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思案 1

 女王陛下とその後、少し話をし私は何も約束をせずに王宮を辞した。

 帰宅してすぐ、父上に女王陛下の話をすると……彼はこともなげに言った。


「その話は私からも打診をしていたね」

「私が爵位を得ることを、ですか?」

「まったくありえない話では無いだろう?」


 確かに、そういう事もありえるよねー……みたいな会話はした覚えがほんのりある。

 ……レミリア・カロル・ヴァザ、カナン伯爵。

 ううん……なんか、重い響きだ。


「カナン伯爵ジグムントは高齢だ。後継もいない。公式には、ね。となると爵位と領地が空白になる。しかし、カナンは要所だし、滅多な人間には継がせたくない……私もベアトリスも」


 父上はトントンと机を叩いた。

 何かを考える時の父上のくせだ。

 ジグムントの後継はいない。継ぐとしたらヴァザの誰だろうな。ヴァザ四姉妹のうち、次姉の息子か……。もしくは私か。


「ヴィンセント・ユンカーが義父を捨ててジグムントの養子になるというなら話は別だが。ユンカーが許さないだろうし、まあ……彼も望まないだろう」

「それは、そう思います」


 ヴィンセントがどれだけ父親を誇りに思っているかはなんとなくわかるもの。


「私が伯爵位を継いだら……、ですが。そもそもカルディナで、爵位を女性が継承するのは一般的ではないのでは?」

「ベアトリスが王位を継ぐ前に、実は法律は改正されている」


 ――爵位を継ぐべき男児がいない場合、国王が認めれば、血縁の女性が爵位を継げる……のだという。

 適用された例はほとんどないみたいだし、私も聞いたことがない。


「私が伯爵になれば、ヴァザの面々や、旧王家の人々はフランチェスカを断罪しづらくなりますね」

「うん?」

「女性が公的な地位に就くのは、無理があるのではないか、という」

「そうだね。ベアトリスは君を風除けに使いたいのかもしれない。腹が立つ?」

「まさか!打算なしでベアトリス陛下が私にそんな話をするとは思っていないので……」


 ベアトリスに打算があるにしろ、私にも利点は結構ある。

 もしもヴァザ公爵家が取り潰されても、伯爵位があれば生き残る可能性が増える。

 それにカルディナで誰かの付属物ではなく、女性が地位を得られる機会なんてそうそうない。

 私は……、欲しいな。自分の立場が。

 だけどカナンは難しい土地だし、気苦労が多そうなのは目に見えている。それに私に領地経営の才能なんてあるだろうか……。

 気後れしかしない。


 私は気難し気な老伯爵の横顔を思い出した。

 ジグムントはどう思っているんだろうか。


「父上、……ジグムントのところへ、遊びにいってこようかな……と思っております。つい先日、少し体調を崩したと聞きましたし」

「そうするといい。……彼が喜びそうなものでも持っていくといいさ」


 ジグムントが喜びそうなモノ、かあ。

 そうすると一つしか思い浮かばないけどな。

 私は自室に戻って、「彼」に手紙を書くことにした。

 ちょうど……私に話があるって言っていたしなヴィンセント。




 ◆◆◆◆◆


 よく晴れた日に、ヴィンセント・ユンカーは降ろしたてなのか白く眩しいシャツに黒いジャケットを羽織り、帽子を被って現れた。

 なんだか紳士度が増してて、ちょっと変な気分。

 私の侍女たちがすこし色めき立つのが分かった。


「お招きをありがとうございます、レミリア様」

「お呼びだてしてごめんなさい、ユンカー様…………、とヘンリク」


 ヴィンセントの背後からひょい、と顔を出したのはジュダル伯爵位を継いだヘンリクだった。

 つい昨日いつものようにヴァザ邸に遊びに来ていたヘンリクは、スタニスから私とヴィンセントがジグムントの王都の屋敷に行く……というのを聞きつけて、同行することになったのだった。


「まさか伯爵もご一緒とは思いませんでしたね?」


 ヴィンセントが肩を竦めた。


「呼んでないのに、来るっていうから」

「馬鹿をいえ、未婚の男女が二人きりで出かけるなんてことが許されるわけがないだろう。ついて行ってやる僕に感謝しろ!」


 偉そうなヘンリク様に私は口を尖らせた。


「二人きりじゃないわよ!スタニスと行くつもりだったもの!」

「おバカめ。どう考えても不自然だろ。僕とレミリアがジグムントの見舞いに行って、僕が大の仲良しのヴィンセント・ユンカーを誘った方が自然だ」


 いつのまに?大の仲良しに?

 私は半眼になったけれどヴィンセントは苦笑している。

 助かったよ、と笑った。


「伯爵のご機嫌伺に行きたかったんだけれど僕一人ではなかなか……レミリア様と二人が一番良かったけどね?」

「馬鹿もやすみやすみ言え、ユンカー」

「はは、悪かったよ。ヴァレフスキ。正直助かる。サウレ先生がご一緒できないのは、残念だけど」

「スタニスも残念がってたわ。風邪だって……」


 鬼の霍乱、青天の霹靂。

 私の記憶が確かなら、寝込んだスタニスなんて初めて見る。

 スタニスは昨日からなんだか具合が悪い、と言って寝込んでしまっているんだよね。なにか滋養のあるものを作ってあげなきゃ。


「祖父を訪問するのに理由なんかいらないだろう。——なんなら共通の趣味があって教えを乞うている、って設定にでもしとけよ」

「共通の趣味って?どんな」

「骨董収集とかな?ジグムントは結構なコレクターだし、おまえも爺むさいからピッタリだろ」

「……悪かったな、若さがなくて」


 言い合う二人のおかげで馬車はずいぶんと賑やかだった。ああ、でもそうか。

 ジグムントって骨とう品とか好きなんだ。ヴィンセントの懐中時計も結構凝った逸品だったもんなあ。

 ジグムントの見舞いに行くと、思っていたより元気そうだった老伯爵は喜んだ。

 私たちはおまけでヴィンセントが本命かもしれないけれど、気難しい老人がふいに笑顔を我慢できなくなる瞬間を目にするのはなんとなく、こそばゆくて楽しい瞬間だった。


 ……いい方向に変わればいいのにな。全部が。


「これは珍しいな。東方の剣だ」

「あちらの剣は刺すんじゃなくて斬るのが主な用途だからな。カルディナのそれとは形状が違うんだ」

「まるで鏡みたいだ」


 和やかに茶を楽しんで、ヴィンセントとヘンリクが二人でジグムントのコレクションを見ながら、ああだこうだと話している。本当に仲良しじゃない?いつの間に?

 私はジグムントにこっそり、カナンの事を聞いてみた。父上から内々にどうか、と心づもりを聞かれていたらしい老伯爵は考え込んだ。


「私には喜ばしいことではありますが、カナンは少々特殊な土地ですから。レミリア様はご苦労なさると思います……、爵位を継ぐとなれば、ずっと王都にいるわけにはいかないでしょうし。……代理を立ててご自身は王都におられてもよろしいですが……」

「私の未熟さが気になる。ということ?」

「失礼を承知で申し上げれば、そうですね……レミリア様が未熟と言うより、お嬢様はそのような教育を受けてはいらっしゃらない」


 ごもっとも、とうなだれるとジグムントは苦笑しつつ、つづけた。


「無礼な意見をお許しください。レミリア様は人と人を繋ぐのに長けておられるように思っております。ですが、カナンは過酷な土地です。信頼できるご夫君を見つけてその方を支えるか……もしくは、紛争地とは離れたメルジェのような土地や、あるいは商業都市を治めるのが向いておられるようにも……、思います。カナンは少々血なまぐさい……レミリア様のように西国の血筋の者にも分け隔て無い領主を戴くことが出来れば、カナンの民には幸運でしょうが」

「……よく考えます」

「もし、カナン伯になられるのであれば微力ながらお仕えいたしますよ」

「ありがとう」


 私は礼を言ってから、ふと思いついて聞いてみた。


「ジグムントは色々な骨とう品を集めるのが好きなのね?」

「そうですね。昔の……竜族が人にもたらしたものなどを、集めておりましたよ」

「では、心臓石なんかも……由来を知っていたりするかしら?」


 私が胸元に手を当てて尋ねると、ジグムントはほんの少し、眉間に皺を寄せた。


「あれは、途方もない価値のある輝石ですが……私はあまり……、どちらかと言えば、不吉な印象を抱いておりますね」


 そ、そうなの?

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[一言] 祝200話です! ついに心臓石の話に…次が待ち遠しい!
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