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138.砂塵舞う 1

「休憩してもいいぞ」


 キルヒナー商会では人々が忙しく立ち動いていた。

 カナンで伯爵の周辺の必要なものをそろえるだけでなく、カナンの特産品の買い付けなどを行ってもいるらしい。

 荷物を運んだシンは年長の男にいわれてありがと、と笑って背を伸ばす。


「眼帯が暑くないか。視界が狭いと仕事がやりづらいだろうし。ここじゃ誰も気にしない。外しても良いぞ」

「んーん。なれてるから大丈夫。ありがとう」


 声をひそめて聞く、と言うことは年長の男はシンの片目の金色とそれが意味するシンの地位を知っているのだろう。

 休憩、休憩!

 と楽しげに言うシンの隣で、ヘンリクが渋面になった。

 二人ともいつもと違い簡素な服を着ているから、まるで市井の青年のよう……というには青年達の振る舞いは洗練されている。どこかの裕福な商家の若様が「お忍びで」街に降りている、といった風情だった。


「解放されすぎなんじゃないのか、おまえは」

「ヘンリクだって一緒じゃん!逃げてきたくせに。俺だってずっと王宮にいるのは息が詰まるよ」

「そうかもな」


 その声に同意したのは……。ヘンリクでは、なかった。


「だからと言って、散歩の理由にはならないと思うけどなあ」

「そうだそうだ、もっとこの馬鹿公子にいってや……あ?」


 ヘンリクが幾分間の抜けた声をあげて振り向き、げっ!と声をあげた。

 私はスタニスと頭を痛そうに押さえているイザークの間から「……はーい」と手を振った。シンはぎゃっ!と叫ぶ。


「サウレ教官!!なんでいるの!」


 ぽきり、とスタニスが指を鳴らす。

 底光りする眼鏡を押し上げて笑った。


「……どうして私がここにいるのか、本っ当に知りたいか?」

「いっやー、あんまり、知りたくないかもー……ですー」


 シンがそろそろと後ろに逃げる。それからくるっと振り返ると脱兎のごとく逃げ出した。


「待てコラ!」


 シンも速いけど、スタニスも相当な足の速さだよねえ。

 どう考えても女王の甥に対する態度じゃないけどさ。

 のほほんと私が見守っているとイザークは苦笑する。


「楽しそうだな」

  

 半ばあきれて二人を見守るイェンをちらりと見た。


「いつか、ばれるとは思っていたけど……イェン、ばらしちゃったんですか?」

「潮時だろ?女王の甥が、ずいぶん気ままなこった」


 ヘンリクは捕まえられて投げ飛ばされたシンを遠目に見ながら私たちの横に並び立った。

 自分は「こちら側」だと主張したいみたいである。調子の良いやつ。


「僕は知らなかったからな。キルヒナーの屋敷に来てみればあいつが忍び込んでいたんだ。僕はとっとと帰れと忠告したぞ?」


 正座させられたシンはくどくどとスタニスからお説教を食らい、それからテーセウスにも真剣に怒られてしまっている。

 和平の場、友好の式典といえどもシンがカナンに散歩中、何かあっては両国間にひびが入る。

 ついでにヴァザの私たちの首も危うい。そういう危機感が足りないとスタニスもテーセウスもシンに言うけれど、シンは何処かやさぐれていた。

 シンだから仕方ないかなあー、と私はため息をついた。なるようにしかならない、きっと。


「大丈夫だよ。誰かに捕まるようなヘマもしないし、誰かに殺されたりもしないから。そのうち、気が向いたら帰るよ」

「……自信過剰なことを言うな。そして、簡単なことを言うな」


 テーセウスが苦く言った。


「後のことが心配なら、俺が死んでも誰のせいでもありません。って一筆書いておけば良い?どうせ死なないけど」


 ぷいっとシンが横を向いて……おやあ、なんだか拗ね拗ねモードだぞ、と私が首をかしげているとヘンリクが「王女と仲違いでもしたんだろう」と吐き捨てた。「いつものことだ、鬱陶しい」

 な、なるほどー。 


 スタニスは何か言おうとしたが、お手上げ、と両手を空に向け、イザークが眉根をよせた。

 テーセウスは「シン!」と小さく叱責し、シンは座り込んでむくれている。


「勝手にいじけるのは自由だけど」


 イザークはシンに近づいて身長差のあるシンをなんなく立たせた。それからニッと笑って、拳を丸めた。

 それから至近距離で鳩尾にたたき込む。ヘンリクが「あれは痛いな」と目を背け、私は思わず、わっ、と声を上げた。


「ぶっ」

「死ぬとか、どうせとか、軽々しく俺の前で言うな」


 せっかく立ち上がったシンは、イザークの結構なクリティカルヒットで、そのまま後ろにまた倒れる。

 親友を見下ろして、イザークはにっこりと笑った。


「シンがもし死んだら、俺は絶対悲しい。すごい悲しい。それを知っているくせに、そんなこと言うな。久しぶりにあったテーセウス先生の前で、恥ずかしい甘ったれた態度をとるな、バカ」


 イザークは笑っていたけれど、その笑顔が怖い。

 スタニスはテーセウスと視線を交わして沈黙し、イェンは意外そうにイザークを見た。ヘンリクは「……かゆい」と首の後ろをかく。


「寂しくて、俺の気持ちを試したいんなら、ちゃんと聞けよ。シンが大切かって。いつだって応えてやるから」


 長い沈黙の後で、シンは空をみあげたまま、ため息をついた。

 のそのそと半身を起こすと、頷いた。


「……うん。ごめん、ザック」

「おう」


 二人がなんだか甘酸っぱい会話をかわすのを見ながら私はハッとした。


 この会話、覚えがある!

 原作「ローズ・ガーデン」のシンルートで、親友二人が交わす言葉だ。王女の愛を手に入れたシンが、同じく王女を慕うイザークと仲違いして……仲直りするシーン……なんというびーえる展開!と心がざわついたものだけど、私はシンちゃんとフランチェスカ推しだったので、別の意味でざわついたものだった。


 ……今はシンルートに入った、ということ?

 私は二人を見つめながら考える。


 けれど、あれは王宮の温室でのことだったし。そもそも、タイスのことはゲームにはほとんど出てこない。私は記憶を辿った。二人が仲直りした裏で、王女……フランチェスカには大変なことが起きていたと思うんだけど。

 なんだったかな。

 うーん、うーんと唸っているとスタニスが首をかしげた。


「どうしましたお嬢様?おなかがいたいですか?何か悪いものをつまみ食いしましたか?」

「……ねぇ、スタニス、どうして私が真剣な顔をしていると、胃腸の話ばかりするのかしら?一度真剣に話し合いをさせていただいてもよろしくて?」

「はっはっは」


 スタニスめ、笑ってごまかしたな。


「友情がもどったところで」


 イェンがシンに近づく。


「ひとつ頼み事があるんだけどな。シン」


 シンはものすごく嫌そうにイェンを見た。


「いやだ。イェンの頼みなんか。俺、あんた嫌い」

「ガキみたいな事を言うな。そんなんだから王女様の気持ちもわからずに怒らせたんだろ、どうせ」

「フランを知ってるみたいな事、言うな」

「知ってるぜ?」


 テーセウスが思わず、といった具合にイェンを見て、私も思わずぎょっとする。

 イェン、まさか、フランチェスカを誘惑したりしていない……よね?まさかね?イェンは肩をすくめて口の端をあげた。


「ちょっとした挨拶ならしたぞ、見ていただろう?」


 そういえばキプティヤとイェンが踊った後、すこしフランチェスカにも挨拶していたかもね。シンは鼻にシワをよせた。


「しなくていい。近づかなくて良い。イェンに関わったらフランが汚れる」

「お前は俺をなんだと思っているんだ。えらい言われようだな」


 イェンは肩をすくめた。


「王女様のことは、いいんだが。お前を探したのには理由があってな?」

「理由?」


 イェンの言葉にシンが首をかしげるのと同時に、ぽつ、と雨が降ってきた。イザークが私たちを促した。


「屋内に、入ろうか」


 ヴィンセントが来ているよ。とイザークが言った。





 ヴィンセントが来ている、と告げてイザークはヘンリクを引っ張ると後でね、と踵を返した。


「……聞かないんだ?何をシンに頼みに来たのか」


 なんとなく、察してはいるだろうけど。イザークはへへ、と笑った。


「ヴィンセントの気が向いたら聞くよ」

「僕は聞くぞ。ちゃんとあとで委細をまとめて報告に来い。レミリア、いいな?」


 ヘンリクは私をびしっと指差した。指をささないでくれるかなあ!変リクさまっ!スタニスは「それは私が後ほど」とヘンリクに申し出て、傲岸不遜の従兄はうん、ならいい。と大人しく頷いた。


「あとでね」

「うん」

「……ああ」


 二人と別れ。

 私はシンと共にヴィンセントが待つ部屋の扉を開けた。

間があきました。

まさかのリアル異動でわたわたしておりました。

続きは4/11に!



短編修行中。

挫折した野球少年と、バレエに打ち込む少女の、夢追うふたりの短編。

<a href="https://ncode.syosetu.com/n8166eq/">十年後、いつかの君に会いに行く</a>

もしよければ、読んでやってください!


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