125.金糸雀は歌う 6
「砂龍の心臓……」
「キュ~! キュキュキュー」
ソラが物騒な名前だね!と言いたげに尾を振ってカイを見る。
カイはソラの突っ込みを受けてキューと鳴き、それから首を傾げて発言者を伺った。ボクノ心臓、タベチャウノ?と聞くみたいに。
ドラゴン達は私達の会話が、大抵わかっていると思う。ほのぼのと仲良く、可愛い二頭だ。
ヴィンセントは私とヘンリクに並び立つと手を伸ばしてソラを撫でた。
「クシュカは……、砂漠を訪れた旅人に一番初めに出す食物なんだ。神が与えたもうた果実で砂漠にありながら水分を多く含んで喉を潤して、旅人の命を守る」
私の手の中からヴィンセントはクシュカを摘む。
ソラは、はむはむとクシュカを頬張って幸せそうだった。
「旅人は、クシュカを出されてはじめて知るんだ。自分は歓迎されている、って」
「ふん、さすがに故郷の事には詳しいな」
「……母の実家には、だから、クシュカの実があるんだって、そう言っていた」
ヘンリクの不機嫌な声は無視して、ヴィンセントは続けた。
「沢山、沢山。誰でも、自由に口にすることが出来る。誰でも、どんな立場にいる人間でも、屋敷に迎え入れることが出来るように。歓迎の意を示すために……」
「お母様が」
私は、ヘンリクをちらりと見た。
「なんだ、レミリア?」
「ヘンリク、少しだけ……ヴィンセントと話をしてもいい?」
「僕に席を外せと?お前と宰相の息子を二人きりにして?」
「うん」
「……うんっ、てお前な」
ヘンリクはヴィンセントの様子と私の視線に、ため息をついた。
見比べると大げさに手を広げて溜息をついた。
「許すわけないだろ!今からスタニスに言いつけにいくからな?お前たちはそこから動くな!いいな!」
「ありがとう」
「……ふん」
ツンデレヘンリクはずかずかと歩きだしヴィンセントの前で止まると横目でじろりと睨んだ。
「いいか?子爵の息子」
「なんだよ、面倒くさいな……ヴァレフスキ」
「あとで顔を貸せ。キルヒナーも連れてくるからな?」
「…………」
「いいな?」
「わかった」
ヘンリクに声が聞こえない距離になったので、私はヴィンセントを仰いだ。彼の手の中にあるのは、見慣れた時計だった。差し出した手に、ヴィンセントの手のひらが重ねられカシャリと小さな金属音がする。
「……返しに来てくれたの?」
私はジグムントの時計を握りしめ……て、ヴィンセントは首を振った。
「それは、……僕のものだ。君がくれたものは、こちらに」
私は掌の時計とヴィンセントの時計を見比べた。
経年劣化の状態が少し、違うから並べたらどちらがヴィンセントのものでもう一方がジグムントのものかはわかる。
けれど別々にみたら、同じものだとしか思わないだろう。
「――中身を、見た?」
「見ないよ」
ヴィンセントの声は硬い。私は覚悟を決めて言った。
「ヴィンセントの時計の中身を見ても構わない?」
「何故?」
「ヴィンセントのお母様の姿絵が嵌め込まれているのか知りたいの。――あなたの、お祖父様がそうされているのと同じように」
ヴィンセントが答えなかったので私は視線を彼から、時計に移した。時計を前後にずらして……、そこにあった姿絵は美しい女性では、……「なかった」。
ジグムントの時計には、彼の娘の――ヴィンセントの母君の姿絵があった。だが、ヴィンセントの時計の中には、幼い頃のヴィンセントと、金茶の髪に水色の瞳をした小さな男の子の姿があった。ヴィンセントと、なくなったという弟さんなのだろう。
「ユリウスに、似てる気がする」
一瞬見間違えてしまって私は瞬きをした。震える声を落ち着かせるために胸元の心臓石を握りしめる。ソラが心配げにキュイ、と鳴いて私を見ている。
「いつ知ったの?」
「西国に来る前よ。ジグムントが同じ時計を持っていたから……、聞いたの。同じものを伯爵は三つ作ったと言っていたわ。彼の分と奥様の分、それから娘さんの――ヴィンセントの母君の分を」
「伯爵が、母とつながるものをまだ持っていたとは思わなかったな!――母も、僕達家族も彼にとっての汚点だろうに!」
ヴィンセントが横を向いて吐き捨てた。
「……汚点だと、ヴィンセントが思うのは何故か、聞いてもいい?」
「……あの人が母と弟を見捨てたからだよ」
「……どういうこと?」
「君には関係のない事だろう」
「あるわ!」
「どんな!?」
声を荒げたヴィンセントを私は見上げた。
そして一息に言う。
「ヴィンセントが……!私には関係のないことで、私を嫌いだからよ!」
「………っ!」
「今回のことで、やっと、理由がわかった!今までずっと怖かったもの。なんでヴィンセントは私を嫌うんだろう?って。私がヴァザの娘だから?どうして?ヴィンセントはヴァザ家がなんで嫌いなんだろうって、笑ってくれるのに、仲良くしてくれるのに、助けてだってくれるのに……!思い出したみたいに、凍りついたみたいにまた、すぐ戻るじゃない!……そう言うの、狡い」
「……」
「西国人だからって人を嫌うのはよくない、って。……昔、嫌なことを言ってごめんね、ヴィンセント。でも、ヴィンセント貴方は、……私がヴァザだから、嫌うの?」
泣くのは、卑怯だ。わたしはぎゅっと唇を引き結んだ。涙よ、ひっこめと大きく息を吸って、吐く。
「貴方を捨てた、お祖父様がヴァザの人間だから?嫌いなの?」
「……そうだよ」
「公明正大が信条だったんじゃないの?」
私に責める資格なんかないかもしれないけど、私は知りたかった。きちんと。ヴィンセントに。友人に嫌われる理由を。
「きちんと話して。納得行く理由だったら、ちゃんと嫌われるから!じゃないと納得できないし、これからも……友達の顔をして付き纏うから……!空気を読んで離れてなんか、あげないから!」
挑むように睨んで……、目を反らしたのはヴィンセントだった。すとんと力を抜いたように見える肩にソラがキュイ、と顎を乗せる。
ヴィンセントは笑った。笑いながら涙を流さずに泣いている。
そんな頼りない表情で視線を彷徨わせている。
「本当によくある――、よくある話なんだ」




