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115.西国の王子 3

 ファティマは錆色の目を細めた。


「カルディナの宰相閣下のご子息が、西国の出だとは知らなかった……宰相閣下は北のご出身と聞いたが、母君が西国の出身なのかな」


 貴公子はにこやかに微笑む。

 ファティマとヴィンセントが並んでいたら、多分彼らの出身を皆、逆に言うかもしれない。

 ヴィンセントはにこやかに応じた。


「いえ、私は養子なのです、殿下。父が養母の弟で。母はカナンの住人でした」


 ヴィンセントの答えに、ファティマは少し目を伏せた。


「でした、というと……。悪いことを聞いたかな?」

「いえ、昔の事ですので、お気になさらず、ファティマ殿下」

「では、君も小さなころはカナンにいたのか?」

「ええ、七つか八つの頃まではこちらに。と言ってもこのような美しい宮殿に足を踏み入れるのは初めてです」


 ヴィンセントがにこやかに応じたので私はひとまずほっとする。


「私も驚きましたわ、カナン伯の宮殿は、カルディナの宮殿と同じくらい美しいから」


 ファティマは笑った。


「元は――、この宮殿は西国(タイス)王が建築したものだったのですよ、……と言っても私たちの王朝ではなく、その前の王朝ですが」

「前王朝の」

「カナンは不思議な土地です、西国の支配下であったり、カルディナ領であったり。昔は所属する国に合わせて建物も様式を変えていたようですが、次第に考えを変えたようですね」

「考えとは?」


 扇子で自らを仰いだカタジーナが尋ねると、ファティマは悪戯っぽく笑った。


「また取り返せばいいのだから、壊すのは馬鹿らしい、とね」

「怖い話ですね」


 物騒な発言だなと正直に感想を漏らすとファティマは笑った。


「もしくは、お互いの色を生かしながら混ざり合う。あとで公女どのも、街を見られるといい。人も物もカルディナ風と西国風が入り混じっていますよ? 私やヴィンセント殿のようにどちらの出身かわからない者も多い」

「殿下はカナンに来たばかりかと。お詳しいのですね?」


 ヴィンセントがすこし意外そうに聞くとファティマは少し笑った。


「私の領土とカナンは馬や駱駝で三日もかからない。砂竜ならば半日だ……小さい頃の君と、この街で遊んだかもしれないね」

「……!それは、カナンに来られていたと言う事ですか?」

「たまに……!カルディナの風土に興味があったし、一つ所で大人しくするのはつまらないから」


 どこかの公子様も同じことを言っていたなあと私が呆れていると、カタジーナが品よく笑った。

 流石と言うべきか、カタジーナはファティマの前ではにこやかな態度を崩さない。


「私もよく屋敷を抜け出しましたわ。妹のアニタと一緒に!よく怒られたけれど、楽しかった」


 微笑んだカタジーナを意外な思いで見る。

 ……平民が嫌いな伯母上が、屋敷を抜け出すなんてあったのかな。


「伯爵夫人もですか?」

「ええ、昔は屋敷近くに父が選んだ民だけが住む小さな村がありましたの。よくそこに遊びに行きましたわ!秋には金色の麦が風になびいて美しかった!」


 うっとりとカタジーナは言った。

 公爵が訪れるためだけの小さな、村か。……なんだかどこかの国の王妃様の為だけに誂えられた村みたいだな。もちろんそんな村は現在は残っていない。カタジーナはそれも不満だろう。


 実際の敵地を視察するファティマと、作られた村(テーマパーク)を楽しんだカタジーナでは決定的に違うと思うけど、私にはとりあえず沈黙を守った。

 私も一人でソラに乗って王都を散歩することはあるけれど、一人で王都を歩くとか……そういった冒険はしたことがないものな。カタジーナと変わらない。


「まさかお一人で視察に行かれたのですか?殿下……!お付きの者が泣きますね」


 ヴィンセントがやけに実感のこもった口調で言うと、ファティマは肩を竦めた。


「さすがにそれは怒られる。……私の戦士……、と、これは貴方たちの言葉では近衛騎士、かな?が一緒に遊びに行ってくれていたよ。最近は私の外出にはキプティヤがついてきてくれますが」


 ファティマは笑った。キプティヤ。

 ナシェレ・キプティヤ。背の高い美女はこの和やかな顔合わせにはいないようだった。

 私は会場をぐるりと見渡して首をかしげた。


「キプティヤに興味がおありですか?レミリア様」

「ええ!綺麗な方ですね」


 私の言葉に、一瞬カタジーナが蔑むような目をした。

 ファティマからは角度で見えなかっただろうけれど。

 カタジーナの美の基準は血筋がヴァザであること。そうでなければ美しい白い肌に、宝石のような瞳をしていることだ。

 カタジーナから見れば男性より背が高く、滑らかな濃い肌色のキプティヤは美女からは程遠いだろう。

 彼女を称賛する私の言動を笑っているのかもしれない。


「彼女は――西国にかつて存在していた竜族の末裔(すえ)なのですよ。本当に」

「では、彼女にも異能が?」

「それは秘密ですが……、明日にはカナンに来るようですから、また引き合わせましょう」

「ええ、殿下。ありがとうございます」


 ファティマは足を組み換えた。

 にこにこと微笑む。


「カナンと私の領地の往来が盛んになったら、ヴィンセント殿もカナンに来られるといい」

「私が、ですか?」


 ヴィンセントが首をかしげる。


「私の領土のオアシスでも構わない。両国の平和の為にも、人的交流は必要だ。――宰相閣下のご子息でしかも西国ゆかりの人物なら申し分ない!――今思いついただけだけれど、いい案だな」

「それは……」


 ヴィンセントが何か言う前に、カタジーナが鈴を転がすような声音で笑った。上機嫌に!


「それはいいかもしれませんね、殿下!ユンカーのご子息は大層優秀で、しかも我が国の公子の覚えもめでたいんですのよ。両国の平和のために貴方がオアシス都市に行くなんて、とても素敵なことだわ!」

「伯爵夫人もそう思われますか?」


 話が変な方向に転がりそうだぞ、と私とヴィンセントは思わず視線を交わした。

 ファティマが心底ヴィンセントの留学なんて望んでいるかはわからないが、宰相閣下の子息を招く……これは別に非礼でもなんでもない。

 しかし、宰相閣下やヴィンセントが断れば非礼だと詰られるかもしれない。

 ……些細なことではあるけれど、さ。

 先ほどからカタジーナとファティマの話運びが、やけにかみ合いすぎている……まるで打ち合わせもしたいみたいに。私が口を開こうとした時に、割り込んできたのは穏やかな青年の声だった。


「――これは、悲しいことをおっしゃいますね、殿下。伯爵夫人まで」


 朗らかに現れたのは、キルヒナー商会の長男、ドミニク・キルヒナーだった。


「まあ!ドミニク?どうしたの?」


 ドミニクの事を気に入ってはいるカタジーナが目を丸くした。

 彼は引きつれた従業員から飲み物を私たちに配ると、ファティマにも深く一礼した。ファティマも愛想よく応じる。この顔合わせよりも前に、ドミニクとファティマは面識があったようだった。


「公女殿下に、本日の茶と菓子の説明を仰せつかりました――ファティマ殿下のお好きなものを集めたつもりです」

「ありがとう、ドミニク・キルヒナー。私の好きな物ばかりだよ。……悲しい事とは?」


 ファティマが笑うと、ドミニクは許可を得て私たちのテーブルに混じった。


「殿下は先日、私を一番にご領地に招くと仰っておられましたよ!そこのヴィンセントではなく。抜け駆けは無しです、殿下!まずは私を一番に招いてくださると言ってくださったので、張り切って色々なカルディナの商品を揃えましたのに!」

「そうだったかな?」


 ファティマはくすくすと笑った。ドミニクは笑顔のままヴィンセントに「宰相閣下がお呼びだぞ」と促す。

 ヴィンセントは立ち上がると一礼してその場を去る。

 ファティマは薄く笑ってヴィンセントに声をかけた。


「残念だ!君に浮気したのがドミニクにばれてしまった!また今度ゆっくりと話そう、ヴィンセント」

「ええ、殿下。光栄です」

「……君の母君の話も是非聞かせてほしいな」


 ヴィンセントは答えずに、頭を下げる。

 私は思わず茶のカップを取り落としそうになり、すんでの所でゆっくりとソーサーに戻した。

 ファティマが笑って私を見る……。私は微笑んで、彼を見つめ返した。


「ドミニクが一番だなんてずるいですわ、殿下!私もオアシスを訪れてみたいのに」

「貴女のように美しい方ならばいつでも歓迎ですよ金糸雀カナリア


 ……ファティマがヴィンセントに興味を抱いたのは、彼がユンカー宰相の養子だからではなく。

 彼の母親の事を知っているからではないんだろうか……。


1月6日に2巻が発売になります。また明日以降、活動報告で詳細はご報告しますので

どうぞ、二巻も宜しくお願いします!web版とは別ルートです。 ツイッターではちょこちょこ情報を呟いていますので、 あっと yashiroweb を覗いて頂けますと幸いです!

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