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【幕間】束の間の 上

 レミリアの家庭教師、カミラは己の迂闊さを悔い、未熟さを嘆いていた。


 公爵家の長女、レミリア・カロル・ヴァザは貴族の令嬢としては大変に「手のかからない」方だと思う。


 趣味は絵を描くこと、温室で色々な植物を育てること、本を読むこと。たまに観劇。

 女友達とお喋りするのもお好きだ。

 

 付き合いは苦手だと自己申告する割には慰問には熱心に赴くし、貴族の屋敷から招かれれば、不義理にならない程度に訪れて義務を果たしている。

 勉学に関しては多少好き嫌いがあるのは否めないが(彼女は歴史と文学が好きなようだった)真面目な生徒だった。

 だが、注意深くレミリアを観察すれば、彼女がいい子でいるのは、彼女と親しさという点において一線を画している面々に対してであり、彼女なりの自衛手段だとわかるだろう……。


 ……私はお嬢様に甘えているのだわ。


 情けない、と再び肩を落としたのは「大人しいいい子、のレミリア」にあっさりとだしぬかれてアレクサンデル神官とちょっとした逃避行をされたからではない。

 あの後、わざわざカミラの部屋を訪れたレミリアに『迷惑をかけた』と謝罪された事だった。


 お嬢様は、私に気を使ってくださっている。


 それは私を護衛ではなく、あくまで父君のご友人の『クレフ子爵の令嬢』だと認識しているから、に違いない。

 彼女の元に仕えて五年余り。

 彼女から、護衛としての信頼を勝ち得ていないことに……、得ることの出来ていない己の力不足にカミラは心底がっかりした。

 彼女がカミラを信用してくれていたならば、あらかじめアレクサンデル神官と話す場が欲しいと協力を命じられていただろう。

 レミリアはカミラを巻き込むことをはじめから選択肢に入れていなかったのだ。


 それが、情けない。


 レミリアは悄然としているカミラにそれから……、と大変言いにくそうに頼んだ。


「カミラには協力してほしいことが、あるのだけれど」

「私めに、でございますか?」

「うん、カミラは嫌がるかもしれないけれど……」


 また、レミリアが「遠慮」を言い出しそうになったので、カミラは慌てて食い下がる。


「レミリア様!」

「はい?」


 勢いよく顔をあげたせいで、レミリアは若干驚いたようだった。カミラは息をこっそり整えて、出来るだけ落ち着いた女性に見えるように願って……、微笑みを作った。


「レミリア様、どうか私にお願いなどせず命じてくださいませ。非力ではございますが、レミリア様がお望みになることを私もかなえたいと思っているのです」


 レミリアはすまなさそうに少し表情を曇らせて、それから喜びを滲ませて、カミラの手を取った。


「ありがとう、カミラ」





「――レミリア様から話は聞いた?」


 公爵に呼ばれ、彼の執務室へと急ぐと、扉からは大分離れた所にいたスタニス・サウレが顔をあげた。出来るだけ足音を消して歩いても彼がカミラの気配に気づかないと言う事はない。


「はい、サウレ様」

「面倒事を任せるが、頼まれてくれ」

「なんなりと。そのためにお仕えしているのです」


 スタニスが扉を開けてくれ、カミラは執務室に入る。

 氷の彫像のような――と、汗の滲む暑さのカナンには似つかわしくない感想を他人に抱かせる美貌のカリシュ公爵は窓の外を見ていたようだった。こうしてみるとレミリアとは似ていない親子だが、仕草に共通したものを感じる。


 カミラが入室の挨拶をすると……カリシュ公爵、レシェク・ルエヴィト・ヴァザはゆっくりと振り返った。

 血の通わぬような白い面にはヴァザ一族の特徴である混じり気のない水色の瞳があり、以前は伸ばしていた黄金の髪は肩より上でばっさりと切り揃えている。


 王都の娘たちは公爵の美しい金髪が惜しげなく切られたのを大層残念がったが……レシェクは「妻が好きだったので」と言葉少なに、カミラの兄、ヴォイチェフ・クレフに語っていた。


「彼女が居ない今、もう伸ばしたくはないのだ」と。


「レミリアとスタニスから話は聞いた」

「せっかく公女殿下の護衛に任じて戴いたにも関わらず満足に責務を果たせておりません。言い訳のしようもございません、閣下」

「そのようだ、な」


 レシェクは氷のような声音で言った。


「……娘に何かあってからでは遅い。未熟な元異能者ではなく、レミリアの護衛は信の置ける現役の神官に任せる」

「はい、閣下」

「カミラ、君の護衛の任を解く。代わりに国教会の神官たる、リディアをレミリアの傍に置く」

「承知いたしました」


 レシェクは顔の前で長い指を組んだ。


「リディアをレミリアの護衛に移動させては……私の姉の近辺が心配(・・)だ。君はヘルトリング伯爵夫人の傍で身辺を警護するように。アレクサンデル神官には伝えてある。構わないな?」

「畏まりました、閣下。……いますぐにでも、伯爵夫人のもとへ伺います」

「伯爵夫人には決定事項として、もはや通達済みだ。彼女からいろいろを学ぶといい」


 カミラが深々と頭を下げ承諾すると、レシェクは額に手を添えて……はあ、とため息をつく。


「……と、いう事でいいか?スタニス」

「ようございますよ、旦那様」


 レシェクは表情を動かしてカミラをチラリと見あげた。


「ヴォイテクもそうだが……カミラ、君も生真面目すぎる。娘が、ごくまれに突拍子もないことをするのは……昔からだ。君のせいではない、気に病むな」


 誰に似たのかとボヤいた公爵を隣に立った公爵の義兄が意味有りげにみた。


「何か言いたいことがあるか、使用人」

「いいえぇ。人間、自分のことはわからないものですからね、と感慨深く」

「……煩い」


二人の様子を大層好ましく思いつつ眺めながらも、カミラは頭を下げた。


「いいえ、閣下。レミリア様の信用を得られていない私めの、未熟さでございます。どうぞ、新たな任を与えてくださいませ」

「姉は君を警戒するだろう。……君は彼女が何をしても、気づかないふりをしてくれ。この西国との会談の間に……何かしでかしてくれればいい、と私は思っている」

「承知いたしました」

「何かあれば……君は、姉を止めずに……君の異能でスタニスに報せてくれ」

「はい、閣下。必ず」


 カミラには異能がある。

 ごくごく僅かなもので大して役には立たない。

 そう判断されたから、国教会を(兄が莫大な寄進を行ったにせよ)出られたのだが。それが役に立つならば嬉しい。

 一礼して退室しようとするカミラを、公爵は留めた。


「……私が言えた事ではないが。くれぐれも危険は冒さない様に。カミラ。君に何かあっては、クレフに申し訳が立たない」

「勿体無いお言葉です、閣下」


カミラは深々と頭を下げた。 


同じ世界観のスピンオフ「女王陛下の愛した魔女」も投稿をはじめました。

あわせて読んでいただけますと、幸いです。


<a href="https://ncode.syosetu.com/n5197el/">女王陛下の愛した魔女</a>

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