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旅路 2

シンに手を引かれ、建物の影に身を隠して私達は怒れる店主をやり過ごした。

店主がいなくなったのを確認すると、シンは、ぱっと私の手を離す。あ、あれだけ派手に私を助けてはくれても、そこは照れるんですね?


「シン様、ありがとうございました」

「レミリア、貴族の女の子がひとりで知らない街を歩くなよ。危ないぞ」

照れ隠しなのか怒ったような口調が可愛い。王族縁の男の子の一人歩きはいいんだろうか、と思いつつ、私は、はあ、と曖昧に返事をした。


「鳥、逃げてしまって、あの商人は可哀相ですわね」

「鳥達があの商人のこと好きなら、散歩した後に戻ってくるだろ。それにあいつ、詐欺師だぞ。同情しなくていいって」


「ええ?」


シンが先ほどの商人との会話を教えてくれた。

鳥の歌を言葉のわからないカルディナ人に一方的に聞かせ、お金を取るらしい。カツアゲされる所だったんだー!危ないな私。

しかし、南方語が喋れたんですね、シン様。


「それにしても、シン様がどうしてここに?」


我ながら冷静な疑問を口にすると、シンはフードは暑いとグチりながら脱いだ。今日は綺麗な銀糸を首の後ろで無造作にひとまとめにしている。私はちょっとドギマギしてあたりを見回してしまった。

さすがにこの国でも左右の瞳の色が違う人間は珍しい。

シンが彼の有名な「女王陛下の甥」かつ「半竜族の少年」だとばれたりしないかな。

私の心配もどこ吹く風でシンはけろりと言った。


「イザークとレミリアを見送りに来たんだ。船で行くんだろ?」

「イザーク様から聞いたんですか?」

シンはうん、と頷く。

「イザークの奴、ハナの事でどうせ無理言ったんだろ?巻き込まれて災難だな、レミリア」

ほんとですわよ!!あの野郎!!――と言いたいところではあるが


「困ってらっしゃるイザーク様がお可哀相で。お役に立ったのならよかったです」


淑女らしく笑い、私はもっともらしく嘘をついた。


「レミリア、優しいな」


そうでしょ~。と思いつつ「そんなことは」と控え目にはにかむ。シンもつられたので二人でえへへと笑いあった。なんと和やか。

ああ~、シン様の笑顔超可愛い、プライスレス。上がれ上がれ私への好感度~。

明らかに脈のない相手の好感度をあげてどうするんだ、って気もするけど、恋愛感情の有無はともかく、私はやっぱりシンと親しくはなってみたいのだった……。だって、可愛いんだもんー。


「お見送りに来て頂いて嬉しいのですけれど、女王陛下がよくお許しに」

「言ってない」

「は?」


目を丸くした私に、竜公子は「陛下には言わずに来た」としれっと答えた。

おいおいおいおいおいおい!おーい!!


「駄目でしょう、それはっ!」


私が思わず叫ぶと、シンはちょっと首を傾げた。

「手紙は残してきたよ。イザークとレミリアの見送りに行くって」

名前を出すな!私の名前を!!

キルヒナーだけにして、そこは!!

青くなった私を安心させるように、シンはなおも言葉を重ねる。


「ドラゴンで来たし、飛べば王宮はすぐだから」


いやあああ!!

そんな高級外車並の値段がする乗物を無断で連れてきた挙句、自転車で来た!みたいな軽いなノリで言わないでください。


つい先日、陛下の「不愉快な貴族リスト」から己の名を消し去ったと思ったのに、可愛い甥のシン様を誑かした旧王家の気に入らない娘として再度バッチリ記載されてしまう。

声なく叫んでいると、後ろから不機嫌な声がした。


「シン!ここにいたのか」


振り返るとそこに見知った少年が居た。走ってきたのか、息をきらしている。

ヴィンセント・ユンカー。陛下の懐刀ユンカー卿の養子にして、未来の宰相閣下だ。

「さっそく騒ぎを起こすな」

「騒いでたのは俺じゃなくて、鳥使いのおっさん」

ヴィンセントの苦情にシンは、む、と口を歪めた。

ああ、お目付役だから、ヴィンセントも来てるのか。

私が二人を見比べていると、ヴィンセントの冷たい視線とかち合う。

「レミリア嬢」

「はい?」

「貴女も、見知らぬ土地でふらふら歩くのは、おやめなさい。淑女としての自覚が足りないのでは?」

むかっ。

「まあ!ご心配ありがとうございます、ユンカー様」

私はフンと横を向いた。

シンが騒ぎを起こしたのが、私のせいだと言わんばかりね。いくら私が嫌いだからって、八つ当たりはよしてくださいます?

「けれど――お目付役なのに、シン様から目を離すユンカー様も自覚が乏しいのでは、と思いますけれど?」

私の余計な台詞にヴィンセントが目をつり上げたその時、


パン、パンと後ろから手を叩く音がした。

三人そろって、振り返る。


「お嬢様、お坊ちゃま方、お取り込み中の所、よろしいですか?」


旅装に身を包んだ中肉中背の男――スタニス――が苦笑しながら立っていた。

「スタニス!」

私が駆け寄ると、侍従は私の横に立ち、にこにことシンに笑いかける。


「主の危ないところをお救いくださり、ありがとうございます、シン様。レミリアお嬢様、ふらふら遊びに行っちゃ駄目ですよ。お嬢様に何かあったら、私の首が飛びますからね」


それはその通りなので、私は、はあいと素直に返事をした。

慣れない土地に来て、ちょっとうきうきしすぎた。ごめんなさい。

「でも、スタニスが私から目を離すのもよくないんじゃない?」

私が甘えてそう言うと、申し訳ございません、とスタニスが応じる。視線を感じて横を向くと、シンが興味深そうにスタニスを見ていた。

「あんた、レミリアの家の人?」

「はい、スタニスと申します」

「鳥屋で、ずっとレミリアを見てただろ」

「そうなの?」

私がスタニスを見上げると、彼は、ばれておりましたか、と頭をかく。

「俺、余計な手出しをしないほうがよかった?」

「いえいえ、お嬢様が危機だなあ、どうしようかなあ、どこで顔をだそうかなぁ、と思っていた所にシン様がおいでで。私の出番がなくてよかったです」

シンの指摘と私の視線に、スタニスはあはは、と笑った。

なにそれ!あははで済むか!

見ていたんなら助けてよスタニス。体の大きなおじさんに、腕捕まれて、私はちょっと怖かったのに。


「旅の中でちょっぴり怖い目に遭うのも、いいご経験かと思いまして」


そんな危ない現地訓練はイヤだ。

むくれた私を適当にスルーして、スタニスは私を促した。


「さ、お嬢様。キルヒナー様が心配されていますから、宿へ急ぎましょうか。シン様とユンカー様はこれからどうされるので?」

シンが当然というように胸を張った。

「もう、俺たちは宿をとった。キルヒナー商会の、レミリア達と同じところだよ」

「左様ですか。それでは共に参りましょうか」


いやいや、おうちに帰りなさいよ、シン様。

そして軽く流すなよ、スタニス。

私と同じ思いだろう。ヴィンセントが肩を落とし、勘弁してくれと泣き言を言った。




宿に戻って経緯を説明すると、ドミニクは、深く深くため息をついた。

「おまえはまた……」

なんてことするんだ。とばかりにこめかみを押さえる。

一刻も早く帰りなさい、と説教体制に入ったドミニクとヴィンセントに対して、両耳に指をつっこみ「聞かない」というポーズをとったシンは、ぷいっと横を向く。

「イヤだ。ハナを見送るくらい、いいじゃないか!」

「陛下の許可があればな」

「フランは、いいよ、って言ってくれた!」


止めてくださいよ、フランチェスカ王女。


ドミニクが天を仰ぎ、シンに向かって声を荒げた。

「殿下を巻き込むな!ったく。……ヴィンス、お前がいながら、なんでこいつを止めなかった」

ドミニクの声が険しくなり、ヴィンセントはうなだれた。

ドラゴンに飛び乗ったシンを引きずりおろそうと格闘した結果、そのまま抱えられてドラゴンに飛び乗ったらしい。

まさかドラゴンから飛び降りるわけにも行かないし、ヴィンセントはとばっちりだね。


「その姿を、誰か見ていたか?」

「父が……」


ヴィンセントの消え入りそうな声に、ああ、とドミニクがため息をつく。ユンカー卿なら却ってよかったかも。なんとか陛下にとりなしてくれそうだもの。


「シンの家出は頻繁だから、俺達のせいにはならないと思うけど」

「そうなの?」

「うん」


三人から離れたテーブルでスタニスの淹れた紅茶を飲みつつ、イザークが私にひそひそと説明してくれた。


「シンは王宮が窮屈で嫌いだから、抜け出すのはざらなんだ。たまーに数日単位で帰ってこない事とかある」


そうなのか!ちょっと驚き。


「陛下も、最初はそりゃあもう心配してたらしいけど」


溺愛する甥の度重なる家出に、結局は戻って来るのだし、と最近は諦め気味らしい。


曰く、ドラゴンを自在に操り、果てにはあらゆる動物とーー例えば王宮の馬とーー意志を通わせられる人物の「お出かけ」を誰が止められると言うのか……。

まあ、無理だよね。

「でも、いくら何でも、子供の一人旅って危険では?」

さっきの私みたいに悪い大人に騙されたりするかもしれないし。

私が聞くと、イザークはそうなんだよなー、とカップを置き、なおも「帰れ!」「イヤだ!」のやりとりを広げる三人を呆れたように見つめている。


「陛下がシンを泣き落として、せめて行き先は必ず残す、ってのと、一人では出かけない、ってのは約束させてるみたいだぜ」


それで今回はヴィンセントが拉致されたのか。哀れ……。

それにしてもシンとキルヒナー兄弟は仲がいいな。

ドミニクなんて完全に近所のお兄ちゃんの顔になって、ばしばしとシンを叩きはじめちゃったよ。あーあー、つかみ合いの喧嘩になっちゃってる。私がここにいるの忘れてるでしょ、ドミニク……。


「仲がよろしいですわね?」

私はイザークに水を向けた。

シンは子供の頃の数年間、キルヒナーと一緒にいたって聞いたことが(ゲームの知識で)あるけど、それでだろうか、ドミニクとシンって、お互いに遠慮がない。

ヒートアップするドミニクとシンの間で、いつも冷静なヴィンセントがおろおろしていて少し可笑しい。

未来の宰相殿も澄ました顔ばかりしていないで、そんな感じなら年相応に可愛く見えるのになぁ。


イザークが小声で私に囁く。

「タニア様が――シンの母上な。体を壊してからお亡くなりになるまでは、北の森を離れて、親子でうちの領地にいたんだ。俺もたまに遊びに行ってた。だからちっちゃい頃から友達。兄弟みたいなもんかも」

「そうだったんですか。イザーク様、兄弟が二人もいらして、羨ましいですわ。――それにしても、シン様の能力って、私初めて拝見しました。凄いんですのね」


私を騙そうとした商人の鳥を、たった一言で意のままに操ってしまったシン。竜族の能力の一端なんだろうけど、半分人間のシンでさえああなのだ。純血の竜族ってどんな人たちなんだろう。


「シンは純血の奴らに比べてもずば抜けて力が強いらしいけどね」

「そうなんですか?」

「うん、たまに領地に来る竜族の爺さんが、シンを見て『たまげたー』って言ってた」


随分フランクな竜族だな、と頷きかけ、内心首を傾げた。

領地に来る竜族って。今は竜族と人間の交流って禁止されてるんじゃないんですっけ。


「爺さんは引退した身だから、長にもお目こぼしされてるんだってさ」


竜族の掟って、そんな軽いものなの?破れば死!みたいな恐ろしいものを想像していたんだけど。

いまいち竜族の社会がわからないや。私は頭の中の「今度調べるリスト」に「竜族の生態」と追記した。


シンと仲良くなれたら……ドラゴンの乗り方を教わるときにでも、観察してみよう。




結局、ドミニクが折れて、シンに「船が出たらちゃんとドラゴンを帰らせるんだぞ」と約束させ、その日は皆で、ゆっくり宿で休むことになった。

シンはハナに会いたがり、私とイザークと三人で夕ご飯をあげに行った。ハナはもう甘えて甘えて。こちらが幸せになるくらい喜んでいた。シンは本当にドラゴン好かれてるんだなあ、と感心しつつ、ちょっとジェラシー。


ここまでの旅程が四日、船は十数日乗ることになる。そこからまた三日かければメルジェ。メルジェでは叔母上の許可をとるために二日滞在する予定。

叔母上の許可を得て、無事にメルジェを抜けて陸路を北へ進むと、ようやくキルヒナー男爵の領地へ入るのだ。




翌日、船が出るのを、ヴィンセントとシンは港で行儀良く見守ってくれた。二人が見えなくなり、川の色が少し濃くなった頃、私はスタニスと甲板に出て風を感じて楽しむ。

大きな船だからあまり揺れもなく、進みは速い。風を感じながら、これまでの旅を振り返る。


(なんだかんだで、順調じゃない?)


ちょっとしたアクシデントだったけど、シンと会えたのは、思いがけず楽しかったなあ、と私がのほほんと思っていると、急に視界が暗くなった。

うん?雨雲?船長さんが、ほとんど雨は降らないと予想していたのに。

嵐が来るのは嫌だとあたりを見回す。あれ?暗いのなんだかここだけ?戸惑う私の耳に、ばっさばっさと、大きな羽ばたきの音が聞こえた。

……ばっさばっさ?

なんだか、鳥にしてはやけに大きな羽ばたきの……嫌な予感に上空を見上げると


「レミリア!」

「……シン様?」


ドラゴンに乗ったシンは笑顔で私に近づく。背後には青い顔のヴィンセント。つい数時間前に別れたばかりなのに、ドラゴンに乗って、見送りに来てくれたんだろうか。

シンが甲板に飛び降りると、ヴィンセントも慌ててそれに従った。ドラゴンは降りた二人を眺めると、ドウスルノ?という風に首を傾げた。

シンが、ドラゴンの喉を愛おしげ気に撫でている。


「アル、おまえはここまででいいよ。気をつけて帰りな。フランと陛下に手紙を渡してな?」


へ?と私は馬鹿みたいに口を開けた。


「馬鹿!シン、お前もアルと一緒に帰るんだよ!!」

ヴィンセントが悲鳴を上げている。

異変に気付いたドミニクが、操舵室から甲板に出て、即座に事の次第を把握すると、今まさに飛び立とうとしているドラゴンに向かって叫んだ。


「こら、アル、行くな、戻ってこい!ほら!お前の好きな果物沢山あげるから!!おいで!」


アルは、船の側でぱたぱたと飛び、必死なドミニクをキュー?と眺めていたが、シンが重ねて「ほら、王宮に帰りなって」と笑うと、キュ、キュ、と鳴いて、嬉しそうにお家へ帰っていった。


か、帰らないで。


遅れて出てきたイザークが、何故か楽しそうなシンと、絶望的な表情を浮かべているドミニクとヴィンセントを見比べて事態を察し、あちゃーと呟いた。

「やけに俺達のことを大人しく見送るなー、とは思ったんだよ」

元は己の我が儘が原因でしょうに、完全に他人事だな、イザーク。


一人やたらと上機嫌な竜公子は、私達を見渡すと、高らかに宣言した。


「ハナが心配だから、やっぱり俺も北部まで行くことにしたから」


遠くなるドラゴンの影を見つめながら、私もへたりと脱力した。脳裏に陛下の凄みのある笑顔が思い浮かぶ。

私、陛下の殺すリストに名前書かれる、絶対。


やっぱり、シン様と仲良くなるのは諦めよっかな……。



ようやくチョコチョコっとドラゴンが出てくるように。

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