旅路 6
ヴィンセントは少し沈黙してから、言った。
「海より、砂漠の方が、綺麗ですよ」
「そうなんですか?」
「太陽を反射した砂が金色に光って、見渡す限り何もなくて。あつくて、ひとりぼっちで……だけど、俺は好きだな」
どこか遠くをみる表情を私は横から伺った。また薬が効きはじめたのか、彼の眼差しは潤んでいる。
ヴィンセントは砂漠に行ったことが、あるんだろうか。ひょっとしたら、故郷なのかも。聞いてみたいけれど、教えてもらえなかったら寂しいので、口に出せない。
私は船縁に頬杖をついて呟く。砂漠は、見たことがないな。
「見てみたいな」
海も、砂漠も、それから北の森も。いつか行けたら楽しいだろう。行ける日が来るかな。
ハナの赤ちゃんが大きくなったら、私を背中に乗せて飛んでいってくれるだろうか。私がぼんやり未来に思いを馳せていると、くしゃりと、頭の上に何かが置かれた。
(……はい!?)
私は思わずびく、と肩を奮わせて固まった。頭に置かれた手が、私の髪を、なおもくしゃくしゃとかきまぜる。その手の持ち主は……。
ヴィンセント!?な、なにしてるの?
「……………」
「……………」
私達は、無言で向かい合う。
ヴィンセントはぼんやりとした目で私を見つめていたが、己の右手の在りかを確かめ、私の驚愕に見開いた目を見つめ、視線を往復させ……、一呼吸遅れて、バッと手を離した。
「っっ!失礼!間違えた」
何をだ!
「てっきり……、いや、その……シンかと……いや、…た…大変、失礼しました、……レミリア嬢」
しどろもどろになったヴィンセント・ユンカーは渋面になると「薬が、効き過ぎたようです」と言い訳をして、私にもう一度失礼、と短く謝罪すると、甲板から船室へと逃げるように姿を消した。う、うんお大事にね。
び、びっくりした。
完全に慰めモードでいい子いい子されたよ。ドミニクがシンにするみたいな。……あれかな。昨日からあまりにイェンが子供みたいに私の頭を撫でるので、ぼんやりしたヴィンセントも釣られたのだろうか。
ひとりになってしまったので、私はまた船尾に戻った。そこではスタニスとイザークが稽古をしているはず、なのだが。
船尾では、イザークは犯行現場の死体みたいにひっくり返っていて、その横で、容疑者スタニスが涼しい顔でカップを手にしていた。
「スタニス、イザークとのお稽古終わっちゃったの?」
つまんない。
イザーク相手にスタニスの強いところ見たかったのに!私が抗議すると、スタニスは汗一つかいていないのに、それを袖で拭う仕種をしてみせ、「めんどくさか……失礼、私が疲れましたので、休憩中です」とのたまった。
「……うそだ、瞬殺したじゃないですか」
私がイザークを上から覗き込むと、彼は鳩尾を押さえて呻いている。あ、あれー。
「私、不器用なものですから、手加減が苦手でございまして」
「もう少し、長い時間相手してください、師匠」
「私は、弟子はとりません」
すげなく言って、旅装の侍従スタニスは、その衣装にそぐわない優雅な仕種で紅茶の香気を楽しんだ。
スタニス、さっき自分のこと、平和主義者って言ってなかったっけ?
夕食後に、ヴィンセントはふらふらと私達がいる船室へやってきた。テーセウスが大丈夫か、と聞いたけれど、どこかぼんやりとした顔で頷くだけ。薬が効き過ぎたかな、大丈夫?
「ヴィンス、なんか食べる?」
「じゃあ、スープ……」
ヴィンセントの様子に責任を感じているらしいシンが甲斐がいしく世話を焼く。二人を眺め、「そういえば、そこの」と食事を取り終わったイェンが、スープを無言でかき回しているヴィンセントを指差した。
「……なんですか」
「お前、ユンカーの息子なんだってな。通りで、面白みのないガキだと思ったんだ」
「……そんなこと、ない」
イェンの軽口に、ヴィンセントは口を曲げる。ユンカー卿ともお知り合いなんだ、イェン。
「おとうさまは、楽しいかた、です」
「へぇ?じゃあ、お前もなんか面白いことやってみろよ」
暇なんだよな、と笑ったイェンをテーセウスがやめろ、大人げない、と肘で突く。ヴィンセントはぼんやりと「おもしろいこと?」と首を傾げてしばらく考え込み、やがて、意を決したように、「ちー」と呟いた。……ちー?
私達が一様に疑問符を飛ばして彼をみると、ヴィンセントはぽつりと口にする。
「……ネズミの鳴き真似とか、出来る」
ちー、ち、ち、ちー。
虚空を見つめて鳴きだしたヴィンセントに、部屋の中の全員が、沈黙した。
「どうしよう!ヴィンスが壊れた!」
お目付け役のご乱心に、シンが悲鳴をあげた。こ、壊れてるね。がっつり壊れてるよ!というか、何故それが面白いと思ったんだ、ヴィンセント!
「あーあ、シンのせいだ」
イザークがへらりと笑う。こっちは面白がっている。
「て、テーセウスどうしよう!」
シンの叫びにテーセウスは苦笑した。
「薬を飲んだ?」との問い掛けにヴィンセントが頷く。「効くかと思って二つ」と。
「困った子だな……用量を守るように言ったのに。ほら、船室に戻ろう」
テーセウスに促され、ヴィンセントは船室へと向かい、シンも心配そうに連れ添った。
イェンは馬鹿笑いして、スタニスも同じような人の悪い笑顔でくっくっ、と肩を揺らしている。ああ、少年の黒歴史を笑うダメな大人が二人。
しかし、……ヴィンセント・ユンカーは鼠の鳴き真似が得意……。
正気に返ったら耳元でボソッと呟いてやろっと。
ふふん。私をおこちゃま扱いした報いだわ!
――と、いうような事を考えている私も、同じようなものかもしれなかった。
鼠の物真似、私も隠し芸として、習得してみようか。
次の日の朝、私がスタニスの監視を逃れて甲板をうろちょろと散歩していると、イェンが彼のドラゴンの所に居た。
白いドラゴンは砂龍といって、普段は砂漠の岩影や地面に穴を掘って棲息しているのだという。ハナよりもちょっぴり大きい。
ハナはおとなしい優しいドラゴンで、餌をやりにいった私のお話も、わかっているのかいないのか、じーっと顔を見て優しく聞いてくれる。優しいおばあちゃんなのだ。
比べて、白いドラゴンはちょっぴり気難しそうにみえた。話しかけても、フイと横を向かれそう。
主と同じく綺麗なんだけど、噛み付かれそうで、怖い。砂龍は気性が荒いって、シンも言ってたもんな。
「お散歩か」
私に気付いたイェンが私を手招く。私は頷いて彼に駆け寄り、それでもドラゴンからは距離をとった。ドラゴンは紅い目をキロ、と動かして私を警戒する。口元から覗く牙が鋭い。
イェンが私の様子を笑う。
「噛みつきやしない」
「でも、ちょっと怖いです。砂龍は大きいもの」
「ああ、飛龍よりかは大きくて、扱いが難しいな。だが、速いし丈夫だ」
「速いんですか」
イェンが頷き、悪戯を思いついたかのように、私のすぐそばにきた。
「説明するより、こっちが手っ取り早い」
「え、なに?」
抵抗する間もなく、抱きかかえられる。彼は私を砂龍に乗せると、猫科の肉食獣のようにしなやかな動きで、私を抱きかかえるように乗り、ドラゴンの手綱をとった。
「飛ぶぞ」
イェンに促され、ドラゴンが、甲板を蹴りあげる。
「レミリア!」
私に気付いたイザークが叫んでいるのが聞こえたけれど、瞬く間に遠く飛び上がって、聞こえなくなる。
「速度をあげる。しっかり捕まってな」
イェンの囁きに私は必死で手綱を握りしめた。
ドラゴンは空を切り裂くように飛んだ。ふきつける風をものともせずに、どんどん上昇していく。耳を切る風が痛くて、高度をあげたおかげで寒いくらいだったけど、私はその事よりも、見たことのない景色が広がっている事に興奮していた。
ドラゴンって、こんなに高く上がれるんだ!――川面に浮かぶ船が玩具みたいに小さく見えてしまう。
「高い!!」
私が風に負けないように大きな声で叫んで喜びを表すと、イェンは声をあげて笑った。
「お嬢さんは変な奴だな」
ほい!?変!?
「人間の女を乗せると、大抵は怖がって、いやがるんだが。いきなり乗せたのに、喜ばれるとは思わなかった」
そーなの!?と思いつつ、私は己の立場を思い出した。
貴族令嬢がこの状況を喜ぶのはよろしくないよね、やっぱり。
「ここは、ぶ、無礼なとか、イェン様を詰った方が、いいんでしょうか」
「はは!可愛い口で罵られるんなら、悪くない」
イェンを見上げると、光る瞳に間近で覗き込まれる。低く言われて、私はあわあわした。
怖い!けど、かっこいい!!この人、絶対遊び人だよー。
大抵は、って。人間の女をドラゴンに乗せまくってたりするの!?ねぇ!
私の反応を笑って、イェンは川のずっと向こう、船の進行方向と逆を見た。何を思ったのか、ゆっくりと速度を落とし、私の顔を優しく覗き込む。
「なんなら、このままどこかに連れてってやろうか?」
「え」
「西国なら、お嬢さんは高値がつく」
「え?」
「蜂蜜色の髪に水色の瞳。真っ白な肌。ヴァザの特徴だな。西国の現国王は白人種だから、今は肌の白い子供が市場で喜ばれる。―――俺の知り合いに、子供のいない騎士階級の夫婦がいる。王の後宮に差し出すための、養子を欲しがっていたからな、お嬢さんなら、さぞ歓迎して貰えるだろう」
「そんな」
それとも、とイェンは声を甘く、低くした。
「オアシスの領主がいいか?子供に飴玉の代わりに宝石を嘗めさせるのが好きな、変わった趣味の御仁でな。お嬢さんが大人になるまでは、傷一つつけずに甘やかしてくれると思うぜ」
「……」
「特別に選ばせてやる、どちらが好みだ?」
真顔で言ったイェンが手綱に力を込めそうになったのがわかって、私は思わず彼の腕を掴んだ。
彼の鍛えた腕は、私が力を込めても、微動だにしない。
「……イェン様、私、船に戻りたい」
「どうやって?」
私は眼下を見た。川面は、あんなに遠い。
飛び降りたら、川面に叩きつけられて、粉々になってしまうだろう。
「もう、帰る……」
私が不安に襲われて彼に訴えると、彼はさぁて、と笑い、私の髪を一つまみした。
品定めするみたいに、いい色だな、と口づける。
私が困って俯いていると、羽ばたきの音が聞こえた。
「イェン!」
テーセウス!
顔色を変えたテーセウスが、彼の深緑色のドラゴンに乗って、私のすぐ後ろにいた。彼はドラゴン同士がぶつかりそうなまで近くに寄ると、イェンを睨みつけた。
「ふざけがすぎる!」
「これからがいいところだったのに。邪魔しに来やがったな」
テーセウスは反省の色のないイェンに舌打ちし、ほとんど身を乗り出すようにすると、私をイェンから取り上げる。私を彼のドラゴンの背に乗せると、守るようにして、抱き抱えた。
「イェン!なんのつもりだ」
再び投げられた鋭い口調に、イェンはふん、と笑うと彼のドラゴンを操って、船の方向へ旋回した。私は止めていた息を、深く、吐いた。
冗談だったんだろうけど、怖かった。
私の様子に、テーセウスが、硬い声を出す。
「レミリア」
「はい」
「イェンは君が気に入ったようだけど、あいつにあまり心を許さないように」
真摯な響きだった。
「君は、君の立場にしては、無邪気に過ぎる。もしイェンが気まぐれを起こして君を連れ去っていたら、キルヒナーやスタニスはどうなっていたと思う?――貴族の二人はともかく、君の侍従はよくて暫首だ」
怒られてしまって、私はシュン、とした。確かに、浮かれて、無防備だった。
スタニスは私がイェンに構われるたび、物凄い苦い顔をしていたのを知っていたのに、無視していたし。
スタニス、船で心配しているかな。後で謝らなきゃいけないな。
「それから、イェンに、王都のことは話さない方がいい。あいつは、人間が嫌いで……悪い奴だから」
べらべらしゃべってしまったことを思い出して、私はますます、下を向いた。
悪い奴で、人間が嫌い…か。
「………。テーセウス様は?イェンさんのお友達だから、やっぱり、悪い人ですか」
直接聞くことではないと思ったけれど、私は恐々と聞いた。テーセウスは苦笑し、いっそ晴れ晴れと言いきった。
「あいつは悪い奴で、――私は悪党だよ。里の暮らしの援助と引き換えに、シンを陛下に売った」
晴れ晴れなのに、悲しそう。けれど、それは事実だった。
テーセウスはタニアと親しかったのに。シンを北の森で彼の息子として育てることも出来ただろうに。陛下の懇願に負けて、そして、同胞の暮らしを守るために、シンを王宮へ渡したのだ。
「あの子はまだ、八つだったのに」
苦い声が耳朶を打つ。
私達二人は、しばらく、無言で飛んでいた。私はこの優しい魔女が悲しい顔のままなのが辛くて、無責任な言葉を紡いだ。
「シン様は、王宮に来てよかったと思います。……だって、フランチェスカ王女がいるもの。ヴィンセントやイザーク、マリアンヌだって」
シンは私の手を握って「王宮は嫌なことばかりだ」と嘆いたけれど、嫌な人ばかりだとは言わなかった。シンのそばには常に誰かいて、みんな彼を大事に思っている。それは、私にもわかる。だから、これは嘘じゃない。
それに、フランチェスカといるときのシンは本当に幸福そうに見える。私が言うと、テーセウスは黙って私の頭を撫でた。いい子だね、というように。
なんだか、みんなに子供扱いされてしまうな。
「――陛下は、シンを大切にしてくれているだろうか」
「すごく、可愛がっていらっしゃいます」
いつも怖い陛下だけど、シン様の前だと、彼女は本当に穏やかで、優しい人に見えた。
「そうか」
テーセウスの悲しげな表情は変わらないけれど、少し、和らいだように見える、というのは私の願望だろうか。
「テーセウス様は、陛下とはお知り合いなんですか?」
テーセウスは頷く。
「タニアとベアトリスは仲の良い姉妹だったから」
タニアとテーセウスは兄妹のように育ったと彼は言った。タニア様の縁で面識があるのだろう、と私は理解する。テーセウスが陛下を名前で呼んだけれど、私はそこには触れなかった。
船までもう少し、という所で、白いドラゴンとその主が、私達の所へ戻ってきた。
「テーセウス!俺はもう行くぞ」
「いきなりだな」
「船旅でちんたら行くのも飽きたし、お嬢さんを攫いそこねたせいで、船の野郎どもの、目が怖い」
すこしも怯えず、イェンは肩を竦めた。
「どこへ行く。おまえは森へ来るかと思っていたんだが」
「さあ、東か北か。飛びながら考える。さ……お嬢さん!」
「はいっ!」
私は背筋を伸ばした。
イェンはドラゴン同士をよせると、高さを恐れる風もなく、テーセウスのドラゴンに飛び乗った。私を引き寄せて、額に口づける。
「さっきは意地悪言って、すまなかったな。仲直りしよう」
「えっ…」
額に口づけられて、私は心中でぎゃーっと叫ぶ。かっこいい、とか思ってしまわないように、イェンは悪い奴、イェンは悪い奴と呪文のように唱える。
私の反応を笑ったイェンは、首から何か紐のようなものをとりだすと、私の首にかけた。
「怖がらせた詫びにやるよ」
私は首にかけられた紐と、その先にある綺麗な石をまじまじと見つめた。琥珀のような。それよりも、もっと澄んだ色の、不思議な石だ。
「きれい……」
「お守りだ。気に入ってたやつだからな、大切にしてくれ」
思わず私が見惚れていると、イェンはそれで勘弁してくれ、と私の頭を撫でた。怖いし、なんだか危ない人なんだろうけど。やっぱりカッコいい人だな。
私はなおも微笑みかけてくる彼の笑顔に負け、コクンと頷いた。
「イェン……!」
テーセウスが私の持っている石を見て、何故か驚いたように叫んだが、イェンは笑っただけだった。
また彼のドラゴンに飛び乗り、私に軽く手を振る。
「じゃあな、ヴァザの姫君。貴女の旅路に幸多からん事を。―――船で激怒しているだろう、俺の不肖の弟子によろしく伝えてくれ」
気まぐれな竜族は、来た時と同じように、風の如く去って行った。
「あいつ、やっと帰った!」
船に戻ると、シンが怒っていた。キルヒナー兄弟も私の帰還に、ほっと胸をなでおろしている。すいません。ふらふらついて行って。
「レミリア。あいつに、何か意地悪をされなかった?」
私は首を振る。
意地悪を言われたような気もするけれど、それよりも、い、色々なことをされてしまいました。
抱きしめられたり(赤ちゃんのように)、耳元で囁かれたり(あやすように)―――親族とスタニス以外の若い男性と触れ合ったことのない私には、たいそう刺激的な三日間だった。
奴は大変なものを盗んでいきました。――それは、私の心です。
などと反省のかけらもないことを考えつつ、私はシンに話しかけた。
「……イェン様が、弟子によろしくって言ってましたよ。シン様」
「俺に?なんで?俺、べつに、あいつの弟子じゃないけど」
シンがむくれ、テーセウスが宥める。
「そう言うな。シンにドラゴンの乗り方を教えてくれたのはイェンだろう」
「教えてくれてない。イェン、教えるとかいいながら、三日で飽きて俺を山の中に放置したじゃん。テーセウスが探してくれなきゃ、俺死んでたからね?そういうの、師匠って言わない」
ぷい、と横を向いたシンをテーセウスが苦笑して見守っている。
私が、彼からもらったネックレスを服の上から抑えていると、難しい顔をして空を眺めているスタニスが視界に入った。
あ、やっぱり怒っている。眼鏡の下の目が、ちょっと不機嫌に細められている。
スタニスは眼鏡に隠れがちだけど、案外目付きが悪いのだ。
私は怒られるより先にスタニスのそばによって、彼の袖を引いた。
「お嬢様」
「知らない人には、もうついていきません、スタニス……ごめんなさい」
「……」
「心配した?」
私が機嫌をうかがうと、スタニスがやれやれ、と肩をすくめ、折れてくれた。
「心配いたしましたとも。――それで?お嬢様が服の下に隠した、それは何です?」
スタニス、目敏いな。
取り上げられても悲しいので、私は正直にスタニスにそれを見せた。琥珀みたいな綺麗な石。
「イェン様がくれたの!お守りですって。ねえ、スタニス、これは琥珀?みたことのない、綺麗な色ね」
「……それは、ドラゴンの心臓石ですね」
「心臓石?」
首をかしげた私の横で、私たちを見守っているドミニクが、え!と声を上げた。し、心臓石!!と食い入るように見つめている。
「めったにない高価なものですよ。儲けましたね、お嬢様」
スタニスは、何を考えているんだか、あの人も、と小さく独り言を言い、イェンの飛び去った方向を見た。私もそれに倣う。
怖い人だったけれど、また、会えるかな?
イェンのいなくなった船旅は穏やかに進み、港でテーセウスとは別れた。
シンは手紙をねだって、――聞き分けよくさよならをした。
少し目が赤いのに気付いたけれど、私はそれを礼儀正しく、見ないふりをする。
数日陸路を進むと、華やかな色合いの街が私たちを待っていた。
―――メルジェだ!!




