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136.金糸雀は歌う 17

 カナンには西国風の建物が多いが、国教会の中はその最たるものだろう。

 国境の街だけあって国教会も人種が入り混じっている。カルディナ人は肌の白い人が多いけれどカナンでは半々だ。

 国教会の建物の壁は、白。半円の屋根がすっぽりと帽子のように白い精緻な壁に覆いかぶさっている。特徴的な青の天井一面には幾何学模様がびっしりと極採色で描かれている。


 この五百年、カナンを支配した年数はタイスとカルディナでおおよそ半々なのだと、街並みにも二国の様式が混じりあっているのだと、そう説明を受けたことを思い出す。


『支配者が変わるたびに壊していた建物を、年代が下がるとつくりかえなくなったようですね、また取り返せばいいとそのまま使うよう両国とも方針を転換した』


 ファティマはそう言っていた。……今は私たちの国が治めるこの土地はまたいつか、タイスの旗の下で統治されることもあるのかもしれない。


 少し歩みを進めた広間では国教会の主導で奉仕活動が行われていた。

 医者を招いて、裕福でない層の健康状態を診たり、炊き出しなどをしているらしい。ジグムントが責任者として毎月していることなのだとか……。

 私はさっと裏で着替えて国教会の聖職者見習いと同じ服装をした。

 医師たちの手伝いもしてみたいなあと思いつつも、炊き出しや配膳の準備を手伝う。

 本当はカナンの人たちと関わってみたいなあと思うけれど。

 国教会の中で私に危害を加えようと思えばいつもよりも、簡単だろうし、そんな事になれば皆が困る。スタニスが側に居れば安心だけど。


 忙しく立ち働く聖職者たちが準備を終わらせたところでキプティヤが感想を述べた。


「慰問活動に慣れていらっしゃいますね、公女殿下」

「そうかな?」

「手際がよろしい……失礼ながら慰問と言うのは綺麗な服を着て責任者に会って……微笑んで終わりかと思っていましたが」

「そういう慰問もするわ。けれど、今日は観察と言うか。覗き見というか……。国教会がどんな活動をしているのかなあって、一度、見てみたかったの」


 私はまだ動いている人々を観察した。


 いつかアレクサンデルと一緒に会った、彼と同輩だという痩せぎすのテト神官も簡素な服を来て奉仕活動をしている。

 王都の国教会では治療師(いやして)に診療を依頼するには多額の寄付を必要とされて貴族や富裕層しか治療を受けられないけれど、カナンは自由度が高いみたいだ。

 どうやら無償で奉仕活動をしているようだった。


「王都を離れ、神様と遠いところにいる人たちの方が敬虔な活動をしている気がするのは……おかしいね」


 私はひとりごちた。脳裏に神官長を思い出す。

 彼がフランチェスカを見ていた、にやけた視線も。すべてがそうではないだろうけど……、王都の国教会よりもカナンの聖職者達のほうが、領民に寄り添っている気がするのは……目新しさに誤魔化されているだけなのか……。


 何人かの医者らしき人も見える。

 あまり裕福では無さそうな身なりの人々に声をかけて、診察も行っているようだった。


「今日はどうした?」

「せんせい、ぼくね、おなかがいたいみたい」


 あどけない声が聞こえる。

 視線を動かすと見覚えのある男の子が黒髪の男性に訴えかけていた。

 どこかでみた事が……。


 私の視線に気づいたのか、おとこのこは私に手を振った。


「こんにちはおねえちゃん」

「ハルトくん」


 グレーと緑の中間色の瞳を輝かせたのは先日会った男の子だった。


「今日は、どうしたの?」


 私が近づくと、ハルト君は口を尖らせた。


「お腹が痛いんだよ!だから先生に薬をくださいって言うのに……先生はケチだからくれないんだ!」

「そうなの?」


 私が小首を傾げると、耳障りの良い声の主が冷静に、訂正をした。


「症状の無い者に薬はやれない」

「またいつか悪くなるかもしれないよ!」


 反論を試みる男の子につられて私は目線を動かし、あっと手を口元にあてた。医師らしき黒髪の青年は私をちらりと認めてから、ハルトに視線を戻した。


「ハルト、おまえの考えはわかる。薬を売るつもりだろう?」

「そうだよ!」

「駄目だ。薬は劣化する。それに処方なくのんでも効果は薄い。医師としてそんな危険な事は許可できない」

「先生のケチ」


 ハルトの頭を優しく手が撫でる。


「なんとでも……、薬が本当に必要になったら来なさい。しばらくここに滞在する予定だから」


 言い終えた医師はそう言って……ようやく、唖然としたままの……私を、色違いの瞳で見た。


「……テーセウス!」


 私の代わりに名を呼んだのはスタニスだった。

 黒髪に金と黒の色違いの瞳。半竜族の医師は……以前、船旅であったときと寸分違わぬ姿でそこに立っていた。


「……君が来ているとは聞いていたが」

「テーセウス先生!」


 懐かしさのあまり、私は思わず飛びつきたくなりながら駆け寄り、すんでのところで我慢する。

 淑女だと言うのを忘れるところだった。どうどう、とスタニスが私をいなす。

 ……失礼な!馬じゃないよ!


 私が抗議を込めて頬を膨らますのを、テーセウスは優しくみた。


「……ひょっとしたら会えるかもな、と思っていたが……君にあえて嬉しいよ。元気そうだ」

「テーセウスも!」


 周囲を気にしてか名前を呼ばずにテーセウスは笑った。


「しばらく会わない間に……大きくなったな、君は」


 久々にあったのに「綺麗になった」とか、そんな風に言わないのがこの人らしい。私はテーセウスはお変わりなく、と言おうとして……それが、この人に対して適切な言葉かわからずに飲み込んだ。


「ありがとうございます!だってもう……五年以上たつんですよ!大きくなりました。私も、皆も」


 私達が再会を喜んでいるのをハルト君が「お友達なの?」と尋ねてくる。私は、頷いた。キプティヤが興味深げに……彼女と同じく竜族の血を引く存在だからかもしれないが……医師を観察し、それからスタニスと、キプティヤ、揃って顔をあげた。


「なんだ、お前たち先に会っちまったのか」


 雪のように白い髪を今日は背中に流して、イェンも現れた。げっ、と小さくスタニスが言い距離を取ろうとするのをイェンはにっこり笑ってその襟首を掴む……。私、ここ数日で理解したんだけどね、スタニス……。イェンは多分、スタニスに嫌がられるのが、とっても嬉しいんだと思うよ……?


「先に、とは?」


 尋ねたテーセウスと頭上に疑問を浮かべた私に、イェンは文句のつけようがない甘やかな表情で微笑んでみせ、物騒なことを口にした……。

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