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92.劇場へようこそ 5

「おめでとう!ナターリア」

「おめでとう、どうか幸せに」


 ――降り注ぐフラワーシャワー。

 これはカルディナにもあるんだなあと思いながら、私は純白の衣装に身を包み、口々に祝福される新郎と新婦の二人を見ていた。


 シルヴィアの屋敷から戻って半月後、王都の北区にある、準男爵家の庭に私はいた。


 庭では私の侍女ナターリアが祝福されていた。正確には侍女だった、か。

 ナターリアは私の侍女で、以前は母、ヤドヴィカの側にいてくれた人だ。優しくて良く気が付く彼女だけれど……、結婚を機に私の侍女を辞めてしまう。さびしい事なんだけれどおめでたい事だった。


 ナターリアの目線の先では、同じく我が家に勤めるトマシュ・ヘンデルが微笑む。君がだれより綺麗だよ……と言うようにナターリアを見つめて。


 ナターリアとトマシュは恋人同士で、ナターリアが結婚すると教えてくれたとき、私はトマシュにもおめでとうを言わなきゃなあ~と思っていたのだけれど……。


 けれど。


「トマシュとですか?実は……二年前に交際は終わってしまって」


 とナターリアはあっさり訂正した。


「え!そうだったの!!じゃあ、誰と結婚なの!?」

「はい、昨年から親しくさせていただいている男性と……」


 ナターリアはぽっと頬を染めた。

 お相手は準男爵の男性で、爵位のない家出身のナターリアには条件のいいお相手なんだとか。髪は薄いけど情の濃い方なんです……と返答に困る評をしてくれた。お祝いは帽子がいい?とか聞けないし。

 カルディナは男女関係は厳しくない。爵位もちの娘であっても恋人がかつていた…というのは珍しいことではなかった。


 しかし、二人は別れていたのかー!いつの間にー、と、ナターリアの元恋人にして、弟のユーリ付きであるトマシュにもそれとなーく聞いてみると、彼はふと、遠い目をした。


「……そうらしいですね。俺にも喜々として教えてくれましたよ……、ナターリア」

「うわぁ……」

「いいんです。ナターリアが幸せなら……大体、別れたのも俺が悪いんですし」


 トマシュは沈んだ声で言った。


「――毎週末にスタニスさんから呼び出されて鍛えられて、スタニスさんがこれないときはタウシクに鍛えられて……ナターリアに会えない時間が続いて……、いいんです、仕方ないんです。友達に戻ろうねって言われたのも嫌がらなかった俺が悪いんです……お二人が鍛えてくださったおかげで……俺は成長できました……」


 トマシュの目がうつろなので私は明後日の方向を向いた。

 護衛として役に立てよと、スパルタなスタニスと、我が家の騎士タウシクがトマシュをしごきにしごいてたからな、この四年……。

 ごめんよー、トマシュの青春を奪ってしまったと私が申し訳なく思っていると、ててて、と我が弟のユリウスがトマシュに近寄った。トマシュは父上にも随行するけれど、屋敷にいる時はユリウスについている事も多い。


「トマシュ、かなしいの?どうしたの?」

「いいえ!若君、トマシュは何にも悲しくありません!!若君のおそばにいて、ずーっとおそばにいれればそれでいいんです!!若君が大人になっても一緒ですからね!?ずーっとですから!」

「えー、やだぁ」

「そんな事いわないでくださいいぃ!!お見捨てにならないでくださいっ」


 傷心を癒すために幼児に縋りつくのはやめてね、トマシュ……。

 丁度通りがかった父上が訝しげに侍従を見たので私は見逃してやってくださいと言っておいた。


「ナターリアのことで……、錯乱しているようで」

「ああ。……それはトマシュに申し訳ないことをしたな」


 父上も二人のいきさつを知っていたらしく、苦笑して通り過ぎた。父上と一緒に来たセバスティアンがこほんと咳ばらいをし、トマシュをユリウスから引きはがして、怒っている……。礼儀と身分に厳しいからな、セバスティアン。

 でも、トマシュはいつだって礼儀正しいし、一生懸命にユリウスを守ってくれているし、今日くらいは許してあげようよ、セバスティアン……。




 さて、私はと言えばマリアンヌに頼んで、彼女と一緒に二人の結婚式に来ていた。式はもう終わり、日本式に言うならば披露宴みたいなことを新郎の家でするのが普通なんだって。

 ……公爵令嬢を招待すると、格式がとか面倒な事になるので、私はマリアンヌと共に「遊びに行くついでに」立ち寄る事にしていた。

 私の家庭教師兼、護衛のカミラは私の背後に控えてくれている。


「素敵なドレスね」

「刺繍、綺麗でしょう?ナターリアが一針一針縫ったんですって」

「――素晴らしい腕ね」

「そうなの、よくおしえて貰ったわ」


 人々の祝福を受けているナターリアを遠くから眺める。男爵家の傍系で、裕福な商人の娘だったナターリアは、父親の事業の失敗があって、カミンスキの家に奉公していたらしい。

 今回の結婚も新郎側からは「男爵家の血縁とは言え爵位のない家の娘」「使用人ではないか!」と……、財産目当てだとけなし、ずいぶん反対があったとか。

 新郎は婚約を破棄しようとするナターリアを熱烈説得し、何度もプロポーズしたらしい。愛だなー。


 人の波がすこし落ち着いた頃、私は新郎新婦に近づいてお祝いを述べた。


「レミリア様!」

「公女殿下!これは――なんとお礼を言ってよいか」 


 二人が頭を下げ、親族達は訝しげに突然表れた小娘を「誰?」と周囲に聞き、新郎が説明した。


「ヴァザのレミリア様だよ」


 初老の夫妻は――おそらく、新郎側の親族だろう――は慌てて頭を下げる。――公式ではないけれど、公女が祝いに来たらしい……と言うのが、ナターリアに対する新郎側の親戚の見方が変わる一助になればいいけどなぁと思いながら。


「気になさらないで。マリアンヌと王宮へいく、ついでよ?」 


 私は出来るだけ高慢に言ってから、ナターリアの顔の近くでそっと続けた。


「正式に参加できなくて、残念……幸せにね。ナターリア。今までどうもありがとう」 

「勿体ないお言葉です、お嬢様……」


 感激屋のナターリアは声をつまらせた。私が微笑んだ時、庭の隅からキャー!と少女達の叫び声が聞こえた。

 キャー?

 黄色い声に振り向いて、私はえええっと声をあげそうになった。黒い上下に身をつつんだ、金髪の青年――水色の宝石のような瞳は騒ぐ娘達を一顧だにせず、新郎新婦へと向かっていく。背後には背の高い男性を伴って。


「だんなさま!」

「閣下!」


 カミラとマリアンヌが息を呑む。――庭に颯爽と現れたのは我が伯父カミンスキ伯爵ユゼフを従えた、父上、カリシュ公爵だった。

 新郎側の親族が唖然としているのが、わかる。ぽかんと口をあけたままの親族達に新郎が慌てて言った。


「叔父さん達、頭を下げて――公爵閣下だ」

「へ?は?」

「こ、ここ、公爵!」


 新郎側の厄介な親族――とはトマシュがこっそり教えてくれた――彼の伯父夫妻は慌てて頭を下げる。父上は新郎新婦夫妻の側に来ると、おめでとう、といつもの調子で口にした。


「すこしだけ邪魔をする」

「閣下――!」


 膝をついたナターリアの手をとって、立たせると父上は滅多に見せない営業用でない微笑みを新婦に向け、顔をあげるよう命じた。


「通り掛かった……とは、言い訳だな。ナターリア、君の結婚式に正式に参加できずにすまない」

「そのような、恐れ多い」

「妻にも、娘にもよく仕えてくれた。――ヤドヴィカがいればきっと君のために色々準備をしただろう――せめての祝いだ受け取ってほしい」

「……閣下。なんと申し上げてよいか」

「こころばかりのものだよ」


 父上の言葉に、ユゼフ伯父上が祝いの品を手渡す。父上は新郎新婦二人に祝いを言うと、ユゼフをちらりと見た。

 ユゼフは祝いの言葉を述べ――、ナターリアの手を取った。


「公爵夫人とレミリア様に。そして、――カミンスキにもよく仕えてくれた。困ったことがあれば、私が父親がわりだ。相談を待っているよ」

「伯爵……!」


 感極まるナターリア夫妻に別れを告げ、父上はさっと身を翻した。恐る恐る顔をあげた叔父夫妻に、ユゼフが微笑む。


「この度はおめでとう、ラウズさん」

「は、伯爵。おそれおおいことです」

「ナターリアのことを、よろしく頼む」 

「も、もちろんです」


 ユゼフは笑みを深くし、ラウズの手を取って固く握った。


「ナターリアに困ったことがあれば、私が駆けつける。ラウズさんも何かあったら知らせてくれ」


 脅しだ。絶対。どう聞いても、ナターリアをイジメたら許さないって脅しですね?伯父上。

 私が半ば呆れてユゼフの背中も見送ると、マリアンヌがため息をついた。


「いいなあ、私も公爵閣下に優しく微笑まれてみたい」

「いいのは外面だけだよ?」


 休みの前の日とか、ぐったりしてるし。ソファじゃなくてベッドで寝なさいって、寝室までスタニスにひきずられてるの行くのよく見るもんね…。


「いいの、外見を楽しませていただくだけで……!」


 マリアンヌが上機嫌な横で、家庭教師のカミラもうっとりと父上達が去った方向を見つめていた。


 ……んん?私はカミラと父上の背中を交互に見つめて首を傾げた。


 


 私は名残惜しいけれど、とナターリア達に別れを告げて、披露宴をあとにした。




 屋敷の正門前に行くと、父上達の乗った馬車が待機していた。


「父上がお見えになるなんて、知りませんでした」


 こちらへおいでと言われたので、私は父上の馬車に乗り込む。マリアンヌを誘ったけれども彼女は遠慮して、カミラともう一つの馬車へ乗った。父上とユゼフ、それから私の三人で乗る。


「日程をセバスティアンから数日前に聞いてね――彼女はなかなか教えてくれなかったらしいが。……たいしたことは出来ないが、婚家に対して箔が多少はつけばいいが……」


 ユゼフがクッと笑った。


「公務以外には滅多にお出ましにならないレシェク様が祝いにわざわざ来たんです――一目おかれますよ。それにナターリアが困ったら、私が力になりましょう」

「そうしてやってくれ。ヴィカのためにも」

「……はい」


 しんみりとした空気に気付かないふりで、私は無邪気に聞いた。


「伯父上はどうしてこちらに?」

「ああ――じつは、私も明日は劇場に呼ばれていてね」

「まぁ!伯父上も?」

「そのことをレシェク様にお伝えしたところ、今宵は公爵家にお邪魔することになったんだ」


 そう、明日は王都で大人気の演目、王妃マグダレナを鑑賞する日なのである。

楽しみですね!と私は目を輝かせた。


「カミラって父上が……?」

✳レミリアの特技は勘違いです……。

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