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135.金糸雀は歌う 16

 出来るだけ普通に過ごすようにと言われ、翌日も私は予定を遂行する事にした。

 寝たのか、ずっと身を横たえていただけなのか……、朝日に誘われて目を開いても頭はどこか重いような気がする。


 ……ヴィンセントはどうしているのかな。


「今日はヴィンセント様は、屋敷でゆっくりと過ごすようですよ。父君とご一緒に」


 身支度を整えて出かける準備をすると、スタニスが私の聞きたいことを先回りして教えてくれた。そう言えば、スタニスとユンカー宰相は割と親しいような気がしたけれど、と聞いてみると彼は苦笑した。


「親しくはないですが、カナンに駐留していた事がございますね」

「スタニスが、軍にいたとき?」

「ええ。上官はキルヒナー男爵で、ユンカー様は女王陛下の特使として来られていた」


 ユンカー宰相の醒めた横顔を思い浮かべる。腹心として若い頃から女王陛下の側にいる彼も、カナンにいたことがあるのか。


「皆に、関係深い土地なんだね……」

「そうですね……」


 スタニスはどこか苦く目を伏せた。

 カミラがまだカタジーナの側にいるから今日はスタニスが側にいてくれる。


「スタニスは、寝ていないんじゃない?」

「まさか。どんなときでも眠れるのが私の特技ですよ、お嬢様」


 スタニスは戯けた。


「体力がないと何事もはじまりませんからね、……と、キプティヤ?」


 門を出たところに待つ馬車の横には背の高い佳人が控えていた。今日は髪をゆるく三つ編に編んで背中に流している。彼女は一礼してニッと唇を笑みの形にした。


「慰問ですか?公女殿下」

「ええ。国教会に。キプティヤ、あなたもいく?」

「私は公女殿下の侍女ですので、喜んで」


 背の高い佳人はにこやかに微笑む。

 彼女は一昨日からの私達の忙しない動きをどこまで掴んでいるのかなあ。イェンと話したならば聞いているかもしれないし。

 と考えをめぐらせたけど、私は……邪推を放棄した。

 今は、国教会への慰問の事を考えよう。いつも通りに、普通に。


 馬車に揺られながら私はキプティヤに尋ねた。


「キプティヤ、貴女はカナンには詳しいの?」

「いいえ、殿下。私は……ファティマ殿下のご領地であるオアシスの出身ですので」

「そう」

「子供の頃から女には不似合いなほど上背がありましたので……珍しがられて奴隷として買われまして……」

「奴隷!?」


 私が目を丸くしたので、キプティヤは笑った。


「孤児でしたので、自分で自分を売ったのです、殿下」

「えっ……!」


 絶句した私を彼女は面白そうに観察した。西国(タイス)に奴隷制度が残っていたのは知っていたけど、自分で……?


「救貧院を出たときに金がありませんで。……浮浪者になれば食い詰めますが、奴隷であれば主人が衣食住を提供してくれます。期限付きで身を売る者も、西国にはまだおります」


 そうなの?と私がスタニスを見ると、彼も補完してくれる。


「かつて我が国にあった制度とはまた少し違いますね。西国では……奴隷身分は保護されるものです。粗雑に扱えば王に処罰されますし、取り上げられる……どれだけ奴隷をもてるかは、富裕層のステータスでもある。ハヤル殿も、公務についてもしばらくは奴隷身分のままだったと聞きましたよ」

「ええっ……」

「特技のない……、買う価値のない者は奴隷にはなれません。ですから、公女殿下の想像するものとは少し違うかもしれませんね?」


 私は目を白黒させた。


「奴隷、って訳すからおかしいのかしら?住み込みの、奉公人みたいな感じ?」

「そこまでの地位はありませんが……ま、カルディナの方々が想像するほど惨めなわけではない。中には悲惨な目に遭う者もいますが」


 キプティヤは私の反応に満足したのか、くつくつと喉を鳴らしす。


「主がなかなか気前の良い人で、五年の年季があけるなり、自由にしてくれました。……主の所では読み書きも、剣術も教えてくれましたし私は運が良かった」

「剣術……変わった型の?」


 前世がオタクなので、私は脳裏に抜刀ナントカという単語を思い浮かべた。ちょっぴり日本人の居合の型みたいな。イザークと対峙した時の構えだ。


「珍しい型を教えてくれた師がいたのです。私も普段はタイスの現代の構えを使いますよ。ファティマ殿下もハヤル殿もカルディナの方々を驚かすのが楽しいらしくて……あのときは派手にやれと命じられましたので、仕方なく。カルディナの構えも学びましたよ」


 仕方なく、と言う割にキプティヤは楽しそうだった。


「カルディナの型まで学ばれるとは、熱心ですね」


 感心したスタニスをキプティヤは妙に楽しげに、見た。


「相対する()の技術を知っておくのは悪くなかろう、と。……ふらりとたまに現れては同胞の誼だと剣術を教えてくれたご老人がおりまして」

「ご老人」


 スタニスが嫌そうな声で唸ったので横目で見ると、鼻にシワを寄せている。


「イェンはキルヒナー家にいると聞きましたが、我儘を言っているでしょうね」


 その様子を思い浮かべたのか、キプティヤは笑った。


「気まぐれな同胞は、イェン様、ですか」

「ええ。たまにフラリと現れては遊んでもらいましたね」


 キプティヤとイェンが並び立つのは如何にも似合いだなあ、と私が思っているとキプティヤは笑った。


「だから……貴方と試合(やり)たかったのだけれどね、()()


 スタニスが鼻白む。私をちらりと見て、それからキプティヤを見据えた。だまらっしゃいとでも言うように。キプティヤは怖いなあとと肩を竦めた。


 馬車が到着し、少しだけキプティヤが離れたので私はスタニスの袖をつかんで彼の気を引いた。


「ユエ……かあ。お月さまの事だね」

「お嬢様……」


 スタニスか困ったような顔をしたので、私はへへ、と謝った。


「ごめんね、スタニスが嫌なら呼ばないよ。スタニスは、スタニスだもん。でも、ぴったりな綺麗な名前だなあと思っただけ」


 スタニスは仕方ないなあと言うふうに肩を竦めた。陽を弾いて少しだけ金が混じる瞳は、確かに冴え冴えとした夜に浮かぶ冬の月に似ている。


「お嬢様に秘密にしている事が、次々とバレてしまいますねぇ」

「大人になりましたから。私ねイェン様は……、スタニスのお祖父様なのかと思っていたの」


 スタニスは目を剥いた。


「あ・り・え・ま・せんね!」

「あはは、イェン様と同じ反応だね」

「…………」

「イェン様は、スタニスの先生だったの?ヘンリクとか、イザークに教えるみたいに?」


 スタニスは観念して、まあ、そのようなものですかねぇと呟いた。

 その眉の寄せ方とかは少しだけ、美貌の竜族と重なる。


『家族になりそこねた』


 イェンはそう、言っていた。

 血のつながりはなくても、やっぱりスタニスとイェンは似ている気がする。本人たちは嫌がるだろうけど、それでも、どこか、似ている。


 ヴィンセントとユンカー宰相も、血のつながりはなくても似ているなあ、と私は思った。

 嫌味なところとか。

 醒めた顔をしているのに、頑固そうなところとか。


「?いかがなさいました?お嬢様」

「ねえ、スタニス。私とスタニスも、どこか似ていたりするのかなあ?」


 スタニスは首を傾げた。


「何を言っているんですか!全然似てませんよ、お嬢様!」


 そうかな。家族だし。

 きっと似ているところはあると思うんだけどな!



次回更新は金曜日めざして。

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