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129.金糸雀は歌う 10

 リディアは穏やかに、何事もないかのように平静を保っていた。


「お探しいたしました、レミリア様。貧困地区(ガーシュ)訪問は素晴らしい事ではございますが、準備なしで出向いては危のうございます。次からはぜひ、私を伴ってくださいませ。さあ、伯爵のお屋敷に戻りましょう」


 彼女の足取りは軽やかで迷いない。

 真っすぐに近づいて来ようとするのを、スタニスがとどめた。


「そこから動くな、リディア神官。動けば、叛意有とみなす」

「何故です?」

「今の話を聞いていただろう。先ほどの話を聞いて平然としている君の神経が私には奇異だ。公女殿下も宰相閣下のご子息も、君に怯えておられる。真偽を確かめるまで我が主の側には寄るな。踵を返して国教会へ戻れ。そもそも君は今日、急用でアレクサンデルと話をしているはずだろう」

「アレクサンデルとの用事は終わりました。ですから護衛の任を果たすべく馳せ参じたまで。随分と不躾な事をおっしゃいますのね。私の長年のヴァザの皆様への献身を無視して、そのような神官崩れの作り事を信じるなど」

「無礼で結構。君の異能は身をもって知っている、リディア。……カナンで何度も見たし、何度も被害に遭いかけたからな?治療師としても君は優秀だが、人に暗示をかけて操るのにも、長けていた」


 スタニスは私たちの前に進み出ると左手で私に合図をした。

 下がるように、と指示をする。


「セリム神官の話が戯言なら……、なぜ、すぐに現れた?彼に誓い立てさせて……誓いが破られたと感知したからではないのか?」

「偶然ですわ。サウレ卿。公女殿下を追って駆け付けたまでです。そうしたら、その男が戯言を申しておりました」

「真実、その名に懸けて否定するか?」


 リディアは胸にその美しい手を重ねた。沈痛な表情を浮かべている。


「ジグムントのお嬢様は私も幼いころから存じておりましたよ。美しく利発な方でした。父君と道を異にされたのは残念な事でしたが、流行り病に罹患されたと知ってどれだけ私が心を痛めたか。……私の部下がお嬢様達をお救い出来なかったのは遺憾ですが、……我らの力不足を故意だと疑念を抱かれるのは心外な事」


 リディアは眉根を寄せた。


「私が駆け付けた時には、お嬢様もお子様もすでにお亡くなりでした。あの頃の伯爵の悲嘆はどれだけ深かったか!……今思い出しても胸が痛む」


 美女の悲嘆にくれる様子に……しかし、彼女は己の名に懸けて、とは言わなかった……スタニスは目を細めた。


「リディア」

「はい?」

「あんたの悪い癖だよ。法螺ふくときは――いつもの倍、台詞が長くて芝居臭え」


 神官は鼻白んだ。


「ヴァザの竜騎士が讒言に左右されるとは、耄碌(もうろく)したこと」

「なんだその、馬鹿みたいな安い渾名は?ぼけているのはあんたじゃないのか」

「随分な言い草ね!ユエ!」

「その名を呼ぶな」

「本当に!馬鹿げている!まさか本当に私の言う事よりその老いぼれの証言だけを信じると?」

「さあ?ただ、あんた若君(・・)が生きておられたかもしれないというのに、それには少しも言及しないんだな?……嬉しくないのか」


 ヴィンセントの肩がぴくりと震え、リディアは初めて表情を消した。


「……宰相閣下のご子息が、伯爵のお孫様だと?……あの時、私は確かに兄君のご遺体を見ております。埋葬にも立ち会いました。そのような証言をにわかには……」


 私は手の中の時計を見た。


「……ジグムントの血を引く者が今も生存していたのならば、喜ばしい事。私は歓迎します。リディア」

「……姫君!」


 リディアから傷ついたような視線と非難めいた声を浴びせられたけれども、ここは立場を明確にしておかなければならない。沈黙したままのセリム神官を隠すように立つと彼女を見据えた。

 がくがくと足が震えそうだけど、ふわりとしたスカートを履いていてよかったなと思いながら、声が震えないように気を付けながら口にする。


「私は貴女を信じます、リディア。けれども、カナンの地はジグムントが引退すれば私か、アニタ伯母上のご子息が受け継ぎますね。……もしくはここにいるヴィンセント・ユンカーが。我が家の領地の継承に関わる問題ですから慎重に確認する必要がある。貴女が口出しする話ではありませんが、……若君の生死に疑念があるのなら、若君が亡くなったと判断した貴女に証言してもらう必要があるでしょう」

「……」


 なぜ自分が、と言うような表情を一瞬浮かべたリディアに私は言葉を重ねた。


「貴女が言ったのでしょう。若君が亡くなったのを確認したのは自分だと」


 リディアはサファイアの瞳を瞬いて……、すぐに笑顔を作った。


「勿論、――本当でしたら素晴らしい事です。私が反対する理由などどこにもありません」

「……貴女が……」


 私の後ろで、ヴィンセントが静かな声を絞り出した。


「……私の母を、弟を救おうとしてくださったのだと、私も信じます。リディア神官」

「……」

「国教会の神官が、人を見殺しにするような非道な事をするわけがない。ましてや国教会の中枢にいる神官長補佐が幼子を殺めるなど、ありえないことだ」

「ええ」

「けれど、セリム神官の告発が本当なら。私は貴女を決して許さない。何があろうとも、決して!」

「……もちろんです。()()()()()()()。しかし、過去の事は証明できません……、私を信じていただくしかありませんね」


 残念そうな口調のリディアを遮ったのは低い美声だった。


「そうとも限りませんよ、リディア」


 私たちが視線を動かすとアレクサンデルがそこに立っていた。背後には白髪の美丈夫が……イェンが、皮肉な笑みを称えて、控えていた。

 スタニスがほんの少し動揺して肩を揺らす。


 リディアはゆっくりと彼女の甥を見た。

 二人の同色の瞳が交わって、空気に僅かな緊張が走る。


「私なら、証明できると思います。何があったのかは」

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