145.帰還 1
「ソラ!」
キュイ、と私のドラゴンはご機嫌に飛んできた。
西国の気候にも慣れて来た頃にまた王都に戻らねばならない。ソラも長時間飛行するのは大変だよね、と思うけれど、王都までの時間を短縮するために空路で帰国になった。
「ゆっくりと養生するように」
「もったいないお言葉です、閣下」
「起きあがらないでいいですから」
「そういうわけには」
起きあがろうとするのをスタニスが制した。ボソっと「年寄りの冷や水」と呟いたのでカナン伯ジグムントは聞き逃さず青筋をたてている。
「一言、多いのだ。お前は」
父上はそんな二人と視線だけで笑う。
「また今度ゆるりと来よう、見送りはいいから、体調を戻すのを最優先にしてくれ」
ジグムントの側仕えのイーサ青年が父上の視線を受けて頭を下げた。そういえば、とスタニスが付け加えた。
「墓参りにも行きましたので。そちらについてはどうもありがとうございました。ジグムント」
スタニスはさらりと言った。
誰のだろうとと首をかしげた私にスタニスは説明してくれた。ジグムントが少しだけ視線を遠くへと動かす。
「私の軍人としての最後の任地はカナンでした。小隊の戦友を多くなくしまして。生きているのは、キルヒナー男爵と、エミール・ハイトマンだけです」
「そう、なんだ」
「不思議と悲しいよりも懐かしい心地がしましたよ。イーサ」
スタニスはジグムント付きの青年を呼んだ。
「は、はい。サウレ様」
「私の友人達の安寧の場を、いつも綺麗にしていてくれてありがとう。――恩に着る」
はい、とイーサは頭を下げ、父上が独り言のように言う。
「カナンは、私達には悲しい縁も多い土地だな。ジグムントの家族も、サウレの友も……我が妻の、かつての婚約者も、ここで眠っている」
「左様でございますね」
私の両親は、本来別々の相手と婚姻する予定で、母ヤドヴィカの最初の婚約者はここ、カナンでなくなったのだという。
「もう少しお前はゆっくりしてもいいぞ、スタニス。行きたい場所もあるだろう」
「ご冗談を。旦那様のドラゴンの騎乗には少々?多少、大分、難がありますからね。一緒に帰りますよ」
「煩いな」
「お気持ちだけ、頂いておきますよ」
ふん、と父上は拗ねた。
あ、拗ねたなあ、大人げない。
そのままなんだかんだ言い合いながら部屋の外へ二人して歩いて行く。
いつもの光景に私はくすくすと笑ってしまった。ジグムントも苦笑している。
「昔は……、あの二人がああして肩を並べて歩くなどとは考えもしなかったのですが」
「そうなの?」
「スタニスは、先代の公爵閣下が亡くなられてからは殆ど軍部の所有だった。少年の境遇に……私は同情はしても、何かしようとは思いませんでしたよ。スタニスを気にかけて救おうとしたのはカミンスキー伯だけだった」
ジグムントはそっと膝の上で指を握りしめた。
「竜族を敬うなどといいながら。神官にしろ、軍属にしろ竜族混じりの便利な能力を持つ彼らは、国のために、いや我らのために役に立って当然だと……そういう存在なのだと思っていた。感情など、ないのだと」
声が震える。
「リディアは……」
ジグムントは、彼の家族を見殺しにした神官の名を告げた。
「私とそう、年齢が違わないのですよ。幼い頃から知っていた。実を言えば、彼女が一番の友人であった時期もあった。昔の、ヴァザ王家が存在した頃の話です」
「……とても、そうは思えないわ。まだ二十代に見える……」
ジグムントは不思議と穏やかな表情で語る。昔のよかった時代を思い出しているのかもしれない。
「竜族混じりの人間の中には、たまに先祖返りをして異能の強い者がいるのです。そういう人間は、ずっと若いままだ」
私は、父上と去って行ったスタニスを思わず目で追った。
『お前いつから人間をやめた?』
スタニスに対してイェンは言っていた。私の大事なスタニスはきっとこれからもあまり外見は変わらないだろう。
「リディアを許せることはないと思いますが、ただ、思うのです。……いつの間にか、リディアを。友人であったはずの彼女を、私は、単なる神官としての記号として見ていたのではないか、とね」
もしも、とジグムントは言った。
「私がまともに、彼女と向き合っていたならば、結果は違っていただろうか。ヴァザとしてだけでなく一人の友人として接していたのならば、リディアもまた、わたしの娘を友人の子として遇してくれただろうか……」
それは独り言に似ていた。
私はただ沈黙して、ジグムントの横顔を見ていた。窓の外、空は今日も青い。起きてしまったことに、たらればは存在しない。どんなに願っても。
だから、仮定の問いかけはむなしい。
追記。
すいません!間違って更新してしまったので短めの更新でした。あと1話のところ、三章はあと2話です。
痛恨…!
 




