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139.砂塵舞う 2

すこし時系列が前後します

『レミリアにはきっと、薄い色が似合うわ。スタニスどうか覚えていてね』


 生前、母ヤドヴィカが言ったことをスタニスはきっちりと覚えていてくれた。私は薄い色のドレスを身にまとう。

 選ぶのはひとりじゃ心許なくて、ドレスを選んでくれたのはシルヴィアとオルガ伯母上、それからヨアンナ伯母上もだったんだけれど。


 社交界デビューをするなら。


 母上は私をどんな風に着飾って、自分はどんなドレスを着たかな、と考えるのは楽しくてそれから少しだけ切ない心地がした。

 きっとまた、よく似合うけど派手な色合いのドレスを身に纏って父上には呆れられ、それでも意に介さずにツンと横を向き、踊るために手を差し出すだろう。

 父は高慢で愛すべき母上の手を苦笑しつつも取るに違いない。


 踊る二人は、私の自慢だった。


 二人とも背が高くて、姿勢がいいから、ホールの中央でよく映える。

 私は子供の頃から夢見がちだったから、大きくなったらあんな風に踊れたら良いなと胸を騒がせていた。

 夢見た相手は誰だったろう。

 父上だったりもしたし、ダンスの上手なユゼフ伯父上だったこともある。あるいはシンだったり、旅の途中で出会った美貌の竜族だったり。スタニスやイザークやヴィンセントやヘンリクとも。

 踊れたら楽しいだろうなあと、そう……。


「お手をどうぞ、姫君」

「ありがとう、殿下」


 長考を遮ったのは穏やかな声だった。

 私はにっこりと差し出された手を取り、前へ進んだ。

 先触れの声がして私たちは広間に出る。ざっと衣擦れの音がして広間に居並ぶカルディナの貴族やカナン富裕層、それから西国からの賓客も私たちに敬意を表してなのかカルディナの衣装を身に纏っていた。


 音楽隊がいっそう華やかに音をかきならし、一拍停止した時間は指揮者の合図でゆるやかに動き出す。私は作法通りに礼をして、西国の第二王子は見事な動作でそれを受ける。


「今日は一段とおきれいだ。薄い色がよくお似合いになる」

「好きな色ですの。嬉しいわ」


「レミリアはファティマと仲良く、朗らかに笑っているように」との父上の言いつけ通り私は通常通りの予定をこなすことにも腐心した。今日が私の社交界デビュー。これから舞踏会は三夜続く。昼間はユンカーと父上がファティマの部下達とカナンとファティマの領土たるオアシス都市との国境と物流について決め直し、夜は私は何も知らないふりでファティマと友好を深める。

 こうして考えると、ファティマは大変だなあと思った。父上とユンカー宰相も。


 働き者なのは知っていたけど、ユンカー宰相は激務だろうに顔色一つ変えない。


 自室に戻ると死んだように動かないうちの父とは大違いである(スタニスにため息をつかれつつ寝室に投げ込まれてるけど)。


 一曲が終わり。「飲み物でも?」とファティマに聞かれたので私は頷く。

 酒ではないものを持ってきてくれたので気遣いが嬉しいなあと、笑顔になった。


「オアシス都市で獲れる果物は果汁ものみやすいでしょう?」

「ええ、おいしいわ」

「レミリア様がカナン伯になられた暁には是非とも農産物の物流を緩和していただきたいですね」

「私が?」

「カナン領は公爵閣下のもの。ジグムント・レーム卿には後継者がおられない。公は貴女を信頼しておられる。女王陛下が次代の王になられるならば、貴女が領地をもっても構わないのでは?」


 ファティマはグラスから口を離した。


「そうでしょう?」

「――そんなことを言われたのは、初めてです」

「貴女が隣人なら仲良く出来そうだと思っていますよ」


 後継者はいない、か。ファティマはどの位知っているのかな……。

 ファティマは私の心中を知らずか、続けた。


「――そう、警戒なさらずに」

「顔に出ていますか?どうも、無表情が下手で」


 私が頬を抑えると、西国の第二王子はくつくつと笑った。


「貴女が隣人ならやりやすいだろうというのは本心ですよ。貴女はカルディナの貴族としては珍しく……我々を見る目に険がない」


 私はなんと答えたものかと首を傾げた。私は前世の価値観もひきついでいるから、それはオマケのようなものだ。


「我々の間には血なまぐさい歴史がある。それを繰り返してきました。しかし、そろそろタイスもカルディナも学ぶべきですよ、争いに益はない。共に手を携えて進んでもいい頃合いだとね。共存共栄、と」


 私は無言で目をひらいた。

 意外な言葉だ。


「カルディナでは私も兄も交戦派だと警戒しているのは知っていますが……出来れば争いよりも別のことで儲けたいな。争いは手っ取り早いですがね?遺恨をのこすし、物理的にも修復に時間がかかる」

「……なるほど」

「カルディナ軍部は不満のようだが、私は女王が二代続くのは喜ばしいと思う。お互いに内政に専念すべきです……と、本心だと信じてくださらなくてもいいが、貴女と仲良くはしたいな」


 私はにこりと微笑んだ。


「――私、甘いものは大好きですの。王都に戻ったらいかにタイスの素敵な王子様が下さった果物が美味しかったか宣伝しますわ。そして、今シーズンは、王子様がくださった布ばかり使ってドレスを作るつもり」

「嬉しいな。親しい友に」


 ファティマが杯を掲げたので私は(ジュースだけど)乾杯をした。

 それから、更に微笑む。


 ……リディアのことを思い浮かべて、そっと指に力を込めた。


 リディアは異能では癒せぬ怪我を負って行方をくらました。

 怪我を治療するとしたら、医師のところへ行かないといけない。ファティマの随行者には医者もいるはずだ。

 カタジーナの口添えがあれば訝しみつつも、治療するだろう。


「砂漠でも、カルディナでも――親しき友の間に秘密は寂しいもの。そういう格言はありますか?殿下」


 ファティマが一瞬笑顔を消して、片眉を跳ね上げた。


「……友情は多方面にあるもの。右手には空に向け、左手は地に付けよ、とは西国の言葉ですが」

「どういう意味ですか?私は不勉強で」

「古き友も新しき友も、尊重せよ、と。全ては詳らかに出来ぬ、ということですよ」


 ファティマの錆色の目をじっと見つめると、彼は笑った。


「お聞きになりたい事はなんでしょうか?」

「カルディナ生まれの赤い羽根の小鳥が、砂漠で迷っているのです」

「……ちらりと見ただけですが、庭にいたかもしれないな。捕らえてあなたの前で歌わせようか、可愛い金糸雀」


 私は首を振った。


「小鳥に伝えてください。帰るべき家へもどれと。それだけで結構です」


 ファティマは長い足を組んだ。合図をするとハヤルが音も立てずに現れて主の命をうかがう。そして、足早に去る。

 ファティマは息を吐いた私をうかがう。


 怪我をしたままのリディアは、私の「伝言」でファティマの屋敷を追い出されるだろう。

 傷は痛むだろうな、とか……そういう事は考えずに罪悪感には蓋をする。

 ファティマはカタジーナの口添えと、私の(西国の物品を宣伝する)との口約束を天秤にかけて、私の手を取った。

 少なくとも、今回は。


「ひとつ貸しですよ?」

「いいえ、殿下。さきほど私が示した友情へのお返しですよね?」

「参ったな……!では明日は、私の送ったドレスを着てください。カルディナの方々に私の国の衣服を着た公女殿下も素晴らしいと、みせつけてやりたいので」

「ええ喜んで」


 私たちは微笑み合って広間に足を踏み入れた。

 一瞬まともに灯りをみつめてしまい、まばゆさに目が襲われる。


 ダンスをして、笑って、楽しんで。

 好きな人と、心の赴くまま。


 そんな社交会デビューを夢見ていた気がするけれど、それは……今日という日の現実とは違うみたい。

 大人の世界に入るのは、華やかで楽しいばかりではない。


 指揮者の棒が振り下ろされる。

 私は手を引かれるまま、身体を音に乗せた。





◆◆◆

 時間は少しだけ遡る。


 シンをむかえた夜。

 また私たちは長い話をすることになった。


 ヴィンセントとカナンの因縁や、今までの出来事をスタニスが手早くシンに話す。

 話を聞き終えたシンは自分よりわずかに背の高い自分の世話役であるヴィンセントの頭をぎゅっと胸に抱え込んだ。


「ごめん、ヴィンス」

「何を謝るのさ」


 ヴィンセントが少し笑って後ろによろける。


「しんどいと時に、そばにいなくてごめん。すぐに顔を出せばよかった」

「呆れた自惚れ屋だな!シンがいたら心配でそれどころじゃないよ」

「気が紛れていいだろ」


 シンは体を離して私を見た。

 それから扉のすぐそばに立つアルフレート・ユンカーとテーセウスをチラリと眺め、また私に戻す。


「それからレミリアにも、ごめん」

「私に?」

「なんとなーく、だけど。ヴィンセントがヴァザ家の事を嫌ってる理由は……、実を言えばそうかもな、って思っていた」


 シンは言葉を濁した。

 スタニスが意外そうに教え子を見る。


「気配でわかるとか、そんなのじゃないよ、スタニス。俺はイェンほど同族やヴァザの気配に敏感じゃない」

「左様でございますか、ではなぜ?」

「ヴィンセントがもっている時計を、カナン伯爵が持っているのを偶然、みたんだ……それに」


 シンは言葉を区切ってアルフレート・ユンカーをみた。


「アルはいつだってヴァザの話をヴィンセントの前では避けてたもん」


 え、そうなのか!

 私が意外に思って、ユンカー宰相を見ると彼は顎をなでた。少しだけ挙動不審な気がする。


「嘘つきなのに、たまに嘘が下手なんだ、アルは。大事な人の事だけ。だからそうかなあって」

「シン……!」


 渋面のアルフレート・ユンカーが小さな声で叱責するとシンは小さく舌を出した。「アル」に「シン」か。なんだか、二人共仲良しだね。シンはイェンを見た。


「ヴィンセントの母君たちのお墓へ行くの?」

「お前なら、何かしらわかるだろ?」

「……彼らがそこに残っていれば」


 話が見えずにシンを見ていると、シンは苦く笑った。


「俺は色んな動物の話を聞くけど、たまに、この世のものではない人の声も聞く、特に心を遺したまま逝った人間がいれば」


 ……死者の声を聞く、という事だろうか。ユンカー宰相やヴィンセントも初耳だったのか、驚きの表情を浮かべてみる。


「さすがに、気味が悪いだろ?だからフランチェスカにしか言ったことがないよ。王宮には俺の爺様の声も、フランチェスカの父上の声も残ってないからわかんないけど……たまに彷徨う人を見るよ」


 シンは肩を竦めて窓辺に寄った。

 月は細い。


「どうせなら、新月の夜がいいな。そういう日は色々なものが見つけやすくなるから」

「そういうものなの?」


 シンが「反則だ」と言われるような能力をさまざま持っていたのは知っていたけど、そんなことも出来るのか。私が感心しながら彼に近寄って聞くと、シンは僅かに微笑んだ。


「月のない日に墓暴きか。お誂えだな」


 イェンは嘯いて身を翻した。キルヒナー邸に戻るのだろう。

 テーセウスは彼にならった。


「シン、みたくないなら無理に……」


 いいかけたヴィンセントをシンは、制す。


「ろくでもない異能(ちから)だけど、役に立つならいいよ。俺がここに今来たってことは……、きっと意味があるんだろうし」

「シン……」


 ヴィンセントも私達に並んで窓から空を見上げる。




 ◆◆◆

 それから数日、私はファティマと三夜続けて踊り。

 その、翌日。私達は日がすっかり沈んでから、カナン伯の親族が眠る墓地にいた。

 

 新月はタイスでは言うなれば「物忌み」の日で、すべての祭事や催しは自粛される。ファティマは屋敷で、表向きはのんびりと疲れを癒やしている。 

 屋敷にいてもいいですよ、と言われたけれど私は皆と一緒にその場へ居合わせた。父上は屋敷で報告を待ち。


 スタニスと私、宰相とヴィンセント。

 セリム神官とアレクサンデル。それからシン、テーセウス、イェンがそこにいた。

 

 母君、カヤ様の横に並んだ小さな墓を少しずつ掘っていく。ヴィンセントとユンカー宰相が加わろうとしたのを、テーセウスが留めた。



「こういう事は、縁者がやらないほうがいい。少し離れて待っていろ。イェン」

「へいへい」


 テーセウスに言われて、イェンが親子を少し離れたところまで誘導する。私はランタンを掲げて、作業をするスタニスとテーセウス、それから意外にも加わったアレクサンデルを照らしていた。 

続きは週末に

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