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113.西国の王子 1

 私が頭が痛いなあと思っていると、キルヒナー男爵家の嫡男ドミニクが現れ、二人を呆れたように見た。

 手をパン、と叩く。


「二人とも荷物を運び終わったら持ち場に戻る」


 ドミニクは疲れた調子で二人に命じ、二人は「はい」と妙にお行儀よく返事をした。


「うちの従兄が紛れ込んで申し訳ありません……」


 私は声を潜める。

 なんでも、ドミニクはイザークから「カナンの手伝いに友達を一人連れて来る」と言われていたらしい……。カナン付近で合流してみればそれが伯爵家の長男ヘンリクだった、と。

 追い返そうにもヘンリクは実家には伝言したと言い張るし「一人でヘンリクを王都に返すのは……」との判断で連れてきている。


 あっれえ、――なんだか以前にもあったなこのパターン。


 私も不満はありつつ、ヘンリクの同行に気付いた父上がドミニクに頼むのを見てしまったので、強くは言えなくなってしまった。


『春には甥も軍学校を卒業だ。彼の家も複雑で卒業後はすぐに爵位を譲られることになるだろう、と思う。自由にできる今見聞を広げさせてやりたい。ドミニク、君にはいつも迷惑ばかりかけてすまないが、甥を一行に加えてくれないだろうか。宰相には私が断りを入れる』


 ドミニクは承りますと答えていたけど……。

 ヘンリクは多分、この二年ほど実家の伯爵家に戻っていない。

 両親とたまにヴァザ家や夜会で顔を合わせても素っ気ない。お馬鹿でお調子者の従兄が、彼の両親と顔を合わせるときは表情をそぎ落としているのは少し辛いものがある。

 しかし、私がしんみりしたって仕方ないので、私はヘンリクにツンケンしていようと決めていた。


「今更同行に口は出さないけれど!ヘンリクは、商会の一番下っ端の新人だからね?――勝手に私の部屋に来ないでね!?」

「はいはい、レミリア様、わかりましたー」

「お返事は一回ッ!」


 スタニスが苦笑して二人について行った。


「念のため、ヘンリク様が滞在される部屋を確認してまいりますね」

 

 出ていく前に、私にこっそり耳打ちする。ドミニクがすこし目尻を下げた。


「スタニスさんはなんだかんだと、ヘンリクを気にかけておいでですね」

「うん、昔からヘンリクはスタニスには懐いているの……、あ、ドミニク様にも、だけど」


 長男気質のドミニクはヘンリクにも優しい。ドミニクはそうだと嬉しいですけどね、と微笑む。

 家に帰りたがらないヘンリクをドミニクは週末たまに誘って遠出をしていたりするみたいだ。

 なんだかんだとスタニスもヘンリクに甘いしなあ……。


 ドミニクとアレクサンデルが部屋を出ていき、私は侍女たち――いつも私の傍にいてくれる侍女ではなく、ジグムントが手配してくれた侍女と、私達に同行してくれたカミラに手伝ってもらいながら西国風の衣装に着替えた。


 カナンから西国にかけては風土がいわゆる私の知る「中東」に似ている。

 顔を隠している女性が多いのかと予測していたけれど、そんな教義はないらしく、むしろくびれたウエストや首筋は積極的に露出している女性も多かった。

 首や腹は出し、陽ざしを避けるために布で覆う。スタイルが悪いと、生きていくのがカルディナ以上にしんどそう……!


 カナンの女性たちはさすがに肌の露出は少なく、ふわりとした衣装が多かった。

 服が涼しく軽やかになったことを喜んでいると、カミラも西国のドレスに着替えた。

 カミラはそつなく西国の衣装も着こなすと、物騒なことを言う。


「色々とものが隠しやすくてようございますね」

 

 何を隠したんだろうか、カミラ。

 私が再びバルコニーに出ると、強い風が吹いて髪を嬲る。バルコニーから見えるのは、海。


 いつか、海に行くことはないだろうと話したけれど、海の近くに来てしまったなあ。

 私は感慨深く城下を眺めた。カナンの街の特徴的な色は空と煉瓦の赤だった。

 白や黒を基調とした建物の多い王都とは違い、カラフルで可愛らしい印象を受ける。この街の歴史を知れば、少しもそうだとは思えないのだけど。


「カナンの街はこの五百年、西国(タイス)とカルディナで半々だったようですね」

「だからカルディナ風の建物と西国風の建物が半々なのか……」


 私が感慨深く街を見下ろしていると、パタパタと羽音が聞こえて来た。


「キュイ!」

「ソラ、お庭は気に入った?」

「キュイ……!」


 見上げると白い羽の飛龍ソラがご機嫌にやってきて、バルコニーに舞い降りる。

 私をカナンまで乗せてくれたソラは疲れもみせず、元気いっぱいだ。庭を自由に飛び回る許可をジグムントは苦笑しつつもくれて、屋敷の人たちは驚いたようだったけれどおおむね好意的に接してくれている。

 私が喉元を撫でるとソラは嬉しそうに鼻を鳴らす。

 ヘンリクはカイと、イザークはソラの兄弟のヨルに乗って来たからお友達が沢山で嬉しいね、ソラ。


 ちなみに父上は「飛龍に酔った」と青い顔をしていて今日は部屋でダウンしている。

 宰相閣下には「主は頂いた書類を吟味しております」とスタニスが報告していたけど、一瞬ユンカー宰相が片眉をあげたので……たぶんばれている気がする。……すいません、鍛え方が足りなくて……。


「せっかくカナンを訪問できたのだから、見て周りたいね」

「お時間があるときに、伯爵に許可をいただきましょう」


 カミラが微笑む。


「宰相閣下の一行もこちらに泊まるのかしら?」

「カナン伯が離れにすべて手配してくださったようですよ。ご子息はカナンの出身ですし、懐かしい思い出がここにはあるかもしれませんね」


 私は曖昧に頷くにとどめた。

 ヴィンセントが街に降りる時に同行できないかな。色々と話してみたい。


「――そう言えばカミラ、頭の痛いことを聞いたのだけれど。伯母上がカナンに滞在している、って」

「はい、公爵閣下からうかがっております」

「そっか」

「……明日の、第二王子のご訪問の際には列席されるとか」

「そう……」


 私は顔をしかめた。シルヴィアが警鐘を鳴らしていたけれど、本当にいたのか!

 父上はそれならば、とカタジーナに招待状を出した。


『カタジーナを祝宴の場に、正式に招こうと思う。レミリア、彼女とふたりきにりはならないように……だが、カナンではカタジーナの機嫌を出来るだけ取ってくれ』


 父上は旅に出る前に私に言い渡した。

 私は驚いたけれど、父上は……続けた。水色の瞳が青さを増す。


『彼女を傍に置いて、どう、動くのか「誰と何を話すのか」つぶさに観察しておきたい。……そろそろ、彼女に与えていた猶予期間も終わりにしていいだろう』


 その言葉にはなんの感情も感じられない。

 私は、はい、とうなずいた。

 シルヴィアは……、それからアデリナは、カタジーナの事を話すたびに苦しそうな顔をする。

 

『私があの人と縁を切らないのは、つながりを絶つと何をされるかわからないからよ』


 そう、シルヴィアは言い、苦悩の色が濃かった。

 母親だからこそ、嫌っていても……、無感情ではいられない。

 愛情がなくても、血のつながりがあるからこそ、過敏に厭い、憎まずにはいられない。

 そういう辛さがあの姉妹にはあるのかもしれない。


 初めから。

 初めからカタジーナを「部外者だ」と認識している父上と私の方が、姉妹よりずっと冷たい。

 

「キュ?」


 深刻な顔をしていたのか、ソラが私を慰める。

 

「ああ、ごめんね、ソラ。ちょっと怖い顔をしていた?」

「キュ」

「考え事をしていたの。旅先って色々考えてしまうよね」

「キュイ!」


 ソラがまるで同意したみたいに相槌を打ったので、私とカミラは顔を見合わせて笑った。


 そんなことを考えているうちに数日が過ぎ。


 西国の使者、ハヤルに伴われてタイスの第二王子が現れたのは、良く晴れた()()()()()の日だった。



 カナンの街はずれにジグムントが用意した屋敷から馬車に乗って現れたのは、白いカルディナ風の衣装に身を包んだ青年だった。


「お初にお目にかかります。カリシュ公爵殿」

「お目にかかれて光栄だ。ファティマ殿下」


 降り立った青年を私は意外な思いで、見た。

 彼の髪は黒く、瞳は錆色。

 しかしながら――その肌はカルディナ人と呼んで全く差支えないほど白かった。


「美しい公女殿下にもご挨拶を! ハヤルからは話には聞いていたが、貴方の髪は日の光を集めたよう。空はどこまでも透き通った秋空。女神のように可憐な方とお会いできて天にも昇る心地がします」

「まあ殿下!勿体ないお言葉です」


 ファティマが大げさなのではない。

 西国人は挨拶時に美辞麗句を多用する。特に女性には。それが礼儀なのだ。

 流暢なカルディナ語で西国風の挨拶を述べたファティマがにこりと微笑むと、彼の右眉の傷が蛇のようにうねる。



 カルディナ人にしか見えない容姿の西国の王子は。

 雲一つない晴れた日に、カナンに足を踏み入れた。

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