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126.金糸雀は歌う 7

 ヴィンセントは淡々と、話をしてくれた。

 おとぎ話のようなひとつの家族の話を。


 二十年以上前、カルディナから一人の青年がカナンの地を訪れた。

 子爵家の庶子のエードゥアルトと言う青年が。彼は医師を志し……、西国の医療知識が王都よりも浸透しているカナンの地を訪れた。カナンの国教会に身を寄せて医療奉仕を行っていた彼は、ある日慰問に訪れた少女と出会った。

 二人は呆気なく恋に落ちて……、少女の父親は怒り狂って二人を糾弾して、二人はカナンの街外れに逃げた。

 やがて二人はカナンの街外れで小さな家と医院を開く。二人の小さな男の子にも恵まれて。二人はいつまでも幸せに暮らしました。

 めでたし、で家族の物語が……、終わればよかった。


「流行り病だったんだ」


 ヴィンセントは平坦な声で言った。ヴィンセントの父君は治療した患者から感染して呆気なく寝付き、あっという間に亡くなったのだという。

 残された親子は悲しむ間もなく家主から治療院を追われ、貧困地区(ガーシュ)に身を寄せた。昔、母君が世話になった国教会の神官が、ガーシュで奉仕活動を行っていたから。

 国教会に身を寄せた直後にヴィンセントの弟が父君と同じ病に斃れた。

 母君は悩んだ末に……、父親に……ジグムントに、許しを乞うた。手紙を書いて窮状を報せ、息子をすくってほしいと。しかし、伯爵は面会すらしてくれなかった。

 返事は来ずに……、今度は母君が病に斃れ、二人は瞬く間に亡くなった。ヴィンセントも同じく高熱にうなされて……、目覚めた時にガーシュに居た国教会の神官は言った。


「母と弟の亡骸は感染を恐れて焼かれたと!」


 ヴィンセントが拳を握りしめた。カルディナの国教会では土葬が主流だ。焼かれるのは罪人だけ。流行り病でなくなった多くの人たちが荼毘に付されたとしても……、少年には受け入れがたい処置だったと思う。ヴィンセントの母君と弟さんは「罪人だ」との烙印を押されたのだ、と。


「僕を……、救貧院に連れて行った神官は、言ったよ。『……お前はカルディナ人らしくないから、伯爵はいらないそうだ。母親の出自のことは忘れろ』と」


 私は無言で聞いていた。

 母君と弟君が亡くなってから、父君の訃報を聞きつけたユンカー宰相がヴィンセントを探し当てるまでの二か月近くの間、彼はガーシュにある救貧院にいたらしい。


「義父は、僕をひきとって伯爵家を訪れたそうだ。……伯爵は不在で、家令が応対した……」

「家令は、なんと?」

「伯爵のお嬢様も、お孫様も死んだ。騙りだと詰られて、義父は危うく叩きだされそうになったと……。僕は、あの人の中では死んだことになっていたらしい」


 皮肉な口調に私は手の中のヴィンセントと弟の姿絵を見つめた。

 母君によく似たヴィンセントと異なり、弟さんは明るい金茶の瞳と母君譲りのヴァザの色の瞳をしている。


「誰のせいでもないよ。わかっている。あの男のせいじゃない。家族が亡くなったのは流行り病のせい。伯爵が母を救わなかったのは、母が勝手に伯爵との縁を切ったせい!僕が救貧院に押し込まれたのは、肌色が西国人と同じだから。別に誰のせいでもない。ましてや、君のせいでは全くないから。何も気に病む事じゃない」


 ヴィンセントの言葉は呪詛のようだ。……言葉とは正反対の、怨嗟の羅列。

 私は声を振り絞った。


「……だから、ヴィンセントはヴァザ家が嫌いなのね?」


 ヴィンセントは唇を歪める。


「そうだね」

「今でも?」


 ヴィンセントに、重ねて聞く。


「私の事も?」

「ああ、そうだ」


「昔……、船酔いしたヴィンセントが私の頭を撫でて『間違えた』って言ったの、覚えている?」

「忘れた」

「弟さんと、間違えたのね」

「……」


 私はヴィンセントの時計をそっとなおして、ヴィンセントに返した。


「私、ジグムントの護衛の人にお願いしたの……、お嬢様のお墓はどこですか?もし可能なら連れて行ってほしいって」


 ジグムントの護衛の青年は私のきづかいに感謝までして、連れて行ってくれた。屋敷と少し離れた貴族たちが訪れる小さな礼拝堂にその一家(・・)のお墓はあった。


「墓碑銘は四つあった」


 ヴィンセントは弾かれたように顔をあげた。


「貴方のご両親と、弟さんと、それから貴方と」

「……そんなことが、あるわけがない」


 私は肯定しながら立ち上がった。


「そうね。私は嘘をついているかもしれない。ヴィンセントの事なんかどうでもいいから、嘘をついてあなたの反応を楽しんでいるかもしれない。……だから、嘘だと思うなら信じちゃだめだよ。自分の目で見ないと」


 ヴィンセントは沈黙して……、しばらくして、悲しげに俯く。


「君が、嘘をつく人じゃないことを僕は知っているよ。残念なことに」

「それは残念なことなの?」


 ヴィンセントは低く、答えた。


「君がどういう人か、知らないままで居たかったと……、心から、そう思うよ」


 私たちは無言で対峙していた。沈黙が永遠にも思えた瞬間の後、咳払いが聞こえた……。


「お話は終わりでしたでしょうか?そろそろ、私が割って入ってもよろしいですか?お嬢様……、ヴィンセント様」


 スタニスだった。


「サウレ教官」


 ヴィンセントがしまった、という表情でスタニスを見る。ヴィンセントを様付けで呼んだスタニスはちょっと肩を竦めた。


「どこから聞いていたかの質問、なら。お前はカルディナ人らしくない……の所かな」

「……それは」

「不本意ながら常人より耳がいいんでね。言っておくが、俺がここに来ることはわかっていたろう。聞かれたくないなら、迂闊に話をするな……聞いてほしかったのか?」


 ヴィンセントはいえ、と目線を伏せた。私は完全に失念していた。

 しおしおと萎れた私とヴィンセントを交互に比べてスタニスはちょっと笑った。


「行くぞ、ユンカー」

「え?」

「え?じゃない。悩んでいるその時間が無駄だろう。さっさとお前の墓を拝みに行くぞ……ついでに、ガーシュの国教会にもな」

「サウレ教官?」

「気になるんだろう?西国に来てから辛気臭い顔しやがって!さっさと行くぞ」


 踵を返したスタニスが振り返ってヴィンセントを煽った。それから私に向ってにやりと笑う。


「……色々と、私に内緒にしていましたね?お嬢様」

「ええっと……」

「お嬢様が大人になられて私も寂しい限りですよ……、明日からは忙しくなる。お嬢様も。宰相閣下のご子息も」


 スタニスは私達二人を手招いた。


「見聞きしたものを誰にも言うつもりはありませんよ。公爵にも、宰相閣下にも。お二人が見たいもの、聞きたいもの。その証人になりましょう」



本年度はお世話になりました。

来年度もよろしくお願いします!

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