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137.金糸雀は歌う 18

「先に会ってしまったのか」と何やら含みのある言葉に私が首を傾げていると、イェンは笑った。


「俺が言ってたろう。――死体の、死因が特定できそうな奴。死体慣れした奴がここにいる」


 イェンがテーセウスを示す。


「この医者は変態でな。死体が好きだ。腑分けまでしやがる」


 スタニスと私は顔を見合わせ、テーセウスがハルトを促して、「またおいで」と彼を母の元へと戻らせた。

 私は振り返ったハルトに、小さく手を振ると少年は笑顔で去っていった。


「子供の前で物騒な物言いをするな、イェン!誤解を招く」

「かまやしないさ。紛争地のガキなら死体には慣れている」


 そういう問題じゃない、とぼやいたテーセウスはため息一つ落として私達を見た。


「確かに、仕事柄、遺体はよく扱うが……、それが何か?」

「……いや……少しここでは言いにくいのですが」

「惨殺死体の検分か?それならほかを当たれ。犯人探しは私の仕事ではない」

「それもよくわからないというか……」


 スタニスが肩に置かれたイェンの肘を迷惑そうに払いながら言って、私をチラリと見る。

 テーセウス先生に事情を話してもいいものなのか。迷いはほんの僅かな時間だった。

 キプティヤが私は外しましょうか?と聞いてくれたので、頷く。


 彼女が席を外すの待ち、私はテーセウスに近寄って、背の高い彼を見上げた。


「先生がお嫌なら、無理にはお願い出来ませんが……十年ほど前に亡くなった、小さな男の子の遺体を先生に見ていただきたいのです」


 テーセウスは怪訝な顔で、私達を見回した。


 場所を国教会の小部屋に移してどこまで話していいのか、と悩んだけど、部屋の隅で涼しい顔をしているイェンをチラリ、とみた。


 言葉を濁した所で、イェンが喋ってしまいそうだし。それならば、テーセウスに話してしまおう。

 ……西国で会ってから、イェンはことごとく私達に難題を突きつけて観察しているような気がするんだけど、気のせいだろうか。


 それは……、無理だろうとテーセウスは言った。

 考え込むような風で、首をひねる。


「私が役に立つなら検分しても構わないが。その少年の死因は絞殺か?ヴィンセントの代わりに殺された少年が絞殺なら……、(くび)の骨が折れるほどの圧をその犯人が与えていたならまだしも、女の細腕だろう?それは、考えづらい。――窒息が死因だとして……それは、遺体を見たところで私にはわからない」

「役に立たん男だな、お前は」

「勝手に期待したのはお前だろう」


 勝手なことを言うイェンを半眼で見、テーセウスはため息をつく。スタニスも胡散臭げな視線を己の師にたっぷり注いでからテーセウスに頭を下げた。


「徒労に終わるかもしれませんが、ご協力いただけると助かります」

「身内の醜聞を暴くことになるが構わないのか?もしもリディア神官がカナン伯爵のご令嬢を害したのが真実なら……それが真実彼女(リディア)の独断でも、世間はそうは見ない。君たちヴァザが国教会に命じて異国の血が混じる私生児とその一家を殺害させたとみるかもしれないぞ」

「テーセウス、あなたが口をつぐんでくださればその心配はないのでは?」

「いいか?スタニス。私は君たちに義理はないし、好きなときに好きなことを好きな相手と喋る」


 テーセウスの秀麗な(かお)に浮かぶのはかすかな嫌悪だった。


 思えば、テーセウスは半竜族という以前に北の森に住む魔女なのだ。異端視される北方の民。


 自分たちを異端視して除外する国教会の身勝手や横暴に義憤を抱くのは仕方ない。

 私は弱ったなという風のスタニスが何か言うのを遮り、口にした。


「ヴァザが悪し様に言われるのは構いません、テーセウス」

「お嬢様」

「いいの、スタニス。悪名の一つ二つ増えたって大した影響ないじゃない。それより、ヴィンセントとジグムントが……二人の心が少しでも晴れるようにしたいと思う。それから、なにより」

「何より?」


「……ヴィンセントとして埋葬された男の子を、別葬してあげたいんです」


 イェンが皮肉な口調で会話を茶化す。


「死者にも憐れみをかけるとは。公女はお優しくていらっしゃる」


 ええと、これは私の死生観の問題だから説明するのが難しい。

 前世の価値観と混ざっているし。私は少し考えて……口にした。


「憐れみというわけではないんですけど、それが礼儀かなって」

「礼儀?」

「死者に礼をつくすのは……生きている私たちの為かなって、そう思います。誰もが天寿を全うできるわけではないし、無念のうちに亡くなる方も沢山いる。でも」

「でも?」

「……悲しみのうちになくなった人が、ぞんざいに扱われないのであれば。それは生きている私たちの慰めや安らぎにもなるかなって……、死者を弔うのは、死者と同じく生者の尊厳を守ることになるのかな、って、そう思います……」


 私は無表情のテーセウスを見た。


「私の一存とわがままで申し訳ないのですが。テーセウス先生、ご協力をいただけないでしょうか?」


 テーセウスは頭を下げた私に苦笑する。


「昔、君に私は言ったね。君は君の立場にしては無邪気に過ぎると」

「……はい」


 そんなお小言をもらったこともあったなあ。黒衣の医者は肩をすくめた。


「もう一つ、苦言を」

「……増えるんですか?!」


 くつくつとテーセウスは喉を鳴らす。


「公女がそんなに気安く頭を下げるものではない。君が軽く見られる。ましてや卑賤の医者に、な……だが、なるほど死者への礼儀か。その考えは嫌いではない」


 そんな風に笑うとシンにそっくりで、私はテーセウスと同じく半竜族の友人がどうしているかな、と懐かしく思う。


 もうずいぶんとシンに会っていない気がする。テーセウスは柔らかな雰囲気をまといなおした。


「仕方がない。君の理屈に頷いてしまったからには、協力しよう」


 テーセウスが言ってくれたので、私は改めてありがとうございますと礼を言った。頭を下げるのはカルディナ風でないものね……、と反省して代わりにぎゅっと手を握る。

 テーセウスは「奇妙な公女様だ」と呆れて、スタニスがちょっと困っている。


「お嬢さんはほんっと、変なやつだなあ」

「ぎゃっ」


 ぐしゃぐしゃと髪をみだされて思わず変な声が出る。

 イェンの手ががしがしと私をなでている。


「イェン様、淑女に失礼です、無礼です、私をいくつだとお思いですか」

「十歳くらいか?人間の年はわからんな」

「目まで悪くなったのか、爺……」


 スタニスがぼやきながら手を払う。イェンは痛ぇ、とぼやきつつ、目を細めた。


「すまんな、お嬢さん――これで最後だから許してくれ。つい、懐かしくってな。昔、ずっと昔、お嬢さんと似たような事を言った子供がいたよ。お嬢さんはヴァザのくせに、いい子だな」

「……はぁ」


 子供扱いされるのは、本意じゃないなあ。イェンはにこ、と笑い、国教会の出口を見た。


「テーセウスはまあ協力するとして、もう一人、墓を暴くのに役立ちそうな奴を保険に連れていくか」

「……もう一人?」


 うん、とイェンは頷く。


「遺体を暴けても、証拠が見つからなければ意味がない。もう一人役に立ちそうな奴が、何故かカナンにいるみたいだからなあ。あいつの散歩グセも困ったもんだ」


 散歩ぐせ?な、なんか嫌な予感がするぅ。私が思わずスタニスを見ると、スタニスもピクリと眉を跳ね上げた。


「……あんまり答えを聞きたくないんですがね、師匠……。その、お知り合いとは、どんな特技がお有りで?」

「んー?半竜族のガキでな?人ならざるものの声を聞くんだが」

「……へぇ……」


 スタニスの声が低くなる。私もとある少年を思い浮かべて思わずこめかみを押さえた。テーセウスもまさか!という表情でイェンを見る。


「あいつなら……、この世ならざる者の声も聞けるだろう。ここ数日、あいつの気配が見え隠れしててなあ。……どうやら、キルヒナー邸に紛れてるみたいだぜ?」




月単位の久々でごめんなさい。

これからも宜しくおねがいします。当分は週2更新です。


業務連絡。年賀状ありがとうございました。今更ですがお礼を投函しました。

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