101.西より風来たる 4
黄金の双眸は竜族の証だ。
それも、両目が黄金と言うことは純血に近いことの証……。
イェンは涼しい顔で挨拶を終えると、人々の視線など意に介さずに前を見つめている。居並ぶ貴族たちから、竜族、とざわめきが漏れた。竜族を従えて――、西国の使者が現れた。
これは、どういう意味だろうか。
――半竜族の甥を従えたベアトリス女王に対して何か含みがあると思われても仕方がない。西国の使者は何を考えているのか、私はひやりとした。
けれど、私の斜め後ろ、高いところから聞こえてきたのはころころと言う楽しげな笑い声だった。見れば、女王陛下は楽し気な微笑みを浮かべていた。
「――これはこれは、使者どの……、見覚えのあるお顔だこと」
「さて、なんのことでしょうか陛下」
ベアトリスは無表情を崩して親しげに笑った。イェンは口の端だけをあげる。
「――お久しぶりね、イェン――貴方が西国に士官したとは初耳です。どういうことかしら、ウィラナート・ハヤル」
「――おお、陛下。直接お言葉をいただけるとは、光栄です。――陛下とこの男が御知り合いとは存じあげませんでした」
白々しい口調にしかしベアトリスは動じず、ころころと笑った。
「そう?――他人の空似かしら。まあ、いいわ。懐かしい西国の香りも悪くない。それで、執政官、用向きを述べなさい」
女王は落ち着いた様子でイェンから視線を外し、壮年の使者を無機質に見た。――居並ぶ貴族たちはざわめきを収めてまた使者へと意識を集中させる。
私は、早鐘をうつ心臓を左手で確かめていた。ちゃんとポーカーフェイス作れているかな……。
なんでイェンがここにいるんだろう。どうして西国の使者なんかやっているんだろう、それにやっぱりイェンとベアトリス女王陛下は知り合いだったのか!
疑問と衝撃。私が別のことを考えている間にも、使者は口上を述べている。
回りくどい言い方だったけれど、――要するに、第二王子がカルディナを訪問して、王太子――つまりフランチェスカの立太子を祝いたいとの事だった。
ユンカー宰相が諾と返答し、詳細は書簡でという事に決着して使者は、恭しく頭を垂れた。ハヤルと呼ばれた使者は――屈強な武人のように見えるが物腰は柔らかだった。――ウィラナートは役職名らしい。
これで謁見は終わりとなり、――その後は使者と共にカルディナを訪れていた人々を囲んでの晩餐会となった。
広間を出て、私は息を吐いた……。私と父上から遅れてフランチェスカ、シン、それからベアトリス陛下が出てきた。陛下は少し額に青筋を立てている。
「……まったく、心臓が止まるかと思ったわ……!」
「叔母上、イェンとはお知り合いなのですか?」
私が聞きたかった事をシンが尋ねる。ベアトリスは心底嫌そうに顔をしかめた。
「古い――古い知り合いよ――。公爵」
「はい」
「少し、別室で話せる?」
「畏まりました」
ベアトリスは苦々しく言うと、父上を連れて行ってしまった……、人前では父上に甘い態度を――それこそ、好きだ、と言うような――態度をとる女王は、ギャラリーのいない時は全くそんな気配がない。『好きなフリ』をしているだけ、な気がする。私が見送っていると、フランチェスカが私を促してくれた。
「レミリア、こちらへ――すこし、休もうか」
「はい、殿下」
手を差し出されて思わずエスコートされてしまう。フランチェスカは女性としては背が高い。なんだか王子様みたいだなあ、とむかし温室で感じたことを思い出した。癖のない金の髪に宝石みたいな瞳、白い肌はカルディナの女の子が描く「理想の王子様」そのものだろう。
「……先程の使者が、イェン?」
「ええっと、はい」
フランチェスカの手は硬い。私が頷くと、フランチェスカはため息をついた。
「西国の使者として来るなんて、どういう意図があるんだろう」
ぼやきながら部屋に入り、椅子に腰掛ける。私が隣に座ると、シンが窓辺に歩いていき、外を見ながら言った。
「気にしなくていいよ、どうせ暇だから、とか面白そうだからとかしょうもない理由に決まってる」
「嫌がらせ?」
フランチェスカがシンに聞くと、シンはどこか皮肉に言った。
「半竜族の俺を従えている陛下と――、竜族を使者として従えている西国の王子。ちょっとした嫌味だろ」
「そうだろうね」
結構きわどい発言だろうけど、フランチェスカは同意した。こういう殺伐な会話をシンもするんだな。
「昔からろくなことしないんだ、イェンは」
おや、シンはイェンに冷たいな!私が驚いていると、シンはちらりと私をみた。
「前にも言ったけど、レミリア」
「はい?」
「イェンは悪いやつだからね?あんまり近づいたりしないように」
「まあ!そんな、ほいほいついていったりしません!」
「本当に?あいつに何か言われたら、俺に知らせてね?一緒にいるから」
うっかり見惚れてたけども!シンは大丈夫かなあ、と言いながら「飲み物とってくる」と部屋を出た。全く、信用がないな……。
シンの背中を見送って、フランチェスカがくすくすと笑う。
「確かに、かっこいい殿方だったね」
「そ、そんなことは……」
「レミリアのあんな顔、はじめてみたけど」
「えええっ!顔に出てましたか!?」
隠せたと思っていたのに!
焦る私に、フランチェスカはぷはっ、と吹き出した。
「ごめん、冗談、ちゃんと隠せていたよ」
「……殿下……」
私が半眼で見ると、彼女はふ、と笑った。
「でも、こんな所で竜族に会うとは思わなかったな……、立太子の儀ではなく……」
「殿下?」
「ううん、何でもない。でも、レミリアがああいう感じの御仁を好きだとは意外だな」
「ち、違います!ただ、ちょっと、素敵だなーと……背も高いし」
「……イザーク、可哀相に……」
「はい?」
「いや、なんでも。しかし、第二王子の使者か、面倒だな」
「……、タイスの世継ぎの事、ですか?」
私が尋ねると彼女はうん、と説明してくれた。身分高い母に生まれた第二王子と、ハレムの身分低い母を持つ、第一王子。派閥があって、王位争いは熾烈なのだとか。多分、第二王子は後ろ盾としてカルディナとつながりを持ちたいのだろう、或いはカルディナに「奪われた」ヴァザの領地カナンを奪還して、国内の人気をとるか。
どちらにしろ、やっかいな申し出を他にも、持ってきたに違いない。
「……レミリアに縁談もあったとか」
フランチェスカの問に私はぎょっとして……、肯定した。
「ええ。お断りしましたが。……殿下は」
聞くべきかどうか迷ったけれど、私は室内を見渡した。外に近衛兵はいるけれど、他には誰もいない。フランチェスカと二人なんて滅多に無いことだ。
「……殿下のお考えをお聞きしても?タイスに私が嫁いだら、殿下はどうなさいます?」
「レミリア?」
水色の、私と同じ色の瞳が意識をこちらに向ける。私は、言葉を重ねた。
「……私が、タイスの女王になるのも悪くない、とそう考えていたら、どう思いますか?」
私たちはしばし見つめあい、フランチェスカは椅子に預けていた身を起こした。
「――そうだね。ありとあらゆる手を使って、阻止するだろうね」
「なぜ?」
何故か、なんてわかりきっていたけれど、私は彼女に言わせたかった。いつもフランチェスカは優しく、私に礼儀正しい。けれど、本心を見せてくれない。彼女はしばし考え込んで、けれど、口にした。
「タイスの第二王子は野心家だ。レミリアを后にして、男子が生まれたら――カルディナに介入してくるだろう。それに、レミリアの子を担いで、誰かがヴァザに王冠を、と言い出しかねない」
「ええ」
「――カルディナに無用な内乱は避けたい。だから、レミリアの他国への降嫁は阻止するだろうね」
フランチェスカは一息に言って、それから皮肉に笑う。
「今のは、少しずるい言い方だな、小利口で。――本音を言えば、私は――王になりたいんだ。切実に。だから、不穏な種は撒かないでおきたい、ね。だから、レミリアがタイスに行きたくても、全力で阻止するよ。いかなる手を使っても」
フランチェスカの決意に迷いはなかった。「王になりたい」か。私には絶対、言えないセリフだ。私は彼女の手を見た。
剣を握るから、硬い指になっている。訓練も勉学も怠らない聡明な皇太子。誰にでも平等に礼儀正しく真面目で。そんな彼女が――国のために王になるのだ言えば私は出来すぎだと感じていただろう。王になりたいのだ、と断言した彼女に――変な話だけど、好感をもった。
私は彼女の名を呼ぶ。
「……フランチェスカ」
「なに?」
「私の望みは、父や私の夫が――未来の、ですけれど――王位につく事ではありません。本心から。――父や弟が幸福で、私も幸せで――それから、国が平和で栄えていれば、それが一番です。私、思うのですけれど」
「うん」
「私の望みは殿下と同じだと思います。ですから、――タイスには嫁ぎませんし、殿下の立太子をお祝い申し上げます」
私はフランチェスカの敵にはならない、決して。
彼女の手を握ると、フランチェスカはまじまじと私を見て……、その手を握り返した。
「それは――、私とレミリアの利害は一致するということかな?」
「ええ、殿下。お忘れにならないで」
「覚えておく」
フランチェスカは破顔した。そうすると少しだけ彼女の白い頬にそばかすがあるのがわかる。
「ずるいな」
「何がですか?」
「そんな風にあっさりと懐に入って来られると――、戸惑って、つい、本音を見せてしまうね……、本心を見せるのは苦手なのに」
フランチェスカは王子様みたいに私の手に、もう片方の手を、重ねた。それからにっ、と笑う。一瞬垣間見えた気がした本音は、すぐに王女の仮面に覆われてしまう。
けれど、まずは私の本心を伝えた事で、よしとするかな。彼女が信じる信じないはともかく。――私は敵にはならない。王女にも信じて貰わないといけない。
「私が王子ならよかったのにね。そしたら、レミリアを后にして――皆が丸く収まったのに」
私は首を傾げた。
「あら、殿下。それはちょっとご遠慮申し上げます。――父と殿下はよく似ていらっしゃるから。父と同じ顔の殿方に嫁ぐのはちょっと」
昔は、この少女が私よりも明らかに父上に似ているのが妬ましかった。けれど、今はそうではない。父は父で、フランチェスカとは違う。もちろん、私とも。
フランチェスカは戯けて「残念」と言った。
「……二人共、なにいちゃついてんの」
声のする方角をみると、扉が開いてシンが現れた所だった。飲み物の入ったグラスを三つ、トレイに乗せている。
手を取り合って見つめ合う私たちはシンを見て、それから互いに再度見つめあい、くすくすと笑い声を漏らした。
飲み物を飲みおえたら、広間に行かなくちゃ。
小話変更しました 7/15




