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長雨 6

 スタニス・サウレの生まれた時の名前はユエ、という。

 竜族には東方由来の名前が多いが彼のそれは……月を意味する。

 スタニスが付き合いのある竜族なんて、イェンとテーセウスだけかと思っていたんだけど、この美形二人も知り合いなの?私が驚きと共にスタニスをみると、彼は眉間にシワを寄せて固まっていた。

 ―――珍しいことに、ヤエト青年の拘束から逃れられないらしい。


「ふふっ!そうかあ。なるほど、イェンのお気に入りはてっきりどこかでのたれ死んだと思っていたが、生きて、しかも人の世界で生きていたとは……面白いことだ!」


 ヤエトが肩を組んでけらけらと笑う。

 スタニスが嫌そうに身を捩った。―――が、ヤエトは離そうとしない。


「せっかく首環を外されたのに、いまだヴァザに尻尾を振るのか?酔狂なことだ!」

「……どうも。私のような者を覚えておいでとは、光栄です……」


 スタニスは明らかに嫌がっている。

 私はちょっと考えて、ヤエトに声をかけた。


「ヤエト様はスタニスとお知り合いなのですか?」

「ええ、お嬢様。この男がお嬢様くらいの歳の頃に一時期、たーのしく一緒に暮らしてましたよねえ?ね?冬の間……3ヶ月くらいだったっけ?」


 スタニスは無言でひたすら嫌がっている。


 イェンに対しても嫌がってるけど、あれは多分一種の照れもあるんじゃないかなあと私は思う。

 ジジイとか悪いやつとか悪口はボソッと言うけど、西国でも二人で朝まで飲んだりしてたし、なんだかんだスタニスも素に戻ってるし、イェンは(多分)スタニスが大事だから私にもいろいろと親切にしたりちょっかいをかけたりしてくれるんだろうし。

 なんだかんだで切れない腐れ縁って感じはするんだよね……。

 だけど、ヤエトに関しては嫌がってる印象しか受けないのだ。


「ヤエト様。スタニスは嫌がっているようです。手を放してくださいますか?」

「おや、これは失礼……。いいご主人じゃないか……」


 私は主人じゃないけど、と思ったけどもややこしそうなので否定はしないでおく。


「申し訳、ございません。お嬢様」


 解放されたスタニスが、私に謝る。

 ……なんか、あまり、好きになれない人だなと私はヤエト青年を見た。

 綺麗な黒髪にどこか酷薄な色をした金の瞳は冷たく感じる。


「スタニス、こちらの方々とはお知り合いなの?」

「ええ、お嬢様。……竜族の……ヤエト様と……………」


 スタニスは非常に言いにくそうに私たちを見守っていた金色の髪の青年に視線を動かした。


「……その、ご主人様、ですかね」

「……ご主人……?」


 そういえば、我が君と呼んでいたのを思い出す。

 ……我が君なんて呼称でよばれ、私を王女と間違えて、さらには公爵の名前を聞いても意に介さない……。

 フランチェスカ王女が「招いた」竜族なんて、思い当たる可能性は一つしかない。


 私は勢いよくスタニスを振り返った。口をパクパクさせる。スタニスも口パクで答えてくれた。


「(……ええっと……ひょっとして、竜族で一番偉い人?長?)」

「(……さようでございます、お嬢様!)」


 へ、へえ!竜族の長にこんなところで会えるなんてラッキー!!

 ……と言えばそうだけど。

 二人はあまり友好的には思えないうえに、王女がまだ会えていない竜族の長に公爵家の私が先にあってしまう、というのはあまり喜ばしい状況ではない。

 この町の責任者もこの場に居合わせているし「公女殿下が竜族の長に祝福を受けた」とかありもしないことを吹聴されても面倒そうだ。


 私は再び頭を下げた。

 よし、逃げよう。


「私にもスタニスにもお声をかけていただき、ありがとうございます。……急ぎますのでこれで。どうかお二人の旅路にも大神のご加護がありますように」

「待て」


 竜族の長は私を制止した。

 ……私はゆっくりと振り向いて、にこやかに尋ねる。


「あの……何か?」

「先程、聞いただろう。心臓石をなぜもっているのか、と」

「ですから、イェン様が……私に下さったのです。ちょうどメルジェにいらしたときに偶然お会いして、旅のお守りだと言って」

「……人の子にはそれは過ぎた宝だ。戻してもらおうか。そもそも、何の意図があってあの人はそんなものを人間の娘などに……」


 私は……絶句した。

 確かに過ぎたものなのかもしれないが、この人に戻せと言われて従う理由はない。

 さっきから名乗りもしないし、いい加減ちょっと無礼なんじゃないかな!と、ちょっぴり不快な気持ちが表情に出る。


 竜族の長はそれに気づいたのか、再び口を開いた。


「……そもそも心臓石は……」


 彼が何かを言おうとしたとき、私たちの頭上をサッと黒い影が過った。

 影の動きにつられて頭上を見上げ、逆光でまぶしさに目を細めていると、耳に覚えのある甘い声が降ってきた。


「……ったく!こんなところで同族の気配がすると思えば、何してやがる!」

「イェン様っ!?」

「……爺……」


 私とスタニスがほぼ同時につぶやき、竜族の長も声を上げた。

 彼は軽やかな動作で砂竜を竜族の長の横に降ろし、無駄のない動きで地上に、トンと降りた。


 街の責任者の男性は、ひええ、と小さく悲鳴を上げた。


「竜族が三人も!」


 いつ見ても、かっこいいなあと。私はほんの一瞬ウキウキした。

 顔の造作なら竜族の長だって負けず劣らず美しいけれど、イェンはどこか危うい雰囲気があって、私はときめいてしまう。

 悪い奴、大好き……。


 ぱあっと笑顔になった私に気づいてイェンは竜族の長の横を素通りして私に近づいてきた。

 なぜだか竜族の長はショックを受けたような表情を浮かべ、ヤエト青年は対照的に無表情になってイェンを一瞥すると視線をそらした。

 イェンは彼らを一顧だにしない。


「レミリア、と、スタニス。なんだってこんな所にいるんだ?物見遊山、ってわけでもないだろう?」

「ご無沙汰しております、イェン様。その長雨が気になりまして……」


 私が簡単にここまで来た経緯を説明すると、ご苦労なこった、とイェンは首を傾げた。

 相変わらず彼はいろんな国を飛び回っているのかな?


「イェン様はまた探し物の旅ですか?」


 私が訪ねると、イェンは実に楽しそうに微笑んだ。


「いいや……、探していたものは見つかったんだ。だからもう、何も目的はないんだがな」

「探し物がみつかったんですか!?それはよかったですね!探していらっしゃったものは何だったんですか?」

「……ああ、本当に喜んでいる。いつか教えるよ」


 無邪気な感想にイェンが綺麗な微笑みで返してくれる。

 私はちょっと赤面しそうになり、しかしその和やかな会話を竜族の長が阻んだ。


「イェン、今までどこへ出かけていらしたのです!私に無断で……!」


 青年の叱責……というより拗ねた子供のような物言いに、イェンがチッとあからさまに嫌がって舌打ちをする。


「友人のところで、遊んでいた」

「勝手をされては困ります!人の里には我らは関わるべきではないと何度も……」

「お前が気にするほどかかわってねえ。おまえが小言を言うから、たまには里にも帰っているだろう、顔を見るなりうるさく構うな、シア」


 竜族の長の名前はシアと言うらしい。名前を呼ばれた途端に、彼は叱られた子犬のような顔になった。


「……叔父上!」


 んんん、叔父上っ!?

 私が思わぬ言葉に目を剥いていると、スタニスがそっと耳打ちしてくれた。


「……当代の竜族の長はイェンの異母兄の息子なんだそうですよ……」

「い、イェン様ってすごい身分の方だったのね」

「……みたいですね」


 私が驚きをもって二人をみていると、シアという青年はイェンになおも懇願しはじめた。


「ここでせっかく会えたのですから、私と一緒に里へ戻ってもらいますよ」

「は?二人で帰れよ。俺はまだ用事がある。せっかく弟子たちにも会えたしな。もう少し遊んで帰る」


 親指で指名された弟子、スタニスは頬をひきつらせて唸った。


「遊ばねえよ!……爺、帰れ……そして二度と顔を出すな……」


 スタニスのうめき声が聞こえていたらしいイェンは機嫌よさげに口の端をあげた。

 シアは悲し気な表情で、イェンに詰め寄る。


「叔父上、私を邪険になさらずともよいではないですか!私は貴方の唯一の甥だというのに、私ではなく、そこのユエや人間の娘の方が貴方には好ましいとでも言うのですか?」

「うん、そう」


 あっさりとイェンが頷き、シアは何かに殴られたかのような痛切な表情を浮かべ、ギギギと私たちを見た。

 私とスタニスはひぇとびくついて、一歩下がる。

 な、なんだろう。叔父甥の会話というより浮気された奥さんみたいな反応で怖いんですけども!

 シアは私たちを見比べ、はあ、とため息をついてイェンに聞いた。


「叔父上……イェン、その娘に心臓石を渡したというのは本当ですか?」

「ああ、やった」


 簡潔な答えにシアは再び深く息を吐いた。

 私をちらりと見る。


「あなたは……レミリアと言ったな」

「え、はい、レミリアです……」


 いきなり水を向けられて私は間の抜けた声を出した。


「イェンがそういうのならば、仕方がない。その輝石の所有を許可しよう。だが……それがどんな輝石なのか知っているのか?」

「お守りだと……」

「話にならない。――用途を学べ。手に負えないと思ったなら私に返せ。所有していることを周囲には漏らすな。危険な石だからな」

「……承知、しました」


 危険な石なの?お守りじゃなくて?

 私がイェンを見ると、彼は少しだけ笑んで、肩をすくめただけだった。

 ……このかっこいい人が、悪い人だったのを私はちょっとだけ思い出した。


 それから、とシアはスタニスに視線を移した。

 ――猫に睨まれたネズミのようにスタニスは身を縮こまらせて、私の後ろに隠れようとする。

 だめじゃん!護衛になってないじゃん!スタニス!!

 私は叫びそうになったけれど、スタニスが私を頼るなんてたいそう珍しいことなのでちょっと背伸びをしてかばってみた。丸見えですけど、たぶん。


「スタニス・サウレ。私は以前に言ったな?次会うことがあれば命はない、と……」


 スタニスは実にいやそうな表情で否定した。


「訂正させていただきますよ、シア。……次に里に来るようなことがあれば殺す、でしょう。ここはあんたの家じゃない。あんたの嫌いな人間の領地ですから。どうぞ、お早いお戻りを!」


 シアは小さく舌打ちした。

 なるほど、そういう顔は少しイェンに似ているかも。イェンが珍しいことに仲裁に入った。


「こんなところで喧嘩をするなよ、シア。俺はスタニスとレミリアと旧交を温めて戻る。おまえは先に戻っていろ」

「……そう言って、また何年も戻らないつもりでは?」

「戻るって言っているだろう、本当に口うるさいな」


 縋るシアの手をイェンはすげなく払った。私はほーん、と些か邪な目で二人を眺めた。

 ……浮気男を責める、痴話げんかにしか見えなくなってきたじゃない?


「お嬢様……妙なことを考えないで下さいね?」


 スタニスの鋭いツッコミに、私は表情を戻した。

 とにかく、この場を去ろう。なんだか面倒ごとの匂いがする。


「それでは、私はこれで失礼いたします……シア様、いずれフランチェスカ殿下の立太子の式典でお会い出来るのを楽しみにしていますわ」


 私がにこやかに礼をすると、竜族の叔父甥はぴくり、とあからさまに動きを止めた。

 ……ん?なんか変なことを言ったかな。

 フランチェスカが秋に王太子として立つのは決定事項だし、シアが言った「王女からの書簡」はきっとそのことなんだと思うんだけど。

 カルディナの国王は、王太子になる時に竜族の長が寿ぎにくるのが慣例なのだ。


 ……てっきり、来るものだと思っていたけれど。

 しばしの沈黙の後に、イェンが笑った。


「そうだったな?シア……おまえ、行くんだろう。カルディナに」

「……その話は……」


 シアが嫌そうに鼻に皺を寄せた。


「お前がカルディナへ行く、とこの場で約束するなら、三日の後には里へ帰る」


 イェンの言葉に、それまで黙っていたヤエトが口を開いた。

 視線に憎悪が混じっている。


「……無礼な。いかに血縁とはいえ、長の決定におまえごときが口を挟むとは……」


 イェンは朗らかに笑い飛ばす。


「黙ってろ。おまえの意見なんざ俺もシアもどうだっていい。どうする?シア」


 シアは沈黙の後、……苦々し気に私を一瞬睨んで、肩を落とした。


「いいでしょう。行きますよ……ただし、三日の後に貴方が私の元へ戻って来たならば、です。いいですね?お待ちしています」


 竜族二人は飛竜にのって飛び去り、人間たちは戸惑いの中に残された。

 イェンだけが上機嫌で……「じゃ、今日の宿は頼むな!」とスタニスの肩をたたいている。スタニスはふざけんなボケ、と青筋を立ててイェンを蹴ろうとしてあっさり交わされている。


 私は呆然と北へ飛び立った青年の背中を眺めていた。

 ……王太子の式典、来ないつもりだったのかな、ひょっとして。


 …………な、なんか私、やっちゃいました?


 私は背中に汗をかきつつ、虚空に呟いてみた。


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― 新着の感想 ―
[一言] >やっちゃいました? 意外と余裕の残ってるレミリア様
[良い点] なるほど、これが「祖父譲りの外交センス」というものか
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