127.金糸雀は歌う 8
短いですがきりがよいところで。
墓碑銘には四人の名前が刻まれていた。
ヴィンセントの両親と二人の男の子の、名前。
「アスランというのは?」
「……母がつけた僕の名前です。カナンではカルディナの名前と西国の名前二つを持つことが多いから」
刻まれた墓碑銘にヴィンセントはうなだれた。
ジグムントの護衛は私達の声が聞こえない場所まで離れていた。墓碑銘を確認し、彼に近づくと、スタニスは頭を下げた。
「私まで案内してくれと……、無理を言って済まなかった。ジグムント様のご令嬢なら私にとっても主家筋にあたる。どうしてもご挨拶をしたいと思ったので……。私も昔、カナンにいたから……その際にお会いしたかったな。あなたには業務以外の事をさせてしまった」
「とんでもない、サウレ卿!お嬢様も……お慶びになります、きっと」
護衛の彼は多分、三十前だろう。懐かしそうに、悲しそうに言葉を重ねた。
「お嬢様はきれいな方で。私が子供の頃は、お使いに別宅に行くとよくお菓子をくださいましたよ……頑固な所は伯爵に似ていると、私の母がよくぼやいておりました」
「……流行病でお亡くなりになったと?」
「ええ。お嬢様はその当時別宅を出てご夫君やお坊っちゃんとお暮らしでしたから。喧嘩別れされた……お父上に助けを求める事が最後までお出来にならなかったのかもしれません……頑固も大概になさるべきだと、母が泣いておりました」
護衛の青年の母親は、ヴィンセントの母君の侍女をしていた時期があったらしい。私たちは黙って彼の言葉に耳を傾けた。
「お嬢様は、伯爵にご連絡はなさらなかったのでしょうか?」
「訃報が届いたのは、ご家族が皆、お亡くなりになってからでした」
「……そうですか」
「ご夫君はもう埋葬された後でしたが……お嬢様と若君たちは……まだ、眠っているようで」
何かを思い出したのか、青年は首を振った。
「兄君は……、熱病でお顔が爛れていて……お可哀そうでしたよ。可愛らしいお子様だったのに」
ヴィンセントが身じろぎして、スタニスはそっと背中を叩いた。
「貴方は、若君たちを知っているようなご様子ですね。……その、お嬢様と伯爵は勘当状態だったのでは?」
「母がお嬢様とは親しくさせていただいておりましたので。年に一度はご機嫌を伺に訪問させて頂いていた。……母がね、呆れた口調で伯爵にお嬢様方の状況を知らせるのを何度か聞いたことがあります。……黙って不機嫌に聞いていらっしゃったけど、伯爵は母がお嬢様の所に行くのは止めなかったし、贈り物を持っていくのも止めなかった」
流行り病の折には、と青年は言った。
「母も臥せっていたんです。だからご家族のご不幸を聞いて自分を責めていた」
スタニスは仕方のない事ですよ、と青年を慰めつつ、聞いた。
「……訃報を伯爵家に報せたのはどなたです?」
「国教会の方ですよ。――あの当時、まだカナンと西国は交戦状態で異能者の方々も大勢いらっしゃったから。……ああ、ちょうど今、カナンに訪問されている神官様とよく似ている……綺麗な緋色の髪の、女性の……」
私たち三人が息を止めた事に護衛の青年は気付かなかったと思う。
「もう、十数年以上前の事ですから、同じ方ではないでしょうけれどもね」
スタニスはドミニクに断って飛龍のアキと私のソラを連れ出した。
「……私が出かけるときは護衛はリディアが務める事になっているのだけれど、スタニス」
彼女は私が彼女に無断でどこに行くか知ったら、不快に思うだろう。
「ご心配なく。アレクサンデル神官にお願いして本日はリディアを急用で呼び出していただいております。日暮れまでには帰りたいと思いますから急ぎますよ、お二人とも」
いつの間にかスタニスはアレクサンデルと関係を築いていたらしい。
ヴィンセントの横顔からは不安が、それからスタニスの瞳が少しだけ薄く金色に見えている。
……ちょっとスタニスは、怒っている。私はうん、とスタニスを窺うと彼は表情を和らげた。
「行きましょうか?」
「はい」
私たちは二頭の飛龍に騎乗し、貧困地区へと飛んだ。
ガーシュに訪問するにあたって、私は少年の服に着替えて金色の髪をまとめて帽子に押し込んでいた。街の外れの誰もいないところに止めると、スタニスは二頭のドラゴンに命じた。
「お前たちは一度、伯爵のお屋敷に帰れ。いいな?」
「キュイ?」
「ここはちょっと怖い人たちがいるからな」
「キュー」
ソラは尾を揺らして私を見た。なんとなく、言いたいことがわかるぞ。ソラ。
「……お嬢様はちゃんと見てるから、安心して帰れって」
スタニスが諭すと渋々ドラゴン二頭は空へと舞い上がった。




