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100.西より風来たる 3

幕間のぞいて百話です。

 ジグムント・レームは南西のヴァザの領地、カナンを治める伯爵だ。

 ヴァザの一族で……、たぶん祖父マテウシュと彼の父君が従兄弟なはず。背の高いどこか陰のある老人で私はあまり二人きりで会った事はないなあ。私はソラを連れながら、老人に近づいた。

 ソラはぐぅぐぅと警戒で喉を鳴らす。

 ソラは、叔母のカタジーナが嫌いだ。多分私の内心を察して。だから、カタジーナといつも一緒にいるこの老人を敵と思っているらしい。


「今日は父と約束があるの?レーム卿」

「いえ、急に押しかけました。申し訳ありません」

「……旦那様はいつ戻られるかわかりません、伯爵。一度屋敷にお戻りになられてはいかがでしょうか。旦那様がお戻り次第、ご連絡いたしますので……」


 女中頭のヒルダが言った。

 あまり彼女から客人に話しかけることはないんだけれど、困惑が見て取れる。「後で報せる」とは言ってもそろそろ夕方だ。ジグムントが屋敷に戻って、報せを受けて……、だと明日になる。

 要するにヒルダは「日を改めてください」と言っているのだろうけど。


 中庭に置いてある私のお気に入りの丸テーブルに座ったジグムントは首を振った。厳しい老人と可愛い丸テーブル。違和感のある光景だ。


「気遣いは無用だ。待たせていただこう」


 気遣いじゃありません、と言いたげにヒルダが眉をしかめる。――ジグムントだって婉曲な批難はわかっているだろうけど、涼しい顔でカップに口をつけた。

 ……ジグムントが押しかけて来て、しかも残るとは珍しい。

 私はヒルダをちょっと笑ってみて、ジグムントの前に座ってみた。ソラがプググググと鼻を鳴らして警戒を続けている。よしよし、怒らないの。


「――レミリア様のドラゴンは何といいましたかな」

「ソラよ、レーム卿」

「ヴァザの血縁ですか、瞳の色が我らと同じだ」

「そうかも。ね、ソラ。ソラもヴァザだもんね?」

「キュ?キュー……?」


 ソラは私達の言葉がわかるのか、考え込んだ。ジグムントはふ、と笑って目を伏せる。




「レミリア様、申し訳ありませんが、今日は公爵閣下を待たせていただきます――お腹立ちでしょうが、ご寛恕(かんじょ)いただきたく……」

「急な用事なんでしょう?父も怒らないと思うわ、そんなことで」


 多分。と私は心の中で付け加えた。

 父上は心、狭いからなーと思っていると、屋敷が騒がしくなった。――父上かな。

 私が視線をあげると、案の定、セバスティアンを連れて、父上がやってきた。王宮から帰ってきたのだろう。



「――今日来るとは聞いていなかったが、ジグムント」

「お許しを閣下。お耳にいれたい事がありましたので」


 ジグムントは立ち上がって胸に手を当て、腰を折った。父上は一瞬嫌そうに鼻に皺を寄せたが――仕方ない、と椅子に腰を下ろす。

 繰り返すが、私の気に入りのファンシーな丸テーブルである。パステルな色の花が散っている……に、似合わないなぁ二人共。

 私が笑いを堪えて頬を引き攣らせると、父上が訝しげに私を見たので咳払いを、した。


「ジグムントと楽しく、お茶をしておりましたの」

「ほぅ」


 私はちょっとジグムントを擁護してみた。話に興味があるし。ジグムントは目線で私に少し、謝意を表した、と思う。


「――西国より、使者が参りました」


 ジグムントは席について、切り出した。私も聞いていていいかな、と思ったけれど――、ジグムントは私に構わず続ける。


「カナンの国境でまた要望を突きつけてきたか?」

「いえ。もっと無礼なことですよ」

「ほう、どんな」


 父上が右手の人差し指で、トン……、とテーブルを叩く。ジグムントは私をちらりと見て言った。


「第二王子の后として、レミリア様を迎えたいと」

「なっっ‼」


 私は思わず声をあげた!私が…っ!后っっ!タイスのっっ!思わず立ち上がって頓狂な声を上げた私を、父上がどうどうといなす。


「父上っ!もっと驚いてくださいっ!私の話なのにっ!」


 私が抗議すると父上は事も無げにいった。


貴族(われわれ)の婚姻に関する話は天候の挨拶のようなものだよ。驚いていては身が持たない」


 つ、冷たい。父上は少し笑った。


「そして、却下だな」

「……理由をお伺いしても?――ああ、第二王子は、タイス王になるための口添えをしてくれ、とも仄めかしておりましたが」

「第二王子は確か妻帯者だ。妾ではなく、正妃がいる。レミリアを嫁がせるには条件が悪い。それがひとつ。また、レミリアが第二王子に嫁いで我らに何の利益がある?」

 ジグムントは淡々と告げた。

「閣下の支援をする、と」


 私は思わず視線を逸らして、カップの中の茶を見つめた。要するに。――(レミリア)をよこせ、その代わりに、カリシュ公爵を王になるのを支援してやると――まあ、あからさまな申し出だな。


「話にならないな。――私は王位など興味がない」

「存じております――話にもならないと突っぱねますと、使者は仕方がない、と」

「……諦めが早いですね」


 私は動悸をおさえながら言った……。なんなんだよ!


「レミリア様の婚姻云々は――向こうとて実現するとは思っておりますまい。ただ、言葉は悪ぅございますが……天候の挨拶代わりと……失礼ながら閣下が……王宮に興味がない事を再確認されたのでしょうな」

「悪趣味な冗談だ」


 ジグムントは頷いた。


「私もそう思います、――ただ、その後に本題がありまして……」

「本題?」


 私と父上がジグムントを見ると、彼はため息を深くし――彼の申し出に、私たちは思わず、顔を見合わせた。




 数日後。

 私と父上、それからジグムント・レームは正装をして王宮にいた。父上は白の元帥服を着て、勲章を下げている。私はあまり着ることのない白のドレスを身に纏って――、ベアトリス陛下の謁見の間に足を運ぶ。


 ジグムントが報せて来たのは、私に西国(タイス)の第二王子の妾になれ、という悪趣味な提案ではなく――和平の宴を開きたいとのものだった。そして、そのための使者を送るので迎えてほしい、と。

 西国王からの手紙も添えていた。更には使者は王都にまで来ている、という。――なんだか、とても急な話だ。


 翌日、すぐにベアトリス陛下へ父上が報せ……急遽の謁見となった。


「……こんなに急に、非礼な気もしますけれど」

「タイスの使者が来るのはベアトリスの即位以来だ。断るのは得策ではない、という事だろう」


 謁見の間に向かいながら、私は朝に父上と交わした言葉を思い出した。――部屋には侯爵以上の爵位を持つ者と、王宮の高官達が勢揃いしていた。人がこんなにいるのに、水を打ったように、静まりかえっている。

 私は背中に汗が伝うのを感じながら悟られないように息を吸って少しずつ、吐く……。思えば、公の場に正装して出る、というのは初めてかもしれなかった。


 謁見の間には西国の衣装に身を包んだ使者が三人、頭を垂れていた。彼らは、女王が現れるまで、顔をあげることは許されない。背後には帯刀した近衛たちが控え――友好的、とは言い難い、はりつめた空気が私を包む……。

 私が音が鳴らないように唾を嚥下したのと同時に、先触れの声があがる。


「シン公子、ならびにフランチェスカ殿下」


 二人共正装して、現れ、玉座を彩るように左右に並んだ。金と銀の美しい男女は、まるで絵物語のようだ。――二人共、常とは違い無表情で、それが彼らの美しさを――神々しくさえ、見せる。


 先触れが女王ベアトリスの名を呼んで、私達はいっせいに膝をついた。ザッと機械的な音が見事なまでに揃う。


「皆、顔をあげよ」


 低めの柔らかな声でベアトリスは言った。――焦りも衒いもない、喜びも不安も感じられない。感情を削ぎ落とした王者の声は、部屋の中をいとも容易く支配した。

 私は顔をあげ、女王を見つめた。左右の二人と対象的に女王は濃い紫のドレスを纏っていた。刺繍は金。幾重にも重なった重厚なそれは見事に女王を彩っていた。


「西国王の言葉を伝えに来たとか、使者殿よ」


 口を開いたのは、宰相であるユンカーだった。彼の言葉に、三人の使者のうち、他の二人と離れて前列にいた壮年の男は顔をあげた。促されて立ち上がる。


「いと高き方。美しき中つ国を治めるかしこき王のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。――遠き西国より、陛下の御世を寿ぎに馳せ参じました」


 流暢なカルディナの言葉を喋る彼の肌は赤銅色。――瞳は錆びた鉄の色だった。屈強な軍人なのだろうか。瞼の上に刀傷がある。頭を下げたままの二人に、ユンカーは声をかけた。


「他の使者殿も顔をあげられよ――拝謁を、許す」

「これは勿体なきお言葉……」


 壮年の西国人の口元にチラリと笑みが――悪戯を愉しむような色が覗く。私は周囲の人々と同じように彼の背後の若い使者たちに目を向け………、た。


「ッ……!」


 玉座から押し殺したシンの声がなければ、叫んでいたのは私の方だったかもしれない。

 驚愕に目を開け、ぽかんと開いた口を慌ててきつく閉じた私を――その男、は一瞬、確かに、笑った、と思う。


 ターバンの下から覗く白い――雪のような髪、それから――人では有り得ない、宝玉のような双眸。彼の印象を強くするのはその顔貌だけではないだろう。

鍛え抜かれた体躯と――何より、その甘い、蠱惑的な声。



「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。陛下」


 一段低い所に立っているはずなのに、謁見の間の主であるかのように宣言し、唖然とする貴族を睥睨したのは、私がかつてシン達と一緒に旅をした中で出会った、美貌の竜族。


 私は、胸元の心臓石を思わず、左手で確かめた。


 ――――イェン――――なぜ、ここに!?



百話のセルフお祝いで、とりあえず悪いやつ出してみた。

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