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【幕間】邂逅と追憶 下(三人称注意)

「月夜を楽しんでいらっしゃるの?」


 明日には西国の使徒が王都を発つという夜更け、王宮の塔に現れた妙齢の美女はフランチェスカではなかった。

 突然現れた女にもイェンは特段動じない。女に向かってチラリと視線を向けると、薄く笑う。


「そうかな?俺には月夜がいいと思えた試しがない――暗闇の方が動きやすいし」

「月明かりに暴かれるようなろくでもない事をなさるからでは?」


 風になびく髪を鬱陶しげにおさえ、ショールをひきよせたのは女王の侍女、シルヴィア・ヘルトリングだった。手の中には小さな黒猫。

 みじろぎしてニャアと鳴くその猫をシルヴィアはそっと抱きかかえた。

 責める響きにイェンはむしろ面白そうに笑う。


「暴かれるほどの悪いことはしていないけどなあ……今回は」

「貴方にとってはささやかな出来心でも、若い娘には大層な冒険ですから。やめてくださる?――今夜は彼女はおいでにならない」


 この10日あまり、フランチェスカが毎晩塔に出掛けるのに気付いていたのはたぶん、シルヴィアとシンだけだろう。

 シルヴィアはフランチェスカの行動をあまり咎めたり誰かに報せた事はない。いままでは。

 しかし、毎晩、部屋を抜け出して、ある夜は周囲にそれとわからずに落ち込みある時は少しだけ幸せそうな王女に、厭わしいことに、勘づいた。


 ――誰かに会っているだろうと。


 大方の予測どおり、王女の可愛らしい逢引の相手はよりによってこの竜族だったわけだが。


「残念、お姫様に振られてしまった。母上様に怒られて軟禁でもされているのか?」

「いいえ。今夜はご学友達と朝まで西国との関係について、議論をしていただいております――真面目な方ですから、義務を出されては断れない」

「過保護だな」

「……殿下のお気持ちを邪魔することは致しませんわ。あなたが若い男性なら……さすがに子供を誘惑するような無分別な方だとは思いませんけれど……そうでしょう?」


 イェンは面白そうにシルヴィアを見返した。


「夜風は冷えますわ、ご老人。どうぞ風邪をひかないうちにお戻りになって」


 シルヴィアは、ではと踵を返した。


「冷たいな。代わりに貴女が話相手をしてくれるかと思ったのに」

「ご冗談を。私はまだ仕事がありますので」


 帰ろうとしたシルヴィアが足を止めたのは、手の中の黒猫がにゃあと鳴いてシルヴィアの腕の中を飛び出したからだった。子猫は軽い足取りで屋根の上に座り込んだイェンに飛びつくと、喉を鳴らして甘えた。


「猫には好んでもらえるらしい。俺もまだ捨てたもんじゃないな」

「もう!すぐに逃げ出すんだから」


 シルヴィアは肩を竦めて子猫を呼ぶ。子猫は緑の中央に金が混じった不可思議な色で、イェンを見上げた。イェンは手の中の子猫をまじまじと見つめた。


「……変わった目の色だな、お前……」

「アイシャ! だめよ、お客人に悪戯をしては」


 イェンは子猫の喉を撫でながら、彼女を抱き上げ、女王の侍女に小さな子猫を戻した。


「アイシャ……、西国風の名前だな。カルディナ人が名付けたとしては、珍しい」


 シルヴィアは目を細めた。


「綺麗な目をしているでしょう、この子。……同じ瞳の色をした人から名前を貰ったの」

「カルディナの名前ではないな」

「ええ。彼女は、西国の出身だったのよ」


 イェンは笑顔を消して、シルヴィアを見た。


「貴女の名前はなんと言ったかな、確か……、ヴァザの」

「私? 私はシルヴィアよ。シルヴィア・ヤラ・ヘルトリング。ヴァザの一族ではないわ。南部の娘よ」

「ヘルトリング……、伯爵領の……」

「そう」


 シルヴィアはそれでは、とイェンに告げると再度、姿を消した。

 イェンは立ち上がって、細身の女が姿を消すのを見送る……背後で砂竜が低く、鳴いた。風に紛れるような小さな声で、呟く。


「南部の……、ヘルトリング領……」





「――何事だ?」

 ヴァザ家と王宮を往復しようとしていた早朝、王都の往来で動きを止めた馬車を見つけ、スタニス・サウレは足を止めた。車輪をぬかるんだ地面に取られたらしく動きが取れないでいる。

 豪奢な馬車は貴族か富裕層の所有だろう。スタニスは大丈夫かと声をかけ、中の人物に声をあげた。


「ジュダル伯爵……」


 ヘンリクの父、ジュダル伯爵は馬車の座席に身を沈めていびきをかいている……スタニスは顔を顰めた。

 醜態に呆れたのではない、純粋に酒臭いのだ。

 おろおろと横で困っている従僕は、まだ若い。スタニスは苦笑して若者と同じく困り果てている御者に声をかけた。


「久しぶりだな」

 ジュダル伯爵家の御者はスタニスの顔を見るとああ!と親しげに声をあげた。ヨアンナがヴァザの屋敷に来るときにも彼が御者を務めていたから、何度か話した事がある。


「ご無沙汰しています、スタニスさん。軍服だから分からなかったよ!」

「そうか? ……馬車が壊れたのは災難だな。ちょっと待っていてくれないかな、知り合いがこの先の屋敷にいる。馬車を借りて来よう」

「ですが、その……」


 御者は、気まずく下を向いた。

 泥酔したジュダル伯、ピアスト・ヴァレフスキがむにゃむにゃと寝言を言っている。スタニスは肩を竦めた。


「大丈夫、口の堅い人だから。何も聞かずに貸してくれると思うよ」


 スタニスは近くにあったキルヒナー商会に馬車を借り、ジュダル伯爵を担いでうつしかえた。

 御者がスタニス申し訳ないと謝罪し、スタニスはお気になさらずと苦笑した。

 壊れた馬車についてキルヒナー商会の従業員は、手早く修理の概算をした。余計な詮索をしないのがこの商会の従業員の美徳だ。金額に頷いてスタニスは頼むよと告げた。


「修理代はどちらに?」

「俺に請求してくれていい、馬車は修理後、伯爵家に送ってくれ。そう男爵に伝えてくれないか」

「承知しました、サウレ様」


 御者は恐縮した。


「申し訳ないですよ、スタニスさん……」

「構わないよ、通りがかったから仕方ない……ま、経費でヨアンナ様にでも請求させてもらうさ」

「そうしてください」

「それで、なんだって伯爵はこんなに泥酔を?」


 スタニスは馬車の中の中年男を見た。ここのところ、派手に飲み歩いているらしいとは聞いていたが……。

 ピアストはヘンリクとよく似た姿の良い男だが……不摂生のせいかひどく顔色が悪い。

 御者は少し顔を俯けた。


「何か言いにくい事情があれば、聞かないよ。迷惑じゃなければ、俺も屋敷に戻ってヨアンナ様に事情を説明しようか?遅くなった理由をお知らせした方がいいだろう」


 侍従が「奥様は…、その」と口にし御者からにらまれて口をつぐむ。


「……どうした?」

「いえ……」


 御者と侍従は顔を見合わせ、やがて御者が気まずそうに口を開いた。


「おそらく、そろそろ人の噂になる頃でしょうから、スタニスさんから公爵閣下のお耳にも入れて貰えませんか……」

「何をだ?」


「実は…。奥方様……ヨアンナ様は、このひと月ほどお屋敷に戻って来られてはいないのです……」

遅くなってしまった……。

次回から本編に戻ります!

続きはたぶん今週のどっかで~~!


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