【ロクトミリオン】失敗ではない
『おお、すげぇ! 今日はあの的に当てればいいの?』
「察しがいいのう。様々な大きさの矢や槍を用意させたので、距離を変えて試してみて欲しい」
屋外の練兵場を借りきって城壁を背にする位置に大きな木製の的を用意させ、練兵場の反対に我々は待機中だ。非番の兵士たちも何人か物珍しそうに見物しているのが見える。
『いいねぇ! 楽しそうだ』
『なにかのミニゲームみたいですね』
今日はアルスと一緒にエスタも来てくれている。この2人は仲が良く、じゃれあっているのをよく見かける。
『じゃあ、始めていい?』
アルスが実験に乗り気になってくれているようでなによりだな。
「ああ、小さい方から順番に頼む。手加減はしなくて良い」
『わかった』
アルスから魔力が広がり、矢がその魔力に絡め取られてアルスの体の上に移動していった。
次の瞬間には乾いた音を立てて矢が的に命中した。なるほど、聞いていた通り、矢に魔力の残滓が残り、薄くアルスと繋がっているのが見える。
「あの矢に雷を流すことができるか?」
『遠い気がするけど、やってみよう』
アルスが言い終わると同時に一筋の雷が的とアルスを繋いだ。雷の衝撃で矢がはじけ飛ぶ。
『お、届いた。50メートルぐらいあるのになぁ』
『なんか前より射程距離延びてません?』
『んー、元々限界距離とか測ったことなかったし、はっきりと伸びたとは言い切れないなぁ』
ふむふむ……霧散するまでに魔力に方向性を与えているようだ。この現象事態は魔法使いの間でも研究されてきたことだ。
だが、人間ではあそこまで遠くに魔力を飛ばすことができない。飛ばそうとしても砂を握りこんで撒いているかのような感覚で周囲に拡散し、収束しない。
「矢を使わず魔力をあそこまで伸ばせるか?」
『無理無理! 的までの距離の10分の1までも届かないよ』
「ふむ……」
では、人間もそれを真似てみるのはどうだろうか。矢のようなものに魔力と親和性の高い触媒を使えば、似たような事ができる気がするのう……
『なあ、続けていいか?』
アルスは玩具をもらった子供のように、遊びたくてうずうずしているようだ。尻尾も大きく振っている。なんとも微笑ましい。
「ああ、撃つ度に雷を流してみてもらってよいか?」
『はいよ~』
観察していると、射出する物が大きく重いほど魔力の残滓が多くなるようだ。やはり、撃ち出す瞬間に多くの魔力が使われるからであろう。
『む、これは重たいな』
『あ、アルスさん、無理はしない方が……』
「それは兵舎を建てる為の建材を借りてきたものだ。用意できるもので1番重い棒状のものだったのでな……無理に的に当てる必要はないぞ?」
なにせ建材、木材というよりは、枝を落としただけの木といっても差し支えない大きさのものだ。アルスの限界が知りたいので用意しただけに過ぎぬ。
『……やってやるぜ』
わしとエスタの気遣うような言葉に逆に奮起したアルスは魔力を大きく練り上げ始めた。兵舎の柱に使う木材がふわりと浮かび、的の方を向いた。
だが、撃ち出すとなると大変なのか、そこからなかなか変化が無い。
「無理なら……」
『いいや、ちょっと増やすわ』
「む?」
材木を掴んでいるものとは別の魔力の枝がアルスの体から伸びた。それが木材を支えるように巻き付いていく。2本の枝に巻き付かれた木材が軋んだ音を立てた。
『いぃ~……』
なんじゃ?
『よいしょおッ!!』
凄まじい勢いで木材が撃ち出された。木材が風を切った為か、強い風がアルスから吹き付け、わしの髭を揺らした。
そして、わしの髭が元の位置に戻るより早く、木材が的を粉砕し城壁に突き刺さった。
凄まじい轟音が、唖然と立ち尽くすわしと助手たち、見物していた兵士達の体を揺さぶる。
粉塵が舞い、詳しい様子は判らないが、木材の半分ほどが城壁に突き刺さっているようだ……
城壁には強靭保護の刻印が刻まれているというのに……刺さった!?
『やっべぇ、やり過ぎた』
『ちょっとアルスさん! お城の壁を壊しちゃったらまずいですよ!?』
木材にはさっきまでの槍などとは違い、まるで魔力の枝が巻き付いたままであるかのように色濃くアルスの魔力を纏っていた。これは……
「アルス、あの木材を動かせるか?」
『いやいや、無理だよ。魔力が離れちまってるし』
「試してみてくれ!」
『お、おう……』
わしの熱意に押されてアルスが材木に集中する。ええい、周りが騒がしくなってきおった。集中の邪魔をするでない!
『……駄目だ。なんか手応えはあるんだけど、あんな重い物を動かせるほどじゃ無い』
「なるほど、手応えはあると……では、次にだが」
「何をやってるんですかお師匠様ッ!!」
うるさいのがこっちに駆け寄ってきた。今日は姿が見えないと思っていたミリルフィアだ。
「見ればわかるであろう。実験だよ」
「なんで城壁に柱を撃ちこむ実験なんてしてるんですか!?」
「結果として刺さっただけだ、問題ない」
「ありますよ! すぐに領主様にも連絡がいくはずです。説明をして頂きますよ。……修復費用の見積もりも出さないと」
「ふむ、ではゆっくりと検分するがよいだろう。わしは少し外すぞ」
わしが自室に引っ込もうとするとミリルフィアに肩を握りこむように掴まれた。
「逃しませんからね。最近アルス君との実験で色々壊してますよね? この機会に領主様にご報告します」
「なるほどなぁ! はっはっは! わっはっはっは!」
「だから逃しませんって! 笑ってごまかさないでください!」
わしがさり気なく城の中に入ろうとすると、またミリルフィアに邪魔をされた。
む、今回は手強いな。
アルスに力を借りようと思い、練兵場を見渡してみると、アルスはとっくに逃げ去り、エスタがオロオロ慌てていた。
まさか70にもなって半日も説教されることになるとは思わなかった。




