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130.金糸雀は歌う 11

「……イェン殿」


 セリム神官が弾かれたように顔をあげ、イェンが場に似つかわしくない華やかな笑顔で私達を見渡した。

 スタニスが苦虫を噛み潰した表情で竜族の男性を見つめ、いつの間にか手にしていた短刀の柄に手を添える。


「よお、邪魔しているぜセリム」

「……西国の使者が何をしているのです、ここで」


 スタニスが低く唸ってイェンを見上げた。

 ……一連の流れは間違いなく、聞かれてはまずい事だ。スタニスの問いにイェンはますますシニカルに笑う。


「別に俺は西国の使者と言う訳じゃない。カルディナにはハヤルと遊んでいただけ。……あいつらと離れてカナンで遊んでいたらまあ、数日で見事に有り金を失くしてな。慈悲深い国教会の神官殿に窮状を救って頂こうと数日前から滞在しているんだ……なあ?セリム?」


 セリム神官は頷いた。数日で有り金を失くすってどういう状況なんだろう。


「退屈でそろそろ死にそうになっていたんだが、……雁首揃えてなかなかに面白そうな話をしているじゃないか」


 リディアが身じろぎ、アレクサンデルが不快気に眉根を寄せた。


「少しも面白くはありません。いかな竜族の方といえど、礼拝堂で軽口は謹んで頂きたい!」


 イェンの前に居たアレクサンデル神官は語気を強めた。

 燃え盛る視線で同じ色彩を持つリディアを睨む。視線だけで縫いとめることが出来そうだ。


「――貴女が嘘をついているのか、セリムが戯言を言っているのか、それは……私なら証明が出来る」


 アレクサンデルが礼拝堂の中に入ってくるのでリディアは彼と距離を取った。アレクサンデルは用心深く彼女から視線を外さずに、セリム神官を守るように立ち、彼の伯母(・・)に対峙した。


「私が貴女に誓いを立てさせればいい。その名にかけて、真実のみを話すと誓って、否定してください。僭越ですが貴女より私の方が異能は上だ――貴女は私の誓いを破れない、決して」


 静かな声から逃れるようにリディアは僅かに足を動かした。


「なぜ私がお前の指図を受けなければならないの、アレク。お前は私を信じないと言うのですか」

「信じていますよ、リディア!だから証明してほしいだけです。貴方の潔白を」

「馬鹿げている、わざわざ証明をしなければならないなんて……」

「どうして出来ないんですか、リディア。ただ否定するだけでしょう!今の……おぞましい話をッ!」


 アレクサンデルが怒気をはらんだ声をあげる。突風に私は思わず声をあげた。


「きゃっ!」


 空気が震えた、と私は思った。よろけた私をヴィンセントがおもわず抱き止めて支える。


「くっ!」


 リディアが身を翻し、彼女が立っていた場所に緋色の彼女の髪がパラパラと羽毛のように軽やかに舞う。避けた所で古びた木のベンチが真二つに割れる。

 スタニスが右手を翳して顔をかばう。


「私に逆らって、ただで済むと思っているの!おまえは!」

「……どうぞ。私とあなたが対峙して……貴女が勝てるとは到底、思えないが」


 リディアが出口に視線をやる。そこには……泰然とイェンが立っていた。

 扉にもたれてかけ、彼がいつも腰に履いている長剣の柄に手をかけた。


「……ヴァザらしくないから始末する、か。……なかなか面白い台詞を言うんだな神官殿」


 態勢を立て直し、シャリ……と音を立ててイェンが抜刀する。口元は微笑んでいるけれどもいつもは橙にも似た金色の瞳は、今は夜の月のように静かに冷たい。褐色の肌をした美貌の竜族は嘯いた。


「別にお前の価値観がどうであっても構いはしないが肌の色で()()()()()とやかく言われるのは愉快ではないな……そんな事はないと、早く否定してくれよ。国教会の神官(竜族のしもべ)なら竜族(オレ)の機嫌を損ねないで貰おうか」

「……なんちゅう理屈だそれは」


 ぼそりと言ったスタニスの突っ込みは無視されたがリディアは前後からアレクサンデルとイェン、果てにはスタニスまで彼女を捕らえようと待ち構えている。

 リディアは表情を消した。


「……落ち着いて私の言い分を聞いてといったところで……分が悪いわね」


 うっとおし気に言うと彼女は……じりと窓に寄った。


「おい、逃げる気か!」


 スタニスが懐に入れた何かを素早く投げつける。

 一拍遅れて乾いた金属音がしてスタニスが投げつけたのが短刀だったと知れた。

 ……刃にはぬらりと血痕がある。


 スタニスは私から隠そうとしたけれど、……それは不要だと思った。


「……やれやれ、さすが国教会の神官は逃げ足が速い」


 溜息と共にイェンが長剣を鞘にしまった。 

 アレクサンデルが硬い表情を崩さぬまま、私たちに目礼しセリム神官に向き直った。


「……セリム神官、貴方に聞かなければならない事がある」

「なんなりと、アレクサンデル神官」

「……先ほどの……貴方の告発は真実か」


 私はすぐそばにヴィンセントの顔があるのに気付いた。ヴィンセントは蒼褪めて幽かに震えている。

 ……ぎゅっと、ヴィンセントの服の袖を握る。彼は俯いた視線を……もちあげて、老神官を見つめた。

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