ドラゴンノッカー 4
「私にそんな義理は無いよ。気の毒だとは思うが、自分たちでなんとかしたらいい」
スタニスに無理矢理連れて来られたカリシュ公爵は簡易な服装で現れた。(作業着はさすがにスタニスから着替えさせられたらしい)
長い足を組むと、若者二人を睥睨する。
うわぁ、感じ悪い。
それでこそ父上!だよ。私はいっそ拍手したくなる勢いで父上を見つめた。
最近(レミリアが死にかけてから)やっぱりちょっと、いい人たろうとしていたのかもしれない父上は、その反動か、いけすかない貴族の本領を発揮してキルヒナー兄弟の懇願を悪即斬の勢いで叩き落とした。
基本的に人間と関わりたくない、何かを他人に強要されるのを酷く嫌う偏屈王ですからね。
無関心と無感動を信条とするカリシュ公爵に、慈悲や同情を期待したのが間違いだ、キルヒナー兄弟よ!
……言っててちょっと情けないけど、客観的に評価できるいい所って、剪定の腕と顔くらいだもんなぁ、父上。
「……何か言いたいことがあるのかい、レミリア」
「いいえ、何も!」
……悪口を考えていると、父上にばれるのはなんでだろう。不思議だ。
「私は忙しいと言っただろう、スタニス。話は聞いた。これでいいか、戻るぞ」
「協力したくない理由をお伺いしても?」
公爵の不機嫌オーラに呑まれてさすがに言葉が出ないイザーク達に代わり、スタニスが父上に尋ねた。
「主の決定に異を唱えるな、使用人」
にべもない。
しかし、使用人スタニスは気にした様子も無い。
「いいじゃないですか、使用人に理由くらい教えてくれたって。幾ら旦那様だって、手紙の書き方くらいご存知でしょう?」
うん、スタニスもなにげに酷いこと言うよね?
「旦那様のお願いなら、カタジーナ様だって無碍にはされないでしょうに」
「姉に機嫌伺いの手紙を書くくらいなら、私は遺言書を書く」
「……また、わけのわからないことを……」
「煩い」
呆れたスタニスに、父上がふん、と横を向いた。
ああ、お客様二人の前で大人げない。
「公爵、突然お伺いして、無礼なお願いで申し訳ありませんでした」
ドミニク様は溜息をついて、頭を下げた。ああ、表情がさすがにもう無理だなと言ってる。
私は苦い顔を隠せずに、キルヒナー兄弟を見た。
ドミニク様はちょっと笑って私をみて、レミリア様にも申し訳ありませんでした、と謝ってくれた。
どうしよう、謝られると、罪悪感がすごい……。
けれど、諦めの悪いイザークはじっと視線を逸らさずに父上を見ていた。
「どうしても、駄目ですか」
「イザーク!」
ドミニクがやめろと制したけれど、そこは少年の怖いもの知らずだよね、イザークは言葉を続けた。
「カリシュ公爵。どうかお願いです。本当にくだらない、他人からみたら馬鹿げた話だと俺でもわかります。とても無礼なお願いをしていることも。けど、どうか、俺のドラゴンを助けてくれないでしょうか」
「卵が孵らなかったからと言って、君のドラゴンが死ぬわけじゃないんだろう?」
父上はイザークを冷たく一瞥した。イザークはいいえ、ときっぱり言いきる。
「死にます」
もう一度、繰り返す。
「体は死ななくても、あいつの心が死にます」
父上は、面白そうに少年を眺め、ふぅん、と笑う。
それからちらりと私をみた。
「レミリア、君は、イザークと本当に親しい友人なのかい?」
うぇ?なんかこっちに火の粉が飛んで来た!
四人の目が一斉に私をみる。ええっと。
「親しい…………し、知り合い、でしょうか」
ドミニク様が、あちゃぁと言う顔して下を向いた。
ご、ごごごめんなさい!あんなに賄賂パクパク食べておきながら、肝心な所で正直者で!
だって、嘘をついたら父上またへそを曲げそうだったんですもの……。
父上は、ふん、と笑った。
「それで?娘の知り合いのイザーク君。私が君の願いを聞いてやって、何の得があるのかな」
イザークが黙っていると、父上は、つまらなそうに言葉を続けた。
「言っておくが、金品は話にならないよ。別に困ってないしね。それに君は爵位持ちではない。だから君が私の機嫌とりに示そうとしたものは、君の父親のものであって、何一つ君のものじゃない。他人の持ち物で私を釣ろうとは、随分と安く見られたものだな」
そんなに冷たいこと言わなくても!
私の非難の視線など意に介さず、父上は尚も続けた。
「さらに言うなら、私はドラゴンにさほど興味がない。遠出を歓迎されない身の上なものでね?まあ、出来るなら屋敷から一歩も出ずに過ごしたいとは常日頃から思っているから、それはいいんだが……」
イザークは父上の意地悪な目をじっと見ていたが、ぎゅっと唇を引き結んだ。
「公爵にお渡し出来るものは、何もありません。おっしゃる通り、俺は何も持っていませんから……だけど、俺は、公爵にひとつ、お約束を差し上げることが出来ます」
へぇ、と父上は少年を見た。
「何をだい?」
「きっと、ご恩を返します」
父上はお話にならないね、という風に肩を竦めた。
「私に?……私は君から別に恩など返されたくはないんだが」
そうですよね。
人と接点を持ちたくないですものね、父上。
揶揄した父上に、イザークはしかしその言葉を、きっぱりと否定した。
「いいえ、恩をお返しするのは公爵ご自身にではありません」
「……へぇ?」
父上の水色の瞳の、青が強くなる。
「ハナは、俺の家族です。……ドラゴン相手に、馬鹿みたいな話だけど、生まれた時からずっと側にいてくれました。嬉しいときも悲しいときもずっとです。俺はあいつが父母と兄と同じように大切です。だから、公爵があいつを助けてくださるなら、俺は何があっても、そのご恩をお返しします。公爵のご家族が、危機にあったときに。……レミリア様とはまだ友人じゃないですけれど、これからも、なれないかもしれないですけど。もし、これから先、レミリア様が困っていたら、それが正しいことかどうかなんて関係なく、絶対に助けます。お約束します。ちっぽけな事ですけど、俺が出来るのはそれが全てです」
一気に言い募ると、イザークは深々と頭を下げた。
「だから公爵、お願いです。俺の家族を救ってください」
ドミニクもそれに倣う。
私はそっと父上をみた。
父上は少し考える風にトントン、と椅子の肘かけを指で叩く。
……わずかばかりの沈黙が客間を支配したとき、
「あら、まだお話は終わっていなかったのね」
人数分のカップと茶を持ってきた母上が現れた。母上は沈黙する私達に構わず、手早くカップを並べると父上をちらりとみた。
「何か言いたい事があるのかい、ヤドヴィカ?」
どうせ聞いてただろう、と言って、父上は母上を見た。
私はハラハラしながらそれを見守る。母上はキルヒナー兄弟の援護を行うつもりで来たかもしれないけれど、これまでの経験上、父上は母上から何か言われると、反対の事をしたがる場合が多い。
しかし、予想に反して母上は首を振った。
「貴方のお好きになさったらいいじゃないですか。私は反対も賛成もいたしません」
キルヒナー兄弟に退出の挨拶をすると、それから少し苦笑するように言った。
「ですけれど、まあ………雛が孵らなかったら、その雌ドラゴンは、きっとさぞ気落ちするでしょうね」
それは少し、可哀相ねと、一言残して母上は部屋を後にした。
母上もおかあさん、だもんな。ドラゴンに肩入れしちゃうかもしれない。私が母親の優しい心なるものに触れて少し感動していると、なんとなく父上もスタニスも決まり悪そうに視線を外している。
……なんだろう?この空気。
父上は肘かけをもう、二、三度叩いてからイザークに言葉をかけた。
「……私の家族に恩を返すと言ったね」
「!……はい!」
「それを君は何に誓う。……神か?それとも、家名にかけるか」
いいえ、とイザークは答えた。
「俺の……いえ、私自身にかけて誓います。私の良心と矜持にかけて。きっとお約束を守ります、公爵」
イザークの真剣な顔をみて、やれやれ、と父上は溜息をついた。
「スタニス」
「はい」
「後は任せた」
よきに計らえ、と公爵は立ち上がり、首を鳴らしてさっさと部屋を出てしまう。
「ありがとうございます!」
ドミニクとイザークが、その後ろ姿に感謝の声をかけ、飛び上がらんばかりに、喜んでいる。
そんなに喜んで貰えると私も嬉しいなあ。
それに「他人のために何かしようとしている父上」なんて、ものすごーく貴重なものをみてしまった!
私も二人とハイタッチしながら「よかったですわね!」と喜んでいると、スタニスもそれに加わった。
我が家の万能使用人、スタニスは感動にうち震える兄弟二人の肩をぽんぽんと叩きながら、本当によかったですねぇ、と微笑む。
「ありがとうございました!スタニスさん!」
「なんとお礼を言ってよいか!」
お礼だなんて、とスタニスは両手を二人に向けて遠慮するように振ってみせた。それからその手をゆっくり胸元にやり、懐からペンと紙を出すと、ニィと口の端を吊り上げる。
「……ちなみに、お安くても構わないとおっしゃってましたが、ドラゴンの卵、いかほどのお値引きで譲って頂けるので……?」
あ、キルヒナー兄弟がしまったとばかりに固まった。
スタニス、揺るぎない……。
その夜、私は父上に呼ばれた。
執務室の大きな椅子に座った父上から手招かれ近寄ると、父上は私を見上げた。
「スタニスがカタジーナに手紙を書いた。レミリアのドラゴンの卵を運ぶから、領地を通らせてくれ、とね。今頃早馬で向かってるいるよ。ついでに鳥も飛ばしておいた」
「まあ」
前フリなしに切り出され、私は感嘆の声をあげた。
仕事早いな、スタニス。
「成り行きとはいえ、購入した以上は、君のドラゴンだ。きちんと世話をするように」
私は、はい!と元気良く返事をした……ものの、気になって尋ねた。
「父上、私、実は馬に乗るのも下手なんですが、せっかく生まれたドラゴンに乗れなかったらどうしましょうか……」
父上は、ニヤニヤと楽しそうに笑った。
「その時はキルヒナー商会が相場で買い取ると契約書に明記してあるからね。心配しなくてよろしい」
よかった、と胸を撫で下ろし……あれ?と首を傾げた。
恐る恐る聞いてみる。
「……ち、父上。確かドラゴンの卵は、相場の半値で譲って頂けたんですが……」
「そうか、儲けたね。レミリア、乗れなくても一向に構わないじゃないか。倍でさばけるねぇ」
楽しそうに父上は肩を奮わせた。
……うわあ。スタニス、ここぞとばかりにヴァザ家に有利な契約書作成したんだろうなぁ。
これは、ドラゴンに乗れるようにならないとイザークからの圧力が激しそうだ。
それから、と父上は持っていた羽ペンでサラサラとまた手紙を書いた。
「これもついでに預けるから、君からカタジーナに渡すように。よろしく伝えてくれ」
……はい?
私は意味がわからず、瞳を瞬かせた。
「私が?叔母上に?いつですか?あ、ひょっとして叔母上は今、王都にいらっしゃるのですか?社交会シーズンですものね」
「カタジーナは領地を出ない。それに、ベアトリス女王がいる王都には足を踏み入れないだろうねぇ」
父上はクルクルと器用に紙をまるめ、ハイ、と私に渡す。
呆然とする私に呆れたように告げた。
「手紙だけで、あのカタジーナが納得するわけがないだろう。元はと言えば君の、親しい知人のせいだからね。君も協力しなさい。ドラゴンの卵を彼らと一緒に運んでおいで」
「えええ!わ、私一人でですか!で、でも母上が」
「ヤドヴィカも仕方ないと言って許可していたよ」
許可するわけないと言おうとしたが、そこはしっかり根回ししていたらしい。
ええ、カタジーナ叔母上の所へ挨拶?目茶苦茶嫌だ。
「人助けをするときは、最後まで巻き込まれるものだよ。だから私は嫌なんだ。君も、それが嫌なら、初めから同情などしないようにね。返事は?レミリア?」
「畏まり、ました」
なんという!巻き込まれ事案。
カタジーナ叔母上には出来るだけ顔を合わせないように生きてきたのに、父上も母上もいらっしゃらずに訪問とか何の罰ゲームなのぉ!?
知人イザーク!!おまえのせいだ!!今度あったら色々文句言ってやるから!!
翌日、旅支度を整えたイザークが、ドラゴンと共に現れた。
話がまとまったなら一刻も早く、ということで、私の旅装も手早く用意された。
「お嬢様!あそこに飛んでいるのがそうではないですか?」
私と並んで空を見上げたミス・アゼルが目を輝かせた。
太陽と重なった大きな鳥の影は、近づくに連れ、鳥ではないのだとわかる。
(ドラゴン……!)
私に見せたいからと、父上から許可を貰って、イザークは(雌ドラゴンを輸送してきたドミニクとは別に)ドラゴンに騎乗し、屋敷へやってきた。
彼が乗っているのは、恐らく私のドラゴンの卵の父親だろう。
イザークは子供のころから遊んでいたというだけあって、いとも簡単に翼竜を操り、まるで一迅の風のように庭に舞い降りる。
普段、行儀よく私達の前には姿を現さない階下の人々も特別に許されて庭へ見学に来ていた。
「ドラゴンだ!」
「あの少年がドラゴンを連れて来たぞ」
「……すごい!こんなに近くで初めてみた」
興奮した声が庭に満ちる。
私も、ちょっとカッコイイとか見惚れてしまったよ。
威風堂々とした騎乗っぷりをみて、そういえば、ゲームの後半、イザークは女王が編成したドラゴン部隊の中心を成していて、いつも先陣を切っていたな、と思い出す。
常にドラゴンと共に現れるイザークには、二つ名があった。
彼が現れる所に、必ずドラゴンが現れる、という意味で。
曰く、竜の来訪を告げる者と。
「遅くなりました」
ドラゴンから降りて、父上にひざまずいたイザークは正しく礼をとり、父上が頷く。
急ごしらえの一行は、カタジーナ叔母上の領地を目指す事になった。
ドラゴン・ノッカーは造語です。




