら、気配でわかるかもな」
へぇ、なんだか、竜族発見機みたいね?『お前服の下に隠したそれはなんだ?』『ふふふ、これが何かわかると言うことは、さては貴方、竜族ねー!』『よくぞわかったな、小娘ー!!』みたいな?
私がお馬鹿な妄想していると、シンが目を細めた。
「ドラゴンの心臓石って、元は、古代龍の心臓なんだ」
「えっっ!」
私は思わず心臓石を落としそうになり、慌てて空中で、掴み直す。
宝石じゃなくて!?
なんか琥珀色した中に、薄い赤色の筋が見えるけど、光の反射かしらー、きれいねー、とか思っていたら……心臓ということは、こ、これは血管の名残?!ひ、ひぇぇ……。唾を飲み込み、おっかなびっくり眺めていると、シンは朗らかに、いいなーと目を細めた。いいなって、心臓のいわばミイラだよ?
「古代龍って知ってるか?北の山のずーっと奥にいる、でっかい奴ら」
私はふるふる、と首を振った。なんか凄い偉そうな名前。古代龍さんは、火を吐いたり黄金を守っていたりしますか?
「俺も一回しか見たことないけど」
なんと!珍しい龍なのかな。
「あいつらって、死んで、身体が土に還っても心臓だけは残るんだ。宝石みたいに硬くなって、縮んで、魔石になる」
「魔石?」
「身につけてたら、魔法が効かない」
「それ、すごくないですか!?」
「うん、凄い」
「……高価なものだとは聞いたのですが」
シンが俺は、価値はわかんないけど、珍しいよな、と言った。古代龍自体、百頭いるかいないか、なのだそう。魔法や呪いが横行するこの世界では、身分高い、要するに狙われがちな人々に心臓石は珍重されるとか。
文字通りお守りだな、とシンは笑った。
「イェン、それを凄く大事にしてたのに。レミリアあいつによっぽど気に入られたんだな。珍しい、あいつ人間大嫌いなのに」
「そ、そうなんですか」
やっぱり人間嫌いなんだー、イェン。
そんな風に見えなかったけどなぁ。そもそも人間嫌いなら、なんであちこち人間の国を旅しているんだろう?
私が子供だからたまたま優しくしてくれたんだろうか。しかし、なんだかとってもレアなものを貰ってしまい、申し訳ない気持ち。私が、イェンに気に入られる要素が全く思い当たらないんだけど、貰ってしまってよかったのかな。
(ひょっとして、私ってイェンの好みだったりして…!きゃー!)
いつか再会して口説かれたらなんて言おう!などと、阿保な事を考えていると、馬車が止まりスタニスが顔を出した。私の顔を見るなり、「お腹でも痛いんですか、お嬢様?変な顔してますよ。悪いもの食べましたか?」と心配そうに聞いてきた。
……痛くないもん。ちょっと夢見がちモードだっただけだもん。
翌日はいよいよカタジーナ伯母の屋敷へ着く、といった日、私たちの宿へ、訪問者があった。
ドミニクが私達のためだけに貸切にしていたキルヒナー商会の宿を目指して来たのは、見知らぬ紳士と男の子だった。
ドミニクと話しているその人を階段の上からうかがっていると、視線にいちはやく気付いた少年が、こちらに視線を向けた。
ドミニクと紳士が遅れて私を見る。
紳士は、キルヒナー兄弟と同じ黒髪、黒い瞳。整えているのに、どこか跳ねがちな髪は弟のほうに似ている。
誰なのかすぐに察しがついて、私は戸惑った。
「これは、レミリア様!」
紳士からにこっ!と音がしそうな笑顔を向けられ、私もつられて微笑んだ。淑女らしく、しずしずと階段を降りて(旅装の、裾の短いドレスでよかったな)彼に簡素な挨拶をとり、名乗ってから顔を見上げる
「お初にお目にかかります。キルヒナー男爵?」
確認するためにドミニクと紳士を促すと、キルヒナー男爵は表情を崩して私に名乗り、挨拶をした。
「息子達がこの度は大変なご迷惑を……と、込み入った話は奥でしたいのですが、よろしいですか?」
よろしいですか?も何も。もう、案内しはじめてるじゃん、男爵!強引な感じはイザークに迅速なのはドミニクに似ているなぁ。けど、貴族らしからぬ人懐こさのせいか嫌な感じはしない。
私がおとなしく従うと、少年がドミニクに促された。
「レミリア様にご挨拶を」
ドミニクが促し、彼は私に近づくと、礼をとった。
「ご無沙汰しております、レミリア様。急な訪問をお許しを」
栗色の髪が綺麗な、線の細い男の子。私よりは年上に見えるけど、面識はないなぁ。と思っていると、その苺色の瞳が、冷たく私をみる。視線に記憶が蘇った。あ、あれ?ひょっとして。
「マリアンヌ!?」
思わず声が裏返る。
フランチェスカ王女の友人、御令嬢マリアンヌはええ、と頷いて、再び頭を下げた。ええ?なんで彼女がここにいるんだろ。それより、なんで男の子の格好?髪の毛も凄く短いんだけど、鬘?
「良くお似合いですけれど、そのお姿は?」
マリアンヌはこともなげに言った。
「ドラゴンに騎乗して参りましたので、殿方の格好が楽なのです。さあ、レミリア様、参りましょう」
手を出されて反射的に握ってしまう。女の子にエスコートされてしまった……。
マリアンヌ、ドラゴンに乗れるのか。
いつも趣味のよいドレスを着ている彼女だけど、いかにも良家の子息、といった服装も彼女には似合っていた。
部屋に入ると、スタニスがお茶の用意をしていた。
旅装をといて侍従の服装に戻ると、なんだか安心感が増す。スタニス、と男爵の来訪を告げると、スタニスにも連絡は来ていたようで、男爵の分もお茶を用意してくれていた。
遅れてやって来たシンとヴィンセントは、男爵を見ると、二人してしまった、と言う顔をする。
皆が集まったので、まずは、と男爵は私に礼を言った。
この度は私の我が儘にレミリア様を巻き込んでしまい、大変申し訳なかった、とストレートに謝られた。
「男爵ではなく、ご兄弟の…」
二人の独断じゃないのか、と思っていると、男爵は苦笑した。
「いやいや、私がなんとかならないかと頭を抱えていたのを、息子達が見兼ねたようでしてね。……ですから、私がけしかけたようなものなのです。この度は感謝してもしきれません。馬鹿飼い主だと散々罵られても、私もハナが可愛くて。レミリア様が承知してくださったと聞いた時には、実は小躍りしてしまいましてねぇ」
小躍りする男爵がありありと想像できて、私は笑った。
ハナと旅して感じた事だけど、ドラゴンに関わる人達の彼等への愛情はちょっとびっくりする位強い。キルヒナー兄弟にしろ、厩務員の皆さんにしろ、シンにしろ。家族みたいに思っている。
イザークは「命を預ける相棒だからな」と笑っていたけど。
「ですので、全ての原因は私なのですよ、重ねてお詫びと感謝を」
男爵は、その台詞を言いにきたんだろうな、と私は思った。
私というよりは私の後ろにいるスタニスに。
スタニスは男爵の言葉を父上にちゃんと伝えるだろう。
ハナの件は多分兄弟の独断だろうけど、ご不快があったなら、息子ではなく男爵が責任をとります、とちゃんと言いに来てくれたのだ。いい家族だなぁと私はちょっぴり羨ましくなった。こんなことしてくださらなくても、父上は後で難癖を付けたりしないと思うけどな(単に面倒臭くてね)。
「いいえ、おかげで楽しい旅です」
私は男爵の意図に、気付かぬふりで笑った。
半額でドラゴンの卵を貰っちゃったし。ついでに、ちょっと澄ました顔で、男爵のお役に立ててようございましたわ、と淑女ぶってみた。私は貴族令嬢として、困った方の役に立とうとしただけなので、気にされずともようございますー。
「レミリア様はいちじくがお好きとのことで、今日もお持ちしましたよ」
「まあ、そんな!よろしかったのに」
なので、多少賄賂に目が眩んでも許してください。わーい、賄賂嬉しい。あからさま喜んだ私に、スタニスがお嬢様太りますよーと小声で囁いたけど、キニシナイっ!育ち盛りだもん!
「そのうえ、どこぞのおばかな王子様と間抜けな目付役までお邪魔してしまいましてねぇ……」
私をやすやすと陥落させたキルヒナー男爵は、苦虫を潰したような顔で、部屋の隅で身を隠すようにして立っているシンとヴィンセントを見た。
「俺、王子じゃないもん」、とシンがぼそりと反論すると、男爵は
「じゃあ、ただのおばかですなぁ」と口をひん曲げていった。
「陛下には、ちゃんと手紙を残したよ」
なおもシンが反論すると、男爵はやっとられん!と言うふうに首を振った。
「全く、『しばらく家を出ます。レミリア嬢と遊んできます。行く先はキルヒナーに聞いてください』これのどこが手紙だ!!」
伝言メモかーい!
バン!と机を叩いたキルヒナー男爵に私も心中同意した。それのどこが手紙なのだ!いつ・どこで・だれが・なにを・どのように・なぜ!せめてそれくらいは書き残し、報告するのだ、少年よ!
えー、とシンが言う。
「嘘はついてないから、いいじゃん。俺、手紙って苦手なんだよ、書くの」
詰っていた割に、テーセウスとおんなじ事言ってませんか、シン様。しかし、ああ、まさかとは思ってたけど、うん、シン様もちよっっぴりおばかですなぁ…。可愛いけどもさー。
男爵はふかーくふかーく、溜息をついた。
「陛下に首を絞められた私の身にもなれよ、このおばかめ……それと、ヴィンセント」
「……はい」
びくり、とヴィンセントが肩を奮わせた。
「ユンカー卿が、大激怒してたからな、帰ったら死ぬ目見るぞおまえ」
ヴィンセントが消え入りそうな声で謝った。
「……申し訳、ありません」
「おまえは目付役なんだからな、シンの暴走は、足の脛にかじりついてでも止めろ。腕力が無理ならシンの弱味握ってでも止めろ」
シンが、俺、弱味とかないもん!と怒っているが、怒るところはそこであろうか。しれっと酷いこといってるよ、キルヒナー男爵。真面目なヴィンセントはうなだれた。
「申し訳、ありませんでした」
「わかればいい、後で一緒に謝ってやるから、ちゃんと反省しとけ」
あら、キルヒナー男爵いい人だ。しかし、……くくく。ヴィンセントが怒られてしょげているのは面白いなぁ、と悪い顔をしていると、マリアンヌに訝しげに見られた。あ、今わたし、悪役ぽかったかな。反省しよ……。
「帰らないからね、俺」
怒られてブスくれたシンに、男爵が「当たり前だろ」と言い放った。
ほい?
私は目をしばたかせた。ヴィンセントだけでなく、ドミニクとイザークもえっ?って顔をしている。
「父上は、シンを連れ戻しに来られたのではないので?」
「このまま単に遊んで帰ってきたら、城壁から吊すってさ」
「はい?」
ドミニクは意味がわからず聞き返す。
「陛下からの御達示だ。ちなみにおまえら全員な」
げっ、とキルヒナー兄弟が声をあげた。
わお……。陛下ならやりかねない。
しかし、皆並んで吊されてたら、なんか可愛いんじゃない?吊された四人を想像して私がププ、と笑っていると、男爵が同情の目を私に向けてきた。
「というわけで、レミリア様も、ご協力願えますかな」
「……はい?」
「私もさすがにそれは如何かと、お止めしたんですがねぇ」
ちょっと待て!陛下の『オマエラ』の中になんか、私も入ってませんか!!あわてふためく私にイザークがへらりと笑った。
「俺達はいいけどなー、レミリアは吊されるの可哀相だよなぁ」
「とばっちりですわ!私こそ、巻き込まれただけじゃないですか!!」
「旅楽しいって言ってたじゃん、レミリア。同罪だよ。同罪ー。しかし、城壁に吊された公爵令嬢とか前代未聞だろーなー」
おのれ、イザーク。元はといえば、あなたの訪問販売が原因ですってば!
青くなった私が声を失ってパクパクと口を開け閉めしていると、スタニスが「はい、お嬢様、お口閉じましょうねー」と冷静に突っ込んできた。うわぁん、スタニスやだよう、城壁から吊されたくないよう。
スタニスは私の口を閉じさせると、キルヒナー男爵に尋ねた。
「キルヒナー男爵、不躾ながら主がこの状態ですので、私がお伺いしても?」
「構わんよ、スタニス」
「陛下は一体何をお望みなので?」
男爵はやれやれ、と溜息をついた。
「陛下におかれては、長らく王都にいらっしゃらないカタジーナ様をひどくご心配して、いらしてね」
キルヒナー男爵はちらり、とシンを見た。
それからヴィンセントの事も。
「シン様に陛下の名代として、カタジーナ様のご機嫌伺いをして来い、とさ」
ひえええええ。
陛下大嫌いなカタジーナ伯母上のお城に、この面子で行くの?ただでさえカタジーナ伯母上に会いに行くの嫌なのに。
罰ゲームの難易度が増した!




