124.金糸雀は歌う 5
「もう一つ、土産を持ってきたのですが」
翌日。私と庭の散策をし終えて西国の第二王子ファティマは言った。
王子が両手を顔の高さにあげて、パン、とうちならずと……彼の護衛達の最後列から颯爽と姿を現したのは背の高い女性だった。フードを外して凛々しい顔を晒す。
――黒い肌に美しい長い手足をした竜族混じりの佳人、キプティヤだ。
「貴女は、キプティヤ?」
驚いた私の声に、ファティマは面白そうに笑う。
「レミリア様は、キプティヤを見ても恐れないのですね?」
「……恐れるとは……」
恍けたわけではなく、本気で分からずに聞くとファティマとキプティヤは視線を交わして少し苦笑する風だった。
用意されたテーブルまで私を誘って、ファティマはキプティヤを手招く。
「カルディナではレミリア様のように白い肌と色鮮やかな髪が美しいとされますから、キプティヤのような女は珍しいでしょう」
「それは、確かに」
私は前世で色んな肌の人を知っているからあまり驚かないけど、確かにカルディナでは色が白いのをよしとされるし、彼女のような人は珍しい。
でもなあ、と私はキプティヤを見上げた。
筋肉に彩られたスラリとした手足が羨ましい。出来れば、並びたくない。
「ファティマ殿下はカルディナ美人の条件を、半分しかご存じでないのです」
「それは興味深いな。どのような?」
「背が高く、手足が長いこと。彼女のように」
私も低くはないが、ヴァザの女性達はみなすらりとしている。
一族の女性陣と比べれば私は「カルディナ美女」の基準から外れてしまうのだ。ファティマはなるほど、と笑う。
「お嫌いでないなら良かった。しばらくの間、話相手または連絡役として彼女をお側に控えさせてください、呼べば参りますので」
「キプティヤを、ですか?」
他国の王族の部下を側に置くのはちょっとなーと思ったけれど、ここで断るのはの角が立つ。
「城下を散策するときはお力を借りますわ」
「そうしてください。もう一人、あいつがいたら公女殿はもっと喜んだかもしれないな」
「あいつ……」
言いながら私は、こちらにはピンと来た。キプティヤと共にカルディナに来ていたあいつ、と言えば一人しかいない。
「ナシェレ、イェンはどこにいるんだ?」
「一昨日まではいたのですが、またふらりとどこかへ」
キプティヤは呆れ声だった。
私は疑問に思っていた事を聞いてみた。
「……私の友人に、イェン様を以前から知っている人物がいるのですが。北山の竜族が、西国を訪問したりするのですね?」
西国にもかつて竜族がいたが、西国の人間達と土地を巡って争い、言葉は苛烈だが――殲滅されたと聞く。
竜族にとって西国は忌むべき地だと聞いていたんだけど。
イェンは西国風の容姿だが、カルディナ生まれだと言っていたのでそこには、こだわりはないのかも。
「北山の竜族には未だに西国は嫌われておりますよ」
ファティマはのんびりと説明をした。
「竜族の王に――ああ、彼らは長、という呼び方をしますが、訪問の打診を数年おきにしてはみるのですが、一蹴されるようですね」
「そうなのですか?」
「同胞を滅ばした国に、訪問する気にはならない、とね。王朝が違うと説明はしてみるのですが――貢物ごと突き返されます」
塩対応な人なんだなぁ……。
「イェンは……長の代わりに訪問を?」
「いや、イェンはよく、西国にも来ますが。彼はなんというか……遊びに来ているのかな?目的はありそうですが」
ファティマはいつもの貴公子然とした笑顔を少しだけ崩した。
「彼と初めて会ったのは、どこだったかな?――まあ、自由気ままな人ですよ……と、貴女に彼の話題を振ったのは失敗だったな!」
え?とファティマの錆色の瞳を見返す。
「あれだけの美形でしょう。美女と会うのに、イェンと同じ場にいると私には分が悪い!」
「ファティマ殿下は十分魅力的でいらっしゃいますわ」
「貴女のような可愛らしい方に可愛らしい声で言われると――気分がいいな。冗談でなく、カルディナが嫌になったら私の領地へおいでになるといい。貴女の美しい父上と共に。お二人とも歓迎いたしますよ?」
――――歯の浮く台詞は西国人の専売特許だ。
が、今の台詞は非常に気になるなあ。なんだか、私と父上が国を追われてしまったら、って前提に聞こえるよ!
そんなことになりませんように、と私は祈った。
ファティマは見事な砂龍を三頭所有していて、カナンにも連れ立っていた。
彼と別れ、私は厩舎へ行く。私のドラゴンは厩務員の少年から何やら赤い実を貰ってご満悦のようだった。
「……何をあげているのかしら?」
金茶色の髪の厩務員はわざとらしく咳払いをした。
「これはこれは、レミリアお嬢様!」
「仕事をさぼったりしてない?ヘンリク」
「バカを言うな。僕はこの上なく真面目に、この上なく勤勉に働いている」
ほんとかなあ。
私は厩舎の中にいる二頭のドラゴンを見た。私のソラとヘンリクのドラゴン、カイはとても仲良しだ。
今もヘンリクから貰った何か赤い実をもぐもぐと頬張っている。
「どうしたの?それ」
「庭に成ってたからな、ソラとカイにやってる」
赤い実は小さな桃のようにも見えた。
たっぷりとした果汁があるのか、ソラはもぐもぐと食べ終えるとぺろりと口周りを舐め、キュイキュイとヘンリクの顔先に鼻を近づけた。
「もっとほしいか?あとで取りに行ってやろう!」
「……ヘンリク、勝手にお庭のものを取っていいの?」
「レーム卿がお好きに、と言っていたぞ?」
バイトが社長に許可を取りに行くようなものだな、と私は苦笑しつつ、赤い実を、ヘンリクから見せてもらう。
「これは?」
ヘンリクは得意気に説明してくれた。
「知らないのか?物知らずだな、レミリアは!これはクシュカと言って、西国特産の木の実なんだ。えーっと、別名をなんだったか……」
忘れたな。ヘンリクめ。
「砂龍の心臓」
静かな声がして、私たちは振り返る。
ヴィンセントが、そこには立っていた。右手には、時計を手にして……。
 




