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117.西国の王子 5

「まさか、レミリア様がこのように大胆にお誘いくださるとは思いませんでしたね」


 ソラは風を切ってカナンの上空を飛ぶ。

 私はよしよしとソラの両耳の間をかいた。ソラは機嫌よくわずかばかり高度を、下げた。


「少し気分転換をしたかったの。なかなか外出する機会がないから。ソラの散歩はあまり誰かに任せたくないし、貴方も息抜きをしたいかと思って」

「――公女殿下とドラゴンに乗って、休息になるわけがありませんよ」


 アレクサンデルは護衛になってしまうし、それはそうか。


「じゃあ、私の護衛ね。カナンの位置関係を把握しておきたいの。教えてくださる?」

「存外に人づかいが荒いですね、レミリア様」

「ええ。公女様だから」


 怒るかなと斜め後ろをチラリと見たけれど、アレクサンデルは僅かに口の端をあげただけだった。

 本音は多少の軽口では見せてはくれない。


「リディアに頼めばよいではないですか?」

「彼女はカタジーナと忙しそうだし」


 見たいものは見せてくれなさそうだし。

 アレクサンデルは面倒そうだったが私の要求に応えてくれた。


 湾に面した、カナン伯や貴族富裕層の住む地区はカナンという都市の中央にあり、北部は国教会や富裕層の別宅が並ぶ。

 東西は庶民たちが家や店を連ね、南には貧困地区があるという。

 ここまでは地図で見たのと、大体同じだ。


「南にもカナンらしい光景がありますが……ご覧になられますか?」

「ええ」


 私が合図をすると、ソラは首を巡らして南の地区へと飛んだ。

 均された石造りの道が、急に輪郭を喪って単なる土へと代わり、屋根は瓦礫と色が近づき、廃棄された木材やごみがそこかしこに置かれ、人々の密度だけは増えていく。


 訪れた夕闇も相まって、扇状に広がるくすんだ色の地域は、先程まで見ていた美しいカナン伯と近い距離にあるものとは思えない……。

 王都にも貧困層はいるけれど、カナンの方がもっと酷いかもしれない。

 人々の列が出来ている建物に私は視線を落とした。

 屋根も壁もある、白を貴重とした建物だ。その入口に姿勢よく立つ老人は人々に何かを配給しているようだった。


 私の耳に、甲高い子供の声が響いた。


 ソラの姿に気づいたのか私達を指差す。のろのろと立ち上がった大人たちが、私達を見てささやきを交わす。


「見つけられました。高度を上げてください」

「……わかった」


 鋭い声に頷いて私はソラに頼む。

 もう一度街の様子を見ようと見下ろした時に――あれは……。


「どうかなさいましたか?」

「いいえ」


 翠色の目をした青年がいた気がするのだけれど、それは幻影だろうか。



 湾に近くなった頃、アレクサンデルは私を促した。


「もう、暗くなりますから戻りましょうか」

「国教会の付近も飛びたかったけれど」

「それは明日にでも。またご案内しますよ」


 ソラに頼んで、カナン伯の居城近くの小さな塔の上のテラスに私達は舞い降りた。

 ――一度ソラから下りて、街を眺める。大きな太陽に照らされたカナンの街はまるで絵のようで現実感に乏しかった。


「アレクサンデルは、カナンの街にも詳しいのね」

「ええ。何度か月単位で滞在した事がございます」

「そう……貧困地区にも、国教会の建物があるのがみえました」


 アレクサンデルは首をかしげた。


「左様でしたか?」

「私は、カナンの美しい町並みを楽しみたかったのに、貧困地区へ案内されて、がっかりだわ」

「その割には、驚いていらっしゃらない。南に貧困地区があるのはご存知だったでしょう?」


 私は軽く、肩をすくめた。


 カナンの支配者が変わるたび、支配層はしばしばその地位を追われて没落した。財や地位を奪われた人々は南の貧困層の多く住む地区に逃げ込んで、やがて街のようになっていく。


「カナンの言葉でゴミ溜めの事をガーシュと呼ぶのですが。あの一帯はそう呼ばれています」

「ガーシュ」

「ええ。ガーシュ出身のものをガシュナ、と」


 アレクサンデルは説明してくれた。


「ガーシュの規模はカナン伯の就任後、半分に減りました。しかし、ガシュナ自身があの地区の消滅を望まない」


 ジグムント・レームが何も手を打たなかったわけではない。

 彼はむしろ貧困地区の住民たちに出来る限り職を与え、引き離そうとしてきたと聞く。


「なぜかしら?」

「――あそこには何が紛れていてもわかりませんからね。カナンの現在の領主には忠誠を誓わない不届き者も身を隠しやすい……」


 たしかに、西国人がガーシュに混じっていても、わからないだろう。


「西国人だけではありませんよ――例えば、私のような不届き者が貴女をガーシュに置き去りにしてしまえば私は手を汚さずに貴女を害することが、出来る。そういう意味では大変に便利な場所だ。――信のおけないものと二人きりであのような場所に訪問など、なさらない事ですよ、公女様」


 口元は微笑んでいるけれど、サファイアの目は笑ってないなぁ。


「神職者がおっしゃる冗談にしては笑えませんわ、アレクサンデル……」

「わかりませんよ」

「貴方はしないと思うけど。私をこっそり害するなんて」

「おや、信頼をいただいているようで」


 私は笑う。

 観客のいない前で私なんか害したってアレクサンデルにはなんの得もない。どうせなら大勢の反ヴァザの貴族たちの前で私を断罪したほうが彼への賞賛は集まりやすいだろう。


 彼が、どういう立場なのかはよくわからないけれど。


「アレクサンデルは今回の旅では、私達の護衛なの?」

「公爵とレミリア様の護衛……と言うよりは、カナンとの協議自体が円滑に進むように――仰せつかっております」

「リディア神官は?」


 アレクサンデルは一瞬またたいて、言葉を探した。


「リディアも同じではあると思いますが……彼女は、カタジーナ様の護衛を自分の一番の任務だと考えている節がありますね」


 神官は、神の一族たるヴァザ家の下僕。

 ――そんな考え方はアレクサンデルには受け入れがたいだろう。


 カタジーナは妙に上機嫌で、大嫌いなはずのカナンを訪問し、嫌いなはずの西国人の王子とにこやかに話す。リディアは常にカタジーナにべったり。


 そのリディアと行動を共に――アレクサンデルは、リディアを常に監視しているような気がするのだけれど。


「ねぇ、アレクサンデル。私、貴方と、散歩をしていて思ったの。殿方よりも女性の神官が側にいてくれた方が嬉しいな、って」

「……お気にめしませんでしたか?」

「ええ、ヴァザの警護はレトの血筋の方がしてくれるはずなのだけれど、貴方はちょっと怖いもの……明日からは、リディア神官にお願いしようかしら――伯母上ばかり、ずるいわ!――貴方はどう思う?」


 振り返ってアレクサンデルを見上げると、彼は面白そうに片眉を跳ね上げた。


「――不本意ながら、レミリア様に嫌われたとあれば、お側には近寄れませんが……そうすると、カタジーナ様の護衛にリディアはおれませんから……」


 アレクサンデルは私の誘いに乗ってきてくれた。

 私はにこにこと無邪気に微笑んだ。


「じゃあ、交換ね!貴方がカタジーナの護衛をすればいいわ」


四千文字以上書かないと更新しちゃだめ!

みたいな変なこだわりがあったんですが、更新遅かったら意味ないなーと発売日まで3000文字前後でサクサク更新します。しばしお付き合いください!

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