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パーティー 4

「竜族混じりは希少ですし、そもそもヴァザの一族は始祖が竜の血を引く事を誇りにしてきました。……スタニスは、外見は竜族らしくはありませんがその血が濃い優秀な軍人でしたし、レシェク様も彼を気に入っていたし、悪くない縁組だろうと私は思っていましたが」

「貴族じゃないのに?」

「今も準男爵の爵位は持っているはずですよ。あやつのことですから倉庫か何かに受勲の書類は投げ捨ててあるでしょうが……」


 ジグムントは溜息をついた。

 私もそれは想像つくなあ。爵位とか心底どうでも良さそうだもん、スタニス。

 スタニスがヴァザの家にいてくれるのはただ単に、私たちが心配だからだ。

 ヴァザだからとかは関係なく。


「準男爵では公爵家の御息女とは釣り合わないが、もしもヨアンナ様と婚約が成立していたら、スタニスはカナンに赴任していましたし、私の爵位を譲ることになったでしょうね」

「そんな具体的な話まであったのね?」


 オルガにもそれは初耳だったみたいだ。


「先代のカミンスキ伯爵は……あの方は、スタニスの後見人でもあったから、常にスタニスを気にかけていた。ヨアンナ様のことも同じように。庇護する二人が結ばれるならめでたいことだと思っていたでしょうね。……私も悪くない相手ではないかとは思ってはいたんですが」

「……が?」

「スタニス本人は酷く嫌がっていました。ヨアンナ様がどうこうと言うより、……我々ヴァザに、将来の全てを決められるのが嫌だったんでしょう。昔は、彼の首にも神官と同じような首環が嵌められていた事を、レミリア様はご存知ですね?」


 神官たち異能を持つ人々は、神官長や王家に逆らえないように首に呪具をはめられる。

 スタニスにも同じように幼少期からそれが嵌められていた聞く。


 逆らえないように、裏切らないように、逃げないように。

 呪いをかけて。

 ジグムントの娘や孫を死に追いやったリディアの首にもそれはあった。……私はやっぱり首環は人の心を壊すような気がしている……。アレクサンデルの首環も外れたらいいと思うけれど……。


「スタニスは現在、望んでレミリア様たちのそばにいる。それは疑いない。けれど、昔は、ここから逃げたくて堪らなかっただろうと思いますよ。ヴァザの一族は彼を利用するだけ利用したし、……私もずいぶんと心ない事を言いました。ヴァザに助命され、目をかけられているのだから恩を感じて己れを殺して忠勤に励め、と。だから……ヨアンナ様と婚約が決まるならば泣いて喜べ恩知らず、と言い放った私に、スタニスは……胸ぐらを掴んで……、ま、まあ、怒っていましたね。馬じゃねえぞ、と……まあ、その……」


 ジグムントがちょっとだけ言葉を濁した。

 怒ってるスタニスかー……。

 昨日、片手でサイドテーブルを叩き割ったスタニスを思い出して私もオルガも、あー、と曖昧に肯く。

 今では人畜無害な侍従です、ってフリをしてるけど、怒らせたら怖いし、許しがたい事だったんだろうなあ。


「ヨアンナ様は、スタニスを好ましく感じていたと思いますが……」

「そうなんですか?」


 オルガ伯母上をみると、彼女は苦笑した。


「深窓の姫君だったヨアンナが知り合う若い男といえばユゼフ・カミンスキかスタニスくらいだったし、ユゼフには婚約者がいたし。……優秀な軍人で竜族混じりの幼馴染と恋に落ちる……だなんて、ロマンチストなヨアンナが焦がれるにはぴったりね。私も悪くない縁組だろうと思うわよ?」


 なんだか、意外な事実だなあ……。


「スタニスが嫌がったから、破談になったんですか?」

「いいえ、すでに玉座を退いていた先代国王とマラヤ・ベイジア様が強固に反対なさって立ち消えになりました。そしてジュダル伯爵が婚約者に」


 それはまた意外なところから横槍が。


「先代の国王陛下は、ヴァザの血筋を警戒しておられた。ヨアンナ様が……、竜族の血を引く子供を産めば……、脅威になると判断したのかもしれませんね。そしてベアトリス女王も、先代国王の考えに珍しく同意した」


 なるほど。

 ……カルディナの国民自体に言えるけれども、特に軍部の竜族への憧れは強い。

 もしもヘンリクがスタニスの血を継いだ竜族の青年なら、と私は考えた。


 新王家の王太子だけれども、軍部が軽んじる女性のフランチェスカと。

 ヴァザの血を濃く引いたヘンリクとどちらが王にふさわしいと軍部は思っただろうか。


 ……少しばかり薄ら寒い気分になるな。


 もし竜族の血を引いていたのなら。

 私よりも、ヘンリクの方がよほど……火種だ。


 先代国王はそこまで見越して反対したのかな。


「……二人が恋仲だったとか、そういう…………そのぉ」


 ジグムントは首を傾げた。


「想像がつきませんね。……オルガ様とならばまだわかります。よく、オルガ様の別宅に寝泊まりしていましたよね?」


 ええええええええええええ!!

 私が目を剥いているとオルガがホホ、と笑った。


「オルガ伯母上!!ええええええっ」

「淑女が変な声をださないの」


 私が呆然としていると、侍従さんがイザークとヴィンセントを連れて戻ってきた。

 四人で昼食も楽しく食べて、私はオルガと同じ馬車で屋敷に戻る。

 ヨアンナ伯母上の間男疑惑は晴れたけど、オルガ伯母上との濃厚な疑惑が……うわああん、なんか知りたくなかったよお!

 私が「別宅って……別宅?どこ、なぜ!?」


 と譫言を言っていると馬車の中でオルガ伯母上が吹き出した。


「ああ、おかしい!レミリアを揶揄うのって楽しいわ」

「私は全然楽しくありませんっ!揶揄う、ってなんですか!?」


 オルガはごめんなさいね、と目尻の涙を拭ってから馬車の窓の外を眺めた。


「よく別宅には寝泊まりしていたけど、貸していただけよ。私はその頃はまだ大人しく本宅にいたもの。……一度ね、真夜中にヴァザの屋敷の庭で泣いていると、スタニスに出会った事があって」

「オルガ伯母上が泣いて、ですか?」

「若い頃は泣いてばかりいたわ。夫は冷たいし愛人と遊んでばかり。一人が寂しくて当て付けに作った平民出身の恋人は……真実の愛だと信じていた私をあっさり捨てて、さっさと純情無垢な貴族の令嬢と結婚してしまうし」


 さらりと重い告白をしないでほしい。

 私が目を白黒させていると、愚かだったのよとオルガ伯母上は笑った。

 恋人の結婚の報せに泣いているオルガ伯母上に出くわした少年スタニスは……


「『げ』って言って顔をしかめて来た道を引き返そうとしたのよ!ひどいでしょう!!可憐な人妻が一人で夜中に泣いているのに!!幽霊でも見たような顔をして……あんまり薄情だから脅してベンチの隣に座らせてね……散々愚痴って……まあ、最後にはスタニスも同情してくれたんだけど」


 オルガはくつくつと笑った。


「可哀想だと思うなら慰めて、って迫ったの。そうしたらスタニスがわかった、って」

「えええ!」


 わかった、ってなにが!?

 だから!さらりと!重い思い出を話さないでほしいっ!!!!

 しかもスタニスの!!私は耳年増ですけども、そういう話には疎い深窓の姫君なんだから。

 まして身内の事なんか知りたくないよ!!

 オルガ伯母上はそしてどうなったと思う、とさらに話を続けた。


「あの子ったら」


 と、スタニスより年上の伯母はくっくっと当時を思い出して笑った。


「真面目くさった顔して何するかと思ったら、私の頭を撫でて『よしよし』って言ったの」


 オルガ伯母上の言葉に私は顎が外れそうになった。


「お、伯母上にですか?」

「……そう!子供にするみたいに。もう、それはそれは言葉どおり慰めてくれたのよ!!」


 伯母上は大笑いしているし、私はずっこけそうになった。

 慰めるの意味が違いすぎる!!


「呆然としてたら、『なんか間違ったか?』って真顔で聞かれて、開いた口が塞がらなかったわ。でも、すこし嬉しかった」


 私の反応を散々楽しんだオルガは笑いの発作が治らないのか、あーおかしい、と当時を思い出して懐かしそうに目を細めた。


「スレてるくせに、妙に純情なところもあって、昔は可愛かったのになあ。いつの間にか大人になってしまって、つまらないったら」

「スタニスが伯母上がそばにいると妙にソワソワする理由がわかりました……、弄ばれるからですね……」

「そうよ?可愛い弟ですもの。……それにね、あの頃、スタニスはいつも戦場にいて、ダンスだ恋だと小さな世界で過ごしている私たちとは住む世界が違ったもの。ヨアンナの感情はどうあれ、婚約だとか、家族だとか、そういう事を考える余裕もなかったんじゃないかしら」


 私はそうかもなあ、と頷いた。


 ――子供を持つつもりなんかない、と言っていたスタニス。

 小さい頃から私達ヴァザに血筋を利用されてきたから、自分の血を引く子供が、同じ目に遭うことを忌避してるんだね、きっと。


 ヨアンナ伯母上と、スタニスのことはそういうことだったんだ、と私は理解した。

 けれど……と、少しだけ何かが引っかかる。


 オルガ伯母上が少し席を外したときに、ジグムントが私だけに言っていたのだ。




『実は先代国王が。……ヴァザの娘とスタニスを番わせたいならば、他の三人のうち誰かならば許可しよう、と、彼は言ったのです。()()()()()()()()()()()()()…………と』

『ヨアンナ伯母上だけ?どうして?』

『詳しくは答えてくれませんでした。公爵閣下の同母姉はヨアンナ様だけ。ですから公爵閣下の身近なものに竜族混じりが増えるのを警戒したのかもしれませんが……』


 ヨアンナだけは、許可しない。


 ……同じことを、マラヤ・ベイジアも言ったらしい。


 何か引っかかるな、と思いながら私は屋敷に戻った。



 屋敷に戻ると侍女達を連れてすました顔のスタニスが迎えてくれたので私は今日聞いた話を一気に思い出してしまった。

 当たり前だけど、スタニスにも青春時代があったんだなあ。


「おかえりなさいませ、お嬢様。侯爵夫人はお戻りですか?」

「ただいま、スタニス。オルガ伯母上は、今日はヨアンナ伯母上がいる別宅に行くのですって。スタニスも気になる?」


 スタニスは遠くを見つめたが、気を取り直して。なりますね、と頷いた。


「ヘンリク様が……気にしていらっしゃるので」

「ジュダル伯爵は?」

「ご息女と、ご息女の母君の元へ戻られました」

「そっか」


 なんともやるせない気持ちになるなあ。


「……伯爵とその方と娘二人は……幸せに暮らしているのかな」


 ヘンリクの傷ついた顔を思い出していると、それが……とスタニスは口籠った。

 周囲を見渡して、人気がないことを確認すると、声を潜める。


「先日、伯爵と一緒にいたのはテレサという妹だということですが、姉君のほうが、今は行方知れずだと言うのです」

「…………行方、知れず?探さなくていいの?」


 ヘンリクの妹なら多分私と変わらない年代だろう。


「どうも、家出らしく、奇妙なことに伯爵も母親も、探さなくていいと周囲に言っているようなのです」

「そんなの、おかしいわ」

「……と、思うのですが」


 なんだか、気になることばっかりだ。


「……ヘンリクの上の妹さんの行方わかる?」

「探しましょう」


 スタニスにお願い、と言って……。

 私はもう一つお願いをした。


「明日、ヨアンナ伯母上のご機嫌うかがいに行くつもりなの。約束はしてないから、失礼だけど急な訪問ね。スタニスも一緒に行ってくれる?」

「ご命令とあらば」


 涼しい顔のスタニスを私はじっ、と見た。


「……スタニスって、ヨアンナ伯母上と結婚しようとか思わなかったの?婚約者になれたのに、なんで断ったの?」


 あ、スタニスが変な顔してる。

 私がじーっと見てると、スタニスは、はあ……とため息をついて私をみた。


「誰からの情報ですか?」

「ジグムント」


 スタニスがあの爺ぃ……と小さく舌打ちしたのを聞き逃さなかったぞ、私は!

 スタニスは渋面で弁解した。


「……正直、考えたこともありませんし、しなくてよかった、と思いますよ」

「どうして?」

「私とヨアンナ様が結婚していたら、ヘンリク様は生まれていないでしょう?自分の選択が正しかったなあ、と坊っちゃまを見るたびに思いますね」


 自信たっぷりにドヤ顔で言われて、私は呆気にとられて……。

 ややあって、笑ってしまった。


「なにその、親バカな台詞!」

「正しくは叔父ばかですね、義理ですけど」


 しれっとスタニスが言うので私はまた笑ってしまう。


 ちょうど、まだ我が家にいたヘンリクが怪訝な顔で笑う私を見つめてきたので、私はニヤニヤとしながら従兄をえい、とこづいてみた。ムッとしたヘンリクに両頬をつねられる。


「なんだ、僕に喧嘩を売る気か!このおばかレミリア!」

「ちょ……!あほっこヘンリク!私の可愛い顔が伸びるでしょ!やめなさいよっ!!」

「のびろーのびろー」


 スタニスが何をやっているんですか、お二人とも!と呆れて、私たちのおでこをペシっと弾いた。

 結構痛いよ!スタニス!


 「なんの話をしていたんだ」


 横柄な口調でヘンリクが尋ねると、スタニスは笑ってくしゃくしゃとヘンリクの金茶の髪をかき乱した。

 よしよし、と。

 かつて伯母上にしたみたいに、ヘンリクの髪を撫でている。

 ……結構、そのよしよしは罪深いと思うよ?スタニス!


「いやいや、坊っちゃまとレミリアお嬢様が今日も可愛いなあという惚気話です」

「……ふん」


 ヘンリクは鼻で笑ったけれど、それ以上は何も言わなかった。……素直に喜べばいいのにね!


 私は二人におやすみを告げて、部屋に帰った。

 ヘンリクが元気になったみたいでよかったな。

 

 明日はまた。

 ヨアンナに会いに行ってみよう。


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