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122.金糸雀は歌う 3

「カナン伯ともあろう方が平民の無礼をお許しになるのですね?」


 リディアはジグムントを皮肉な表情でうかがった。

 伯爵の背後の男性はリディアが誰か知っているのだろう表情をひきしめた。若い外見に反して彼女は国教会の神官達の中でもベテランで……、神官長補佐のひとり、国教会でも中枢を担うひとり、だ。


 ジグムントは灰に近い水色の瞳でリディアを見下ろす。


「……領民と交流をするのは領主の義務だ、リディア。あのような幼子の他愛もない軽口を咎めてどうするのか……貴女らしくもない」

「らしくない、のはジグムント様の方ですわ」


 リディアはジグムントとも知己だ。不躾な言葉を彼に投げつけた。


「子供の方はともかく、母親は平民にしては不自然に美しい女でしたこと……!素性は確かなのかしら?見る限りは西国出身のようでしたが。伯爵に近づこうと……何か良からぬ企みを持った者なのでは?この時期ですから、お気をつけた方がよろしいのではないですか?」


 リディアは明らかに侮蔑を込めて呟いた。

 ルカイヤとハルトは確かにはっと目につくほど綺麗な親子だった。

 そして、明らかに純粋なカルディナ人ではないとわかる肌色。


 私の横にいる、ヴィンセントと同じように。


 なおも言葉を重ねようとしたリディアを、私は制した。


「リディア神官、口を慎みなさい。今日、貴女は神官としてではなく私の護衛としてここにいるはず。伯爵に対して言葉が過ぎます」

「……お嬢様」

「私は、貴女に発言を許してはいません」


 リディアは私の言葉に恥じ入った様子で頭を下げた。


「ご無礼をいたしました、申し訳ございません」


 楚々とした様子で私の後ろに控える。

 不満を示されると思ったのに、やけに素直な様子に拍子抜けしてしまう。

 ……殊勝な態度はかえって怖いな。


「わかってくれたらいいわ。ジグムント、可愛いお友達ね」


 ユンカー卿もヴィンセントも私達の会話には口をだして来ない。私は居心地の悪い沈黙から逃れようと、ジグムントに水を向けた。


 ジグムントは視線を漂わせてから、口を開いた。


「なにも、あの母子だけと交流があるわけではございませんよ。カナンの国教会は王都の神官達よりも、貧困層に対する救済に熱心なのです。私も国教会の慈善活動には賛同しております。あの子はたまたま……私の……」


 ジグムントは言葉を探して……、見つけたその言葉に傷ついたように何かを、飲み込んだ。


「いや、……よく、ここにくるの、で親しく口を聞くだけです」

「そう」


 ユンカー卿は無表情のままだったが、――これがこの人の素顔なのかもしれない――僅かに声を和らげた。


「カナンの国教会はよく機能していると感心しておりました。慈善事業は伯爵のご意向も強く反映しているのだと、国教会の者達が感謝しておりましたよ」

「私は部下の望む事を自由にやらせているだけだ。何も私の手柄ではない……問題の多い土地柄だから、国教会の神官達も苦慮している。資金も人材も王都ほどは割り当てられないようだ」


 ジグムントの発言は国教会への批判だが、リディアはそうと気付いていたろうに、涼しい顔を動かさない。

 ……「貴女は護衛」と私が言ったことへの反感で黙っているのだろうか。それとも、カナンの国教会など、まるで興味がないのか。


 リディアがカナンをどう思っているかは、後で本人に聞いてみたいな、と溜息をつく。

 もし前者ならヴァザの直系だというのに軽んじられる私はなんなのだ、って気がする……。


 ユンカー卿とジグムントはこの訪問団の役割上、接点が多い。

 不仲なはずの二人だが、仕事を同じくするうちに打ち解けたのか、砕けた口調でニ、三意見を交わしていた。


 ユンカー卿が訪問の礼を言い、ヴィンセントと共に去る。

 その間、彼の表情は硬いままだった。




 私は、二人の背中を見送り、ジグムント・レームは入り口から姿を消した二人を見送ると、失礼……、と礼拝堂の祭壇に向けて規則正しく並んだベンチに腰掛けた。


「ジグムント!」


 青白い顔の伯爵に近寄る。

 ジグムントは手を振って大丈夫、という言おうとしたが、明らかに具合が悪そうだ。


 リディアもさすがに無表情を崩して、ジグムントを支えた。


治療師(いやして)を呼んでまいります」


 リディアはジグムントの護衛に私の事も頼むと、素早く奥へと人を呼びに行った。


 座って少し落ち着いたのか、ジグムントは息を整えて……苦笑した。


「……レミリア様にはいつもお見苦しい所をお見せしますな」

「すこしも見苦しくなんかないわ。このところ気忙しかったもの、せめて今日はゆっくり休んで」


 護衛の青年も心配そうに見ていた。

 伯爵が目線で合図すると、彼は私達から……声が聞こえないギリギリの所に立ち位置を移した。


「頑健なつもりでおりましたが、ここ一、二年であちこちに身体にガタが来てしまいました……」

「リディアが治療師を呼んでくれるから、少しの間耐えてね……でも、意外だわ。リディアは治癒の異能はないのね」

「……昔はあったようですが、彼女も衰えたのでしょう。最近は使う所を見ませんな」


 衰えた。


 若い外見の彼女にそぐわない言葉だが――ジグムントは苦笑する――。


「リディアは外見こそ若いですが、年齢は私とあまり変わりないのですよ、レミリア様」

「えっ……!」


 そうすると、六十前後って事か……。

 全く見えないけれど…。ジグムントは微かに笑った。


「随分と私に遠慮がないでしょう?それは若い頃からの付き合いだからですよ……彼女は外見も中身も変わらない。だから、考えを変えつつある老人が気に入らないのです」


 視線に懐かしさを滲ませたジグムントはベンチに浅く腰掛け直した。座って安静にしたからか幾分、顔色がいい。


「……先程のルカイヤ親子のこと?リディアはあんまりな言いようだと思ったけれど……」


 若い頃からの知り合いだからと言って、遠慮がない、を通り越して先程のものいいは非礼だろう。


「リディアは、皮肉を言いたいのですよ。――また、西国の女性に現を抜かすのか、と」

「……ジグムントの二度目の奥様のこと?」


 ジグムントは祭壇の横に祀られている女神の像を仰ぎ見た。

 青い天井の色を仄かにその身に移しとった真白き女神像は、微笑んでいるようにも悲しんでいるようにも、見える。


「妻ならばよかったが。前にもお話したとおり、私は彼女と正式には婚姻しませんでしたから……」

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