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102.西より風来たる 5

 広間にむかう途中の渡り廊下から、王宮の中庭に何頭かのドラゴンがいるのが見えた。


「ヘンリクっ!ヴィンセント!」


 私とフランチェスカ、それからシンは渡り廊下で足を止める。

 叫んだのはシンで、彼は廊下から手を振って人波から二頭のドラゴンとその乗り手を手招いた。


 二人はドラゴンに乗ってひらりと飛んでくると、私たちの前でドラゴンを降りる。

 ヘンリクと同じ目の色をしたドラゴン――カイは私をみつけると、グウウと少しだけ喉を鳴らした。カイは砂竜で肌が白いのはソラと同じだけど、ご機嫌な私のドラゴンソラと違って少しクールな印象だ。

 何事にも動じず、泰然としている。


「殿下」


 二人がフランチェスカの前で膝をついて礼をしてから、立ち上がった。フランチェスカが二人と挨拶を交わし、私は青い瞳のドラゴンに微笑んだ。


「カイ!ひさしぶりね」

「キュー。キュ……キュ!」


 カイが首をわずかに伸ばして私の背後を見る。シンが笑いながら通訳してくれる。


「ソラはどこか?って聞いてるよ」


 ソラとカイは仲良しだもんね。


「――今日は、ソラはおうちなの。今度遊びに行くね」

「キュー」


 私が言うと、カイは残念そうに耳を動かした。ヘンリクが前を向いたまま右手を伸ばしてよしよしとドラゴンを撫でると、カイはヘンリクの頭を鼻でそっと小突いた。慰めてくれてありがとう、と言うように。

 ヘンリクは寮で暮らしていて、カイも厩舎にいるから一日中一緒で。

 ――こちらもまるで兄弟みたいに仲良しだ。

 ヴィンセントとヘンリクから遅れて、背格好のよく似た二人の若者が現れた。

 ドラゴン二頭の後ろに控えて、ドラゴンたちを見守っている。

 青と黒の髪をした青年で……髪の色は違えど容貌は瓜二つだった。カルディナではあまり見ない凹凸の少ない顔立ちの青年たちを、シンが紹介してくれる。


「軍学校にいるドラゴンの世話をしてくれている二人なんだ。東国から招かれた兄弟で、ソウハとランドウって言う」


 おお、東国の人がカルディナに来るのは珍しいなあ。私が視線を移すと、東国人の兄弟は跪いて顔を伏せた。フランチェスカの前だから、彼女をよく知るドラゴンと言えど、粗相がないように控えているのだろう。私は東国人の兄弟から我が従兄へと視線を移した。


「カイを連れて屋敷に来てくれたらいいのに、ヘンリク」


 ヘンリクはどうする?とばかりに彼の相棒をちらりと見た。カイは「キュキュ」と鳴く。


「行くってさ」


 ヘンリクが――通訳するので私は笑ってしまう。カイは澄ました顔をしているけど、シンが訂正しないので、たぶんそう言う事を言っているんだろう。


「ヴィンセントとヘンリクは、夜会には参加するの?」

「はい、殿下……その前に、西国(タイス)の使者たちに、我らで演武を見せる予定ですが」

「我ら?」


 フランチェスカが二人を見上げると背の高い二人は距離を取りつつもちらりと視線を交わした。


「軍学校の最上級生が演武をするんです。ドラゴンと一緒に――私とユンカーが、先導を」

「そうなのか。西国の使者の一人と剣で試合をすると聞いたが、模擬試合は誰が?」


 ヘンリクは一瞬口を曲げた。


「我が軍学校の暫定(・・)主席が、です。殿下」

「じゃあ、イザーク?」


 私が聞くとヴィンセントが頷いた。


「ああ。シン公子かキルヒナーが代表を争って――キルヒナーが勝った」


 軍学校では名字で呼び合うらしく、ヴィンセントは王宮の中ではイザークを名字で呼ぶので、なんだか新鮮な感じがする。


「俺がやってもよかったのに」


 シンが残念そうに言うけど、ヴィンセントが馬鹿を言え、とばかりに苦い顔をした。


「シンが負けたら王家の威信にかかわる」

「そうね。でも残念、代表はヘンリクじゃなかったのね?」


 私が悪戯っぽく聞くと、シンが解説してくれる。


「代表を選ぶ試合で、ヘンリクには俺が勝ったんだ。――イザークと俺で決勝だったんだけど、サウレ教官に止められて、結局ザックの不戦勝」

「……決勝に出ていたらキルヒナーに勝っていましたよ、僕は」


 ヘンリクが渋面で言い、ヴィンセントが鼻を鳴らした。


「――たらればは虚しいな、ヴァレフスキ」

「黙っていろ、二回戦負けのユンカー」

「君と同じくシンに負けただけ、だ。君との模擬試合での勝率は互角だろう」

「通算56勝、51敗だ。僕の圧倒的有利だな」

「誤差の範囲だ」


 視線を交わさないままの二人の間に一瞬ばちっと火花が散った気がしたけど、……こっちも仲良し?ではないなあ……。多分。フランチェスカはふ、と笑った。いつもの調子に肩の力が抜けたみたいに見える。


「――演武を楽しみにしているよ。では、のちほど」

「はい、殿下」


 二人と別れて私達は広間に向かった。

 フランチェスカが道を行きながら説明してくれる。


「今回のタイスからの使者の内訳を聞いた?」

「ええ、少し」

「ハヤルが使者たちの責任者で、他にいるのは十名ほど。――皆、砂竜に騎乗して来ている。それを陛下が許可した」

「皆、ドラゴンに乗れる兵ばかり、という事ですね」


 カルディナよりも西国の方がドラゴンは多く生息しているだろう。乗れる人数は多いはずだ。

 ――カルディナではドラゴンが近年少ない。それは現在の竜族の長が、人間を嫌い北山でのドラゴン捕獲を禁じているからだと言うけれど……。


「ドラゴンを見せつけられると。やはり悔しいな。……女性兵も二人いて騎乗してきたみたいだし」

「女性が、兵ですか?」

「――西国では稀に女性が軍務に就く。詳しいことは本人に聞いてみようかな。ハヤルと女性兵が二人、先ほど謁見の間にいたイェン殿と、もう一人の若い男は西国の第二王子の側近らしい。……どんな人物が来たのか楽しみではあるね。配下にはその主の人となりが見えるから」


 私たちが広間へ到着すると、待ちかねていたかのように私の従姉、シルヴィアが現れてフランチェスカに付き従った。

 扉の前でフランチェスカは立ち止まる。……陛下を待っているのだろう。

 今日は、フランチェスカの侍女として側に控えると言っていたな。シルヴィアの後ろからは私の家庭教師兼護衛のカミラが現れて、私の後ろに控えた。いつも簡素な動きやすい服の彼女も今日は夜会とあってか華やかな色合いのドレスを纏っていた。私はこっそりと彼女に囁く。


「カミラ、綺麗」

「……ありがとうございます。けれど、いざとなりましたら動けますのでご心配なさらず」


 生真面目な回答に苦笑する。夜会には私の伯父、カミンスキ伯爵ユゼフも参加するはずだ。カミラを伴って挨拶に行こう。


 私がそんなことを考えている間に、父上を伴った女王ベアトリスが現れた。

 私は膝を折り、ひざまづく。

 女王はいつものとおりに柔和な笑みを浮かべて「行きましょうか」と落ち着いた声で言い、扉が開いた。


ヘンリクのドラゴンはチェリカさんとかむさんが名付けてくださった(お名前ありませんでした!もしよかったらお名前教えてくださいまし)「カイ」になりました。お二人ともありがとうございました!

小話は少しだけお待ちください。


ヘンリクのドラゴンの名前に関して、沢山のアイデアありがとうございました。セイ、テン、ラン(はイェンの彼女だったので…)も素敵だなあと。アオ、タマ(笑)も。


ソウハとランドウはちょっといい名前で、最後まで悩みましたのでドラゴンのお世話係として…今後も出てくるかもなので、NGだったらお名前変えますのでお申し出ください。


ご協力、ありがとうございました!

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