141.砂塵舞う 4
「ああ、皆様お揃いで。本当に、私にお誂えの舞台だこと」
美しい緋色の髪をした女性はいっそ晴れやかに笑う。
舞台の真ん中に立つ主演女優のように艶やかで、凶気と自信に満ちている。
「……リディア」
彼女にかけられたのは、アレクサンデルの暗い、声だった。
ほのぐらい、声。
怒りを押し殺したその下に、悲しみがにじんでいると思うのは、私の思い込みだろうか。
「言いわけがあるなら、聞きましょう。あるものならば」
血縁の厳しい言葉と、私たちの白々とした視線を浴びてなお、リディアは平然としていた。
「神官リディアの名に懸けて、真実をお話ししてあげるわ」
リディアは鼻を鳴らした。
それから、シンに向けて憐みとも畏怖ともとれるような複雑な視線を向ける。
「おそろしいこと!異界のものを呼び出して、異形の言葉を形にする。本当に、あなた方竜族とはなんなのでしょうね?シン公子。神のごとき方々よ」
「竜族じゃないよ、俺は。ましてや、神でもない。単に半分……、人じゃない血が混じってるだけ」
シンが居心地悪そうに身じろぎをしたけれど、リディアは首を振った。
「いいえ。あなたは人ではないわ。長いこと――とても長いこと生きているけれど、あなたのように恐ろしい異能を持った方はどこにもいなかった……それはきっと不幸なこと!ねえ、シン公子。あなたはきっと人の世に馴染めない……」
不快に鼻を鳴らしたのは私の横に立つスタニスだった。
「他人様の事を勝手にうだうだ決めてんじゃねえぞ。御託はいい、喋る気がないのなら永遠に黙っていろ」
音もなく手を振ったスタニスの手の袖の中から白銀の刃物が覗く。
スタニスが私の前で汚い言葉を使うのに少しびっくりして、とめようかと逡巡していると、横にいたイェンから目線で制された。
「面白いから止めるなよ?レミリア」
「……おもしろくは、ありません」
イェンは金色の瞳を皮肉に輝かせたまま、小声で言った。
「何故?面白いじゃないか。死にゆく女の最後の愁嘆場だ。どうせあの女は長くない。それがわかって出てきたんだろう?観客は素直に鑑賞してやるといいさ」
私は、リディアを見た。
顔色も悪いとは思えない。けれど、先日負った傷は浅くなかったのだろうか……。
「人ではないのは、お前ではないか」
震える声で言ったのは、ジグムントだった。
青い顔で……、それでも瞳には先ほどまでと打って変わって烈しい光がある。
憎しみの、色だ。
「伯爵」
侍従の青年が恐る恐るといった体で老人を支え、宰相、アルフレート・ユンカーが気遣うように老人と……、ヴィンセントの間に立つ。
ヴィンセントは左手で右の二の腕をギュッと掴んで、感情を抑えているのがわかった。
「なぜ、殺した。私の娘を……カヤを、なぜ。お前こそ、人ではない、リディア」
「殺してなんかいないわ、ジグムント」
リディアは笑った。満面の笑みだった。
この場面でさえなければ、彼女をとても魅力的な、幸福な女性だと私は錯覚しただろう。
……錯覚。そう、私はリディアがとても不幸に見えた。なぜだかはわからないけれど。
「私は、殺してなんか、いない。ただ積極的に助ける理由を見つけられなかっただけ」
「なんだと?」
「異能は、神より与えられた私達への祝福だわ」
リディアは笑った。
笑いながら、天を仰いだ。
「神に選ばれた、憐れな私達が死ぬ思いをして手に入れた祝福よ!それをなぜ、あの小娘に分け与えなければならなかったの?甘やかされて育てられ、異国人のくせにヴァザの血を受け継いで、貴方の家名を名乗り、おのれを育てた父親を裏切り、愛した男と、可愛い子供を手に入れて……?そして、身勝手に窮地に陥って、私に自分を救えと命じる」
笑いやめたリディアは、胸元から短剣を抜いた。
「そんな醜い妬心で幼い子供まで見殺しにしたのか」
たまらず呻いたアレクサンデルにリディアは冷たい目を向けた。
「私の感情を嫉妬と呼ぶならどうぞお好きに。私の内面なんて、どうせ私にしか理解できはしない。私はあの女の度が過ぎた奔放さが許せなかっただけよ。ヴァザは神の化身、私たちは神の化身に使える神官。それなのに、あの女は、市井に落ちて、ヴァザを要らないという。それで、幸せだと笑う。私が縋るものを、彼女は……」
リディアと、目があった。
「意味のない、つまらないものだと、簡単に投げ捨てた。ならば、投げ捨てられた私が、彼女を助ける道理もないでしょう?」
サファイアの瞳が怖いのに、目が離せなくて。
私は手のひらを胸の前で拳の形にした。どくどくと波打つのが、わかる。
「恨むのなら、どうぞご自由に。私は手を差し伸べなかっただけ」
挑発するようにジグムントを見たリディアを言葉を失ったジグムントが睨む。
深く、息を吐いたのはヴィンセントだった。
ゆっくりと、ひとつひとつ言葉を区切りながら彼は言った。
「恨んだり、しない」
「ヴィンセント……」
私が声をかけると、ヴィンセントはほんの少しだけ肩をすくめた。いつも皮肉を言いはじめる時の、彼の癖だ。
「恨んだりはしない。リディア神官」
「なんですって?宰相閣下のご子息は随分と心が寛容でいらっしゃること」
リディアが嫌味を言う間、アレクサンデルとスタニスがじりじりと間合いを詰めていくのがわかった。ヴィンセントは驚いたようにじぶんを見つめる祖父、ジグムントに気づいただろうけれど、彼には視線を合わせなかった。
そして、静かに言う。
「かあさんは、言った。みんな大好きよって。あれはかあさんの口癖で、僕と弟はあの言葉をしょっちゅう聞かされながら育った」
迷いない横顔で、ヴィンセントは言った。
「貴女の悪意は、母には最期まで届かなかった。少しの傷もつけたりは出来なかった。彼女が残したのは、幸せな気持ちだけだった。だから、恨んでやったりなんか、しない。貴女にその価値はない。あなたの定義から外れたからって身勝手にぶつけられる悪意なんかで、母は傷つけられなかった、少しも」
だから、とヴィンセントはいった。
宝石みたいな綺麗な翠色の瞳が揺れたけれど、彼は唾を飲み込んで涙さえ惜しむ。
「僕は、やらない。貴女には何も。怒りも、恨みも、悲しみもやらない。ただ、貴女は貴女の犯した罪でもって裁かれればいいんだ」
リディアは蒼白になって、背の高い少年を睨んだ。
アレクサンデルはヴィンセントを見つめて……一度、目を閉じた。
「……神官としての誇りがあるのなら、私と一緒に来てくださいリディア」
リディアはアレクサンデルとスタニスに視線をやり、ふっと笑った。短剣を放り投げ、それは床に落ちてキィンと高い音を奏でる。
「いいわ」
聞き分けのいい、彼女に私は違和感を覚えたけれど、アレクサンデルはホッとしたようだった。
彼女から遠くに投げられた短剣を、拾おうと……、彼女は甥を見ながら表情を消した。
「アレクサンデル!」
私は思わず叫んだ。
リディアは懐に再度手を入れる。小さな刃物の破片を手にした彼女は、アレクサンデルを狙ったのでは『なかった』。
首筋に指を当てて、勝ち誇ったように、笑う。
「ただし、私の亡骸を連れていくがいいわ」
一瞬のちの流血を怖れてわたしは思わず目を閉じた。
続きは週末に。
本話含まずに、章の終わりまであと5話です。




