97.劇場へようこそ 10
「カミラが私を……とは、なぜそう思ったんだい?」
父上が聞くけれど私は沈黙した。
予想程度のことを勝手に言うんじゃ無かったな。もし、カミラが本当に父上を好きならなおさら。私はなんでも、と誤魔化そうとしたが、スタニスが突っ込んできた。
「なんだってそんな明後日な勘違いをなさったんです?お嬢様」
「あら!明後日かどうかわからないじゃない!」
「と、おっしゃるからには、根拠がお有りになる」
う……。口が滑ったぞ。
私は視線をぐるりと動かして――単なる勘ですけど、と言った。
「人の気持ちを邪推してはいけないのですが、――ナターリアの結婚式の時にカミラが結婚っていいなあ、といつになくしんみりと父上を見つめていたから、――ひょっとしたら、そんなことも将来的にあるのかなあ、って……」
「ないね」
父上がばっさりと否定した。否定、はやっ。
「なんでですか!?ありえないとは――」
「ないでしょうねぇ」
スタニスも父上に同意する。
「二人共ずいぶん確信があるんですね」
私が聞くと二人は顔を見合わせた。父上が腕を組む。
「レミリアがまさか気づいていないとは思わなかったよ――あの時、私と一緒に誰かいなかったかい?」
「父上とですか?ユゼフ伯父上と父上の他には誰も――」
言いながら私はあっ!と声をあげた。いた!もう一人の参加者――傷心の彼が!
「ひょ、ひょっとしてトマ―」
「違う!」
「なんでそっちになるんです、お嬢様!」
二人共思わずといった体でずっこけそうになっている。息ぴったりだね、二人とも。
私は瞬く。
「え、ちがうの?――トマシュとも仲いいじゃない、カミラ」
「仲がいいと言うか、トマシュをよく訓練してくれていましたよね、カミラ嬢……」
「レミリア――もう一度よく思い出してごらん。私と一緒にいたのは?」
父上に重ねて問われ、私は思い出した。父上と伯父上と一緒にいたのは?ええと、父上と伯父上……父上と、………………!伯父上!
おじうえっ!
「父上とユゼフ――――ええええっ!」
私は思わず声をあげた。
確かに、父上の方向にはカミンスキ伯爵ユゼフがいた。
二人はようやく合点のいった私に、うんうん、と頷いている。
――そうだったのか。カミラの視線は父上を通り越して――彼にあったのか!
確かに、ユゼフ伯父上とカミラは親しそうだったけど……まさかそちらだったとは!
「だから今日はわざわざ帰りの馬車で二人きりにしていたでしょう。この旦那様がわざわざ気を使って」
「含みのある言い方だな、スタニス――まあ、そういうわけ、だな。実は昔から――ユゼフの後添にカミラはどうかと言う話はあるんだが」
父上はため息をついた。
「ユゼフの場合は爵位を継ぐ跡取りがいない。そのうえ、最初の妻君を亡くした時からもう二十年近く立つ――私が言うのはなんだが……、再婚はしてもおかしくないね」
「そんなに、奥様が忘れられないんでしょうか」
「いや――、どうかな」
父上が妙な顔をした。ユゼフ伯父上の奥様は嫁いですぐに床につかれ、病で亡くなったと聞く。
あまり夫婦仲は良くなかったのだろうか?――けれど、四十手前の跡継ぎのいない伯爵が独身なのは極めて珍しいと言っていい。
スタニスは首を振る。
「――独身がお好きなだけかもしれませんけどもね。――個人的には、カミラはお似合いだと思いますが」
「カミラの兄もそれを望んでいるんだがなぁ」
カミラの兄は軍部に所属するクレフ子爵だ。父上の数少ない友人である、筋骨隆々の軍人。
「ユゼフは――カミ(・・)ラ・カミ(・・)ンスキでは語呂がよくありませんな、と一蹴して終わり、だ。カミラにはもっとよい相手がいるでしょう、と」
なんだその理由は。私は気が抜けて言った。
「そうだったんですか。――そう言えば、シルヴィア様との縁談も断っておられましたよね――」
私は二人の殺伐とした求婚とお断りの場面を思い出した。アデリナがセッティングしたテーブルで、二人でお茶を飲みながら、の場面だ。
『結婚しませんか、シルヴィア様』
『お断りしますわ、ユゼフ様』
『そうですか、仕方ないですね。――あ、そうそうこの茶は東国産ですか?』
『ええ、気に入りですの。わけませんわよ?』
この間、三十秒。
アデリナが、大層、がっかりしていた。あの二人のお互いへの興味のなさは本当に残念な感じ……。
「カミラは幸いな事に、ユゼフをまだ好んでいてくれる。ユゼフも――本当のところは憎からず思っているような気は、する」
「そうなん、ですね」
「本当はユゼフが独身でも構わないんだ。彼の意志を尊重してやりたいが――跡継ぎを定めないまま、と言うのは後々問題があるかもしれないね……カミラの事は私も昔から知っている……お節介だろうが、応援はしてやりたいが……」
独白のように言って、父上は笑った。
「誤解はとけたかい?」
「すごい勘違いをしていました――カミラの事も聞いてしまって。きっと秘密だったのに」
「大丈夫ですよ、お嬢様以外は気付いていますから」
スタニス、……なんかムカつくな、その言い方!
父上はまあ、と苦笑する。
「――他人の事よりも自分の事、だ」
父上はひらひらとオルガがくれた紙を振った。忘れたまんまでいたかったな、それ。
「ハイデッカーの息子は論外として、相手は、君の好きに選ぶといい。断り文句はオルガがくれたわけだし」
「……はい」
「いざとなったらヘンリクに頼めばいいさ」
「はぁ……」
確かに、ヘンリクなら気心が知れているし、嫌いなわけじゃない。
――けど、私がヘンリクと社交界に出た瞬間に、歯車が廻りだしそうで――怖いのだ。誰かが、囁く気がする……。
ほら、レミリア。舞台の上へようこそ、って。
破滅の筋書きを――お前自身が手繰り寄せるがいい……。ってさ。
細い女の声は、劇のマグダレナの声のようでもあり、――はるか遠い記憶の「レミリア」が呟いたようでもある。
と言うのは、観劇に影響されすぎだろうか。
「考えます……」
しおしおと私が言うと、父上は苦笑した。
「私はシン公子にお願いできれば、と思っているが」
「そうなんですか?」
「レミリアには政治がらみでつまらないと思うかもしれないが――王家とは親密だと、王宮や軍部に示せるからね――それに、レミリアはシンとなら楽しいだろう?」
私は、ドレスを華やかな身に纏った私を優しい笑顔でエスコートするシン様、を想像した。
――――。
いいっ!絶対、かっこいい!楽しいだろうなあ!それ!
「ま、確かに妥当ではありますね」
「えー、でもー、シン様がー、嫌かもしれませんしー……」
なんのドレス着ていこうかなぁ!ニヤニヤがもはや止まらない私に、父上が呆れた。
「ゆっくり考えるといい――君が誰を選んでも、私は反対しないし、口添えはしよう」
「はい、父上」
私は返事をし、その日はお開きになった。
ただ、と私は考える。
実際問題、シンが私のエスコートを引き受けてくれる確率は低いと思うんだけどね……。竜公子は今でもずっと、フランチェスカに一途だ。私とマリアンヌが王女のサロンにいる時、シンがたまに遊びに来るけれど、彼の瞳は今も熱をはらんでいる……。好きなんだろうなあ……。フランチェスカの方は、今はそれどころではない、といった風情だけどね。
部屋に戻る私に、カミラはおやすみなさいませと微笑んだ。
いつも通り優しい表情だ。――カミラがユゼフ伯父上と……なったら、私は嬉しいけれど。今度こっそり二人を観察してみよう。
部屋についてベッドにダイブして……、なんだか長い一日だったなと私は息を吐いて天井を見上げた。
◆◆◆
翌日、私は王都の東区にある孤児院へと向かっていた。いつもは馬車で行くのだけれど――。
「ソラ!飛ぼう――!」
「キュ!」
私が合図をすると、ソラは私とカミラを乗せて舞い上がる。
(しっかり捕まってなよ!振り落とすぜ!)
と思っているかは定かではないが、ソラは勢いよく飛んで、ご機嫌はよさそうだ。
ソラはつないだりしていないから、好き勝手王都の空を飛ぶけれど――私との散歩は大体早朝。あとは何日かに一度は数時間遊ぶ時間を取れるくらい。
「寂しい思いをさせちゃってるよねぇ……」
「ソラですか?厩務員が毎日一緒に飛んではいるようですが、――やはりお嬢様と飛ぶのがソラも楽しいのではないでしょうか」
「そうかな?だったらいいけど」
ソラは出来る限り人間と一緒にいたがるので、屋敷の玄関横の広間と中庭には来てもいいように父上が決めて改装してくれた。それでもやっぱり一緒に寝るわけにはいかないし、一人だと寂しいかもしれない。
孤児院について私がソラから降りると、見知った神官が私達を待っていた。
「よくおいでくださいました、レミリア様」
「いつも出迎えてありがとう、ジェナ神官」
「キュー!」
「ソラちゃんも、よくいらっしゃいましたねぇ。今日は沢山果物がありますからねー?」
「キュキュキューー!」
ジェナ神官よ、気が利くではないかー?とは、ソラの言葉(多分)。
国教会は、直営で孤児院や救貧員を運営している。国の税金も多少は出るけど、多くは人々の善意で運営されていた。私が毎月訪問するこの孤児院は、昨年、ジェナ神官が責任者になった。 ジェナ神官は妙に女性らしい仕草の壮年男性で……、ヴァザによくしてくれる人だ。彼が孤児院の責任者になってから、私も慰問に訪れやすい。
「――私も孤児院の出でございまして」
とは、いつかジェナ神官がいっていた。
「その頃の孤児院の環境は、それはそれは劣悪で――。ですから、孤児院の運営を任されたからには子供達に多少は住みやすい環境を、と思うのですがなかなか、難しゅうございますね。あの頃はそれが精いっぱいだったのだと今は思います」
ベアトリス女王陛下が即位するまでは、カルディナは北方、西国、中央の動乱――と戦乱に明け暮れていた。今では戦災孤児はいないけれど――、昔は大変だったんだろう。
孤児院への慰問は、母上が習慣にしていた事だ。三年前から私が引き継いでいる。人見知りな上に会話が下手で、慰問をしては子供達に遠巻きにされ、凹んでいたけれど――ここ一年ほどは子供たちに大分慣れたぞ!と思う。情けない話だけど、子供達が私に歩み寄ってくれた気がする……。
「今日は、レミリア様以外にもお客様が――」
「そうなの?ジェナ神官」
私が視線を動かすと、二人の青年が手を振っていた。
馴染みのある顔に思わずあ、と声をあげる。
「イザーク!ヴィンセント!」
「奇遇!レミリア……と、ソラも!」
「どうも」
私が近づくと、二人は挨拶をしてくれた。軍学校の制服を着ている。
二人は私に近づいて来てくれた。
書籍版は7/4 本日発売です(=゜ω゜)ノ 宣伝更新祭w一応終わり
楽しんでもらえてたらいいな~と思いつつ。
続きも近いうちに!




