ヒトと竜 3
「シア様にこんな渋い茶を飲ませるつもりか!?まったく、人間どもの無礼には吐き気がする」
私はハリセンを持って斜め後ろからスパアアン、と勢いよく振り下ろした。
もちろん、頭の中で、だ。
シア一行を出迎えた私たちは王宮の一画に用意された宮でいったんくつろいでもらうことにした。
半数の竜族たちは私が止める間も無く金髪の美女に連れられて「王都見物だ!」と喜び勇んで出て行ったのだが、残る半数は「人間とは触れ合いたくない」とすげなく告げた引きこもり気質の長と一緒に宮でのんびりしているのだが。
シアの側近らしいヤエトという黒髪の青年が、……まるで小姑のように文句をつけまくり、ベテランの侍従や侍女たちはすっかり自信を喪失している。
渋いお茶、かあ。最高級品なんだけどな。と私は二人の目の前に座りながら、のほほんと観察していた。
部屋に残った五名のうち二人とは面識がある。
シアとヤエトだ。
他の三人のうち二人は無言でシアの背後に立ち、もう一人の赤い髪の竜族は困ったようにヤエトとシアを見比べてソファに腰掛けていた。
一行の中で、シアの次に身分が高いのはおそらく、城下に物見遊山に行く、と言った金髪の女性だろう。
シアも好きにしろと肩をすくめただけだったし、ヤエトも憮然としたが口答えはしなかった。赤い髪の青年……確か、カガリという名の青年もお気をつけてと丁寧に送り出していたので、シアの血族なのかもしれないなあと思う。
シアの血族という点ではイェンは叔父らしいけど、シア以外の竜族たちは、イェンに敬語は使わない。
仲が良かったり、嫌っている風だったり色々だ。
何か役職についているわけではなく、彼は竜族の里では「シアのお気に入りの半竜族で客人」なのだろう、と私は推察した。
――さて、観察終わり。
「まったく、人間はこれだから」
小馬鹿にした様子で何やら私たちを見てくるヤエトに、侍女頭がどうしましょう、と目で訴えかけてくる。私はかちゃり、と紅茶を置いた。うん、美味しかった。
……では、プランBといきましょうか。
「我が国の茶は口に合わぬと。失礼いたしました。事前に教えていただいていた時は、長も紅茶が好きだとお聞きしていたので」
「……ふん。最近はシア様は東国の飲み物が気に入っておられるのだ。東国の皇帝が献上して来た茶が特に、な!同じ人間でもカルディアより煌の方がよほど趣味がいい」
私が謝ると、ヤエトは鼻を鳴らした。
いや、だったら早く言えよ!とハリセンで再度頭を叩きつつ(もちろん、空想で)私は胸の前で手を組んだ。
「まあ!煌の皇帝のお茶を?それはどんなものでしょう!?」
人間と言っても、煌皇国の王族は、竜族の血を引く人々だから三百年は生きるっていうもんね。
カルディナ王国の人々よりよほど「同族」なんだろう。
私に話を促され気をよくしたヤエトは、滔々と語り出した。
「かの国の茶はすべて味わい深かったが、一番良かったのは鳳凰茶だな」
「それは、どのようなものでしょう」
「あの国で一番高い山でしか取れない茶で、茶葉が変わった形をしているのだ。湯にいれるとまるで羽ばたく鳥のように広がって……」
私はまあ!と手を叩いた。
「それならばよかったですわ」
「……何?」
私はパチンと指を鳴らす。スチャッとスタニスが現れた。
それまで無言だったシアが視線をあげた。私には興味がなくても、イェンの弟子であるスタニスの事は無視できないらしい。
「お呼びでしょうか、お嬢さま」
「スタニス、竜族の長は――鳳凰茶がお好みです。淹れてちょうだい?」
「かしこまりまして」
私がにーっこりと微笑みかけると、ヤエトがたじろぐ。
「――ちょうど、煌皇国の皇帝陛下が、我が女王に贈られた茶がございましたの。どうぞお楽しみあそばせ」
「く……っ」
ならば、とヤエトはあれが気に食わない、それは嫌だ、これがほしいとわがままを言い、私はその全てに応えて彼が望むものを(スタニスに出させて)目の前に陳列して見せた。
「他にも不足のものは、ございますか?」
彼が望むままに出される山と積まれた大陸中の菓子や茶や酒や生活必需品などを見て、ヤエトは渋面になった。
「今は、無い……」
「でしたら、ようございました。ほほほ」
勝った!!
私が、じゃないけど、ヴァザ家がお金持ちでよかったよ~!!ははは!!そして何より私と一緒に大陸中の今話題のものを調べて集めてくれたドミニクに感謝だ。私とスタニスは内心ほっと息をついた。
うんざりとした表情でヤエト青年は私を見た。
こざかしい、嫌な娘だと顔に書いてあるぞ……。あなたも黙っていれば優男なのに、性格の悪さが表情に現れてますよ!!
私たちの攻防を黙って見ていたシアが私の目の前で足を組みなおした。
「おまえの負けだな、ヤエト」
「わ、我が君っ」
「もてなしに感謝しよう、公女」
私は公女ってわけじゃないんだけど、まあ、いいか。
「もったいないお言葉です」
「――カルディナの王家ならば、大陸のものが容易く手に入る、ということを私に伝えたかったのか?」
皮肉な口調に私は首を振った。
「まさか!」
「――それにしては、ずいぶんな品を集めたものだ」
シアはスタニスを呼んで、茶をもう一度頼んだ。――西国、タイスの生姜茶が気に入ったらしい。
「これだけの品をそろえるのは、少しも簡単じゃありませんでしたわ。けれどお好みが厳しいと聞いていましたので、粗相がないように――、色々な方に協力してもらいましたの」
ドミニクにも、キルヒナー商会にも、タイスの方々にも頼んだし。なじみのない王宮の厨房の皆さんと北の料理について研究なんかもしてみた。
「滑稽だな」
さらり、と竜族の長は言った。
カガリと言う名の青年が、私とシアをやきもきしながら眺めている。
「と、申されますと?」
「叔父上との約束だから、王太子を寿いでは、やろう――。だが、私が彼女を祝福したところで、王太子の価値が変るわけでもないだろうに――。とらわれて愚かなことだ」
金色の瞳が私を見る。おまえの考えを話せと促すので、私はううん、と首をひねった。
「竜族の祝福が、王太子に何か変化を及ぼすわけではないんですね?」
「あたりまえだろう」
「じゃあ、よかったです」
私が言うと、ヤエトが不機嫌に私を睨み、シアは少しだけ興味深そうに私を見た。ヤエトが皮肉に私を見る。
「よかった、とは?ヴァザの姫は――やはりウォルト王家が気に入らず、王太子が今よりも特別な地位を得ることを望まないのか?」
人間ごときに興味はない、と言いながら、案外王宮事情に詳しいな。ヤエト。
私は笑った。ヤエトは無視して、シアを見る。
「私は――フランチェスカと友達なので。綺麗で、賢くて、一生懸命で、たまに――変な事で落ち込んでいる彼女が、好きなんです」
ピンクのドレスが似合わない、とかね。
「ですから、竜族の方の祝福で彼女の何かが変わってしまったら怖いわ。なので、彼女が大切に思っている儀式が成功するといいなと役目を果たしているだけ。――シア様たちは王太子の大切なお客様ですもの。――誠心誠意、接待させていただきますわ。何なりとお申し付けくださいませ」
シン……とその場が静まり返った。
私は背中に汗が流れるのを感じながら笑顔を保っていた。竜族を敬わないとは馬鹿者め!帰る!!
と言われたらもう、すべてが台無しである。
だが、ややあって、竜族の長は、フン、と小さく笑った。
――笑うと顔がいいな、と思ってしまう私を神よ、お許しください。
「なるほど、わかった。――友のために尽くす、というのは悪くない考えだ。西国の果実は気に入った。もう一皿貰っても?」
「ありがとうございます。すぐにお持ちしますわ」
わーん、怒ってなかったよー。よかったよー。
私はその場で崩れ落ちそうになるのをなんとか耐えた。スカートの中で膝が笑っている。
「公女の名前はなんだったか」
「レミリア・カロル・ヴァザと申します」
「レミリア。――歓待に感謝する」
ヤエトが苦虫をつぶしたような表情で、背筋を伸ばして、私に礼をした。
「歓待に感謝いたします。レミリア様」
「ありがとうございます」
うふふ、と私たちは顔を見合わせて微笑み合った。――この人とはあまり関わらないでおこう、と心に誓う。
「なんだ、喧嘩せずに仲良くやってるか?」
のんびりとした声が聞こえてきた。
窓からひょい、っと顔を出したのは、金髪の女性と一緒に城下町に遊びに行ったイェンだった。
「叔父上」
「イェン様!」
彼は何やら紙包みをもって現れた。
「シア、レミリアは俺の気に入りだ。意地悪をするなよ」
床に飛び降りた叔父に、シアが相好を崩す。
「叔父上の友人に無礼は働きません。――レミリアと友好を深めていたところです」
「そうか、お前が人間と仲良くできるなんてな……成長するもんだ」
「外交に好き嫌いは持ち込みません」
シアがしれっといったけど、私とスタニスは一瞬視線を交わし合った。
絶対嘘だよね、私情はさみまくってそうじゃん……。
「レミリア、ほら、土産ー」
「あ、ありがとうございます」
イェンが持ってきてくれたのはホカホカの芋だった。
あ、この時期美味しいですよね。
「買われたんですか?」
「竜族が来るっていうんで、城下はお祭り騒ぎだ。いろいろ露店が出ててな――これは、仲良くなった露店商の美人なばあさんがただでくれた」
にこ、っと微笑まれて私もとりあえず笑い返しておいた。
短時間でおばあちゃんまで誑し込むとは、さすがですよね、イェン様――。
あたたかいうちに食べなきゃなあと思っていると、シアがじっと私を見ているのがわかった。いや、私ではない。
正確に言うと、イェンが買ってきた、芋、だ。
――私は食べようかな、と思っていた口と、手を止めた。
「せ、せっかくですから、シア様も召し上がられますか?半分にしましょう。イェン様、それで、よろしいですか?」
イェンが構わないぜ、と笑い、私はホカホカの蜜芋を竜族の長にわけてあげる、という、滅多にない体験をした。
「叔父上が私に……、土産を……」
何やら小さな声で感動しているのを、私は聞かないことにした。
竜族の長、シアはイェンが好きすぎる、とはスタニスに聞いていたが、思いのほか重症みたいだ……。
これ、独り占めしてたら、拗ねて里に帰っていたんじゃないだろうか。
――変な人。変な人たち。
――まるで、子供みたいに自分の感情に正直な異人種。
彼らがへそを曲げずに、滞在期間中問題も起こさないように接待する、と言うのはなかなか骨が折れそうだ。
私はため息を隠すために、えいっとお行儀悪く蜜芋にかじりつく。
「うまいだろ」
無邪気にイェンが笑う。
「ええ、とっても」
答えながら、私はスタニスのイェン評を思い出していた。
「師匠が笑っているときは、たいていろくでもない事を考えているときです。――不機嫌なほうが、何倍もマシです」
と。
とっても、前途多難な気がするなあ……。
続きは15に~。
 




