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112.予兆 4  

 西国の使者、ハヤルが帰国した一月後。

 宰相ユンカーがヴァザ家を訪れた。

 カナンでも式典を行う事、その日程、合意事項。そんな事を話していたみたいだ。

 父上はもちろんのこと、私も正式に招待したいと第二王子の書簡には記されていたみたいだ。


 祝の席で私の成人のお披露目をしてはどうかと正式に打診があったと言う。

 両国の友好の証に、旧王家の姫の成人お披露目の相手を、西国の第二王子がつとめる。確かにいいパフォーマンスにはなると思う。


「私は構いません」


 意向を聞かれ、私は父上に言った。


「西国との恒久的な和平は我国の悲願ですし、私が西国に嫁ぐのは……あり得ない話ですから。私が社交界デビューの相手として国内の誰も選ばないなら、軍部も、王家も牽制できますし」


 そうか、と父上が言い、それは決定事項になった。



 ジグムントと話した夜。

 私はジグムントからあれ以上深く、話を聞けなかった。……ヴィンセントは時計のもう一人の持ち主がジグムントで、彼が自分の祖父であることを知っているのだろうか。

 だから、ヴァザ家を嫌いだったんだろうか……。

 それに、ユンカー宰相は、ジグムントの事を知っているんだろうか。

 ……悩んでいるうちに、ヴィンセントにも会えず時間がたってしまった。

 フランチェスカのサロンに顔を出しても会えない。ヴィンセントに手紙を出そうと思ったけれど、なんと切り出したものかわからずに、時間が過ぎていく。



 準備が忙しくなり西国へ出発する数日前、カミンスキ伯爵ユゼフ伯父上が屋敷を従姉のシルヴィアと一緒に訪問してくれた。

 私と父上の留守中はユゼフ伯父上が滞在し、物理的にも、精神的にもユリウスを守ってくれることになる。……シルヴィアも心配して来てくれたみたい。


「気になることがあったから、つい、お邪魔してきたのよ」


 ユゼフ伯父上と父上が話し込むのと別室で、私の荷物を最終チェックしてくれながらシルヴィアは表情を曇らせる。カナンに持っていくドレス類はオルガ伯母上とシルヴィアが選ぶのを手伝ってくれたから、本当は着たところをみせたかったな。


「母が……、カナンに滞在しているようなのよ」

「伯母上が?」


 シルヴィア姉妹と彼女達の母カタジーナの仲は悪い。それでもお互いの動向はなんとなく把握しているようだった。


「カナンに行って、二人の邪魔をしようと考えていなければいいけれど……」

「まさか、伯母上でもそんな」


 私と父上が外交に行った先で、わざわざ邪魔しに現れるだろうか……?

 しかし、先日の一件から可能性を否定できずに言葉を濁す私に、シルヴィアは「するかもしれないわ」と沈んだ声を出した。


「……気に入らない、の感情だけでたやすく人を害せる人よ。笑顔で近づいて右手に毒杯をもっている、そんな人……」

「シルヴィア姉さま」

「私があの人とつながりを完全に絶たないのはね、レミリア。愛情からじゃないわ。つながりをたてばどんな仕返しをされるかわからないからよ。私にならいい。けれど、アデリナや彼女の夫に危害を加えるのではないかと……危惧しているの。監視の為にたまにご機嫌をうかがうの……嫌になるわ」


 シルヴィアは額を押さえた。小さな声で呟く。


「いっそのこと、彼女を表舞台から完全に排除できるような決定打を見つけられればいいのだけれど」

「……」

「たまに、あの人に似ている部分を自分に見つけて吐き気がするわ」


 暗い視線だった。


「シルヴィア姉さま……私、シルヴィア姉さまがカタジーナ伯母上に似ていたとしても、シルヴィア姉さまの事が好きです。親子ですもの。似るのが普通です」


 シルヴィアは私の慰めに苦笑すると、気を使わせてごめんなさいね、と謝った。


「ありがとう、レミリア。……それでね、あの母上が素直に話を聞くとしたらマラヤ御前くらいなのだけど」


 マラヤ御前……、ヴァザ家の最後の王女で、異能を持つ女性だ。

 齢九十を超えて今は国教会でのんびりと過ごしている。


「マラヤ御前にご機嫌伺いに行ったときに、二人のカナンでの安全が不安だとそれとなく零したら……、レミリアの護衛については信をおけるものに頼んでおいたから大丈夫とおっしゃっていたのよ」

「信をおけるもの、ですか?」


 ちょっと嫌な予感がするなあ……。

 私が唸っていると、ユゼフ伯父上が戻って来た。

 弟も一緒だ。

 ユリウスはしょんぼりとした様子で、右手には愛用のくまとうざぎをぎゅっと掴んでいる。


「ねーね、ねーねとお父様は旅に出るの?」


 みあげる瞳は、泣いた後なのか、目が赤い。

 ユゼフ伯父上は「公爵閣下からお留守を任されたのですよ」と言った。

 扉から身を滑り込ませたトマシュが心配そうにユリウスを見ている。トマシュが居てくれるのはありがたいなあと私は思って、弟の前にしゃがみこむ。小さな弟に、一カ月ほど寂しい思いをさせるのは心苦しいけれど。

 けど、大丈夫だ。だって皆がいるもの。

 トマシュも、セバスも、ヒルダも……。伯父上も。


「少しの間だけ、伯父上と留守番を、お願いね。ねーねの温室にお水あげてね?」

「わかりました、ねーね!」


 鼻を啜るユリウスを抱きしめる。

 ……すぐに帰ってくるから。

 すこしずつ、私たちの未来への憂いが減るように。




◆◆◆

 旅は飛龍を使った。

 カナンの街へはジグムントが先回りして、私たちの滞在のために必要なものを揃えてくれている。

 カルディナからの使節の一行は父上と私、宰相閣下とその部下たち。その中には彼の子息、ヴィンセント・ユンカーも含まれていた。

 ちょうど軍学校は卒業前の長い休みに入るから、それを利用して父親と一緒に連れてこられたみたい。

 父上の傍らには軍部からの警護との名目で派遣されたスタニスが控えている。


 そしてやはり、警護には軍だけでなく国教会からも人が派遣されていた。


「ご無事のおつきで何よりでございました、公爵閣下」

「ありがとう」


 カナン伯爵ジグムントレームはいつもの真面目な表情で、私達を迎える。

 宰相とカナン伯も型通りの挨拶を交わし、ヴィンセントは何の感情もない瞳でその光景を見守っていた。ヴィンセントとは旅の途中で何度か話をしたけれど、いたって普通でなんの気負いもなかった。

 色々と聞いてみたいけれど、何も聞けていない……。


 続いて、ジグムントの背後に控えた背の高い青年が進み出るのに、私は少しだけ緊張する。


「警護には、国教会からも神官たちが派遣されております」

「アレクサンデルでございます。閣下」


 緋色の髪の偉丈夫は頭を下げた。彼の隣に同じく緋色の髪の美女、リディアが進み出て礼を取る。


「私とアレクサンデルが警護にあたります、閣下。少しサウレ様とお話をさせていただいても?」

「わかった。――スタニス」

「はい、閣下」

「リディア神官に、城の警備について確認をしてくれ」

「はい」


 私はアレクサンデルに先導されながら、割り振られた部屋に足をすすめた。

 勿論ふたりきにりはならない。侍女として旅に同行してくれた私の家庭教師、カミラも一緒だ。


「ひと月の間ですが、閣下とレミリア様の身辺を警護させていただきます」

「ありがとう、アレクサンデル――。国教会の方が派遣されてくるとはうかがっていましたが、まさか、貴方とリディアが来るなんて……」


 二人は神官の中でも特に力の強い異能者のはずだ。揃って辺境に来てもいていいのかな。

 私の様子にカミラが苦笑する。


「公爵閣下とレミリア様の身辺警護ですもの。国教会がそれだけ重要に考えているということです」


 カミラは元は国教会の人だからか、当然のように言った。……私は複雑だ。

 国教会に心配されるのはいいんだけど、ゲームの中で毒杯を父上に渡すアレクサンデルにはあまり……近寄りたくはないんだよなあ。緊張するし。

 それにアレクサンデルはヴァザの警護なんかしたくないだろうに……。

 シルヴィアが私達を気遣ってマラヤ御前に相談し、その結果アレクサンデルまで担ぎ出されたような気がする。しかしながら、私よりもはるかに本心を隠すのが上手くなったアレクサンデルは貴公子然とした微笑みのまま言った。


「タイスの第二王子殿は明後日には到着されるそうですよ。その前にゆるりと観光されるといいかもしれません。カナンは美しい街です。国教会も西国風の建物ですので、珍しい」

「そうなの?」

「レミリア様は絵画を描かれるとか?」

「ええ」


 何でアレクサンデル神官が私の趣味を知っているんだ!

 情報がどこから漏れているの?


「カナンの国教会は建物自体が美術品です……、()()()も一緒に行かれては、いかがでしょうか?」


 私はうっと言葉に詰まって扉の方角を見た。

 黒髪の少年が笑顔で荷物を抱えて立っている。


「レミリア、荷物は全部運んでいい?」

「ええ、と。おねがいね、イザーク」


 私は現れたイザーク・キルヒナーに行った。

 カナンに来るにあたって色々と入用なものがある。私たちはそれをキルヒナー商会に頼んだ。

 ドミニクが主にその仕事に当たってくれて、イザークも学校は休みだし、手伝いに来るのはわかるんだけど……!


「じゃあ、ここに全部置いておくぞ。開くのは自分でしろよ? 部屋を汚すなよ!」

「っと、ヘンリク……!荷物は優しく降ろしなって!」

「うるさい、僕に指図するな!」

「仕方ないだろ、今はヘンリク、うちの従業員なんだからさあ……」


 ……なんでヘンリクまで、旅の一行に混ざってるかな……。

 イザークが手伝いに身元の確かな友達を連れてくる、とドミニクに告げ……。現れたのがヘンリクだったんだよね!身元はこの上なく確かだけどさあ……!

 ひきつる頬を片手でほぐしている私に、アレクサンデル神官が楽しそうに笑った。


「退屈しない旅になりますね」

「……そうですね」


 私は荷解きをして、とりいそぎ胃薬を探そうと思った。


次回よりカナン編。

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