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119.西国の王子 7

 私は部屋へ、恐る恐る足を踏み入れた。

 青褪めた顔のカミラがお返りなさいませと頭を下げる。イザークは健闘を祈ります、公女様……!とニヤリと笑って引き返そうとする。私は思わずイザークの腕をつかんで小声で頼んだ。


「いてくれないの?」

「えー、やだよ。師匠がめちゃくちゃ怖いじゃん?あとで慰めるから頑張って」


 にやりと笑ってイザークは去っていく。

 スタニスは無言である……。私は意を決して振り返った。


「ただいま、カミラ。スタニス。ええと、遅くなって……ごめん……」


 私が笑顔で誤魔化そうとするのを、スタニスはじっとみてから、部屋の隅でひたすら恐縮している私の家庭教師の名を呼んだ。


「カミラ」

「はい」

「――主が危険を冒すのを制止できない護衛では意味がない」

「おっしゃる通りです、サウレ様」

「君を護衛の任から解く……。今日は下れ」

「承知いたしました」


 私は目を丸くして反論を試みようとしようとするとカミラが私を宥めた。


「お嬢様、わたしの失態ですから……どうか」

「カミラは悪くないわ!私が勝手をしたせいでそんなに怒らなくたって!……それに、少しアレクサンデルと外出をしただけ……」

「聞こえなかったか?カミラ、下れ」


 私の抗議は無視して、スタニスは続けた。カミラは一礼して部屋の部屋から音もなく退室する。

 扉がしまる音を聞きながら私はスタニスを見上げた。


「――悪かったと思っているわ。勝手に外出して」

「アレクサンデル神官にお嬢様を害そうと言う意図があれば上空から突き落とされてもおかしくはありませんね。アレクサンデルにその意図がなくとも。西国の人間がカナンには多い」

「……しっているわ」

「カナンや西国は王都よりドラゴンが多い。王都のように限られた人間だけが空を飛ぶわけではありません……。警戒心が足りません」

「ごめんなさい、スタニス。けれどそれは私が悪いから……カミラは」


 スタニスは私の言い訳をきっぱりと、肯定した。


「ええ、お嬢様が悪い。勝手に外出して皆に心配をかけて。……けれど、レミリア様に間違いを犯させたのはカミラの甘さです」

「……はい」

「お嬢様。……お嬢様があまり使用人との間に序列があるのがお好きでないのは存じておりますが。お嬢様がご自身の与える影響力を小さく見積もるのは感心いたしません。お嬢様に何かあれば、公爵閣下はカミラを処罰せざるを得ません。長年のご友人のクレフ子爵の妹君を、です」

「……はい」

「カナンは王都ほど治安が良くはありません。――慎重になさるように」


 十分に反省なさい、とスタニスから言われて私は沈んだ声で頷いた。萎れた私にスタニスがようやく、ふ、と表情を緩め椅子を勧めてくれる。


「どうぞ、お座りください」


 私がおとなしく従うと、スタニスはしゃがみ込んで私を見上げてくる。眼鏡の下の瞳はもう怒っていなかった。


「……レミリア様に何かあったら、と考えるだけで生きた心地がいたしませんでしたよ」

「スタニスは、おおげさだよ」

「いいえ。これだけは覚えておいてくださいませ。お嬢様に何かあれば旦那様も私も、生きる甲斐が無くなります。ユリウス様も」


 真摯な口調で言われて、私はもう一度、彼に謝った。


「――心配をかけてごめんなさい、スタニス」

「はい。……カミラには後できちんとお嬢様から話をなさってください」

「そうします……」


 スタニスは微笑んで立ち上がると、それで、と聞いた。


「カミラと離れてまで、アレクサンデルと相談したかった件は、なんですか、お嬢様?」


 私はえーと、と言葉を濁した。スタニスが首をかしげる。


「お嬢様はたまに私にさえ隠し事をなさいますね?そんなに信用がありませんか?」


 悲しいなあと嘯くので私はぶんぶんと首を振った。


「スタニスを信用しなかったら、誰を信用していいかわからないよ」


 スタニスは優しい顔で微笑んだ。


「では、密談の内容を教えてくださっても?」



 私は頷いてアレクサンデルと話した内容をスタニスに、話した。リディア神官を私の護衛にしてカタジーナから引き離したい、と言う事を。



「……以前、王宮でカタジーナとハヤルが親しく話すのを見たの。西国嫌いのカタジーナがカナンで妙に上機嫌だし、カタジーナに心酔するリディアとは離れていてほしいな、って」

「なるほど。ついでにアレクサンデル神官とは出来れば連携しておきたいですね。彼は……リディアと違って強硬派ではないようだ。リディアをお嬢様の傍に置くのはあまり感心しませんが……」

「彼女をカタジーナの傍に置くよりも、いいのじゃない?」

「いや、傍に置いて二人で動いていただくのもいいか、と思っていたんですが……」

「それって、どういう?」


 スタニスは腕組みをしてちょっと考え込んだ。


「いえ、こちらのことです。しかしそうですね……。レミリア様の護衛にリディアをおくならば、念のため、もう一人護衛が欲しい所だ」

「それってスタニスが護衛をしてくれるってこと?」


 スタニスは眼鏡のブリッジを指で押して否定した。


「残念ですが、私は別の所から、今回のカナン訪問が滞りなく進むよう努めたいと思います。仕方ありませんので、別口から調達いたしましょうか」

「調達……?」


 私がスタニスの言葉を繰り返すと、彼は天井を見てぼやいた。


「……あんまり、あいつを喜ばせたくないんですけどねえ……」




 翌日、朝食をとりおえた私の部屋に、一人の少年が現れた。

 彼は黒い瞳を輝かせて、にこりと笑い、私に頭を下げる。私の隣で、神官のリディアがほんの僅か不快気に頬を歪めたが――それに気づいたところで私の知人は怯むような神経はしていない。


「キルヒナー商会の、イザーク・キルヒナーと申します。本日よりレミリア様付となりました。ご不便がありましたら何なりと、お申し付けください」



活動報告に2巻の表紙を公開していますので、是非、ご覧ください!

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