思案 2
「……あまり、いい印象がないってどういうこと?」
心臓石についてジグムントは声を潜めた。
「強い力というか、……人を生き返らせるという伝承があるのですよ」
「えっ」
私は思わず心臓石を握りしめた。
人を生き返らせる?そんなことが出来るの?……。
「ですから心臓石を狙って人々の間で争いが生まれました。生き返らせる、不老不死になる、飲み込めば病がたちどころに快癒する――そんな効能を信じた人々の間で争いが起きました。ヴァザの王たちも血眼になって探し求めたと言います」
私は思わず石を握りしめた。
「そんなすごい能力が、ある、の——?心臓石に?」
声が上擦った私に、ジグムントはあっさり首を振った。
「ありません」
「えっ!ないの」
い、今までの煽りはなんだったんだ、ジグムント!私はちょっと口を尖らせた。
ヴィンセントとやっぱり血縁だな、この人は!怖がらせてちょっと観察するような、人の悪いところがあるよね?私がむくれているとジグムントは失礼、と咳払いした。
「……申し訳ありません、レミリア様。ある、という伝承があるだけです。美しいだけの輝石だと私は思います。事実としてヴァザの王は滅びましたし、不老不死になった人間はおりませんからね」
「それは……そうね」
「だが……竜族は好んで身守りに持つようですし、異能を持つ人々には何か効果があるのかもしれません……」
私は「お守りだ」と言ってこれをくれたイェンと「その輝石の効能をしらないのか」と呆れた竜族の長を思い出していた。
「心臓石を奪おうと諍いが起きたのは事実なので、私は好まないということですね」
「……そっかあ」
……イェンは、単にお守りでくれたのかもしれないけど。
竜族に作用するなにか、を知っていたシアにとっては、心臓石は厄介なものなのかも。
ううん、謎が深まったぞ。――心臓石については異能を持つ教会関係者に聞いてみようかな。
私はそれからしばし、ジグムントと会話を楽しんだ。老伯爵は体調が戻ったらまたカナンに戻るみたいだ。季節ごとに往来を繰り返すつもりみたい。
私はなんだかんだと話に夢中になっているヘンリクとヴィンセントを眺めた。
「私を仲介せずに、ヴィンセントと頻繁に直接会えばいいのに。ヴィンセントも喜ぶと思うし。私をだしにしなくても大丈夫というか」
ジグムントは一瞬視線をさまよわせた。
らしくなく、頬をかく。
「どうかした?」
「……おそらく、ヴィンセント・ユンカーは……『私を』だしにしているだけだと思いますが……。いやはや……」
「ジグムントを?」
「……いや、何でもないですよ、レミリア様。——私の屋敷は些か静かすぎるのです。レミリア様がヴィンセントを連れてきてくだされば、私も嬉しく思います。彼をお嫌いでなければ、ですが」
「嫌いなわけないわ。大事な友達だもの」
「友達ですか。あとで伝えておきますよ」
ジグムントが苦笑し、目を細めた。
視線の先にいるヘンリクとヴィンセントが何やら意見の食い違いがあったらしく賑やかに言い争いをしている。
「――平和な時代になったものです。女王陛下の側近の息子が、ヴァザ家の方と友誼を結ぶ……昔、いつかそうなると私に予言した男がいましたよ。ベアトリス女王の治世で、きっと平和な時代が来る。憎しみでもなく恐怖でもなく、友誼をもって我らが繋がる日が来るだろう、と。何を馬鹿なことを思ったものだが――」
「そんなことを言った人がいたの!先見の明があったのね」
「先代のカミンスキ伯爵ですよ。……彼は常に人と人の、利益と利益の、正義と正義の妥協点を探していた。いさぎよくない男だ小物だ。狡い奴だと私のような浅はかな人間に詰られても笑って流して……。今なら君の言葉がわかると、言ってやりたかったな」
最後は独白だったので、私は微笑んだだけで答えなかった。
私たち三人は夕食までごちそうになってジグムントの屋敷を辞した。
カナン風の料理は香辛料が独特で私は大好きである。——ヘンリクが辛い!と眉間に皺をよせていた。
帰り際、ジグムントがヴィンセントに尋ねた。
「君に会ったら、聞こうと思っていた噂があったのだ」
「え、はい。なんでしょう、伯爵?」
ジグムントは腕を組んで、孫をじっとみた。
「夜会で聞いた。——君は、領地の名家の令嬢と婚約したのか」
「婚約……?」
私はちょっと固まってヴィンセントを見た。——婚約!?
ヘンリクは面白そうに片側の頬を緩めている。
確かにヴィンセントにそういう話があってもおかしくないけど。そういう年齢だし。宰相閣下の大事な一人息子だし、引く手あまただろうし……、考えたこともなかったけど!
私がぽかんと口をあけてヴィンセントをみていると、なぜか翠の瞳が揺れた。
「ちが……。ごかい、誤解だ。レミリア、違う」
「私に、言い訳しなくても……いいと思うんだけど。私には関係ないし……知らなかったけど……」
なんだか言葉が喉につっかえる。
私が言うとヴィンセントは咳ばらいをした。
「母が何人かの令嬢を招いた茶会に僕を招いただけですよ。……そういう話は、すべてお断りをしています」
「なんでだ、ユンカー。いいじゃないか。早く結婚しろ。身を固めろ。なんなら紹介してやるし、どんな女でも僕は応援してやる。お前をさっさと片付けてしまいたい」
「――言い方!」
ヴィンセントはため息をついた。
「シン公子が身を固めるまでは、自分の事を考えるつもりは全くないので、お気遣いありがとうございます。ジュダル伯爵!」
「ちっ……」
ジグムントが、ふ、と笑った。
「――不躾な質問だったな。ご両親に、よろしく。——君もジュダル伯爵も注目の的だ。私のような隠居寸前の老人にまで噂が聞こえてくる。慎重に行動するといい」
私たちは顔を見合わせて頷き、ジグムントに別れを告げると馬車に乗った。
ヘンリクが私たちを見ると目を細めた。
「有名人だからな、お前たちは――僕もいろんな噂を聞くぞ。常に監視されていると思って行動しろよ――しばらくはまた、キナ臭くなる」
フランチェスカの立太子が近いから、かあ。
私は疲れたなあと息を吐いた。
「……いつまで、こんな風にみんなと会えるかしら?」
「うん?」
「ヘンリクとは、どうせずっと会えると思うけど。親戚だし――イザークやヴィンセントと、会う機会が少なくなって寂しいな」
本音が、つい漏れる。
――こんなことをいうと、レミリア様は王女の側近の子供たちに媚を売ってなんて陰口もあるんだけど。仕方ないもの。みんなともう、離れがたくなってしまった。
「ヴィンセント」
「なにか」
「私、ちょっとほっとしたの。ごめんね。——まだ、ヴィンセントが婚約もしないでいてくれて。ただでさえ会う機会が減ったのに。婚約なんかしたら、もっと会えなくなるものね」
子供みたいなことを言っているな、と自覚はあるんだけど、ヴィンセントもそうだね、となんだか歯がゆいみたいな顔をして微笑んだ。
――私が欲しいものはなんだっただろうな。
一族が滅びずに無事に生きていければいいと、最初はそれだけだったんだけど。
今は、違う。と思う。
家族を守る。それは大前提だけけれど。
好きな人たちと好きな時に好きに会って、自分の意志のままに生きていけたら、いいなと——。そういう未来を選び取る力が私にも、あればいい。
◆◆◆
後日。
花の匂いむせかえる女王の庭園に私は再び赴いた。
女王はいつものように少女のような無邪気な笑顔で、私を招き入れた。
「私のお願いへの、答えを告げにきてくれたのかしら?」
私は小柄な女王の前に膝をついた。
「陛下。私は幼いころからずっと陛下とフランチェスカ殿下に忠誠を誓ってまいりました。お二人のお役に立てるのならば、労苦を惜しみは致しません……力足らずではありますが、竜族の方々が王都にいらっしゃる間、フランチェスカ殿下のお側に仕えさせてくださいませ」
ベアトリスがほう、と息を抜く前に私は口を開いた。
「ただし、お願いがございます。陛下」
「……ただし?」
ベアトリスが視線に力をこめる。
「カナンの件は一度、棚上げをしていただけませんか?カナンはヴァザの領地ですが――国の要所。私のような未熟者が継承してよいかはわかりません。もしお許しいただけるならば、恩賞に何を望むかはすべてことが終わったあとに、もう一度、聞いていただけないでしょうか――」
女王は意外な顔をしたが、ややあって、微笑んだ。
「わかりました。必ず――」
女王は約束をたがえない。
私が彼女の期待に応える限りは。
私は王宮を後にして……、馬車中でお行儀悪く背伸びをした。よし、やると決めたからには
屋敷には帰らずに、まだ行くところがある。国教会だ――その前に……。
馬車の扉が軽くノックされる。
待ち人に私は目を細めた。
「お呼びたていたしまして――」
「まさか、姪から逢引の連絡を貰うとは思わなかったわ」
ヴァザの美女――反女王派の中心人物である、シュタインブルク侯爵の妻オルガは嫣然と微笑むと、私の馬車に乗り込んだ。
「お待ちしておりました、伯母上」
「いいのよ、暇をしていたし。どんな相談?」
私はにっこりと微笑んだ。
「伯母上、私、伯母上にどうしても聞いていただきたいお願いがあるのです」
「まあ、どんな?」
愛くるしい笑顔に、私もせいぜいにっこりと微笑み返した。
「伯母上に、お亡くなりになってほしいのです」
――私のあまりなお願いに、さすがに、あんぐりとオルガ伯母は口をあけた。




