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98.西より風来たる 1

 イザークとヴィンセントは濃紺の制服に身を包んでいた。


「どうして二人がいるの?」

「ん?ちょっとお祝いに」

「お祝い?」


 私が首をかしげたところで、建物から賑やかに、孤児院の子供達が現れた。


「あーっ!レミリア様だー!レミリアだー」

「ドラゴンがいる」

「おねーちゃ!」


 現れたのは五歳くらいから十代前半の子どもたち、十人ほどだった。

 孤児院には三十人近くの子供達がいるが他の子どもたちは勉強や奉仕活動をしているんだと思う。孤児院に子供達がいられるのは十四の年まで。孤児院を卒業したあとは……、その後は救貧院に住所を移すか、働きに出るか――なのだという。昔に比べれば数は少なくなったとはいえ、孤児はいなくならない。


「――レミリア様、ねぇ!ドラゴンに乗っていい?ねえ!」


 私に話しかけて来たのは、ヨシュアという子供だ。


「いいよ」

 今日は――約束があって、ソラを孤児院に連れてきたのだった。私が答えると、今年で8つになるヨシュアは目を輝かせた。


「ソラ、大丈夫?皆と遊んでくれる?」

「キュッ!」


 私が頼み、ジェナ神官がご機嫌とりに果物を並べるとソラは尾を振って喜んだ。ソラは多分、子供が好きだ。ユリウスとも遊んでくれるし。


「お友達増えてよかったね、ソラ」

「キュー、キューっ!」(こぶんがイッパイ!そら、エライ!)

「ソラは優しいねぇ」

「キューー!キュキュキュ!」(そらノこぶん、フエタ!)


 子供が好きなソラはパタパタと翼をはためかせて喜んだ。滅多なことはないと思うけど、念のためカミラが補助についてくれた。子どもたちは歓声をあげて――それでも、おっかなびっくり近付く。


「本当に来たんだ、ドラゴン……」


 背の高い少年が呟いた。彼は私に気付くとほんの少し頬を緩める。


「こんにちは、トビアス」

「――こんにちは、レミリア様」


 背の高い少年は、僅かに微笑んだ。

 彼は孤児院で一番年長の少年だ。無口な少年でここには両親を亡くして、五年前からいるのだという。

 十四で、――今月には、孤児院を出るらしく、先月その話を私に教えてくれたトビアスは――、珍しく私にお願いをした。


「レミリア様、ドラゴンに乗るんだろ?俺、一回見てみたい」


 そういうわけで、今日はドラゴンに乗ってきたのだった。


「ソラって言うの、私のドラゴン」

「……あんたと目の色おんなじだ」


 トビアスはちょっと小声で囁いた。あんた、と私を呼ぶとジェナ神官やカミラに怒られるからだろう。イザークがトビアスと距離をつめて、彼の手を握る。


「このたびは、おめでとう、トビアス」

「ありがとう、ございます――ええっと」

「覚えてないかな、試験会場で会った――」

「あ、あのときの」


 なんのこと?私が質問すると、満面の笑みでジェナ神官が説明してくれた。


「トビアスは、来月から軍学校の一年次への編入が決まったのです!」

「ええっ?」


 私が驚くと、ものしりなヴィンセントが説明してくれた。


「――軍学校は、一年次は秋からの入学も募集しているんだ――推薦があれば、誰でも受験できる」

「私から、神官長補佐(アレクサンデル)にお願いしまして――受験したのですが、先月合格いたしまして」

「そうなの!?すごい……っ!」


 トビアスの父上は軍人だったらしい。ご両親を事故でなくして孤児院にいたけれど本人は軍部に入りたくて伝手を探していたんだとか。ジェナ神官、いい仕事するなぁ!


「その、学費ってどうなるの?」

 私が小声で聞くとご心配なくとジェナ神官は私にだけ聞こえる声で説明した。

「――学費は免除ですよ、奨学金を貰えますので」

「そっか――それで、何故ヴィンセントとイザークがここに?」


 トビアスの軍学校の先輩になる二人がわざわざ来るのってなんでだろう。


「軍学校では、転入生は勉学の遅れを取り戻すために指導係がつくんだ。僕達が任じられたから、挨拶に」

「そうなんだ?」


 ヴィンセントとイザークが、トビアスと一緒に生活するようになるのはなんだか新鮮……!言葉を交わす三人をみている私の裾を誰かが、引いた。――小さなうさぎのぬいぐるみを持った女の子だった。


「ねーちゃ、おえかき、して!」

「ティア、こんにちは。あっちでお絵描きしようか!」

「ん!」


 ティアは言葉があまり出てこない。昔、酷い目にあってそれからうまく話せないのだとか。お絵描きが好きで――私が絵を描くと喜んでくれる。――スケッチブックを広げて、私が花やうさぎやティアを描くと、「じょうず!」と喜んでくれた。あまり活発でない子達がティアの他にも三人私の周りに集まって、絵を描くのをリクエストしてくれる。私が皆に描くと――、トビアスがヴィンセント達から離れてやってきた。


「レミリア様、俺のこと描いてくれた?卒業祝いに描いてくれるって言ってた」

「――上手にかけたはわからないわよ?」

「いいよ」


 私は笑って、トビアスに一枚の紙を渡した。トビアスと――ドラゴンが好きだというので、ソラを一緒に描いた。トビアスはあまり表情の多くない少年だけど、私が困っていると、助け舟を出してくれていた。会えなくなるのは寂しいけれど、軍学校でがんばれますように。


「軍学校、合格おめでとう」

「うん」

「――お父様も軍部の方だったんでしょう?」

「うん――――なあ、レミリア様」

「なに?」

「俺、軍学校で主席になろうと思うんだ――努力して」


 おお!それはすごい決意だ。トビアスは私が描いた絵を、両手で受け取って、はにかんだ。あまり笑わないトビアスだけど、イラストは笑顔に描いた。

 ――想像よりずっと、トビアスはいい表情をしているけど。


「主席になったら、雇ってよ。公爵家に」

「ええ?公爵家になんて――たぶんもったいないよ?」

「だめかな」

「まさか!私は大歓迎だけど。でも、公爵家はあまり軍人は多くないのよ?窮屈かも」


 私が目を丸くすると、トビアスはいいんだ、と首を振った。


「雇ってくれる?」

「トビアスの気が変わらないなら!」

「――うん。絵、大事にする」


 トビアスは綺麗に笑った。


「レミリア様、どうかお元気で。――また!」

「トビアス」


 トビアスは俺、片付けがあるから、と踵を返してしまう。ジェナ神官が苦笑した。


「青春ですなぁ」

「はい?」

「いやいや」


 役目を終えたイザークとヴィンセントは、子供達と遊んでくれている。「お兄ちゃんたち」と「ドラゴン」が遊んでくれるので、皆、ご機嫌だ。


「毎月来ているんだって?」

 イザークが私に聞いた。ヴィンセントは子どもたちを抱きかかえて、ソラに乗せてやっている。

「元々、母が慰問に熱心だったの――と言っても私は単に、皆と遊んでるだけだからなぁ――もっと役に立てたらいいけど」

「いいじゃん、レミリア子供だし。一緒に遊んでれば」


 ニカッと笑われて思わず私はもう、とイザークを小突いた。イザークが笑う。


「トビアス、主席を目指すって」

「主席?そりゃ……大変だろうな」


 主席のイザーク様が何をおっしゃるやら!私が冷やかすとイザークは肩を竦めた。


「俺は――恵まれてるから。――子供の頃から家庭教師もつけてもらってたし、子供の頃からドラゴンにも乗ってた――。軍人も多い家系だし――主席をとらなきゃ、おかしいくらい」

「まあ?そんな風に思っていたの?」

「んー、ま、それなりに。あとは――単純に負けず嫌いなんだよなぁ、俺」

「意外!」

「そう?」


 飄々となんでも出来るイメージのあるイザークだけど、そんな風に考えていたのか。

 イザークは横目でちらっと私を見た。


「トビアスと何か、約束を?」

「ん?――ああ、主席になったら、就職先を紹介してほしいって。公爵家でもいいらしいけど――勿体ないよね」

「……ふぅん、そっか」


 イザークはなんとなく言いづらそうに頬をかいた。


「俺も、主席なったらなんか、貰えたりする?」

「え?」


 私が顔をあげると、イザークはいや、と手を振った、


「――なんでもない。なってから言う」


 私は笑ってイザークと――それから、ソラに頭をかぷりと噛まれて嫌がっているヴィンセントを見つめた。


「なんだか、旅をしたのはつい最近のことみたいなのに――みんな大人になっちゃったね」

「レミリアも大人になったよ?」

「そう?」

「うん、すごく」


 なんだか照れるなぁ。

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