82.貴族たち
馬車を降りると城壁に囲まれた広場だった。どうやら城の横にある馬車の駐車場のようなものらしく、他にも馬車が沢山止まっていた。荷降ろししたり、乗ってきた人を出迎える兵士がウロウロしている。なんか思ってたよりも普通だ。ファンファーレの出迎えも無いし、馬車の前に赤い絨毯が敷かれている訳でもない。
「皆さんはお揃いですか?」
「はい、3番会議室にいらっしゃいます。ミリルフィア様、そちらの女の子は予定にございませんが、どうされたのですか?」
「あぁ、この子達の飼い主でフィーナちゃんといいます。監督役として来てもらいましたので、一緒にご案内します」
「承知しました」
「よろしくお願いします」
フィーナが兵士にお辞儀をして挨拶していた。俺たちもついでにお辞儀をしておく。第一印象は大事。兵士はニコニコしながらお辞儀を帰してくれた。
にこやかな出迎えの兵士を先導に、勝手口みたいなドアから城の中に招き入れられた。
『普通だな』
『そうですねぇ』
石造りの廊下は照明が少なくて薄暗く、若干埃っぽい。壁は綺麗なタペストリーやらは飾られておらず、灰色の石がずらっと続いていた。
『ダンジョンの中みたいだ』
『わかりますけど……それ、失礼になりませんか?』
『あんた、貴族様の前で余計なこと喋らないでよ……?』
暫く歩くとずらっと扉が並ぶ廊下に出た。どうやらここが会議室ゾーンらしく、ミリルフィアがキリッとして振り返って諸注意を話しだした。
「えー、まず基本的に聞かれた事だけ答えてください。自分から話しかけたり、お願いしたりは失礼に当たります。あと、部屋ではずっと跪いて顔を上げないようにね」
頭が高い! ってか。フィーナが緊張した面持ちで頷いている。そうだよな、領主様に会うってそりゃ緊張もするよな。
「部屋には私のお師匠様がいらっしゃってアルス君達の声を通訳する予定で、他の魔法使いも多いので油断して変な事喋らないように! ダンジョンの中みたいだ、とか!」
ミリルフィアにぐっと見つめられた。
『わかってる。今回ばかりはフィーナの身の安全に関わるからな』
「結構です。それでは行きましょうか」
廊下を少し進むと内装が若干豪華で小奇麗になった。ふむ、偉い人が来るエリアってことか。目的の扉は左右に兵士が立っているのですぐわかった。
「ミリルフィア様がお着きになりました」
「入りなさい」
先導の兵士が扉の前で告げると、すぐに中から返事があって、扉が中から開かれた。
会議室は大きなテーブルに縦に置かれていて、10人程の貴族っぽい格好をした人たちが席についていた。その後ろの壁際にはずらっと護衛役らしき騎士が並んでいる。凄い人口密度だ。……あー、居ないわけないと思ってたけどマクルシオンも居るわ。
「ミリルフィア、ただ今戻りました」
「ご苦労」
ミリルフィアがお誕生日席に座っている1番偉いであろう人に向かって跪きつつ挨拶をした。
領主さんはガッシリとした体格に白髪交じりの髪をオールバックにして髭を生やした強そうな人だった。
フィーナがミリルフィアに習って膝をついた。なんか両膝ついてお祈りしてるみたいなポーズだけど、良いんだろうか……
俺たちはとりあえずフィーナの隣りで頭を下げて床を見ておく。
「そこの少女は?」
「アルスとエスタの飼い主です。監督役としていてもらった方が良いと考え、来てもらいました」
「ふむ、なるほど……報告にあったフィーナだな? そして、アルスとエスタが隣に控える、と……面白いなぁ」
「はい」
自分の名を呼ばれて、隣のフィーナが身を固くした。領主さんが言ってるのは例のごとく精霊の名前についてだろう。
「さて、では……アルス。声を飛ばせるというのは本当かな?」
『はい、領主様』
俺が声を整えて飛ばすと、エスタとキョーコが身を震わせた。なんかおかしいか? ああん?
ほぅ! と領主さんの後ろに立っている、いかにも魔法使いな髭を生やした白髪の爺さんが感嘆の声をあげた。この人がミリルフィアの師匠かな?
「はい、領主様と申しております」
「ほほう! 直に聞けないのが残念だな。魔法の素養が無いのを今ほど残念に思ったことはない」
妙にテンションが高い領主さんだな……顔はすっげぇ怖そうなんだけど、憎めない感じがする。
信じられん……だが、ロクトミリオン様が仰るからには……犬が……とざわざわと座ってる貴族が話しだすが、領主さんの咳払いで黙った。
「お前には個人的に色々と聞きたいことがあるのだが、今日のところの話を片付けようか。リーディン、任せる」
「はっ!」
司会進行はリーディンか。
「アルス、昨日マクルシオン様と戦闘になったというのは事実か?」
『はい、間違いありません』
俺が答えると爺さんが同時通訳してくれた。今までになかったな、この感じ。
「何故戦いになったのか?」
『そこにおりますキョーコが助けを求めていましたので、駆けつけたところ、マクルシオン様から剣を向けられましたのでやむを得ず、キョーコの逃げる隙を作るために戦いました』
「マクルシオン様、お話して頂いた内容と違いますが、どうお考えでしょう?」
「……確かに走り寄ってきた堕ちた獣に慌てて剣を向けてしまったかもしれぬ」
「では、路地裏で襲いかかられたというのは思い違いであると?」
「手痛い反撃があったのでな。混乱があったようだ」
あれ? 想像していたのと違うな。なんのかんのとゴネられて悪者にされると思ったんだが……マクルシオンはムスっと拗ねたようにテーブルを睨みながらリーディンの質問にボソボソ答えている。
「ではアルス、マクルシオン様に雷を放ったことについては、いかなる理由があるのか?」
『魔法により逃げ道を塞がれ、手足を吹き飛ばすと剣を向けられましたので、仲間を守る為にやむを得ず、殺さないように雷を飛ばしました』
殺さないように、の部分が気に障ったのかマクルシオンの眉が跳ね上がったが、やはり特に反論してこなかった。あれれ?
「マクルシオン様、手足を吹き飛ばすと仰られたのですか?」
「そのようなことも言ったかもしれぬ」
「ふむ、マクルシオン様は一晩休まれて冷静になられたと見える。これでアルスの嫌疑は晴れたとして宜しいかな?」
「はい、お騒がせして申し訳ありませんでした」
領主さんが〆るようにマクルシオンに声を掛けると、マクルシオンが渋々といった様子で頷いた。
あらら? 終わっちゃったぞ? まあ、いいか……これで帰れる……んだよね?
「では、色々聞かせてもらおうか!」
ああ、続くんですね……
「アルスよ、アッセンでは500騎もの騎兵を一網打尽にし、さらに500の兵をも退けたと聞いたぞ。事実か?」
『はい、私がやりました』
丁寧にしようと意識し過ぎて白状したみたいになってしまった。また、エスタとキョーコが震える。この事は聞いてなかったのかマクルシオンがギョッと顔を上げて俺を見た。他にもアッセンの事は初耳だった人がいて会議室がザワザワし始めた。
「どうやったのだ?」
ふわっとした質問だなぁ……あんまりフィーナの前で血生臭いこと話したくないんだけど……
『直前に戦った日本人が面白い技を使っていましたので、真似をしてみましたら、思いの外上手くいきました』
「ふむ、具体的にはどのような技なのだ?」
『陽炎を広く薄く広げ、能力を細かい制御無しに暴走させる方法です』
「陽炎とは?」
『能力や魔法を使う時に発せられるものです。今のところ私と私の兄弟にしか見えないようなのですが』
「ふむ……ロクトミリオンよ。どういうことだかわかるか?」
「おそらく魔力の事だと思われますが……アルスよ、その陽炎を危険なく出せるか?」
『はい』
陽炎を背中から伸ばして左右に振ってみる。
「ほう、見事な魔力制御です」
あ、爺さんには見えるのか。ふむ、陽炎は魔力だったのか……
「犬が魔力を使っているのか?」
「どうやら日本人は未知の力を使うのではなく、生まれながらに魔力への親和性が高く、我々が手足を誰に教えられてなくても自在に操るように、魔力を操るのだと思われます。これは大変興味深い……!」
うお、水を向けられた爺さんが凄い早口で喋り出した。あ~、それぐらいで良い、わかったわかった、と領主さんがまだ喋りたそうな爺さんを遮った。
「それでは魔力を戦場に広げて騎兵を一網打尽にしたということだな?」
『はい、突撃してきたところに電撃を流して一網打尽にしました』
「ふむ、にわかには信じられませんな……」
爺さんが腕を汲んで髭を撫で始めた。
「どういうことだ?」
「500騎もの騎兵を一度に打ち倒す程の魔法など、同じ数の魔法使いを並べても不可能です。大きな魔力は非常に扱いが難しく、非常に効率が悪いのです」
そんなこと言われても……まあ、火薬の誘爆のせいだって付け加えるか? 火薬の説明が面倒だからやりたくないけど……
「大きな音と閃光の後、騎兵隊が壊滅していた、とアッセンの守備隊も申しております。アルスの能力についてはロクト翁が後日調べられてみては?」
お、ナイスフォローだ、リーディン!
「ふむ、確かにそうですな。その方がゆっくりと調べられるますし……いやはや、楽しみです」
爺さんがめっちゃ嬉しそうにしてる。良い人そうなんだけど、そこはかとなくマッドサイエンティストみたいな雰囲気が怖い。
「リーディンの前で500の兵を倒した時も同じようにしたのか?」
あれ? どうやったかはリーディンから聞いてないのか? ちらっと見ると、リーディンが苦笑していた。
『いえ、そちらは敵の発見が遅れ、魔力を広げる暇がありませんでしたので……普通に殴り殺しました』
ギョッと貴族たちが身を震わせた。恐怖の匂いが漂う。殴り殺した、という表現はよろしくなかったか。殴り殺させて頂いた? 違うな……
「リーディン、お前は見ていたのであろう?」
「はっ。ですが、敵兵に紛れてすぐに見えなくなってしまい……次々に敵兵が倒れいつの間にか壊滅していたのです。アッセンに向かってきた兵もいましたので、その対応にも追われておりまして」
あ、そうか。そんなに大人数じゃなかったから放置してたけど、大変だったのか……それは申し訳なかった。
「ふむ、そんな事が可能なのか? 日本人が強いのは以前からの報告で聞いておるが、組み合って何百人もの兵を倒すなど……」
正直夢中だったからよく覚えてないんだよね……本当にやったの? って念を押されると弱いけど……
「では確かめればいいのではないですか?」
急にマクルシオンが割り込んできた。さっきとは打って変わって自信満々に笑いながら俺を見ている。
「どういうことかな?」
領主さんが話に割り込まれたのにも関わらず、鷹揚に問いかけた。
「実際に戦わせて、その実力の程を見れば話が事実かどうかわかろうというものです」
嬉しそうだなこいつ。またやろうっての? 知らないよ?
「しかし、400の兵と戦わせる訳にもいくまい」
「はい、その通りです。ですが、ある程度の実力がわかる方法がございます」
ニヤニヤしやがって……
「どうやって確かめると?」
「ダルクストと戦わせてみるというのは如何でしょうか」
部屋中がざわめいた。ダルクスト? ってかお前がやるんじゃないのかよ。先生お願いしますかよ。
「ダルクストは日本人を討ち取ったことがございます。アルスの実力を確かめるには最適の相手かと」
日本人を討ち取った……祝福者か。
「ふむ、ダルクストよ」
「はっ」
マクルシオンの後ろに立っていた黒髪の騎士が領主さんに応えた。周りがざわついてるのにこいつだけ静かだなぁとは思ってたよ。
「マクルシオンがこう言っておるが、やれるか?」
「主のお望みとあらば」
ダルクストが、ゆっくりと頭を垂れた。ふむ、1戦やる流れか? 別に信じて貰えなくてもいいんだけど、それを言っちゃったら失礼になるかなぁ。
「アルス、話を聞くだけのつもりだったが、お前の力を見てみたくなった。どうだ? やってくれまいか?」
ふむ。まあ、いいけどさ……
『私の牙は我が主フィーナの物です。フィーナの承認があれば、戦いましょう』




