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申し出

 女王陛下のお茶会と言うから、私は豪奢な部屋の中で大勢の給仕に囲まれて……という状況を想像していた。


 当然私も着飾って何人も侍女を伴い……(と言っても、私の侍女には爵位を持つ家の出身者はカミラ以外は今はいないので、何人も引き連れて女王陛下への謁見は無理かもしれない)というかなり気が重いものになるかと思っていたんだけど。


「私の庭園にお招きするわ。屋外なので楽な格好でいらしてね」


 云々。

 といった具合のことをベアトリス女王から伝言で受け取り、私はカミラと共に王宮の奥深くへと訪れることになった。


「不調法をしてお叱りを受けなければよいのですが」

「ベアトリスは気さくな人だよ。そう怖がることもない……私たちが目障りにならない限りは、ね」


 とは父上の弁。


 後半の言葉が非常に恐ろしいんですけど!?


 そもそも目障りでなくても危害を加えてくる人なんて権力を持ったらダメでしょう。

 一族の中にはチラホラ倫理観のない人がいるけどさ。

 目障りにならないように大人しく生きている我が公爵家ではあるけどーー担ぎたがる人たちがいっぱいいるんだよね。

 どうか私のあずかり知らぬところで火種がありませんように。


「公女殿下、どうかこちらへ」


 女王陛下の侍従に先導されて足を踏み入れたのは王宮の奥深くで――私は少し気後れした。こんな奥まで来たこともないし。屈強な近衛騎士が私の背後には二人着いて来ている。

 ーーー無事に返してもらえるかな、なんてちらりと不安に思う。

 ベアトリス陛下は公平無私の賢君だ、ということは私も知っているのだけれど。安定した治世のためにはヴァザの娘というのはどのくらい目障りだろうか。

 弟が産まれた今は、たいして脅威ではないのだろうか、なんてことを考えてみたりする。


「陛下はすぐにおいでになりますので」


 通されたのは本当に庭園だった。


 モザイクのテーブルで茶をいただきながら辺りを見渡す。


 この季節に東西南北どちらをみても花が咲き誇っているのは庭師の腕がいいとしか言いようがない。ベアトリス陛下も、花や木を愛でるのが好きなんだな、と思いながら私は庭園を見渡した。

 我が父上は薔薇ぐるいだけど、女王陛下は背の高い木やいろんな植物を好むみたいだ。


「あら?薬草もたくさんある!」


 女王陛下がまだ来ないので、私は騎士に許可をとって椅子から立ち上がった。


「公女殿下が望まれるのなら庭園をご自由に散策なさってください、とのことです」

「散策だなんて、遠くに行ったら戻って来れなさそうだからこの辺りだけで十分よ。ーー薬草を陛下も育てていらっしゃるのね。あら、これなんか北部の一部にしか自生しない薬草だわ!」


 赤紫の糸のような花弁が数百枚重なっているその花は、実は薬草だ。葉をみれば多肉植物なのだとわかる。

 葉は煮詰めて傷口に塗ってもいいし、煮詰めたら薬になる。


 お酒の飲み過ぎに効く植物だよ。

 君が飲み過ぎないといいけれど……。


 なんて添書きと共にテーセウスが贈ってくれた種子から私も育てていたりする。

 ベアトリス女王は、歴代のカルディナ国王と比べて魔女たちを厚遇している。ーーというよりもヴァザ王朝時代は異教徒を積極的に排斥していたから、先代国王になってそれが改められた、というべきか。

 以前に比べれば我々の暮らしはずっと楽だよ、とテーセウスがなにかの拍子に呟いていた気がする。


 ひょっとしたら、この薬草を贈ったのもテーセウスなのかな。とほんのりワクワクしているとーーー


「あなたはいつも楽しそうね、レミリア」


 背後からしっとりと落ち着いた声で名前を呼ばれた。


「陛下」


 私は振り向いて、彼女に向かって礼をとった。招きに礼を言うとベアトリスは楽に、と笑った。

 いつもは結い上げて編み込んでいる髪を緩やかに背中に流している。——今まで彼女を見た中で、一番、身軽な格好かもしれない。


「薬草に興味があるの?フランチェスカが貴方は薬草に詳しいんだとほめていたわ」

「少し興味があるだけです、陛下。まだ学んでいる最中なので詳しくはないのですが――」

「学ぶ?」

「独学と……あとは、メルジェであった北の魔女にたまに教えをこうています。陛下はご存じかもしれません。シン公子の養い親だった、テーセウス先生です」


 ベアトリスはくすりと唇に笑みを乗せた。


「彼の事はよく知っているわ。姉が親しかったから」


 シンの母君のことだろう。

 先代国王の私生児で、半分は北の魔女だったという……。

 そうか、それで陛下とテーセウスは知り合いなんだな。


「テーセウスと文通をしているの?」

「文通と言うほどではないです。質問に答えてくださるだけで……そういえば余計なことを書くのは私だけで、先生はあまり暮らしの事を書いてはくださらないんですが。あまり心を許していただいていないのかもしれません……」


 もう何年も文通してるのになあ!私が多少嘆くとベアトリス女王は小さくふきだした。


「大丈夫よ。あのめんどくさがりが何年も手紙の交換をするんだもの。あなたは気に入られてるわ」


 私はちょっと目を丸くした。

 ベアトリスの姉が、というよりも彼女自身がテーセウスと親しかった、というような口調だったから。私の表情に気づいたのか彼女は肩を竦めた。


「少女時代に私は北部で一年ほど療養していたことがあるの。ま、どこも悪くなかったのだけど、父王から北部に行って姉と友好を深めて羽根を伸ばして来いと言われてね……そこで姉とテーセウスとよく遊んだわ。あなたとシンみたいなものかしら」

「そんなに親しくされていたんですね!――今度あったら伺ってみます!」

「ええ、そうしてちょうだい。王都に遊びに来ないか、と誘ってみて。私がどれだけ来てくれと言っても王都には来てくれないけれど、愛弟子のいうことなら聞いてくれるかもしれないわ」


 女王は私の手を引いて色々な薬草を見せて教えてくれた。その説明は詳しく、わかりやすい。

 ――私よりも全然詳しいなと恥じ入る思いだ……私の何倍も何倍も忙しいはずなのに、どうして薬草の知識まであるんだろう。すごいな。

 もうちょっと勉強を頑張ろうなんて思いつつも私は彼女の手首の細さに気づいてそっと目を伏せた。

 ――女王陛下はつい先日、倒れている。そもそも。ゲームの中でも倒れた人だし……。

 今でも全快というわけにはいかないだろう。

 あまり歩かせたら辛いんじゃないかと思って私は彼女に尋ねた。


「陛下、薬草について教えていただけるのも私は光栄ですが……このためにお呼びいただいたのではないでしょう?今日は私になにかお話があるのではないですか?」


 ベアトリスは私の心境に気づいたのか、悪戯がみつかった子供のようにちょっと肩を竦めた。

 こわい方ではあるんだけど、ふとした仕草が可愛らしい。こういうところは我が三番目の伯母上、オルガにも似ているかも。


 私はガーデンテーブルで女王と向かい合った。

 妙な気分で、緊張するなと思っていると、茶を飲みながら彼女は微笑んだ。


「テーセウスだけじゃないわ、スタニス・サウレもお嬢様、が一番大切だし、あの偏屈なイェンも貴女を妙に気に入っているわね?」

「……そ、そんなことは、ないと存じますが?」


 思わぬ名前に私は冷や汗をかいた。イェン?ここでイェン?


「シンも貴女が好きだし」

「好きというか、親しくしていただいてはおります」


 ベアトリスは猫を思わせる可愛らしい目で微笑んだ。


「シアとも仲良くなったのですって?」


 私は思わずカップを取り落としそうになった。

 こ、これは。この前の長雨のシアとの邂逅が女王に伝わっている!?まさかあの時のメルジェの街の責任者が私の事を妙な風に吹聴したのではなかろうか!

 王女を差し置いて竜族の長と仲良くなった公女……なんて思われて、ベアトリス女王の不興を買ったらどうしよう!

 私が平静を装って女王を窺うと、彼女は……特段、不快そうではなかった。


「褒めているのよ。あなたの長所はね――ついほおっておけなくなるところかしら?皆がついかまいたくなってしまう。手を貸したくなってしまう」

「こ、光栄です」

「貴方のお祖父さまも、先代カミンスキ伯爵もそうだったわ。食えない人だったけれど、つい彼の頼みなら聞かないとおれないようなところがある人だった。根底が慈愛に溢れた人だったから……嫌われたくなくて、つい無理を聞いてしまうの。自分のためのわがままは言わない人だったし。あの父でさえ、彼の事は最後まで手放せなかったわ」


 思わぬ言葉に私はすこし、しんみりとした。

 凶刃に倒れた祖父は、確かに朗らかで、人に好かれる人だったな……と。私が物思いに浸っていると――、女王は微笑んだまま、言った。


「その、あなたの素質を見込んで、仕事を頼みたいの」

「……そ、素質?仕事です、か――?」


 ぎょっと私は身を引く。


「ええ、そうよ。あなたは西国の王子との交流も見事やり遂げたわ。今度もどうか私に力を貸してちょうだい」


 西国のあれは私の手柄ではなく、父上がすべておぜん立てをしていた。

 ……私はただ流されていただけだ。

 私がなんと答えてよいものかわからずに女王を見つめていると、彼女は微笑んだ。


「――竜族の長であるシアが、王都に来るわ」

「ぞ、存じております。フランチェスカ殿下の立太子を寿ぎに……来られると……そ、そういう慣習であったかと……」


 カルディナ国の伝統だ。

 立太子の式典には、かならず竜族の長(もしくはその跡継)が来る。

 ヴァザ王朝の最末期の動乱……数年でころころと王が代った一時期をのぞけば、その慣習は今も続いているはずだ。


「竜族に好まれ、さらに人をつなぐ才のある貴女に、彼らの饗応役の一端を担ってほしいの」

「――わ、私がですか?陛下、それはあまりにも無謀ではないですか?私は若輩者ですし」


 思わぬ依頼に、私は戸惑って首を振った。

 饗応役?竜族の!?


「いいえ、無謀ではないわ。あなたがいいのよ。レミリア。もちろん、貴女にも利益が生じるように取り計らいましょう」


 続く言葉に私は言葉を失った。


「――貴女をカナンの伯爵に任じましょう。正式に」


 は、伯爵!?

 私はあまりのことに行儀悪く、ぽかんと口をあけてしまった。



次回はまた月末に。

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