ルエヴィト/廃公子
ルエヴィトの話。
暗き道を行きなさい、より狭き道を行きなさい。
子らよ、示された道を行きなさい。
我らが父は頭上遥か高くにおわし、我らを見守り導き照らし給う……。
国教会のステンドグラスで和らげられた強い日差しが国教会の神殿内に振り込み、長い長い影を作っている。
年若い少年は胸に手を当てて神へ十分な祈りを捧げてから、顔を上げた。
横顔からのぞく瞳は空を写した水色。首のあたりで素っ気なくまとめられた髪は金色。
美しい少年だった。しかし、少女のような柔らかさとは無縁の硬質な美だった。
遠くからでもはっきりとわかるその美貌に、神殿内を歩く若い娘達がいっとき歩みを遅くして少年を盗み見る。彼はそれを意に介さず、さっと身を翻した。
「ルエヴィト殿」
洗礼名で呼び止められて振り向くと、金色の髪に水色の瞳をした少年よりいくつか年上の女性が立っていた。年頃の女性には似つかわしくない、質素な神官服を身にまとっている。
洗礼名を口にされる事はあまりないが、彼女は神官職にあるものだから仕方がないのかもしれない。
「御無沙汰しています、姉さま」
「本当に……その、貴方が王宮を出られると聞いて、別れの挨拶に参りました」
少年は少しだけ寂しげに微笑む。
「ありがとう。一族の者で私を気にかけてくださるのは、もはや、貴女くらいのものですね」
「そのような事は……」
「ありますよ。それに、仕方のないことではあります。母の事も気にかけてくださって、ありがとうございます。マラヤ・ベイジア」
「……ルエヴィト、いいえ。その名はもう名乗られないのでしたね」
「ええ」
「いつ出立なさるのです?」
「明日には」
美しい少女は涙を封じるためにゆっくりと瞬きした。
「どうか、元気で。イェンジェイ」
美貌の少年は、ヴァザ王家の傍系たるイェンジェイ・ルエヴィト・ヴァザは……年上の再従姉にむけて微笑んだ。
水色と金、色違いの瞳を伏し目がちにする。
水色の瞳はヴァザの血を引く証。
もう片方の人ならざる美しい金色の瞳は稀人……北山に住まう竜族の血を引く証だ。
人と、竜と。
高貴な血を父母の両方から受け継いだ少年は、しかし、誇らしげというよりも、その双眸を人から隠すように常に伏し目がちであった。
「ルエヴィトと呼ばれるのも、その名を呼ばれる事も、これからはあまりなくなるだろうな」
「なぜです?」
「竜族らしく、イェンと名乗れと。そう北山からの使者に通告されました。名乗ったところで、私がなんの異能もないただ人であることは変わらないのだけれど。せめて貴女のような異能があれば違っただろうか」
「……イェンジェイ」
マラヤの瞳が悲し気に揺れる。
イェンジェイは……、いや、イェンは表情をふと緩めた。
「愚痴をいいました。マラヤ姉さま。ごめんなさい……。どうかお元気で。私の事をたまにでもいいから、貴女が思い出してくださると嬉しい」
「いつも思っていますとも!」
二人は距離を縮めて軽く抱擁すると、別れを惜しみ、マラヤ・ベイジア・ヴァザは……、マラヤ神官は不遇な美しい少年の未来に、せめて幸多かれ、と祈らずにはいられなかった。
イェン少年の不遇の根は、ずっと昔にさかのぼる。
ずっとずっと、遠い昔。昔の話だ。
かつて、大陸の北山と西国に存在した竜族のうち、西国の一族は人間との争いに敗れて滅ぼされた。
一族のわずかな生き残りは砂漠を超えてカルディナへと居を構えた。ある者は北山の竜族を頼り、またある者はカルディナのヴァザ王家の庇護を求める事となる。
ヴァザ王家に庇護された者のうち、一人の美しい竜族の女がヴァザ王の寵愛を受けて、娘を産み落として死んだ。
生まれた王女は父王には溺愛されたが、父王は早世し、彼女の異母兄が玉座につくと、私生児たる生まれと肌の色から、他の王族から忌避されて育った。
そして、時は流れ。
次代の王の立太子を寿ぎに訪れた、北山の竜族の若者が孤独で美しい彼女に戯れに恋を仕掛け、無垢な王女は同胞にひととき優しくされて舞い上がり、竜族の若者が王都を去る頃には腹に子を宿していた。
そうして、誰にも望まれずに生まれた少年の名を、イェンジェイ・ルエヴィト・ヴァザと言う。
母親は息子の瞳が水色と金の色違いである事に肩を落とし、父親と目された竜族の青年は肩を竦めた。
『私の息子なら、……竜族の血が半分以上あるなら、両の瞳が金色であるはずだ。私の子だという証拠にはならない』
と。
恋人に裏切られ、未婚の母になった王女は事あるごとに嘆いた。
(もしもおまえの両の瞳が金色なら、北山に戻ったあの人も私を迎えに来てくれたかもしれないのに!お前は期待外れな子供だわ!)
思えば。
そのころから母は精神を病み始めていたのだろう、とイェンは思う。
己を軽んじるヴァザの面々を呪って泣きわめき、父親に姿だけは似たイェンを父と間違えて陶然とし、やはり別人だと気づいて泣く。
姿だけは美しい女性の母の中身は、幼い少女だ。
誰にも愛されなかった、大人にならない、可哀そうな女性。
そのうえ、彼女は最近体調もすこぶる悪い。
残された時間は、そう長くはないのだろうと漠然とした予感があった。
王族の一員として遇されていたために衣食住には困らず、しかし周囲から忌避された母息子は、彼らを憐れんだ国教会の庇護を受けて暮らしていた。
イェンは神官になりたかった。
異能はないからたいして出世はしないだろうが、静かな場所で祈り、考える。そんな生活は性格にあっていたし、高貴な生まれではあるだろうが、権力とは無縁の自分には世捨て人のようにして生きるのが相応しいように思われたからでもある。
それに、少数ではあるものの、貧しい人々を救うために尽力する聖職者を尊敬もしていた。
貧しい者を救い、不遇な人々のために尽くす。
そんな生き方が出来るならどんなにか素晴らしいだろうか、と思っていた。
何か一つでいい、自分にも誰かのために、意味のある事が出来るならば、と。
イェンはそのつもりでいたし、国教会もそう思っていただろうが、国王はそれを望まなかった。
竜族の血を引く婚外子がいつかヴァザ王家を脅かすかもしれない、と猜疑にかられたのかもしれない。
国王の目の前で彼の息子に剣技の模擬試合で呆気なく勝利したのもよくなかった、多分。イェンは監視と侮蔑の視線を浴びながら、その日を暮らしていた。
……窮屈で寂しい王宮での暮らしも今日で終わる。
十代の半ばになって、竜族たる父親に瓜二つになったイェンをさすがに父親が認知せざるを得なくなったのだ。
誇り高き竜族が、人間の王家の娘を誑かして打ち捨てたままにしている。
大した醜聞だと身内に揶揄され、ヴァザの国王に皮肉を言われたイェンの父親――何の因果か、現在の竜族の長――は、「寛大な心をもって」母息子を北山に引き取ることにしたらしい。
せめて国教会に残るつもりで、その処置に反対をしようとしたイェンは、久しぶりに会える恋人に無邪気に喜ぶ母の姿に何も言えなくなったしまった。
母は、長くはない。
ならば、その人生の最後に、彼女の思う男と沿わせてやるべきではないのだろうか。と。国教会へ戻るのはそれからでも遅くはない。
王都に、母を見舞いに訪れた父……イェンと同じ顔をした美しい男は不機嫌に息子を一瞥した。
『話には聞いていたが、本当におまえには何の力もないのだな』
『ええ』
『嘆かわしいことだ。お前の母親が生きている限りはおまえも庇護しよう。だが、そのあとは自由にするがいい。出来る限りの支援は約束する』
『承知しました』
謝罪も、愛情もなく。
無価値だと不要だと呆気なく断じられて、イェンはかえってこの男に好感を抱いた。
今更……、今更、上辺だけでも愛しているなどと言われてもこちらも、困る。
ヴァザ王家からは嬉々として追い出され、竜族には渋々と引き取られる。
母と己の身の上を、歯がゆく思いながらも、少年は確かに無力で、流されるしか生きるすべがなかった。仕方ない。
イェンは空を仰ぎ見た。
残念なことに彼の好きなカルディナの空の青は重い雲に覆われて見えない。
抜けるような青空を見るのは好きだ。とても。
世界は広く、この空の向こうにきっと大神がいるだろうと考えるのは、いっとき心が慰められるから。
「これは、お持ちにならないのですか、殿下……!」
いよいよ北山へ出立しようとする時に、まだ十かそこらの小さな少女が追いかけてきた。大きな目に一杯涙をためて一枚の絵画を差し出す。
その絵を見てイェンは苦笑した。
母が機嫌のいい時に、自分と幼い息子を描かせた絵画だった。
金色の髪、左右色違いの瞳。褐色の肌。
背後にはヴァザの象徴たる双頭のドラゴンの描かれたタペストリー。奇妙な色の取り合わせの、どこにも居場所のない母息子の肖像画。
王の一族だと自称しながら、その実態は単なる根無し草。まるで……遺影のような絵画だった。
イェンは小さな女の子に微笑みかける。そもそも、自分が殿下という呼称で呼ばれていたのは皮肉混じりなのだ。正式な名称ではない。この幼い少女には、それは理解できなかっただろうけれど。
「殿下ではないよ、ミリィ。殿下はもう、やめてしまった。だから、その絵画は……王族だと主張するようなものは、持ってはいけない」
「で、殿下は殿下です!いつまでも、そうです!」
王宮の外で飢えかけていた小さなミリィ。
彼女を戯れに拾って介抱して、下女として働けるよう口添えしたイェンを、まるで神様のようにあがめているミリィは、もはや涙を隠せずに、肩を震わせた。
イェンは、ほんの少しだけおかしくなる。
一族の誰も……神官になった、イェンと同じく一族に捨てられたマラヤ以外では……別れを惜しんでくれないのに、たった数回優しくしただけの少女が別れを悲しんでくれる。
イェンが王都を去ることを心底惜しんでくれるのは、このちっぽけな娘だけなのだ。
(誰かひとりだけでも、私との別れを惜しんでくれるのだ。それでもう、十分ではないか……そうだろう?)
自らに問いかけると、跪いて、少女の柔らかな頰にそっと口づける。ミリィが泣きながら抱きついてきたので、ぽんぽん、と背中をたたく。
「いつか、遊びにくるよ。ミリィ。君が淑女になった頃に。その時は私を笑顔で迎えてくれ。その絵は……そうだな。王宮の宝物庫にそっと隠しておいてくれればいいよ。私と母上が確かにここにいたことを、いつか、一族の子孫が気づいてくれるように」
「わかり、ました」
「さようならだミリィ、どうか君の未来に幸多からん事を」
「殿下も!」
「…………そうだね」
ミリィは親子を乗せた馬車が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
かくして、北山のはずれに、半竜族の母親と四分の一だけ人間の息子は拠点を移すことになった。
◆◆◆
北山での暮らしは単調なものだった。
衣食住は保証され、たまに母の元に父が訪れる。見目麗しい男女が数人、二人の世話をする。
しかし、その誰もが母とイェンを蔑んでいる……母は悪意に気付きもせずに、ただ、いつも父の戻りを待っている。
父の一族の者はほぼ、顔を見せない。
人間混じりの雑種。
そう、自分たちが口汚く罵られている場面に、イェンは何度か遭遇する事があったが、母の耳に届いていない事を感謝した。あの傷付きやすく、プライドの高い、いつまでも子供のような女性はその言葉を聞けば卒倒するかもしれないから。母の病状は不思議なことに落ち着いていて、少年は少なからず安心した。
一族の者はほぼ顔を見せないが、例外もあって、たまに奇妙な客が訪れる。
人間の年の頃なら二十代半ばの、もっとも竜族だから百年近く生きているのだろうが……青年二人だった。
黒髪に金瞳のスイと、銀髪に金色の瞳をしたシェンという名の若者。
彼等はふらりと母息子の元に現れては母を笑わせて、イェンに剣技を教えて、少なくない土産を置いて帰っていく。
「後悔しているんだ」
とある時スイは言った。
シェンが、剣の稽古の際にイェン相手に手加減出来ずに彼の骨を折った時、シェンを叱りつけながら丁寧に治療をしている時だった。
黒髪に金色の瞳の痩せた青年で医術に興味があるとかで人間の里によく降りる変わり者の竜族だった。いつも穏やかで、優しい。
「後悔って?」
「王女さまと、うちの長を引き合わせたのは俺だから。長は……、その、まあ女癖が悪いのが難点で」
「みたいだね」
父には正妻と、他にも通う相手がいるのをイェンは知っている。……スイはしょんぼりと萎れた。
「王女さまは王宮で退屈そうだったからさ。俺達と交流すれば気が紛れるかと、俺が集まりに連れ出したんだ……」
彼はどうも、母を不幸の原因たる父に引き合わせた事を悔いているらしかった。しかし、彼のお節介が元で生まれる事が出来たイェンは苦笑するしかない。
「いいよ。母上はあれで幸せなんだ、きっと」
父に語りかける母の甘い声を思い出しながらイェンが言うと、シェンがよしよし、とイェンの頭を撫でる。
「お前は、良い子だな」
「子供扱いはやめ……うわ!」
イェンが言葉を続けられなかったのは、シェンが後ろからぎゅっと抱きしめたからだった。この、他人との距離が近い明るい男に戸惑いながらも、イェンは彼を好ましく思っていた。居丈高な竜族の中にあって、朗らかで優しい。
ついでに剣技は一族の中でも随一で、イェンにもよく稽古をつけてくれる。
もし自分に兄弟がいれば、ひょっとしてこんな感じだったろうか。感謝を口には出さなかったけれども、親切な二人の存在は少年の心を慰めた。
しかし、束の間の優しい時間は、ある日、突如として断ち切られた。
他でもない、母の自死によって。
「やはり、人に過ぎなかったのだな。自死などと!汚らわしい!」
ある、冬の日の事だ。
些細な事で母は父の不興をかって、父は一月ばかり訪れなかった。
いつものように、少し散歩に出ると言いのこして、彼女は家を出て、夜になっても帰らない……。嫌な予感がして、イェンは夜通し探し、湖のほとりで倒れた母を見つけた。首元から溢れ出た血が、美しい顔と雪を赤く染め上げている。
まるで、物語の一幕のように美しい場面に、少年は崩れ落ちた。追いかけて来たスイとシェンが母と少年を彼らの屋敷に連れ戻し、一切を整えてくれた。
父は、一度顔をみにきただけですぐに自分の屋敷へととって返し、父の兄弟の誰かが、母の顔を見て吐き捨てたのだった。
「この土地で自死をするなど!なんと汚らわしい女だ!だから私はこの女を引き受けるのは反対だったのに」
竜族は、死ねない。自分では決して死を選べない。
イェンはそれをある意味で呪いのようだと思っていたが、彼にとっては違うらしい。弱さゆえに自死を選んだ母をやはり人だと罵倒し、嘲っている。
イェンはのろのろと顔をあげた。小馬鹿にしたような視線とかち合う。
反論する気力もなしに黙っていると、彼は更に何かを言ってイェンを傷つけようとする。それを止めたのは、シェンだった。シェンは力任せに、無礼な男を殴りつけ、怒りを露わにすると、叔父を屋敷から追い出した。穏やかなシェンが怒るのを、イェンは初めて見た。
「子供の前で、なんて事をいうんだ!あの野郎!」
シェンが泣いていた。スイも沈痛な面持ちで綺麗にされた……いいや、スイが丁寧に彼女を綺麗にしてくれたのだ……、母の頬を撫でた。
「ごめんな、イェン」
「なんで、シェンが泣くの」
「お前が泣かないからだろう!」
シェンが泣きながら強い力でイェンを抱きしめる。
そこで初めて、イェンは自分が泣いていいのだと知った。一晩中、彼のそばで泣きながら、イェンは明け方に、ひとり目を覚まして、朝陽に照らされて穏やかな顔をしている、母の隣で彼女のために祈った。
「人に過ぎなかった」
イェンの叔父はそう彼女を罵ったが、それは違うとイェンは思う。母は人としては生きられなかった。
竜族としても、難しかった。何者にもなれず、誰かにすがるしか生きる道がなく、そのすがった相手に裏切られて……疲れ果ててしまったのだ。けれど、今は穏やかに眠りについている。ならばいい、それならばもう、いいのだ。
誰にも愛されなかった、可哀想な女性。誰にも……。
「私、以外には」
別れの朝に、少年は母の額にそっと口付けた。
せめて悲しい魂が空の上に行けるように。神の御元で安らぐ事が出来ますように。
葬儀も埋葬も、スイとシェンが二人でしてくれた。
墓穴を掘るのを手伝おうとしたイェンを、二人は頑として許さなかった。「身内がする事ではない」と言って。
イェンはそっと、頭を下げた。
北山に来て、良かったと思える事が自分にはあった。二人に出逢えた事だ。
母にはそれが、少しでも、一瞬でもあっただろうかと考えて、冬の空を見上げた。それは、もはや、永遠にわからない。
……遠い故郷にも続く空は、母の左目と同じ色をしていた。
◆◆◆
カルディナの国教会に戻るつもりでいたイェンの願いは、国王にあっさりと退けられた。半ば予想していたとは言え、がっくりと肩を落とす。
父親には、何かを期待するのさえ馬鹿らしかったが、欲しいものをくれるというので金銭に変えられそうなものを遠慮なく頼んで、イェンは北山を去る事にした。
誰も自分を知らない場所に、西国に行こうと決める。
褐色の肌の自分は西国人に見えるだろうし、西国には竜族混じりも少なくない。西国人と竜族の混血児だと名乗れば不自然ではないだろう。
シェンは大反対をして、北山に残るように何度も説得したが、イェンは首を横に振った。父親をはじめとして竜族はあからさまに少年を疎んじている。そんなイェンを過剰に庇うせいで、シェンも疎んじられはじめているのを、知っていた。
それはイェンの本意ではないし、そもそも、イェンは単に片目が金色と言うだけの人間に過ぎない。異能を持つ竜族とともに北山で暮らすのは無理があったのだ、初めから。
少年の決意が固いと知って、最後にはとうとうシェンも折れた。ただし、と条件をつける。
「せめて、スイの紹介先にしてくれないか。あいつは医術も学んでいるから、西国の上流階級にも多少は顔が利く。お前が望まないなら、素性は隠しておくから」
「……わかった」
スイに連れられて紹介された先は、西国王の親類の一人だった。小さな兵団を持っていて、そこでイェンを騎士見習いとして雇ってくれるという。
好々爺の西国人は、スイの紹介ならばと身寄りのない少年を引き受けて暮れた。
「お前を虐める奴がいたら」
「うん」
「いつでも帰ってきていいんだぞ、イェン」
イェンが困ったように笑うと、スイは涙をぬぐって少年を抱きしめる。涙脆くて、変わり者。お節介で、優しい。そんなスイがシェンと同じくらい好きだった。出来れば一緒に居たかった。
けれど、彼と自分では時の流れ方が違うから、一緒にいればいるほど、いつか別れが辛くなる。
この二年でいつのまにかイェンの背は伸びて見上げるほどだった彼と肩を並べるほどになっていた。
複雑な表情をしたイェンに気を遣って、スイは言い直した。
「北山になんか帰ってきたくなかったら、いつでも俺を呼んでいい。手紙の宛先を渡しておくから、何かあれば連絡をくれ。一緒にお前の好きなところに旅をしてやる。いつでもいい、飽きるまで旅をしよう、いいな?だから我慢しなくていいんだ」
「うん」
「……本当にだぞ?」
「わかっているよ、スイ。色々と、ありがとう」
飛龍に乗って、スイが北山に帰るその姿を、イェンは日が暮れるまで……、いいや暮れても、ずっと見つめていた。もう二度と会うことはないだろうと思いながら。
活動報告に、書籍一巻の口絵のネタバレをちょろっと。
間章。しばらく昔話にお付き合いください。(10話にはならないと思うけども)
 




