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123.金糸雀は歌う 4  

「彼女との婚姻に、一族の多くは反対しました。西国の人間を一族に迎え入れるなどなんという短慮か、と。リディアも国教会として、その選択を歓迎しないと私を非難して……私は結局、その圧力に従った。形に無理にこだわる必要はないと言い訳をして」


 蔑ろにした、とジグムントは言い、眉間の皺を深くした。


「……でも、その方を大切に思っていたんでしょう?」


 老いた伯爵の選択は誤りであったかもしれない。


 けれど、ジグムントが二度目の奥方を――正式には違うのだろうけれど――亡くしてから二十年あまり、一人でいたのも事実だ。

 私には、ジグムントの言う『彼女』が不幸だったのか、幸福だったのかわからない……。自分の知りえないことで、悔いている老人を……更に責めたてる気にはなれなかった。


「……ジグムントの時計を、もう一度、見せてもらっても構わない?」

「どうぞ、姫君」


 私は時計の中の姿絵を見つめた。


「ルカイヤに、似ている気がする」


 リディアはルカイヤに伯爵の庶子の面影を見たのかもしれない。


「そうでしょうか。――娘の方が気の強そうな顔をしていると思いますが……しかし、どうだったか。もはや記憶も曖昧になった気がいたします」

「ハルトは……、子供の頃の……」


 私はじわりと汗をかいた掌をにぎりしめて、……また開く。

 声が上擦るのを抑えるために、襟元をつかんだけれども、失敗した。


「ヴィンセント、に似ているかしら……」


 彼の名前を出す。……とても長い沈黙があった。

 ジグムントは額に手を当て、頭を振る。


「……わかりません。私は……娘が屋敷を出てからは疎遠で、あの子には一度か二度しか会った事が、ないのです……」

「そう、なの?」

「そして、私はずっと、あの子も……弟も……孫達は二人共亡くなったと、そう思い込んでいた……」


 呟くジグムント・レームの声はどこまでも…うつろだった。





 リディアと治療師のテトが共に戻って来るまで、私達は無言で、ただ、人気の消えた礼拝堂で女神の像を見上げていた。女神は何も言ってはくれない。


 リディアは治療師のテトを伴って現れ、献身的な医女のようにジグムントに問診を行う。


 ジグムントとは昔からの仲というリディアは先程までジグムントに辛辣な言葉を投げた事を忘れたかのように、今度は彼を真に心配している様子だ。

 彼の前にひざまづいて、彼を仰ぐ。


「……ジグムント様、今回の訪問が終わったら都に居を移されてはどうです?治療師も王都の方が多いのだから……」

「私の故郷はカナンだ。今更、王都では暮らせぬよ」

「……貴方も、生まれは王都ではないですか……」

「帰るべき場所はここだ。家族もここに皆、眠っている」


 家族という言葉にリディアは傷ついたような表情を浮かべて――押し黙った。


「リディア、伯爵を部屋まで送ってくれる?」

「しかしお嬢様、私はお嬢様の護衛を……」

「大丈夫、私は伯爵の護衛の方に送ってもらうから」


 伯爵の護衛を務めていた青年は私達の視線を受け、畏まって礼をした。伯爵の護衛をつとめるくらいだから腕は確かだろう。それに、と私は神殿の入り口にいたイザークに視線を動かした。


「商会の仕事が終わったら、神殿に行くよ」


 と今朝言っていた言葉通り、来てくれたらしい。


「キルヒナー商会の方と話したい事もあるし、お願いね」


 私はリディアにジグムントの側にいるようにもう一度頼む。ジグムントと神官二人を見送った。

 護衛の青年は心配げな様子で伯爵の背中に視線を向けた。彼の肌もカルディナ人というには濃い色をしていた。彼は何か聞きたそうに私を見たが、立場をわきまえたのか、礼儀正しく言葉を飲み込んだ。


「伯爵にご息女の話をうかがっていたの。貴女の主に、悲しいことを思い出させてしまったわ」

「左様でございますか」


 私は手の中の時計を、握りしめて護衛の彼に願い事をする。


「屋敷に戻る前に……、ひとつ貴方にお願いがあるのだけれど」

「私に、でございますか?公女殿下」

「ええ、……伯爵のご家族の墓所に連れて行ってくれないかしら」




 ◆◆◆

 屋敷に戻り、私は宰相の部屋へと向かった。

 リディアはまだ国教会から戻っておらずイザークが私の背後には控えてくれている。

 宰相の部屋にヴィンセントの姿はなかった。ユンカー卿は私の突然の訪問に驚いたようだった。


「いかがなされましたか、レミリア様。ヴィンセントに御用なら呼び戻しましょうか」


 私は首を振った。


「いいえ、結構です。忘れ物を届けに来ただけだから」

「忘れ物ですか?」

「ええ」


 私は頷く。

 時計を……ジグムントに借りたそれを布で包んで、ヴィンセントの義父に渡す。

 私は彼の手に自分の手を重ねたまま、背の高いユンカー卿を見上げた。

 宰相は、布をひらいて、何が入っているかを確かめるだろうか?それとも、気付いているのだろうか。


「あの、もしよろしければ伝えて頂けますか?」

「何をでございましょう?」

「ヴィンセントがうっかり忘れ物をするなんて珍しいねって。私、彼に忘れ物を届けるのは二度目なんです……」


 ユンカー宰相は訝しんだが、私は言葉を切った。


「らしくない、と……そう伝えてください」


 ユンカー卿は微かに口の端をあげた。

 皮肉ともとれる(かげ)りのある表情は北部の曇り空を連想させる。


「レミリア様は……意外なことをおっしゃる。それではまるで、我が息子と貴女が親しい友のように、聞こえます」

「いけませんか?私は……ヴィンセントがどう思っているかはわかりませんが、私は彼を友人だと、思っています」


 背伸びする気分で宰相と対峙していると、峻厳な風貌の宰相閣下は、意外にも身に纏う空気を緩めた。


「いいえ、咎めるような事はいたしませんよ。息子に、伝えましょう」

「ありがとう。よろしくお願いします」


 廊下を歩いて部屋に戻るまで、イザークと私は他愛もない会話を交わした。


「イザーク、出来たら今日私と一緒にどこに行ったかは、誰にも言わないでほしいのだけれど」

「レミリアが何をしたいか、聞いたら駄目か?俺は……秘密は守れるよ」


 イザークの黒い瞳がすこしだけ、もどかしさに焦れた。勘のいいイザークの事だから何かおかしい事はとっくに気付いているだろうけれど。

 私は迷ったけれど首を振った。

 イザークにも、父上にも、言えないと思う。


「知ってる。だけど……ごめんね、時期が来たらたぶん、ちゃんと話すから」


 イザークは仕方ないな、と肩を竦めた。


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