長雨 1
卒業式典が終わってからはしばらく私は忙しくしていた。
と言うのもユリウスが高熱を出して数日間ベッドから離れられなくなったからだった。
——ユリウスが死んでしまったらどうしよう。
神さま。
どうか、弟を護ってください。
お母さま。
看護者が疲弊しては仕方がないし、それに私がそばにいてもユリウスが回復するわけではない。
けれどなんだか眠れなくてずっと側で手を握っていた。
祈りが通じたのかユリウスがようやく固形物を口に出来るようになったのは七日後の朝で、アレクサンデル神官といつも来てくれるテト神官が夜通し看病してくれたおかげだった。
「もう少しはやく駆け付けられたらよかったのですが」
「とんでもない!アレクサンデル神官もテト神官も休んでいかれたらよろしいのに」
庭から私のドラゴンのソラが飛んできて、キュイー!と鳴いた。
スンスン、スンスンとアレクサンデルの髪の毛を噛んでいる。お礼を言っているつもりなんだろう。
ソラはユリウスのお兄ちゃんだからね。助けてくれてありがとう、だよね。
「ソラは……元気にしていたか?」
「キュイ!」
「こら!せっかく綺麗な髪なのに、噛んではだめよ」
私がアレクサンデルに礼を言うと、彼は職務ですからといつものように素っ気なく謙遜した。
ですが、とちょっと首をかしげて私に尋ねた。
「レミリア様の明日のご予定が空いているなら、明日、セザンにお誘いしても?」
セザンは王都から少しだけ外れた場所にある国教会の本拠地だ。
アレクサンデル神官が私を国教会に招くのはあまり珍しいことでもない。
寄進の話だったり、慰問の話だったり。
ヴァザ旧王家は国教会の教義では神の化身。旧王家がほぼ滅んで昔のような権威を失った今ではそれを心の底から信じている人は少ないだろうけれど、それでも催しに箔をつけるため……私や一族が顔を出すことはあるのだ。
私はもちろん、と請け負い、赤髪の神官は次の日の朝、約束の時間の少し前、雨の中私を迎えに来た。
王都はこの七日間、ずっと雨が続いている。
「キュイ……」
「晴れたらソラと行きたかったのにね?」
「キュー……」
ソラは残念そうに私たちを見送りながら、しっぽをぱたぱたと振った。
ユリウス付きの侍従、トマシュが私から手綱を預かる。
「お嬢様。わたくしがソラの散歩はしておきますので」
「雨の中?無理をして飛ばないでね。トマシュ。ソラはひとりでも飛べるし……、貴方に何かあったら大変だわ」
「ソラは一人で散歩は寂しいようです」
「明日晴れたら一緒に行くから、ね?」
ソラの顔を抱きしめて言い含めると、ソラは不満そうにぎゅんと低く鳴いたが、トマシュに慰めてと言わんばかりに顔を寄せた。
「失礼ですが。あなたはトマシュ・ヘンデル様ですか?妹君とはよくお会いします」
「!これはご挨拶もせずに、失礼いたしました」
トマシュが失礼というよりも使用人が客人に直接話しかけることはできないので、彼のせいではない。
私は迂闊さを反省しつつ、改めてトマシュをアレクサンデル神官に紹介した。
トマシュは母方の実家からずっとついてきてくれている侍従なんだけれど、妹さんが体が弱くてずっと妹さんを養っている苦労人でもある。
現在彼女は公爵家ゆかりの病院に入院していて、ユリウスを診てくれている縁でテト神官やたまにアレクサンデルも妹を見舞って治療してくれているんだよね……。
ずいぶんよくなった、と言っていたけど早く一緒に暮らせるようになるといいな。
アレクサンデル神官と馬車に乗り込むと彼はご足労いただきまして、と改めて礼を言った。
「御前様のお具合がよろしくないと聞いていましたから、近いうちにセザンにはお伺いしようと思っていたんです」
「そうですか、それはよかった——トマシュ・ヘンデル氏の妹君とはレミリア様はお会いになったことは?」
「ないんです。肺病なので会えない……というか。そう簡単に感染するものではないと思うのですけれど。一時は今よりも病状が重かったと聞いていましたが治癒の異能はすごいものですね」
アレクサンデルは少しばかり、考え込んだ。
「——治癒に関しては私はあまり優れているわけではないのですが、テトが……熱心に通っていまして」
「まあ!テト神官が?お優しい方ですね」
背の高いひょろりとした青年神官を私は思い出した。
いつあってもほんわかした、感じのいいひとで神官というより、小学校とか小児科の先生といった風情の青年だ。
「優しいというよりあれは下心でしょうね。トマシュさんの妹君に……どうも懸想しているようで」
「け……懸想!!??」
私は思わず言ってしまった。
「と、私が思っているだけですがおそらく。妹君も憎からずといった感じなのですが。神官が公爵家ゆかりのご令嬢に懸想など、みっともないことだとお思いになられますか?」
「まさか!トマシュの妹君の幸せを、私も願っています」
と言ってから私は気づいた。
今日のアレクサンデルのお誘いはマラヤ・ベイジアの機嫌伺というよりこっちの話がメインだったのかなあと。神官は表向き家名を捨てた人々なので子供は配偶者の家名をついで、一人で育てることになる。後継のいない貴族の令嬢があえて外戚を排除するために神官と婚姻をする、と言う裏技もなくはないのだった。
配偶者が富裕層や貴族ならまだしも、そうでなければ結構子供を育てるのは大変なんじゃないかなあ。
そこまでは気が早いけど。
「どうなるかはわかりませんが、もしもの時は、公爵家は二人の関係を知っていた。とお口添えいただけませんか?」
「それは、もちろん」
神官が家庭をもつことを快く思わない国教会関係者もいるみたいなので、お墨付きがほしいんだろう。
私はうなずきながら意外な心地でアレクサンデルを見た。
ゲームのローズ・ガーデンではアレクサンデルは孤高の存在で、友人もいない感じだったんだけど。
ちょっぴり年上のテト神官とはいつも仲良さそうだもんね。
……ほかに友達いなさそうだもんなあ、とは怒られそうなので黙っておく。
「レミリア様は、醜聞に寛容でいらっしゃる」
「え?醜聞だなんて。人を好きになるのは素敵なことですもの」
「なるほど。好きになる、ですか」
アレクサンデルは妙にひっかかる物言いをして、私はちょっと視線を外す。
(君が、好きだよ)
十日ほどまえ、卒業式典の折に告げられた言葉を思い出して動悸がする。
イザークは、固まった私に微笑んだ。
「困らせるつもりじゃなかったんだ。これから忙しくなるし、成人したら今みたいに会えなくなるだろ?ソラの世話にだって俺は気軽に行ける身分じゃなくなる」
「イザーク」
私がそのあとを、何も言えなくなっているとイザークは続けた。
「ごめん、今の嘘。困らせたかったんだ。……ずるいって言ってもいいよ。だけど、子供時代の楽しかった思い出にしないで」
またねとイザークは言って私の手袋の上から指にそっとキスをした。
その夜から会えてもいないし、手紙も貰ったりしてないし、私から手紙を送ってもいない。
正直、まったく予想もしていなった展開に頭の中はパニックだった。……今もずっとそう!
イザークの事を考えたかったり考えたくなかったりでいる。……混乱したままだ。
アレクサンデルは苦笑した。
「レミリア様の噂は、いろいろなところでお聞きしますよ」
「噂?」
「あなたの行く末は貴族の関心ごとのひとつです。貴族だけではないな。王都の庶民や富裕層の中でレミリア様は有名でいらっしゃるから。……国教会関係者にとっても公爵閣下の掌中の珠はどなたと婚約なさるのかと気を揉む人間は多い。シン公子との婚約は保留で、旧王家派閥はヴァレフスキ様を推している。軍部はハイデッカーを望む声があるようですが」
私の眉間にしわが寄った。ヨハン・ハイデッカー。
以前、夜会でものすごく失礼なことをされたなあ、あの時は、ヴィンセントが助けてくれたんだけど。
……ヴィンセントにも今迄みたいに会えなくなるのかなと思って私は少し寂しくなった。
イザークが言うように、成人すれば今迄みたいに頻繁には皆に会うのは難しくなるだろう。
シンやヘンリクとはこれまでどおり会うだろうけれど。
ヴィンセントやイザークとは、属する派閥がーー違うもの。
「噂好きな方が多くてうんざりします」
私が拗ねた口調で言うと、アレクサンデルは首を傾げた。
「どれも真実ではないと?」
「アレクサンデル様にお答えする必要はありませんので、黙秘いたします」
神官は人の悪い笑顔でつづけた。
「では、ヴィンセント・ユンカーは?」
「は?」
「カナンの伯爵家を彼が継ぐなら、ありえない話でもないでしょう。しかも彼は宰相閣下の子息だ。ヴァザと新王家の融和と見られなくもない」
「ヴィンセントは大事な友人です。そんなこと、考えたこともないわ」
ガタンと大きく馬車が揺れて私は思わずバランスを崩しそうになった。大丈夫ですか?とアレクサンデルが体を支えてくれたので私は慌てて離れた。
美少女のようだった少年時代から知っているけど、今の彼はどこからどうみても成人男子で、立派な神官だ。馬車に二人きりになったことを私はすこしばかり後悔した。
私はアレクサンデルがいまだにちょっと、怖い。
「では、サウレ様は?あれだけ竜族の血が濃い方をあのままの地位にしておくのは惜しいでしょう」
「……スタニスは大事な家族です。妙なことを言わないで!」
「家族、ね……。庶民の間ではこんな噂もありますよ。公女殿下が芝居に忍んでいらっしゃるのは、一座のパトロンの一人、キルヒナー家の子息と恋仲で、逢引をするためで、子息は公女殿下を誘惑するために王都中の宝飾品を買いあさっている、とかね」
「い、イザークは!そんなことするような人でもありません!!」
そんな噂があるなんて!
私が目を剥いて怒るとアレクサンデルは苦笑した。
「自分の名誉ではなく、あくまでキルヒナーのために怒るところが貴女の美徳ですよ。私は彼が嫌いですが」
「えっ」
私は怒りも忘れて呆けてしまった。
イザークを、アレクサンデルが嫌い?
これは意外なことを聞いたぞ。そもそもイザークを嫌う人がいるなんて考えたこともなかった。
「どうしてですか?」
「人畜無害な顔をして、すべて計算ずくなところが嫌いですね。あとは単純に羨望と嫉妬ですよ。彼は出来がよすぎる——何事にも」
にっこりと微笑まれて、なるほどな~とちょっと頷いてしまった。確かに策士だもんな、イザーク。
アレクサンデルにも好き嫌いとかあったんだ。そして羨望と嫉妬、とさらりと言えるアレクサンデルも少し意外に思う。弱みを自白するのが嫌いな人かと思っていたから。
「彼はこのタイミングで貴女の心に楔を打つことに、成功した。——ずるいと思いますよ。子爵家の次男と公爵家の娘では身分に差がありすぎる。黙ってひけばいいのに。その方が貴女も傷つかないで済む。優しい貴女はキルヒナーのことを会わない間も考えざるを得ないでしょう?卑怯だな」
明らかに、何かを知っているような口調に私は黙秘権を行使することにした。
イザークがずるくても、策士でも、……彼が今まで私にしてくれた数々のことが消えるわけでもないもの。
それに——
「アレクサンデル様には関係ないでしょう。私が誰と婚約しても、イザークと何があっても!」
私がつん、と横を向くと赤い髪の神官は、切れ長の目を細めた。
なんだか楽しそうだな。
「関係がありますね」
「どんな関係が?」
青年は機嫌よく私を見ながら足を組み替えた。
「私もレミリア様に求婚しようと思っていたので、先を越されて腹立たしい気分です」
「はあっ!?」
思わずはしたない声がでて、私は慌てて口元に手を当てた。
……何を言うんだアレクサンデル様はっ!!
「国教会関係者はそう望んでいるようですね。ヴァザと国教会の仲をより強固に。そして神官との婚姻ならばあなたはずっとヴァザのままだ。悪いことばかりでもない。いかがです?」
にっこりと微笑まれて私はちょっとのけぞった。
いやだよ!
「お断りします!」
「おや、どうしてですか?」
「たとえ夢見がちだと笑われようとも、私はせめてもう少し誠意のある求婚をしてくださる方を望みます!私の事なんか少しも好きじゃないうえに、冗談みたいな求婚をしてくる方なんか嫌いです」
私が唸っているとアレクサンデルはくつくつと肩を揺らした。
「嫌われるのは悲しいな。……私はレミリア様を好ましく思っていますが。——貴女は善良だし、楽しい人だし……私のことが苦手みたいだし」
最後の一つが意味が分かんないよ!
「それに」
アレクサンデルが微笑んで首に手を添えた。
「貴女は私に自由をくださいました。……どうです?私を隠れ蓑にしませんか?私と仮の婚約をしてしまえば、面倒な求婚者は減りますよ」
「自由?」
私が首をかしげて神官を見ると、彼はにこりと微笑んで首筋に手をあてた。
カチリ、と音がして……銀色の環が。
——神官の証で、かつ神官長以外は外すことができないはずの、環が——外れた。
ぎゃあ!!
と私は今度こそ叫びそうになった。アレクサンデルが慌てて私の口をふさいで笑顔で脅してくる。
「ふぐぐ」
「どうぞお静かに。きちんとご説明いたしますから……手を放しても大丈夫ですか?」
私がコクコクとうなずくとアレクサンデルは失礼いたしました、と手を外した。私は今度は逆にアレクサンデルの胸倉をつかんでその首元をまじまじと眺めてしまった。
ない!本当に、環がない!ぺたぺたと触ってもそこには綺麗な首筋があるだけだ。
異能をもつ神官の首環は身分と特権を保証する証でもあるが、同時に呪いでもある。
国教会に背いた時には神官長の権限で、その首が閉まる仕組みだからだ。それを外せるのは神官長だけだとたけれど……。
「ずいぶんと積極的なんですね、公女殿下」
呆れ声に、私ははた、と我にかえった。
アレクサンデルを馬車の窓際に押し付けて胸倉つかんで首をのぞき込む私はどう見ても襲っているみたいじゃないか!
私は慌てて距離をとった。
「人聞きの悪いことを言わないでくださいますか!」
「貴女が面白い反応をいちいちするのがよくないと思いますね、楽しい人だな」
「だって、驚くでしょう!普通……なん」
「レミリア様!」
アレクサンデルが、しっと人差し指を口元にあてたので私は口をつぐんだ。
確かに、首環が外れたことがほかに知られたら……また装着させられるかもしれないもんな。
「どうしてそう、なったんです?」
私の質問に彼は首環をまた嵌めなおしながら、答える。
先ほどまでのからかう表情と打って変わって視線は真剣だった。
「カナンで、レミリア様が望まれたからですよ。——私の首に触れて、『この環が外れることを望む』とそう、仰った」
私は記憶を手繰り寄せ、思い出した。
言った。
「ヴァザの人間が真実望めば、首環は外れる」とアレクサンデルから聞いて、そう口にした。
しかし、本当に外れることがあるなんて……。
呆然とした私にアレクサンデルは肩をすくめる。
「ご不快なら、国教会に告発しても結構ですよ。——アレクサンデルを野放しにするな。もう一度束縛しろ、と言ってくださって構わない。私の異能は人を害することができる。悪用しないとは限らないですから」
口元は笑ってなんでもない事のように言っているけれど、その瞳は昏い。
……アレクサンデルが、ヴァザを嫌っているのも、国教会を嫌っているのも私は知っている。自由を奪ってその能力を利用するばかりの人々に彼は怒っていたのだ。ずっと。
私はううんと考え込んで真正面からアレクサンデルを睨んだ。
「私、アレクサンデル様は性格が悪いと思います」
「そうですか?」
「年下の私に対して、いつも試すようなものいいばかりなさるの。すっごく迷惑です!」
アレクサンデルはきょとんとした顔をしていたが、ややあって堪えきれないというようにふきだした。
「あはは、確かに!レミリア様が正しいですね。いつも私は貴女に何かの答えを貰おうと望んでしまうんです。貴女なら、胸の内の苦しみを癒してくれる気がして。まずいな」
「ものすごく、迷惑です!」
言い切ると、アレクサンデルはなおも笑っている。
……腹立つなあ。
「首環の事を、私に黙っていればよろしかったのに。その方が都合がいいでしょう?」
「そうかもしれませんね、それで?貴女は私の秘密を誰かに話しますか?答えてください」
面倒くさい男だな!と思いつつ私は眉間にしわを寄せながら言った。
「騎士は剣を持っていますね。気が向けば誰かを傷つけることができる。だけど私は騎士を怖いとは思わないわ。彼らがそんなことをしないと知っているから。あなたの異能も騎士の剣と一緒です。だから……あまり、怖くはないわ」
本当はちょっと怖いけどね。
だってアレクサンデルが私たちの味方だとは限らないもの。
私の回答に怯えが混じっていると気づいただろうにアレクサンデルはくすくすと笑った。
「信用してくださると?」
「……秘密を打ち明けてくれたということは、私を信用してくれたんでしょう?それを裏切る理由が見当たらないもの。あなたが公正な人だと私は知っていますし。——私に限らず。誰かを不当に傷つけたりしないと誓ってくださるなら、あなたの秘密を誰かに漏らしたりはしません」
赤毛の神官はふ、と肩の力を抜いた。
「貴女は甘いな。……承知しました。誓いましょう、我が姫」
アレクサンデルは私の手を取って、それから額に口づけを落とした。
とっても、気障!
こういうの慣れてないから勘弁してほしいなあと思いつつ、私はすちゃっと馬車の中でまたアレクサンデルと距離をとった。
「求婚のお返事は変わらないですか?」
「絶対拒否します!」
「残念です。私は貴女と一緒なら楽しいんですけどね」
私が睨むと、赤毛の神官は実に嬉しそうに、くつくつと肩を揺らした。
なんで笑うかなあ、そこで。
馬車がセザンに到着したので、アレクサンデルが私の手を取って誘導してくれる。
「到着するまでに、ひどく疲れました」
背中が冷や汗で冷たいよ、もう!
私が嫌味を言うと、神官長補佐の地位にまで上り詰めたレト家出身の若い神官は私の手を取りながら恐ろしいことを言った。
「まだ疲れる秘密がありますよ」
「……まだ、ですか?」
私がうんざりというと、目の前にまだ若い少女がいた。
少女は無言で頭を下げる。
彼女をどこかで見たことがあるなあと首をかしげて、私は思い出した。
いつかアレクサンデルが紹介してくれた神官見習の少女だ。
神官になるための修行で無言の誓いを立てているので、教義の復唱以外は許されていないはず。
少女が私の前に跪いて額を地面につけたので私はぎょっと身を引いた。
いきなりなんなのだろう。
「……あ、あの?どうか、お顔をあげてください」
少女はぴくりともしない。この世界で土下座なんてはじめてみたよ!おろおろする私とは対照的にアレクサンデル神官が落ち着き払って説明する。
「この者が公女殿下にお話があるというのです」
「話……?アレクサンデル神官。彼女はどなたですか?」
アレクサンデルが蒼い目で少女を見下ろしながら言ったセリフに、私は誇張でなく、眩暈がした。
「彼女はジュダル伯爵のご息女ですよ。行方不明になっているステラ様です」




