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103.西より風来たる 6

短いですが。

 西国の使者を歓迎する宴は離宮で催された。


 離宮の一階は式典のための広いホールになっている。南に面した壁はすべて取り外すことができ、馬を自在に走らせられそうなほど広い中庭にそのまま出られるようになっている。 昔はこの場所で、剣技好きな国王が自分の騎士たちや傭兵を闘わせていて、離宮の奥からそれを眺めていたというけれど、ベアトリス陛下の御代になってからは御前試合はともかく、荒事を王宮でするとは聞いたことはなかった、はずだ。


 軍学校の最上級生たち八人が現れると、列席した貴族から歓声がわいた。彼らとイザークが、成績上位者という訳か。

 学生たちは四人ずつに分かれ各々ドラゴンに騎乗して二手にわかれた。

 一方をヘンリクが、一方をヴィンセントが先導している。彼らが中庭の両端に立つと、いつの間にか現れた彼らの指導教官――スタニスが彼らに合図を送る。

 学生たちは紺青の軍服を身にまとい、刃を潰した模擬刀を抜刀すると、ドラゴンに乗ったまま低く滑空した。

 

 それから、すれ違いざまに剣を打ち合う。


 ドラゴンはよく訓練されていて、騎手が打ち合うのに過不足無い距離を取る。

 乾いた金属音と羽ばたきの音が規則的に聞こえ、定められたいくつかの、型どおりの動きを披露してみせた。偶然なのか意図的なのか、ヘンリクと打ち合うのはヴィンセントで、二人の間に金属音以外の何かが火花のように散っている気がするんだけど……。


「ヘンリクは、ドラゴンの操縦がうまくなった」

「あら、お父様。私だってソラに乗ったらあそこに混ざって、ヘンリクより上手く出来ると思いませんか」


 前を向いたまま父上が言うので私は茶化した。甥っ子への評価が公爵閣下は甘いようだ。


「――どうだろうね?レミリアは剣を落としそうだし、ソラは決められたことをするのは嫌がるかもしれないよ?」

「……否定が出来ません……お父様……」


 演武をやれと言われても「ヤダ、そら、シナイ」とばかりにどこかへ行ってしまうソラの図、が思い浮かんで私は苦笑した。私も剣技は全くダメだしなあ……。

 渋る家庭教師のカミラに習ってみたいとお願いしたことはあるのだが、三日で向いていないと実感してしまった。才能には向き不向きがあり、私はもっぱら脱出術専門である……。格好悪くて、誰にも言えないけど……、

 ソラは私の行きたいとことに飛んでくれる、ご機嫌な相棒だけど、気まぐれだ。ソラが必要性を理解できない演武などには参加してくれそうもない。

 ソラが絶対服従するのなんてスタニスくらいだもんね。私に対しては対等(か上から)目線のソラは、スタニスについては「兄貴」と呼ばんばかりに敬服している。

 竜族の血筋だからなのか、怒るとご飯をくれないからなのかは、謎だ。


「止め!」


 学生達に声をかけて静止したのは――彼らの教官であるスタニスだった。

 なんだか、軍服もさまになっているじゃない?父上も同じことを思ったのか、横をチラリと見ると目が合ったので、目だけで微笑みあう。

 スタニスはヘンリクとヴィンセントを促して、女王ベアトリスに演武の終了を報告させた。


「どのドラゴンもよく訓練されている事」

「――我等、八名。陛下の御前で騎乗する栄誉に浴し、光栄に存じます」


 跪いた学生たちの中でおそらく家格が一番高いのであろうヘンリクだけが顔をあげベアトリス女王に直接言葉を返した。ベアトリスが学生たちを褒め、西国の使者も大げさな美辞麗句で学生たちを持ち上げた。


「勇ましいだけでなく、皆、見目が麗しい若者たちですな。陛下!さすが陛下の庭を彩る花たちだ」

「――西国の屈強な戦士たちには敵わないでしょう」


 花……。

 ちょっと表現に棘があるけど、気のせいかなあ。使者はにこにこと人好きのする表情をたたえたままだ。


「サウレも、よく彼らを導きました」

「もったいないお言葉です、陛下」


 平服したままでスタニスが答え、―西国の使者、ハヤルは意味ありげにスタニスを見た。


「サウレ殿」

「はい」

「貴殿の生徒はよく訓練されている。貴国の未来は安泰だ。女王陛下も、たのもしい限りでしょう」

「過分なお言葉、いたみいります」


 女王が顔をあげなさい、と命じてスタニスは顔をあげ――束の間言葉を失った。

 視線の先には……そうだよねえ、びっくりするよねえ。やっぱりイェンがいた。イェンは面白そうに一瞬、黄金(きん)の双眸を細めたが、それ以上は何も反応しなかった。彼の反応に、スタニスもすぐに平静な顔に戻る。それから、おそらく決められた手順通りにだろう「もうひとり」と口にした。


「学生たちの中で特に剣技に優れたものがおります。――使者殿がよろしければ、ご同行の騎士の方と手合わせをさせていただけないでしょうか」

「ほう!それは面白い――どなたですかな?」

「ご紹介してもよろしいですか」

「もちろんです」

「……キルヒナー」


 スタニスが呼ぶと、そこに現れたのはもちろん――イザーク・キルヒナーだった。私は思わず拍手しそうになったけれど……、さすがに心の中だけで留めた。遠くに控えたキルヒナー男爵は息子が名を呼ばれても涼しい顔で、むしろ兄のドミニクの方が誇らしげだった。


「使者殿への直言を許します。名乗りなさい」

 女王に促され、イザークは立ち上がった、そこには全くの緊張もない。

「――キルヒナーと申します。若輩者ではありますが、使者殿の胸をお借りしたい」

「おお、蛮国の技でもよろしいだろうか、東の若い方よ」

「西国には名だたる剣術家が多い。その一端を垣間見る機会に、感謝します」


 にこり、と微笑んだイザークがつづけて尊敬する剣聖の名をあげたので、使者は喜んだ。に、と唇を弧の形にする。


「ああ、嬉しいことを言ってくださる」


 使者は右手をあげた。――誰が相手をするんだろう。ひょっとして、イェンなのかな?

 私のわくわくをアッサリ裏切って進み出たのは背の高い細身の人物だった。


「キプティヤ」


 それがその人物の名前だろう。――広間の貴族たちはざわめき、あまり物事に動じないイザークもわずかに目を丸くした。


「お呼びでしょうか、ウィラナート・ハヤル」


 進み出た彼女(・・)は平服する。

 使者がイザークの相手に、と指名したのは背が高い。


 しかしながらあきらかに女性とわかる人物だった……!

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