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116.西国の王子 4

 私は上の空にならないように、首より上に汗をかかないようにドミニクたちの会話を聞いていた。ドミニクは話上手で、聞き上手だった。


「伯爵夫人は以前、カナンに滞在されていたこともあるとか」

「ええ、慰問によく来たわ。リディアも一緒に来ていたわね」

「リディア神官と伯爵夫人は長いお付き合いなのですね」

「そうねえ……彼女は昔から全く外見が変わらないけれど!」


 気位の高いカタジーナでさえ、彼の相槌に、微笑んで対応している。リディアは竜族混じりの多い神官の中でも特にその血が濃く、外見と実年齢がそぐわないと聞いたけれど、実年齢はいくつなんだろう……。


 意外な事だけれど、カタジーナは彼をキルヒナー男爵の息子だからとドミニクを嫌ってはいない。

 シルヴィアにはふられているみたいだけど、カタジーナは


「男爵家とはいえ北部随一の家柄なのですもの。二度目の結婚相手としては悪くないわ」


 と言ったとか。

 父上はどうしているのか、と様子をちらりと見たけれど、ユンカー宰相とファティマの副官ハヤルと話し込んでいる。

 カナン伯爵ジグムント・レームは思慮深そうな横顔を崩さずに彼らの会話に耳を傾けているようだった。

 ヴィンセントはイザークと共に少し奥に引っ込んでいて、彼と何かを打ち合わせているように見える。ヘンリクは……、と思って探してみるけれど姿を消しているなあ……。

 さぼっているんじゃないといいけど。スタニスの姿がないから、スタニスがヘンリクを探しに行っているのかもしれない、いつものように。

 しばらくして、伯母がファティマに別れを告げてテーブルからドミニクと共に去ると、私はファティマから手を差し出された。


「お手をどうぞ、姫君。カナン伯爵の庭を一緒に散策させていただいても?」

「ありがとうございます、ファティマ殿下」


 手をつながれたときに、私はフランチェスカの事を思い出した。彼女の手も、ファティマのように固い。剣を扱う手だ。


「いかがなさいましたか?姫君」

「…………」


 ファティマの笑顔は柔らかい。

 芸術を好み、荒事が嫌いだと……武張った事とは縁遠い王子だと噂されていると聞いたけれど、そればかりでは決してないだろう。私は無邪気に笑って見せた。


「殿下も剣を扱う手をしていらっしゃるなと思って」

「おや、意外ですか?」

「ええ、我が父のように花や木々がお好きかと。と申し上げたら殿方は嫌がるかしら?」

「まさか!貴女の大切な父君と同じ趣味なら嬉しいですよ。しかし、そうだな。タイスでは剣を扱えないものはやはり主君として認められないので……、カルディナの方々より厳しい修練を積むかもしれませんね。けれど私も花や木々は好きですよ、オアシス都市では珍しい植物も多い。先ほども言いましたが、お見せしたい」


 私たち二人にカミラと――、ジグムントの部下が付き従う。

 カナン伯の庭は美しく整備されていて南国特有の植物で庭も飾られていた。


「まあ、本当に?オアシスにも一度訪れてみたいと思っております」

「オアシス都市は私の領土……西国領ですからなかなか正式な訪問は難しいでしょうが」


 ファティマは薄く笑った。


「両国の仲が改善したら訪問しやすくなるでしょうし……、そうでなくとも、こっそり遊びに来られるとよろしい。歓迎いたしますよ」


 こっそり訪問して、私の行方が知れなくなったらどうなるだろうか、と思ったけれど……。

 私は嬉しいわ、そうしようかしらと笑い、和やかにその日の顔合わせを終えた。




「お疲れになりましたか?お嬢様」


 部屋に戻って寛ぐと、カミラが心配げに声をかけて来た。


「うん。――偉い人と話すのは……緊張するなあ。カルディナでも、タイスでも」

「何を他人事のように。レミリア様も十分に『えらい方』ですよ。ファティマ殿下とも立派にお話をされていたではありませんか!」


 カミラは優しく目を細めてくれた。

 彼女は勉強については厳しい家庭教師だけど、基本的に優しい。私はありがとう、と受けてから――でも、と窓辺に頬杖をついて暮れていくカナンの街を見下ろした。

 土壁や煉瓦の多いカナンは夕陽の橙をやさしく受け止めて昼とはまた別の表情を浮き上がらせる。


「ファティマ殿下は会話をずっとカルディナ語でされていたわ。私の最初のあいさつで、タイス語が苦手だとばれてしまっていたかな」


 ヒアリングはともかく、発音にはどうも自信がない。言いたいことを正確に伝えられるかどうか。


「カナンにはタイス語が母語の住民も多いようですから、いい機会だと勉強なさいませんと」

「そうするわ」

「ファティマ殿下がカルディナ語をあえて話されるのは、聞かれて困る話はない、とユンカー宰相と閣下にも示すためかもしれませんが」

「うん」


 私は溜息をついた。ファティマは貴公子然とした好青年だった。

 好青年では、あった。との認識の方が正しいかな。

 柔和だし、話も面白いし。……けれど、ヒヤリとした何かが会話や視線の端々に混じる。

 私が彼を警戒しているだけなのか、それとも……。


「キュイ!!」

「ソラ!」


 私が考え事をしていると、テラスに白いドラゴン――ソラが現れた。

 ソラは厩舎に……いるはずだけど、抜け出してきてしまったらしい。カルディナとは違う景色に興奮しているのか、ソラの尾が楽し気に揺れる。


「キュッ!キュキュ……!」


 尾を二、三度振ったソラは顎を窓枠にのせて期待するように私を見上げた。


「……お散歩、行きたいよね?」

「キュ!!」


 人語は話せなくても単語を理解できるソラは大好きな三文字に目を輝かせた。さんぽ、とごはん、がソラの好きなものだ。

 カミラが「駄目ですよ!」と小さく私を制止したところで……、扉がノックされる。

 現れたのは緋色の髪の神官リディアとアレクサンデルだった。その背後には痩せたまだ若い、テトと言う名の彼らの同輩が控えている。


「ご不便はありませんか?レミリア様」


 リディアが微笑んで私に尋ねる。私は……、ない、と答えようとして……言葉を飲み込んだ。彼女の隣ですましているアレクサンデルを見上げると、サファイアの瞳が私を見返す。


「ひとつだけ。……頼みがあるのだけれど。アレクサンデル神官、今から少しお時間はあるかしら?」


 アレクサンデルはにこやかに微笑む。


「ええ、レミリア様の頼みであれば、いつでも」


 お利口な答えだな。私はにこにこと可愛らしく(見えるように)無邪気に笑ってみせた。


「――私のドラゴンが散歩をしたいのですって、アレクサンデル、貴方はドラゴンの騎乗は得意?」

「キュー……」


 ソラが不満そうにアレクサンデルを眺めた。

 私のご機嫌なドラゴンは、――実は私と同じでちょっぴり人見知りである。話から、私ではなくアレクサンデルが散歩に行く流れだと思ったのだろう。

 不満げにスンスンと鼻を鳴らした。リディアとアレクサンデルは視線を一瞬交わし、一呼吸おいて彼は頷いた。


「ご命令とあらば、ソラ殿()の外出につきあわせていただきますよ」

「そう?ありがたいわ!」


 誰がお前のペットの散歩なんかしてやるものか!

 ――などとはアレクサンデルは言わない。


 カミラが慣れた様子でソラに鞍と鐙を装着させる。

 ソラの鞍は少し変わっている。私が二人乗りをすることが多いので、初めから少し縦に長い。

 アレクサンデルは慣れた様子で手綱を握ると、ソラはしぶしぶといった感じで腰を下げた。


 アレクサンデルが跨って飛ぼうとするのを、私は止めた。


「ソラ、ちょっと待って」

「キュイ!?――?」


 ソラが訝しげに私を見る。私はソラとアレクサンデルに近づくと、ひょい、と私もアレクサンデルの前に、飛びのった!


「ソラ!お散歩だよ、行こう!」

「!キュイ!キュキュっ!!」


 私の意図に気づいた相棒がテラスの縁に足をかける。羽根をばたつかせると小さく鳴く。


「レミリア様!」


 カミラとリディアが慌て、私はにこにこと笑う。

 さすがにアレクサンデルも動揺して手綱をひこうとするが、ソラは――アレクサンデルよりも私の意図を優先させてくれたみたい。


「晩御飯までには帰ります!リディア神官、アレクサンデルを借りるわね!」


 ソラは私とアレクサンデルを乗せて飛び上がった。


 誰にも邪魔をされないところで、アレクサンデルに聞きたい事がある。

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