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95.劇場へようこそ 8

「竜族の方が、ですか?」


 私は聞き返す。クラウスは胸元にある煙草になれた動作で手をやり、私に気付いて再度戻した。ヘビースモーカーっぽいな。


「っと、失礼。つい癖で。――そうだな、そういえば公女様の胸元――そこに何か持っていらっしゃる?それも同じように光って見えます」

「え」

「――龍の気配がします。淡い綺麗な光が脈打って見える」

「――そう」


 私は思わず胸元に手を当てた。

 ここには、以前、北山に住まう竜族、イェンから貰った石がある。心臓石。

 古代龍の心臓の化石だ。シンもこの石から「龍の気配がする」と言っていた。――心臓石をいつも持っている事は、誰かに言ったことはない。

 どうやら、クラウスには本当にそういう気配(・・)がわかるらしい。異能といっていいんじゃないかな……。


「私は光が見えるだけですが、光の方角に立っているのは誰か、と他の奴らに聞きましたら――ただの、西国人に見えると」

「西国人ですか……?」

「――西国には竜族の血が混じった人々が多いらしいですから、単にそのせいかもしれませんが――この一年、王都に増えたように感じます――何をしているかは、わかりませんがね」


 私たちが戸惑っていると、クラウスは立ち上がり、胸元に手を当てて礼を示した。


「失礼いたしました。公女様。せっかく来ていただいたのに、無粋なことを」


 無駄口が過ぎましたね、とクラウスは会話を打ち切る。神経質な人だと聞いたけれど、ほがらかに接してくれたのは、オルガ伯母上のおかげかな。


「今日はありがとう、リーヴァイさん。――貴方の音楽をまた聞けたら嬉しいわ――本当に。伯母に招待状を渡して下さって、感謝します」

「そのようなものでよければ、いつでもお申しつけください。――あの方の要望ならなんなりと叶えます。候爵婦人は私達の――女神のようなものだ」


 どこかうっとりとした口調でクラウスは言う。気障だなあ!でも――こんな才能ある人に女神と呼ばれるのは――羨ましい。

 私が今日の礼を言うと、クラウスは頭を下げた。


「今宵は劇場へようこそおいでくださいました。姫様――また、お越しくださいませ」





「北山だけじゃなくて、昔は西にも竜族がいたんだよね?カミラに聞いた事があるけれど――」


 貴賓席へと戻りながら私はスタニスに尋ねた。


「そうらしいですね」

「メルジェの旅でお会いした、イェン様を覚えている?――あの方も西国の生まれなのかしら――王都にいらしているのは、イェン様だったりしてね」


 私は幾分、うっとりと言った。

 ――あの甘い声で、お嬢さん、ってまた呼ばれてみたいなぁ。華やかな金の瞳をした、竜族は私の憧れだ。スタニスは私の横でずれた眼鏡を思わず、と言った感じでなおした。眼鏡のねじ緩んだ?


「そんな、不吉な――あの方はカルディナ生まれだそうですよ。本人がそう、――――イザークに言ってたとか」

「そうなんだ!」

「――そもそも、西国には純粋な竜族はいません。その子孫達はいるようですが……」


 西国の竜族は何百年も前に、西国王と争いを繰り広げ……敗れた結果、成人男子は滅ぼされたときく。子女は奴隷にされ、その血を王族達に伝えたとか。そういう殺伐とした話だったはずだ。


「そうですね。西国兵でも優秀なものには竜族の血が混じっていると聞いた事があります」

「竜族混じりの西国人は兵士の可能性が高いのか……もしそうなら、王都にいるのは不穏だなぁ」


 私はためいきをつく。西国とカルディナは伝統的に仲が悪いけれど、火種を抱えるのは怖い。

 スタニスもまったくです、と私に同意する。


「――クラウスが見た人たちも、ただの観光客で――なんにも起こらないといいのにね。カナンが落ち着けばいいけど……」

「おっしゃるとおりです」



 私たちが愚痴りながらも貴賓席に戻ると父上が私を見た。


「勉強になったかい?レミリア」

「ええ、とても!」


 最後に不穏な情報は仕入れてしまったけれど、全体的に楽しい夜だった。

 帰ろうか、と私たちは専用の出口に案内される。今日の感想を話しながら馬車を待っていると、道の向こうににいた男が小走りに駆け寄って来ようとする。スタニスが私たちの前に出て、私の横でカミラが体勢を整える。


「公爵閣下、どうぞ、一言お話を――」


 嬉々とした顔で近づいてくる男に驚いて私は思わずびくつく。

 が、劇場の警備員が慌てて取り押さえ、私たちとはまだ遠いところで彼は地面に押さえ付けられた。

 若い男は離せって!と喚いて私たちを観察するみたいに見た。なんなの!?引きずられて行きながら男は叫ぶ。


「一言閣下にお話を聞きたいだけですって!女王陛下との再婚の話は本当ですか!そして、次代は閣下がおつぎに…… ぐぅっ、かはっ」


 男は押さえられて――昏倒させられた。劇場の支配人がつまみ出せ!と声を荒げる。


「閣下、申し訳ありません、さ、お早く馬車へ……」


 支配人は青ざめると無表情で、男に視線をくれようともしない父上に頭を下げた。水色の瞳が青に近くなっているのが見えた――怒ってるな、これは。

 父上は完全に男の姿が見えなくなってから、息を吐き、支配人に向き直った。支配人が深々と謝罪する。


「大変、ご不快なものを。すぐに警備の責任者を罰して」

「いや、構わない。私たちにはなんの害もなかった」


 儀礼的なものだけど微笑んでみせる。父上が大人になってるー!と私は多少驚いた。以前の父上なら無言で去っているぞ、多分。


「今のは見なかった事にしよう、支配人。今宵は娘ともども楽しませてもらった。礼を言う」

「支配人、今日はありがとう!とても勉強になったわ」


 私も同意した。サインを貰ったパンフレットはヴァザ家の家宝にしよう。

 支配人はほっと胸を撫で下ろし「二度とこのような事は起こりませんので、また是非お越しくださいませ」と頭を下げた。

 私と父上、スタニスが馬車に乗り込み、カミラはユゼフ伯父と後ろの馬車に乗る。

 走らせはじめようとするとしたとき、御者が馬を止めた。


「どうした?」

「――スタニスさん、お客様が……」

「お客さま?」


 私が小窓から覗くと、背の高い貴婦人が供もつけずに立っていた。

 ――身体のラインがくっきりとわかる、絹のドレスを纏っている。光沢ある黒地の絹に、緻密な刺繍で大きな薔薇と鳥が大胆にあしらわれている。また、斬新な格好をだなぁ。


「オルガ伯母上」

「――こんにちは、レミリア。私も馬車に乗せてくれる?」

「――乗ってから聞くのか、あなたは」


 父上が眉を寄せた。――オルガはニッと笑うと、馬車に乗り込んで私と向かい合わせ――スタニスの隣に座った。スタニスはそろりと距離をとろうとしたけど、ニッコリ笑って腕をからめとられた。


「逃げないのよ、スタニス。怖くしないから」

「……はぁ……」


 スタニスが困っている。オルガはスタニスが気に入ってる――と言うよりも、嫌がられるのが楽しいんだろうな、と最近わかってきたぞ……。


「どういう服装なんだ、それは」


 父上が憮然としたまま言うと、オルガは長い脚を組み替えた。


「東国の意匠(デザイン)よ?――はしたないなんてつまらない事を言わないでね、閣下」

「よくお似合いです、伯母上」


 私は心から賛辞を送った。これだけ堂々と着られるならドレスも本望だろう、きっと。オルガは私にありがとう、と返すと父上にも礼を言った。


「今夜はどうもありがとう、レシェク、レミリア」

「義務を果たしただけだ」

「伯母上ありがとうございました!とっても素敵でした!」


 父上が憮然と、私がうきうきと言うとオルガは機嫌よく笑った。


「いい子達でしょう?――皆、才能に溢れてて、まばゆいの。貴方が来てくれたおかげで、彼らも自信になったと思うわ」


 いつもの艶なものとは違う、本当に嬉しそうな少女みたいな表情。私はつい見とれてしまった。オルガ伯母上は綺麗な人だけれど、顔の造作だけでなくて、こういう表情がかわいらしいんだろうな、きっと。


「私に芸術はわからない。が、まぁ――音楽は悪くなかった」

「充分よ――レミリアは楽しかった?」

 私は頷いた。

「とても!特にあのメグさんの歌が素敵で――!」

「絹のような声でしょう?彼女」


 私たちはうっとりと観劇談義をした――こういうのだよー!観劇の後の楽しみは!私達が話をしているのを理解できない風の父上が尋ねた。


「で?そろそろ別れ道だが、候爵邸へいくのか?それともこのままヴァザの屋敷に?」

「あら、泊めていただいてもいいのかしら、閣下」

「元は貴女の家だろう」


 オルガは笑った。

 屋敷に戻るとセバスティアンが目を丸くした。私達を部屋に急がせ、それからオルガを客間に案内しながら、ちょっと怒っている。


「お嬢様!なんですか、その格好は!はしたない!」

「セバス、お嬢様って歳じゃないったら」



 私は部屋にもどり、カミラに着替えを手伝ってもらいながら彼女と話した。カミラも観劇は楽しかったみたいで顔をほころばせて、けれど、と顔を曇らせた。


「――最後にあのような者をお側に近づけて、申し訳ありませんでした」

「馬車に近寄ってきた人のこと?――いいわ、全然遠い場所で取り押さえられていたもの――だけど、気になる事を言っていたわね」


 私は顔を曇らせた。父上が女王陛下と再婚。


「レミリア様、ご心配なさらずに――何も知らぬ者が言った世迷ごとです」

「そうね……」


 私は簡素な服に着替えて、カミラに礼を言った。この前、カミラは父上を切なげな視線で見ていたけれど。数年間一緒にいたのに気づかなかったけど、――彼女は父上を好きだったりするのかなあ。もし、そうだとしたら複雑だ。


「どうなさいました、レミリア様?」

「えっ、ううん?――いいの、なんでもない」


 私は手を振ってごまかし、けれどカミラに聞いてみた。


「――お父様がもし、もしも、ね。再婚する事とかあったら、カミラどうする?――寂しい?」

「?わたくしがでございますか?――レミリア様がお寂しいなら、私もお寂しいですが?」

「そ、そうだよね。変な質問してごめんね――」


 素直に言えるわけもないよなぁと思った私をカミラは訝しく見た。


「なんでもないの!さ、父上と伯母上のところに行こうかな。今日のお礼も言いたいし」


 私は足早に部屋を出た。


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