パーティー 1
※3/12修正してます。大ポカしてますが、季節は秋じゃなくて春でした
(ほんとすいません。なので、レミリアの誕生日ではなく、普通のパーティーです……)
最終章です。
よろしくお願いしますーのんびり、月2回で続きます。
気持ちの良い春の朝。
私は鏡の中の自分を指差した。少しだけ緊張しているせいか、頬に朱が差している。
…………ゲーム「ローズガーデン」がはじまるのはレミリア・カロル・ヴァザが十六の春から。ゲームの期間は二年ほど。
旧王家の姫として生まれた「私」が王女フランチェスカを恨んで危害をくわえはじめるのもちょうど、この春あたりから、なんだけど……。
鏡の前で私は「はあ」と思いため息をついた。
記憶を取り戻してはや数年、フランチェスカや攻略対象の皆との関係はよくなっていると思うんだけど、これから、自分をとりまく環境がどうなっているのかはいまいち自信がない。
さて、今日は私が西国から帰ってきたのを祝う、ちょっとした会が開かれている。
去年の社交界デビューとは違うから、親しい貴族や友人だけを呼んでいるんだけど。
身内の会とはいえ、それでもやっぱり主役の装いは侍女たちには気合が入るみたいで私は普段の百倍は飾り立てられていた。
「まあ!お嬢様。ご自分に見惚れていらっしゃるのではないですか?」
「無理もありませんわ、こんなにお綺麗で」
「空色のドレスが本当にお似合いで、今日はどんなご令嬢が来ても霞みますわ……」
侍女達は私の装いを口々に褒めてくれた。
ありがとう。
……だけど、見惚れていたわけじゃないんだよ、と苦笑する。
金色の髪はまあ綺麗だろうと思うけど私の容姿は貴族令嬢の中では抜きんでたものではない。
だけど今日は主役だから、と侍女たちの涙ぐましい努力によって五割増しにみえている……といいなあ。
「お客さまは、きっと皆の腕を褒めるわね」
私がわざと、ツン、と顔を逸らしていうと、侍女たちは顔を見合わせて微笑んだ。
「だけど、よそのお屋敷に引き抜かれたりしないでね!」
私が冗談半分、後は本音で懇願すると侍女たちはどこにもいきません!と笑っていってらっしゃいませ、と私を部屋から送り出してくれた。
……もう、彼女達との付き合いも長い。今では軽口もたたけるようになって……よかったな。
私が部屋を出ると、背の高い女性が扉の横に控えていた。
私の仕度を隣の部屋で待っていた弟のユリウスは手を叩いて「姉上綺麗!」と喜ぶ。今日は夜の会だからユリウスはお留守番。
つまんない、と嘆いたけれど我慢だね。乳母と……すっかりユリウスの専任執事みたいになっているトマシュがいってらっしゃいませ!とユリウスを抱き上げながら頭を下げた。
今はもう結婚してこの屋敷を離れてしまったけれど、侍女の一人だったナタリアと、トマシュは付き合ってたんだよね。
トマシュが休日ごとにスタニスやユゼフ伯父様!!に訓練されていたせいで、プライベートな時間がなくなり、その結果振られた、というわけだ。
人のいい侍従に行ってくるね、と声をかけて私は部屋を出た。
ごめんね、トマシュ……。
弟の成長の陰でトマシュの青春が訓練一色になった気がするなあ、と私は少しだけ遠い目をした。
一応、戸籍上は義理の伯父のスタニスも、実の伯父のユゼフ・カミンスキも彼女いなさそうだからなー、トマシュの気持ちわかんないんじゃないかなきっと。
などと考えていると、
「お嬢様、本当にお綺麗です」
「ありがとう、カミラ。カミラ先生もすごーくきれい」
私の家庭教師兼護衛のカミラ嬢が扉の前に待っていてくれた。
カミラは私の賛美にありがとうございます、と微笑む。私の元を離れてカタジーナに仕えていたんだけど、つい先日こちらに戻ってきた。
というよりも……スタニスがカタジーナの屋敷に出向いて迎えに行った、という方が正しい。
「西国から帰った以上は、もうカタジーナ様をカミラが牽制する必要はないでしょう。カミラをあのままカタジーナ様のところに置いておくのも不安ですし」
とはスタニスの説明だ。
カミラは父上の(たぶん唯一の)お友達のヴォイテクさんの大事な妹君だから、さくっと取り戻しに行ったらしい。
カミラは元神官で異能者だからそんなに心配は要りませんよ、と彼女自身は言っていたみたいだけど、……伯母上だもんな。
カミラに何をされるかわかんないし!
スタニスが苦手な伯母上はサクッとカミラを受け渡したらしい。
過去、スタニスが(多分)ヤンキーだった頃伯母上を半殺しにしたらしいので、それからカタジーナはスタニスが嫌いで怖いんだとか。
スタニス、叔母上になにをしたんだろう、ほんと。
さて。
公爵邸の一角――――父上の執務室にしずしずと挨拶に行くと、正装の父上がああ、とほんの少し笑みを浮かべて立ち上がった。
「もう、挨拶に行く時間かな」
「ええ、父上。お時間です」
我が美貌の父上は、肩の上で切りそろえた金髪を揺らして笑った。
「父上、ねえ……」
「もう、淑女ですから!……何がそんなにおかしいんですかお父様!!……じゃなかった、父上!!」
「はは、無理はしないことだよ、レミリア」
さて行こうかと私達は並んで歩き始める。
執事の服に着替えたスタニスが目ざとく私たちを見つけた。スタニスが、わあ!という掛け値なしの賛辞の表情をしてくれたので、私はほっと息を吐く。
「お嬢様は何を着てもお似合いですが、今日も又いちだんとお綺麗です」
「ありがとう、スタニス。新しいドレス変じゃない?」
「なにをおっしゃいますやら、お嬢様は世界で一番可愛いですよ。私どもは鼻が高いです」
「えへへ、ありがとう。……でも、スタニスは今日はどうして執事の格好?一緒に帰還したのに」
我が家の万能執事スタニスは今は軍籍にある。
そもそも、我が祖父の猶子(相続権の無い養子)だし、親戚として出席してくれたらいいのに。
「私が許可した。……今日は使用人でいいんだな?」
「厄介なお客が来ますからね、どうか、このまま」
父上とスタニスの間では打ち合わせができていたらしい。
うううん??なんか、面倒なことでもあるのかな。
あとでじっくり聞こう。
私たち親子はスタニスに先導されながら、広間へ足を踏み入れた。
親族やーー昔からの我ら旧王家に親しい人たちとあいさつし、歓談し、ひとだんらくついたところで、私はカタジーナ伯母上の代理、ということで参加してくれた従姉のシルヴィアと少し人々の輪を離れた。
シルヴィアは今日も綺麗だけど、少しだけ痩せたみたい。
「シルヴィアお姉様、どこかお具合が悪いの?」
「ここのところ長雨が続いたでしょう?風邪をひいてしまって、すこーし、痩せたのよ」
シルヴィアは戯けて言った。無理しないでね、と言うと、シルヴィアは微笑む。
「レミリアに心配されるようになるなんて!時が経つのは早いわ」
「もう、淑女ですから!」
私が言うと彼女は笑って私の友人たちの場所へと移動してくれる。
背の高いスラリとした少女の髪はカルディナの女子としては意外なほどに、短い。
マリアンヌ・フッカー、フランチェスカ王女の友にして、ゲーム「ローズガーデン」では私と天敵な北部貴族の娘はすました顔で私を見た。
「レミリア様、今日はお誘いありがとうございます」
「あらマリアンヌ様、来ていただけて光栄だわ」
「素敵なお召し物ですね?」
「そうかしら?大したものじゃないのよ?領地の養蚕がうまくいって……」
ってダメだ。笑ってしまう。
私が吹き出すと、マリアンヌはもう!と笑った。
「もう少し演技を続けて頂戴!でも本当に綺麗!空色がよく似合うわ」
「本当に!?もう、すごく選ぶのが大変だったのよ!」
「髪飾りはファン国のもの?すごく精緻な工芸ねえ……」
私たちが女子トークに興じようとしていると、こほん、と咳払いが聞こえた。
感じのいい黒髪の青年、ドミニク・キルヒナーがマリアンヌに目配せして、しまったわ、とマリアンヌは口元を押さえた。トークはあとでゆっくりね!
ドミニクは感じよく私にもシルヴィアにも微笑みかけた。
「お招きありがとうございます、レミリア様」
私はありがとう、と礼を言って、ドミニクの隣にいる青年二人を見た。
そうだね、もう少年じゃないもんね。
「こんにちは、レミリア」
「お招きありがとうございます、レミリア」
黒髪の二人の青年はにこ、と微笑んだ。
ついこの前まで、西国でいろいろあったのにずいぶん長く会ってなかった気がするな。
フランチェスカとシンはさすがに王家だから私的な夜会には簡単に招待できない。近々、王女の温室に遊びに行こう、と私は思っている。
「招いていただけて光栄です、レミリア様」
イザークが気取って礼をするので笑ってしまいそう。
「こんな私的なあつまりに、軍学校を首席で卒業予定の方をお招き出来て光栄です」
「知ってくれてたんだ、ありがと!」
「我が家のスタニス先生と……ヘンリクからの情報です」
ヴィンセントが肩を落とす。
「あと少し、惜しかったんだけどな」
悔しがるヴィンセントに私は首を傾げた。
「あら?ヴィンセントもすごく優秀だって聞いたわ」
「対キルヒナー戦線をヴァレフスキと組んでいたんだけどな。結果は完敗、悔しいよ」
ヴィンセントが本当に悔しそうに言った。イザークがどうも!と涼しい顔で受け流す。
正直だなあと私は苦笑した。
十日後の卒業パーティーには私も参加するから、楽しみだな。
イザークとマリアンヌが会話をはじめたので、私はヴィンセントだけにきこえる声で、こっそりと呟いた。
「ジグムントが何かお祝いしたそうだったから、もしも時間があったら会いに行ってあげて」
「えーっ、と。……伺います」
ヴィンセントは困ったように、苦笑した。
我が一族の重鎮、ジグムントはヴィンセントの祖父だ。
ジグムントの娘が、ヴィンセントの母親にあたる。長い間二人の関係は断絶していたのだけれど、西国で色々な事があって、彼らの関係はほんの少し修復されたみたい。
公式に関係を公表してはいないけれど、ヴィンセントも意外なことにヴィンセントの父君も隠しもしないし、言及もしない、というスタンスみたいだ。今は。
「じゃあ、くまのぬいぐるみ以外がいいなって伝えておいて」
ヴィンセントらしい言い方に私は思わず笑った。
ジグムントが亡くした孫のことを思って毎年買い足していた熊のうち、二頭は今はうちの子になった。たぶん、今もユリウスが抱きしめて眠っている。
あの偏屈なジグムントが眉間にシワを寄せて贈り物に悩んむ姿はなんだか平和だな。
たぶん、後ろで笑っているシルヴィアあたりが助言すると思う。
さて、総合成績では上位5名にヴィンセントもなんと、我が従兄のヘンリクも入ったと聞いたけど。
みんなが眩しく見える。
私も何かをしたいなあ、ってことを考えながら、そう言えば。と広間を見渡す。
「ヘンリクがいない?どうしたんだろう」
そう言えば、と私たちはお互いに知らない?と聞き合った。
一族の輪にもいなかったし、なんだかんだと仲がいい、イザークやヴィンセント達と一緒にいると思ったのに。
どこにいるのかなあ、と思ったとき………
きゃあ!と人の集まりから声が上がった。ざわめきと、どよめき。
「―――ふざけるな!すぐにここを退出しろ!!」
「どうして、そんな酷い事をおっしゃるんですか!?」
私は失礼、と踵を返して声の主の元へ足早に動いた。
私の会なのだ。何かあったら大変―――。それにあの声は、
人波向こうにいるのは私の従兄のヘンリクで間違いがなかった。
ヘンリクの前で声を荒げているのは見知らぬ令嬢だ。―――誰だろう。さすがに、あの年頃のお客様は把握してるとおもっていたけど……。
令嬢は真っ赤な顔で、ヘンリクを詰った。
まさか、痴情のもつれ!?あほっこヘンリクなにやってるのー!?となった私は、彼女の次の言葉に凍りついた。
「なぜ、私がここにいてはいけないのです!お兄様!!」




